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ホワイムーン  作者: 思多斗芦
仮説1.恋とは罪悪
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5






いつぞや、兄弟子が帰省した際、確か二人でこんな話をした。


「『月が綺麗ですね。』?」


「そうそう。」


「それが『愛してる』という意味になるのですか?何故?」


兄弟子が手ずから淹れてくれた、土産の香り高い珈琲を味わいながら、ロンはそう問うた。


「いろんな説があるけど、俺は『あなたと一緒なら月がいつもより綺麗に見える』ってのが好きかなあ。まあ、これを言ったとされる作家は都市伝説で、本当は誰が言い出したかは分かってないらしいけどね。」


「つまり慣用句、隠語の類ですか。」


遠回しな口説き文句のようなものと解釈し、「師匠が知れば多用しそうですね。」と返すと、兄弟子は「どうだろうね。」と楽しそうに笑った。あの色狂い老人の業が増えると考えると、全然笑い事では済まないのだが。


「しかし兄弟子殿。」


「何だい?」


「そもそも月って綺麗なんですか?」


「おっとそう来る?」


ロンはまずその前提が気になった。自身の長くも無い人生を振り返ってみても、月を美しいと感じたことはおそらく無い。それゆえに理解出来ないのかもしれない。


「じゃあ、ロンはどんな時に、どんな物を綺麗だと思う?」


柔らかな声が優しくロンにそう問い返してくる。

この、女運が悪い以外は欠点らしい欠点の無い穏和な性格の兄弟子は、いつも程良い距離感でロンに接してくれている。

この時も、こんな面倒臭いことを言い出した子供相手にきちんと付き合ってくれていた。これが師ならば早々に「知るか。」と一蹴されるに違いない。


「師匠のお付き合いのある女性の方々は大変お美しい容姿をされているかと思います。」


「そういうのじゃなくってさ。」


兄弟子はまた楽しそうに笑った。何がそんなに面白いのか。


「世間的な評価である“月は綺麗”に、ロンは疑問を持っているんだろう?じゃあその女性達も、誰かの尺度でなくて、ロンにとって“綺麗”と感じる?」


「…なるほど。」


そう言われれば、確かに、彼女達の美貌に心動かされたことがあるかと問われれば無いと言える。


何故“月が綺麗”なのか?


己が美しいと感じるものは何か?


もしかしたら、それが、ロンが知りたい命題かもしれない。






黄昏時、夕闇に街が沈む中、王都の入り組んだ細い路地を、少女が一人歩いていた。

手紙には、この時間にこの先の広場で待っていると書かれていた。待ち合わせ場所に向かいながら、少女はワンピースのポケットから袋を取り出す。

昼間、山猫亭の若女将から貰った菓子だ。一粒サイズのチョコレート菓子を、一つつまんで上に放り投げる。菓子は弧を描いて少女の待ち構えた口へと吸い込まれていった。


「一個。」


そう呟くと、続いて二投目の準備をする。投げられた菓子の落下地点を予想して赤い三つ編みがゆらゆら揺れる。そして、これもまた狙い通りに口に入った。


「ニ個。」


次々と繰り返すこと十一回。すべて菓子を下に落とすこと無く成功させていた。歩きながらというのに器用なことである。

袋の中を見れば菓子は最後の一個だった。少女は最後の一個を高く高く放り投げる。菓子が頂点に達した時、上を見上げて晒された少女の喉元に、それは待っていましたとばかりに迫った。

風切り音がする程の早さで、黒い二本の腕が少女の白い首を覆おうとしたその時、少女の開け放たれた口が動き、言葉を紡いだ。


「残念ハズレ。」


瞬間、大きな破裂音が耳をつんざいた。

少女の背後に迫った影は混乱の中、動きを止める。その機を逃さず、少女はすかさず前に跳躍しながら影から距離を取った。直後、影の全身を頭上からの水が襲う。謎の液体を被り、ずぶ濡れの影が呆然と、目の前の少女を見た。

少女は影の動きを警戒しつつも、口を真上に開ける。すると、そこにスポンと落ちてきた菓子が入った。


「十二個。」


そう呟くと、ガリッと菓子が嚙み砕かれる。その少女の瞳は、冴え冴えと冷えた銀灰色だった。


「昼間の少年…?いや、少女…?」


少女を襲おうとした影もとい昼間出会ったどこぞの使用人を名乗る男が、 困惑した様子で目の前の少女もといロンを凝視している。

どうやらロンを少年と勘違いしていたらしい。

まあ、短い黒髪と妙にきりっとした顔立ち、更に男物の服装をしていれば間違われて当然か。初対面の人間にはほぼほぼ男として扱われるので、最近はロンも一々訂正しなくなった。


「でも何故そんな格好を…。」


「ほほう。やはり気になりますか。」


ロンがおもむろに胸元に着けたブローチを引き剥がすように取ると、その手に子供一人覆える程の黒い布が現出した。途端、赤い三つ編みが短い黒髪に、淡い緑のワンピースが薄汚れた作業着に取って変わった。


「そこまで言うなら仕方ない。お教えしましょう。こちら、名を『ちゃちゃっと変わりマント』。羽織って留め具のブローチを着けた瞬間にあら不思議。事前登録した姿に一瞬で変装することが可能となります。」


勿体振った言い方のロンの説明を男が呆然と聞いている。『ちゃちゃっと変わりマント』は顔の造形や体格は変わらないが、服装や髪色とその長さ、黒子の位置など、外見的特徴を正確に模倣する。ロンとリーシュは体格はほぼ同じなので近くでよく見れば別人と分かるが、遠目からなら充分騙せると今回立証された。これは帰宅後すぐレポートを作成せねば。


「ちゃ…?え…?」


「『ちゃちゃっと変わりマント』です。ちなみに非売品ですので悪しからず。」


何せ師の倉庫から無断拝借した素材が原材料である。埃を被って忘れ去られていたのでバレないとは思うが、売りたくともさすがに売れない。おそらく拳骨一発では済まない。


「は?」


困惑で頭がこちらの話に追いつけないのか、この魔導具の名に何か文句でもあるのか、すっかり固まってしまっている男をロンは冷静に観察する。

実は、先程最後の菓子と共にある物も真上に投げていた。一見はただの水風船である。ほんの少し魔力を込めると五秒後に破裂し中の水が弾け飛ぶという、どこででも安価で買える子供の玩具だ。ただし中身はロンの手によって身体麻痺を引き起こす薬が混ぜられている。浴びた瞬間普通の人間なら指一本動かせず倒れるような代物なのだが、目の前の男にその様子は無い。つまりただのどこぞの使用人などでは無い。

初手でさっさと潰す予定だったのに面倒なことになった。今すぐ逃げ出して関係の無い第三者に丸投げしたいが、そうもいかない。

昼間、男からの手紙をロンはリーシュに渡さず自ら封を切った。内容は、日没近い時間帯のあまり人通りが無い場所にリーシュを呼び出す物だった。

もちろん、その時間と場所でないと都合がつかなかったか、邪魔が入らず夕日を背景に愛の告白をしたいと怖気を催す感性の持ち主だったとも考えられる。

だがあの時、リーシュを見るあの男の視線が気になった。一瞬のことだったが、その瞳に宿る炎の揺らめきのような不穏さが、ロンの警戒心を引き上げた。そして駄目押しのように視界に入った時刻は十二時十二分。数字の『12』はロンにとって厄災であった。リーシュにはジンクス扱いされているが、それでもロンは男を敵と認定した。

その後、理由を付けて早々に解散し、迎撃の準備を整えた後、リーシュに詳細と依頼の手紙を書き、今こうして謎の通り魔と対峙する羽目になっている。今頃手紙を読んだリーシュは怒っているだろうが、きちんと衛兵隊に連絡してくれていることだろう。よってロンは衛兵隊が来るまで時間稼ぎが出来れば良いのである。


「何せ大事な友人と犯罪者の仲を取り持つ訳にはいかないもので。こうして代理で参上した次第です。赤毛でなくて残念でしょうが、こちらもわざわざ骨を折ったのです。ご用件は手短に願います。ああ、だからと言ってアルジャーノン商会のご令嬢にされたようなおもてなしは遠慮しますよ?」


真っ先に首を狙った行動から見て、この男が件の通り魔かと当たりを付け少々挑発してみる。そうだとしたら『林檎の乙女番付』上位者に含まれていないリーシュが狙われる理由は間違いなく髪色だろう。アルジャーノン商会の末娘は赤茶色の髪と瞳だったらしい。

さてどう出ると身構えていると、男は何事かブツブツと呟いている。


「消えないんだ。あの“赤”が。」


男は、ロンを見ているようで目の焦点がまったく合っていなかった。どうも最初に会った時にはあった人間的な理性が欠落してしまったように感じる。どうやら言葉選びを間違えたらしい。


「あの場所は僕らの場所なのに、毎日毎日居座って三人仲良く楽しそうに笑って…。」


あの場所とは中央広場か。あそこで目をつけられていたか。“僕ら”ということは仲間がいるのだろうか?通り魔なら単独犯という思い込みがあった己の迂闊さに舌を打つ。


「あの女と同じ赤毛が…。あの赤が三人で笑っているのを見ると…!」


男は震える両手で顔を覆い、指の隙間から赤毛の女とやらに向けた怨嗟の声が垂れ流される。すると徐々に男の手が黒く変色し、男から感じ取れる魔力が上昇していった。

あ、やばい、やらかした。自分に対処出来る想定を大きく上回ったと悟ってしまった。

撤退を考え始めたロンに、黒い大きな手の平が視界を覆ったと認識した直後。


「ロン!!」


凛とした少女の声が降ってきた。それと同時に目の前に透明な壁が現出し、黒い手がロンに届くことは無かった。この薄くも強固な結界を、ロンはよく知っている。

ロンの前に二つの影が降り立った。上から飛び降りたのか。この辺の建物は割と高いのだが、二人共平然としている。即座に愛剣を構え、二人は静かに敵を見据えた。


「誰…、お前!!」


自身の邪魔をしてきたのが誰なのかを認識し、相手の怒気が一気に膨れ上がる。

彼女には大人しくしていてほしかったというのに。狙われていると手紙には書いたのだから、横の男がしっかりと止めるべきだろう。だがそもそも、頼んだ衛兵隊への連絡を終えた後、この二人がそのまま大人しく自宅待機してくれる訳が無かった。

片方は敵前であろうと誇り高く堂々と、もう片方は欠伸混じりの覇気の無い声で、名乗りを上げる。


「女王陛下より王都守護の任を預かりしシリウス大守伯家が嫡子、アイリーシュ=シリウス!」


「同じくアステリオン大守伯家、ハウル=アステリオン。ふあ…。」







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