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ホワイムーン  作者: 思多斗芦
仮説1.恋とは罪悪
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4


山姥亭もとい、大衆食堂『麗しの山猫亭』では労働者達の昼休憩と被ったのか、薄汚れた格好の厳つい男達で賑わっていた。

店に山姥もかくやの偏屈ババアたる大女将の姿は無く、どうやら本日は気の良い若女将が切り盛りしているようだ。


「今日は大女将さんは別のお仕事ですか?」


カウンター席の端に三人並んで座り、注文を取りに来た若女将に壁側のリーシュがそう尋ねた。


「そうなのよ。依頼が立て込んでてね。夜営業には出るって言ってたわ。」


自らを麗しの山猫と言って憚らぬ大女将は魔導薬の調剤を副業としている。あの鬼のような形相であるにも関わらず、主に美容方面で評判が良い薬師なのだ。

あの山姥が不在なのは大変ありがたい。今日はただでさえおかしな連中に絡まれたのだ。更に山姥の小言をクドクド聞きながら昼食は御免被りたい。

大旦那特製の絶品白身魚の揚げ物に舌鼓を打っていると、後方のテーブルがにわかに騒がしくなった。


「もう一回言ってみろ!!アグネスちゃんが負ける訳ねえだろ!!」


「お前こそいい加減にしろ!!今年の優勝は絶対エイプリルちゃんだ!!」


聞こえてきたのは、事情が分からずとも確実に下らない言い争いだろうと判断出来る台詞だった。だが若女将はそれでも店を騒がせる輩達に「ちょっとうるさいよ!どうしたんだい?」とわざわざ声を掛けている。客商売は大変である。


「聞いてくれよ若女将!こいつ次の林檎の乙女番付は花屋の娘が優勝するとか言い出すんだぜ?目がおかしいんじゃねえか?」


「こっちの台詞だ!役所のあの受付嬢が選ばれると思ってるのはお前だけだよ!」


「あのねえ、そういうのはどっちが選ばれても恨みっこ無しってのが筋だろ?そんなことで喧嘩すんじゃないよ。」


林檎の乙女番付といえば、小説『灰かぶり騎士と林檎の乙女』の主人公たる林檎の乙女のような赤毛の美少女を探して一番を決めようという、ここ数年盛り上がっている王都の催し物の一つだ。結果は新聞に載るので、原作を未読でも大衆の認知度は高い。ちなみに、十五歳以上と規定されているので、ロンの隣の赤毛の美少女が番付に入ったことはまだ一度も無い。

客の男達を若女将が嗜めて落ち着かせるが、周りの客達も興味を惹かれたか、店内は今年の番付について話が広がっていった。


「今年は誰が優勝するかねえ。」


「やっぱり順当に去年と同じだろう。」


「だからアグネスちゃんだって!あの笑顔に癒されない奴はいないって!」


「それを言うならエイプリルちゃんのあの魅惑のプロポーションには誰も敵わねえよ!」


髪色関係無えじゃねえか。


「だがよ、その前に通り魔を何とかしねえと開催も出来ねえんじゃねえか?」


はて?

何やら気になる単語が出て来た。ロンは頬張っていた白身魚を飲み下してナイフとフォークを置き、身体ごと後ろに向き直った。


「失礼。」


「ん?何だ?どうした坊主。」


「通り魔とはどういったお話なのでしょうか?」


「知らねえのかい?番付の上位常連の娘達が、最近通り魔に遭ってるって噂。」


それは初耳である。新聞にそのような事件が載っていたであろうか。


「およしよ。子供にそんな話。」


若女将が顔を窄めて客の男を止める。


「いえ、聴かせて下さい。」


子供に危ない話を聞かせたくない若女将の配慮も分かるが、物事には良い面と悪い面があり、理解するにはマイナス要素も知っていなければならない。でなければこれから起こりうる危機に対処など出来ない。もしその通り魔の狙いが赤毛の少女なら尚更である。

若女将がため息を一つ吐いて黙ると、客の男は怪談でも語るように声を潜めた。


「アルジャーノン商会って知ってるかい?中央通りに軒を連ねたそこそこデカい商会で、先月流行り病

で末娘を亡くしたそうなんだが。」


「どうも病死じゃなくて殺されたらしいんだよ。番付でも上位に入るような器量良しだったのになあ。」


話し始めた男の後ろから、他の客がそう話を引き継いだ。周りの客達も次々と自身が知る噂を口にする。どうやら本当に世間に浸透している噂らしい。


「外聞が悪いってんで家族は伏せてるみたいだな。」


「そこから若い娘が何人か姿を見せなくなってよ。理由は病気やら家出やらだが、皆、林檎の乙女番付に入ったことがあったらしい。」


「一度も番付で一番になれなかったその末娘の呪いじゃねえかって噂よ。」


「それで何故そこで通り魔が出て来るのですか?」


一体どうして、死人の呪いという不確かな噂から通り魔という現実に害のある噂に話が派生したのだろうか。


「見ちまった奴がいるらしいんだ。」


男がニヤニヤと笑ってロンの顔を覗き込む。これは子供を怖がらせて面白がる悪い大人の顔だ。兄弟子や姉弟子で見慣れた顔である。


「月がよく見える晩、人通りの無い道を歩いていたそいつは、前方の暗がりで何かが動いているのを見た。何だと思ってよお~く目を凝らしてみて、そいつは仰天した!」


「ほう。」


「なんと!悪魔みたいな恐ろしい形相の真っ黒い化け物が、赤っぽい髪色の女の首を絞めてたんだと!そいつはチビりかけながら衛兵の詰め所に逃げ込んで衛兵がその場所に駆け付けたらしいが、犯人はとうに逃げてたそうだ。被害者の女もどこの誰か分かってねえとさ。」


「それが通り魔だと?」


「ああ。アルジャーノン商会の末娘も首を絞め殺されたって噂だからな。何か関係があるに違えねえ。」


「しかしそんな事件が起きたなら、すぐに新聞に掲載されるのでは?」


「それは知らねえよ。わりと最近どっかで聞いた話だがな。」


「陰謀だよ陰謀!衛兵の失態を新聞社が抱き込まれて隠してんだよ!何せもう何人も通り魔に殺られてるって噂だ!」


「それこそ眉唾だろ!ギャハハハ!」


男達は機嫌良く笑いながらグラスを呷る。まさか酒は入っていないよな?真っ昼間だぞ。あのグラスの中身が、山猫亭特製果実水であることを信じつつ、酔っているかのようなテンションの客達からそっと目を反らす。


「まったくこの男共は…。ほら、これお菓子。持ってきな。」


「わあ!ありがとうございます!」


若女将が飴やらチョコレートやらが詰まった袋を差し出すと、リーシュが嬉しそうに受け取った。見れば、三人共に既に皿は空になっている。客達から粗方情報収集も出来たし、そろそろお暇する頃合いか。


「はい!三等分ね!」


ニコニコ笑って分けた菓子を手渡してくれるリーシュを堪能していると、若女将がそっと耳打ちしてきた。


「それと、アステリオン家の若様とシリウス家のお嬢様をあんまり遅くまで連れ回しちゃいけないよ?大賢者様のお弟子さん?」


そう、しっかりと釘を刺された。だがとある研究の為、朝まで付き合わせた前科持ちなので何も言えない。しかし、リーシュはともかく何故ハウルの帰宅の心配までしてやらなければならないのか。






「お~い君!」


山猫亭を出て間も無く、一番後ろを歩いていたロンに横手の路地から男が声を掛けてきた。男は前を歩く二人に気づかれないようにこっそりロンに近づき、声を抑えて懐から何かを差し出してきた。


「これ君の所のお嬢様に渡してくれないかな?」


それは手紙だった。白い便箋に流麗な文字が躍っている。何の真似かと見知らぬ若い男を見ると、男はその柔和な顔に申し訳無さを滲ませて軽く頭を下げてきた。


「ウチの坊ちゃんが、あのお嬢様のことが気になって気になって夜も眠れない有様でね。隣の麗しいお

坊ちゃんに気づかれないようにこっそり渡してくれないかな?」


なるほど。どうやらまたもや二人の使用人と勘違いされているようだ。良い所の使用人らしきこの男は主の手紙を渡しに来ただけなのだろうが、そこで少し違和感を覚える。

ロンの容姿は、前髪と帽子で隠れ気味の銀灰色の瞳はともかく、黒髪はさして珍しくも無い。だが、リーシュの燃えるような赤毛に橙の瞳、ハウルの灰ががった青髪と金の瞳を見れば、あのシリウス家とアステリオン家の一族に連なることは、この王都に長らく住まう者なら一目瞭然だろう。

それに気づかないということは王都の人間では無いのだろうか。それに思い至ると、一つ心当たりがあった。


「もしやさっきの猿山の大将気取りのいろいろと痛々しいお上り坊ちゃんからでしょうか?」


昼食前に道端で絡んできたフォレスティアご一行と当たりを付けると、目の前の男は微妙そうな顔を見せた。


「酷い言い様だけど違うよ。その隣にいた茶髪の子さ。」


「ああ、あの大人しそうで中々ふてぶてしそうな腰巾着眼鏡の方か。」


腰巾着のくせに大将が気をやっている相手にこっそり横恋慕とは、やはり中々良い性格していやがる。


「君、口悪いなあ…。」


苦笑いを溢すと男は改めて頼んできた。


「お願いだよ。そりゃあ、あの二人、お揃いのピアスなんてしててお似合いだけどさ。ウチの坊ちゃんの気持ちを伝えるくらい許してもらえないかなあ?」


リーシュの右耳で揺れる金の石が付いたピアス、それと同じ意匠で色違いの物をハウルは左耳に付けている。橙色で、お互いの瞳の色を交換している形だ。確かに知らぬ者が見ればそうと勘違いしても仕方ないかもしれない。だがしかし。


「あのピアスはそういう意味では断じて無いし二人の関係性についてありえない誤解が発生しているようだがそれは例え天地がひっくり返っても起こり得ないので即刻認識を改め今後そのような愚かしい考えを二度と口にしないというのであれば伝書鳩を務めるのも吝かでは無い。」


「今の、息継ぎどこでしてんの?」


懇切丁寧に説明してやったというのに男は何故かロンの早口に引いた態度を見せる。頼み事してる立場だろうが。


「ロン!どうしたの?」


後ろを歩いているはずのロンがいないことに気づいたリーシュが、振り返ってこちらに声を掛ける。するとリーシュに気づかれたことに慌てた男が、急いでロンに手紙を押し付けてきた。


「と、とにかく頼んだよ!」


そして瞬く間に走り去ってしまった。そういえば名前さえ聞いていない。まあ手紙に書いてあるか。

――――――その時、不意に時計台が目に付いた。

王都で最も高く、どこからでも時間を確認できる巨大時計台“レディ・クロック”は、この街の象徴だ。

その針は、十二時十二分を指していた。






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