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ホワイムーン  作者: 思多斗芦
仮説1.恋とは罪悪
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「危ない所だった。」


三人が壁にめり込んだまま動きを封じられた悪魔憑きを取り囲むと、ロンが淡々と所見を述べた。


「本当だよ。これに懲りたら自分一人で何とかしようとするんじゃなくて―――――――」


「『ちょちょっと猪突君』は動作テストもまともにしていない正にぶっつけ本番だったが、成功して本当に良かった。」


「こっわっ!!」


「しかも先程から目の光を消そうとしているのにまったく動かない。どうやら耐久性に問題があるようだ。」


「更に怖いわっ!!」


一回こっきりで壊れてしまった『ちょちょっと猪突君』を矯めつ眇めつ見回していると、リーシュが青い顔でそう叫んだ。どうやらリーシュを不安がらせてしまったようだ。ロンは『ちょちょっと猪突君』は要改善と判じ、さっさと懐に仕舞う。また改善待ち魔導具が増えてロン用に宛がわれた倉庫部屋のスペースが埋まってしまうと考えながら、悪魔憑きの様子を伺う。身動きが取れないからか大人しくしているようだが、また何かブツブツと呟いている。詠唱の類では無いようだから問題は無かろうが、どうにも薄気味悪い。悪魔に半端に憑かれると自我が多少残って錯乱状態になるらしいが、初めに好青年の姿を見たのもあって、現在の丸焦げの猪頭鬼(ししとうき)が魂を抜かれたような姿との落差が凄まじい。


「さて、ではこのウェルダン猪頭鬼ステーキをどう処理するべきか検討しよう。」


「…腹減ってきた。」


「いやウェルダンってレベルじゃねえし黒焦げだしそもそも焼けてねえし。というかこれ見てよく食欲沸くな。」


リーシュがハウルの卑しさにドン引きしている。若干ステーキの例えにも引いているような気がするが、まあ気のせいだろう。


「悪魔憑きとなれば手っ取り早いのは神官か聖騎士にお出まし願うことだが…。ふむ、よしハウル。衛兵隊から聖騎士団へ連絡するよりお前が一っ走りした方が早い。少しばかり城へお使いに行って来い。」


「いや駄目だろ!?何言ってんの!?もし逃げられた時ただでさえ戦力不足なのに、三人を二人に減らしてどうすんの!?」


ロンの提案はリーシュの猛反対により即時却下された。


「三人一緒に!衛兵隊の到着を待つよ!良い!?」


「了解。」


「りょー、かい…。ふあ…、寝ていい?」


「良い訳あるか!!ちゃんと起きて待つの!!」


半分あちらの世界に旅立っているハウルの肩を揺さ振って眠らせないように必死なリーシュ。

そんなお馴染みのやり取りに、その場の雰囲気から些か緊張感が抜ける。そう思った束の間、じわじわと漂ってきた嫌な空気が、それに終わりを告げた。


「………なんで。」


悪魔憑きがブツブツと呟いていた意味を成さない音が、急にはっきりと意味の通じる言葉になって聞こえた。


「何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。」


地獄の底から這い出てきたような声音が、ひたすら理由を問うてくる。一体、誰から何をそんなに知りたいというのか。


「全部!!!お前のせいだっ!!!」


吠えるような叫びと共に、四方に飛ぶような衝撃がこの細い路地を襲った。瞬間、吹っ飛ばれた身体が地面に叩きつけられる。


「脳筋め………。」


悪魔憑きが感情で魔力を上げたり下げたりする現象は多々ある。あの野郎、瞬間的に魔力ぶっ込んで身体能力上げて力でゴリ押ししやがった。おかげで奴を拘束していた封印結界が破られこの様だ。

身体に走った衝撃が通り過ぎて、まず最初に確認出来たのは少し離れた所で蹲るハウルの背中だった。

あの頑丈ゴリラはどうせ無傷だ。それよりもリーシュ!眼球をギョロギョロと回し、リーシュの姿を探す。リーシュもすぐ見つかった。もう剣を構え腰を落とし、相手を警戒している。

よし!目視した限り怪我は無い!本当に良かった!

ハウルも既に何事も無かったように立っているし、痛む身体を叱咤しロンも立ち上がった。両足共にプルプルと震えて何とかではあるが。


「許さなイ…!あの女だけハ……!」


悪魔憑きがまたブツブツと怨嗟の声を吐き、その真っ黒な憎悪のこもった眼はリーシュに向けられている。


「あの女………!!」


どう考えても奴の恨みの相手がリーシュである訳が無いので、誰かとリーシュを混同しているのだろう。だがそれでも気持ちの良いものでは無いし、むしろ怒りを覚える。逆恨みも甚だしい、ふざけるなこの野郎と。だが、そのロンより更にキレている人物がいた。


「“許さない”?」


静かな声がその場に落とされた。昼間よりも更に凄みを帯びた少女の声に、自然と背筋が伸びる。今、怒りを向けられているのは自分では無いのに。


「悪魔憑きは恐怖と魔力の宿った生き物の血を浴びる度、肌が黒く染まっていきどんどん広がっていくそうだな。詰め所で聞いた被害者数は三人だったが…。」


リーシュは全身を濃い黒で覆われた目の前の異形の姿を、ギロリと睨みつける。


「貴様、それよりも多くの血を浴びているな。貴様のその怒りに、一体どれ程の罪無き人々を巻き込んだ?いや、その人達に罪が有ろうが無かろうが、この際、関係無い。」


怒りの炎を静かに燻らせつつも、代々この王都を守ってきた誇りを受け継ぐ剣の切っ先が、王都の平穏を脅かす者に向けられる。


「これ以上、この王都で好き勝手出来ると思うな!!」


その時、凛々しい少女騎士の勇敢な姿が、ロンの胸中に薔薇色の嵐を巻き起こした。

リーシュ!

嗚呼!リーシュ!

何故ここに撮影機材一式が準備されていないのか!

この尊い場面を後世に残さないなど万死に値するぞ!

そんなロンの荒れ狂う心中も知らず、悪魔憑きは更に憎悪が増したのか雄叫びと共に拳を振り上げた。


「間違ってる狂ってる間違ってる狂ってる!!全部狂ってル!!」


拳を振り回してリーシュを何度も狙うが、リーシュは何とか紙一重で躱している。リーシュ以外を無視するその横っ面を張り飛ばそうとハウルが何度も仕掛けるが、それでも奴は一切、歯牙にもかけない。


「そうでなきゃ!!何で!!二人が死なないといけないんだっ!!!」


血を吐くような叫びが、鼓膜を震わせる。だが、ロンの心が震えたりはしなかった。

この悪魔に憑かれた男が何者かなど、ロンの知ったことでは無い。ただ、この男はリーシュに手を出そうした。それだけでロンにとっては倒すべき敵である。

少々所では無いリスクはあるが、ここで使わずいつ使う。ロンが最後の手段の取って置きを取り出そうとした時だった。


「「うおらああっしゃああっ!!」」


おそらく二人分の奇声と共に熱風が通り過ぎたと思ったら、敵から炎がボンッと噴出した。轟々と燃える身体から炎を消そうと、悪魔憑きが悲痛に叫びながらのたうち回る。前には魔導騎士二人が、炎を纏う剣を構える姿。見覚えのある並ぶ背中に、この二人があの剣で切り掛かったと悟る。可哀そうに、あの炎はのたうち回った程度で消える代物では無い。

ロン達の前に躍り出た茶髪に中性的な顔立ちの騎士二人は、瓜二つな顔を並べてニヤリと笑う。


「おいエグラン、今日は随分軽い一太刀だな。お兄様に任せて引っ込んでていいんだぞ?」


「まあナグリン、それはこちらの台詞ですわ。後はこの姉に任せて後ろで震えていなさいな。」


その獰猛な笑みまでお互いそっくりである。男女の双子でこんなにも似ているのは珍しい。更には背や体格まで似ているのだから、声を聞くまでどちらがどちらだか分からないなんてことも多いらしい。第二騎士団第一隊隊長エグラン=サニーサイド、第三騎士団第一隊隊長ナグリン=サニーサイド、騎士団の名物双子“サニーサイドの二連炸裂弾”の登場である。


「若!お怪我はございませんか?」


「お嬢!!ご無事ですかい!?」


エグリンはハウルを、ナグリンはリーシュの無事を素早く確認した。すると目に見えて胸を撫で下ろし、すぐさま目の前の敵に集中する双子の顔は、憤怒に染まったそれは素晴らしい笑顔だった。


「ウチの可愛いお嬢に手ェ出すたあ、余程死にてェらしいなこの腐れ悪魔はよォ…!!おいエグラン、俺が野郎を消し炭にするのに邪魔だ。さっさとあっち行ってろ。」


「まあナグリン、寝言を口走るくらいならそちらこそお休みなさいまし?永遠に。まったく、若をこんな目に遭わすなんてこの腐れ外道が…。」


「たまには兄貴の言うこと聞けよ。可愛げの無ェ妹だな。」


「姉に逆らう愚弟に付ける薬って無いのかしらあ?」


「「あ゛あ?」」


相変わらず仲の悪い双子である。周りの大人達がどちらが先に産まれたかをきちんと記憶していなかったものだから、我こそは兄姉であるとお互い譲らぬのだ。しかし仲は悪くとも息はピッタリなので、こうして共に先駆けを任されたりする訳だが。

いつもの双子喧嘩が繰り広げられている内に、悪魔憑きは全身の炎を消すのを諦めたのか立ち上がり、再度殴りかかってきた。あの炎にも耐えるとは、耐火効果でもついているのかあの身体。リーシュとハウルが構え直し、ロンも備えようとするが、手を上げてエグランが制止した。


「三人共、少々お待ち下さいまし。すぐにアレを黙らせますので。」


エグランがそう言ってにっこりと笑うが、額に浮き上がった血管が今にも切れそうで怖過ぎる。


「お前らよく頑張ったな!あとはお兄さん達に任せとけ!」


ナグリンが頼もしく請け負ってくれるが、やはり激怒により引きつった笑顔が恐ろし過ぎる。

物騒な笑顔のまま、双子は同時に駆け出した。


「おいエグリン!邪魔しねェんなら手伝え!一気に決めるぞ!」


「まあナグリン!『僕一人じゃ無理だからお姉様手伝って下さいお願いいたしますフエエン!』の間違いでは無くて!?」


「口が減らねェな!」


「そちらこそ!」


口で喧嘩しながらも、動きは相方に合わせて戦っているのだから大したものである。双子の火魔法は対象以外を燃やすことは無い。ゆえにこの狭い路地でどれだけ炎を出そうと建物に燃え移ることは無い。ただの火魔法が、どういう魔力制御や術式によってそんな神業を成し得ているのか、是非根掘り葉掘り聞き出したい所だが、一門だけの門外不出の技術と言われれば引き下がる他無い。本っ当に心っ底、残念ではあるが。

火達磨になろうとも強烈な拳を繰り出してくる相手に、双子は突然猛攻を止め、一歩引いた。すわ隙かと、ロン達が焦り、悪魔憑きが更に突っ込もうとした刹那。


「「うらっっああ!!」」


特大の火球が悪魔憑きを襲い、その姿を飲み込む。火球はそのまま突き進み、路地を抜け、行き止まりの壁に突っ込んだ。同時に火球が爆発し霧散する。巻き上がった土埃が晴れ、そこにいたのは、原型を留めていない消し炭状態の悪魔憑きが倒れている姿だった。

どうやら、双子がいつの間にか相手に気づかれないよう頭上で特大の火球を育てていたらしい。それを敵にぶち込んで高火力で燃やし尽くしたのだ。

力でゴリ押ししてくる相手にどう対処するか。その一つの回答、もっと強い力でゴリ押す。

なんと酷い答えを見た。真似など到底出来そうに無い。

しかし、いくら周囲は燃えないと言っても、衝撃は殺せない為、周囲の建物や道にひびが走り、悲惨な状況となっている。

多分、いや、確実に後で怒られながら後片付けさせられるな、あの双子。

などど、考えていたら、後ろから人間の集団が近づいてくる気配がする。ようやっと王都守護の要、第二、第三騎士団のお出ましである。






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