12
女の暴露を聞かされた今、アスティンの最後について、オーギーの頭にある考えが過る。
何も言わなかったのは、僕の為か?
誰よりも早く犯人達を見つけたアスティンは、この女の関与を知り得ただろう。
だが、あえて僕に伝えない道を選んだのか?
エイミーの、真っ直ぐ前を向く凛とした横顔を見つめるのが好きだった。ずっと恋い焦がれていた。
例え隣に在れなくとも、同じ想いを抱いた友が彼女の側にいてくれたなら、それで良かった。
アスティンの、言葉にせずとも一度決めたことは必ず貫き通す決意を秘めたその生き様が好きだった。
誰よりも、どんな時でも、信じられた。
エイミーは、自身の正義感に従って、店の誇りを守ろうとした。
アスティンは、自身が定めた法に従い、約束を守ろうとした。
二人共、自分の正しさを貫いた末に死んだ。
何故、正しくあろうとした二人が死んで、過ちを犯し続けるこの女が無様を晒しながら生きている?
責任転嫁で醜悪さを撒き散らして、何も償う気の無いこの女に生きる価値があるか?
エイミーとアスティンはもうどこにもいないのに。
「あらあら。」
その声は、真っ白になったオーギーの頭に唐突に滑り込んできた。
振り向けば、開け放れた扉に女が立っていた。
声から女と直感的に思ったが、古めかしい魔導士のようなローブが頭から爪先まですっぽり覆われており、姿はまったく判らない。高く、ねっとりとした声の響きから連想しただけだ。
「ちょっと小遣い稼ぎに占いしに来ただけだったけど、面白いことになってるわね。」
オーギーの足元を一瞥すると、女はクスクスと笑った。倒れた血濡れの少女と、それを見下ろす血塗れの男を前にして、女は軽やかに近づいてくる。
「縊り殺しておいて、更に滅多刺し?非道いことするわあ。」
女は、凄惨な殺人現場を目撃しておいて、騒ぐでも人を呼ぶ様子も無かった。場違いな程に普通で、むしろ愉快そうな様子が、オーギーの気持ちを波立たせた。
ただ笑っているだけで何もしない女から目線を外し、オーギーは己の行状を見下ろした。
エイミーがくれた襟巻きは、女の首に巻き付けて力一杯引っ張ったので、すっかりぐしゃぐしゃだ。
アスティンに贈った万年筆は、女の胸に何度も突き刺さり、ペン先がひしゃげている。
真っ白になった思考と真っ赤になった視界が徐々に平常に戻ってくる。ただ目の前の女を消し去りたい気持ちで一心不乱だった。
「貴方は、これからどおするつもりなのかしらあ?」
「…どうにもしない。後は法に任せる。もうすべてがどうでもいい。」
「ふ~ん?」
投げ遣りなオーギーの言葉に、気を良くしたようで、女はニヤニヤと笑って、オーギーの顔を覗き込んだ。
これだけ近くから見ても、顔の判別が出来ない程深くローブを被っている女の、真っ赤な唇だけが弧を描いて見えた。
「じゃあ、ちょうどいいから実験に付き合ってくれる?」
「は?」
その時から、オーギーの意識は遠のき、すべてが闇に沈んだ。
「ふ~ん、そういう訳か。」
今、女はオーギーの記憶を視て、これまでの経緯を知った。
「初恋の女の子と親友が死んで、原因が自分の婚約者だったと。まあ、お気の毒。」
まったく気の毒がってなどいない明るい口調で、女は踊るように作業を進めていく。
歌うように詠唱を重ねて、オーギーの形を作り替えていく。
「まあ、よくあることよ。元気出して!私にとっては、とっても都合が良いのだし。」
かつてオーギーだった者に話しかけても返事は無い。返答が返ってくる訳が無いと判っていて、女は一人で話し続けている。それだけこの女の機嫌が良かったからだ。何せ、思わぬ所で思わぬ拾い物をしたのだから。
「さてさて、貴方はどんな醜悪で美しい姿になるかしら?精々、楽しませてね?」
作業もそろそろ終わろうとした頃、ふっと、ある記憶の残滓が女の前を漂った。
オーギーの記憶の中でも、取るに足らない位置にあったものだが、女はこれを知っていた。
占い師として、既に事切れた少女から生前聞かされた話だったからだ。
それは、泣きじゃくっている幼い少女に、同じ年頃の少年がハンカチを差し出して慰めている場面だった。
『ひっく、男の子達がね、赤いリボン似合わないって…。変だって言うの。』
『もしかして、それ林檎の乙女のリボン?』
少女の頭に大きく結われた真っ赤なリボンを差して少年が言う。
当時、小説の主人公たる林檎の乙女がしている赤いリボンが売り出され始めた頃だった。
『君も赤毛だもんね。僕はよく似合ってると思うよ。』
『赤毛?私が?』
少年の言葉に驚いて、思わず顔を上げる少女。驚きの余り、涙も引っ込んでいた。
『えっ?うん。』
『…初めて言われた。』
自分の髪色は赤に近い茶髪に過ぎないと思っていた少女にとって、少年の言葉は衝撃だった。
自分も憧れの主人公になれるような、林檎の乙女になれるような、そんな勇気を確かにその時、少女は少年から貰ったのだ。
この時のことを、少女は忘れずにずっと胸に秘め続け、少年はすっかり記憶の片隅に追いやっていた。
「ほんとに叶わないのねえ、初恋って。」
女のクスクス笑いが徐々にエスカレートし、高笑いに変わった。人を不安にさせる、破滅の足音を聞いているかのように感じさせる笑い声だった。
「嗚呼!何て便利なのかしら。恋心って!」
この女にとって、恋とは都合の良い道具である。




