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「双家の末席に名を連ねる者として、貴様の蛮行、断じて許し難い!大人しく投降し、法の裁きを受けよ!」
そう告げるリーシュのなんと凛々しいこと。横にいる大口の欠伸を隠しもしないやる気無し男に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
そんなリーシュの凛とした姿をもっと堪能していたいが、そんな状況では無い。
「リーシュ、先刻の手紙にも書いた通り、狙われているのは君で―――――」
「ロンへのお説教は後!!まずは眼前の敵!!」
いや、物申したいのはこちらだが?
そう言いたいが、ロンを見ずに早口で叫んで黙らせたリーシュは確実に怒っている。何なら激怒している。ああ、その険しいしかめっ面も可愛らしい、ってそうじゃない。ロンと云えども一応勝手をした負い目があるし、何なら怒っているリーシュが恐ろしいので、それ以上は何も言えずにいると。
「……“赤”い、髪っ!!」
憎悪の籠った叫びが現実に引き戻してくる。男の手から黒い部分が全身に広がり、黒いもやが身体から漏れ出してきた。それに伴い身体も人のそれと違う姿に変化していく。一般男性並の身長と体格がむくむくと盛り上がり二倍近くになった姿を見上げた。二足歩行の魔獣がいくつか混ざり合ったような異形の真っ黒な姿、頭に生えた二対の巨大な角、それに黒いもやとくれば、真っ先に思いつく存在。リーシュも思い至ったらしく驚きながらその存在を叫ぶ。
「悪魔憑きか!」
悪魔に憑かれた生物の特徴そのものの姿である。ただの殺人鬼では無さそうだとは思っていたが、一体どうやってこの王都に侵入したのか。王都を守る結界が破られたとしたら、とんでもない騒ぎになっているだろうに。
悪魔憑きは血走った眼をギョロリと動かし、リーシュに向けた。
「消えロッ!!“赤”毛の女あぁああアーーーーーーーー!!!」
黒い影が真っ直ぐリーシュに向かって飛来した直後、リーシュの前でパリンッとガラスが割れたような音がした。ロンの目ではまったく追い付けなかったが、リーシュはちゃんと結界を展開し、弾丸のような速さの敵の拳をしっかり防いだようだ。だが一撃でリーシュの結界が割られるとは。
その後もリーシュは結界を割られても新たに展開しつつ、敵の攻撃をいなし、その隙を縫ってハウルが敵の動きを封印で阻害し攻撃を仕掛ける。そうして敵の拳と二人の魔法剣術による激しい攻防が続く。
さすが千年近く脈々と受け継がれてきた騎士家系の本家直系である。その歴史は王家よりも古く、建国時から王家の剣として仕え王都守護を任される武門の双璧シリウス家とアステリオン家。
魔術は魔力さえあれば万人が使える体系化された技術だが、魔法は生まれ持った才能だ。その中で特定の血筋にのみ代々受け継がれる魔法を血統魔法と言う。血統魔法である結界魔法と封印魔法を保持し、それと剣術を組み合わせた魔法剣術は魔導騎士の原点とされている。
堅実かつ冷静に対処していく二人に焦れたか、敵は大振りな攻撃の後、少し後退し腕を大きく振り被った。すると黒い腕が盛り上がり更に筋肉量が増して、上からリーシュに襲い掛かった。
「消えロおおおおおおおおーーーーー!!!」
リーシュは振り下ろされた拳を結界で受ける。結界が肉眼で視認出来る程に厚い。リーシュ自身やハウルの封印による固定で強度を足しているのだろう。だが強化された結界も、また一撃で叩き割られた。即座に後ろに飛び退いたのでリーシュは無事だったが。
「ふむ、アステリオンの封印で強度を底上げしたシリウスの結界を、ああもあっさりと破るとは。」
ただ握った拳を振り下ろしただけの滅茶苦茶な攻撃だというのに。動きこそ戦闘に不慣れな者のそれだが身体能力がとんでもない為、魔導剣士二人相手に戦えてしまえている。何ならあちらの強化で更に押されている。単純だが力任せのごり押しというのも馬鹿に出来ない。つまり小細工を弄すしか戦う選択肢を持たないロンの嫌いなタイプである。
それにしても、敵はリーシュしか見ていない。ハウルをほぼ無視して頑なにリーシュの首ばかり狙っている。首を絞めて殺すことに余程こだわりがあるのだろう。
「胸クソ悪い…。」
「え!?何!?」
「いやこちらの話。」
戦闘に集中しているリーシュがロンの呟きをわざわざ訊き返してくれたが、ロンが言及せずとも二人も敵の目線と動きに気づいているだろう。
リーシュを囮にするようで気が進まないが、これを利用しない手は無い。本当に、本当に気が進まないが。
「リーシュは最高硬度の結界を前方に展開。ハウルは硬度の底上げ。」
端的な指示でもロンが何か仕掛けると察した二人は、すぐ行動に出る。合図も無しに展開された結界と同時に封印が上乗せされる。二人のこの息の合った連携は一朝一夕で成せるものでは無い。まったく腹立たしいが、こういう状況では頼もしくもある。
敵の拳がまた結界を叩き割ろうと振り下ろされる。リーシュとハウルが今現在出せる最高の封印結界である。だがそれも、三人の前であっけなく粉々に砕け散った。ロンの予想通りに。
ロンが手元のある物に魔力を流し起動する。すると、結界を割った勢いのままリーシュに迫った拳が、突然カクッと曲がって方向を変えた。ありえない曲がり方した拳は勢いが殺されることも無く、あろうことか敵の自らの顔面に叩き込まれた。攻撃を食らった衝撃で横の壁に激突する悪魔憑き。轟音と共に土煙が立ち、晴れた後には悪魔憑きの身体はほぼ壁にめり込んでいた。
「…ロン。」
「さすがリーシュ。咄嗟に建物の倒壊を結界で防ぎ、敵の拘束も済ませるとは。」
敵の体格ギリギリに沿って全身を包むように結界を展開している。あれでは動くに動けまい。ハウルも敵を閉じ込めている結界に封印を施しているが、そこは敢えて口にしない。
「それ、何?」
リーシュが困惑顔で、ロンの手元を凝視する。説明を求められたので、ロンはちょっと胸を張ってそれを掲げた。一見すると短杖に思えるが、先端がピンクの豚の頭部を模しており、顔半分の面積を占める巨大な両目からは細い光が放たれている。
「出来立てほやほや、新型魔導具『ちょちょっと猪突君』だ。」
師の課題を片付けた後、昨晩ふと思いついて試作してみた代物だ。課題の為に散々調べた古代魔導具『春待の導』を参考に制作したが、見た目はロンの独自性が大いに加味されている。『春待の導』は長杖だが、魔導式を簡略化して短くしたのだ。扱いやすくなる一方で性能は著しく低くなったが、今の状況を見るにこの程度でも問題は無かったようだ。
初めて『春待の導』について教えてもらった時、姉弟子は幼児でも理解しやすいように“探し物発見器”と表現した。子供を育てるのにまったく向かない師に任せていられなかったのだろう。良識がある方の兄弟子や姉弟子が度々こうしてロンの世話を焼いてくれていた。
『春待の導』は目的地や物を指定すると一直線にその場所を指し示し導いてくれる。ならばその性能を活かして二点を繋げたら誘導出来るのではと考えた。まず、目的地への最短ルートを設定し、拳と顔面の二点に印を付ける。豚の目から出ている光を数秒当てなければいけないが、リーシュを一心不乱に狙ってくれたことと、二人の封印結界による足止めのおかげで条件は達成出来た。こうして敵は自分自身をぶん殴り、その並外れた力によって壁にめり込む羽目になった訳である。
「相変わらず名付けとデザインのセンスが死んでる………。」
ボソッとハウルが何かほざいたが、偶に喋ってもどうせロクなことを言わないので無視して一向に構わないだろう。




