11
その女は、初めて会った時から全身を真っ赤に染め上げていた。
「赤がお好きなんですか?」
「えっ?」
女は顔を上げて、こちらを思わず見上げたが、すぐに白い頬を染めて、またうつむいてしまった。
お見合いが始まってからずっとこの調子で、余程緊張しているらしく、膝の上で赤いドレスをぎゅっと握り締めている。
先程までは両家の親や仲人がいたので、それなりに場も盛り上がっていたのだが、いざ後は若い者だけでと二人取り残されると、話を繋ぐのに苦慮してしまう。
だが相手も、うつむいてばかりもいられないのは判っているようで、何とか懸命に二、三言程度だが言葉を返してくれてはいる。
しかし、この質問では何か琴線に触れたのか、女は多くの言葉を返してきた。
「は、はい…。そうなんです。昔から赤色が好きで…。父からは、お見合いには派手過ぎると言われたんですけど…。もっとお見合いに相応しい格好をしなさいと…。でも、わ、私が一番、安心、というか勇気をもらえる色なんです。」
彼女の父親と言えば、やたら「我がアルジャーノン商会とそちらが手を携えれば怖い者無し!」と口にしてきて閉口した。
商会同士の結び付きを強固にする為の縁談とはいえ言い方があるだろうに。
彼女はそっとオーギーを窺うように見上げた。その瞳は不安定に揺れている。
「オーギー様は、どう、思われますか…?」
もしや、彼女はこれをずっと気にしていたのだろうか。
ならば見合い相手を安心させてやらねばならない。
オーギーはただ率直に思ったことを言葉にした。
「貴女によくお似合いですね。それに、貴女の好きな物を知れましたので、この場に相応しくないということは無いと思いますよ?お見合いなんですから、お互いのことを知らないと。」
確かに少々派手ではあるが、全体の調和として彼女によく似合った装いだと普通に思う。
それに彼女の精一杯な様子を、オーギーは嫌いでは無かった。むしろ微笑ましくすらある。
オーギーの言葉を受けて、彼女は嬉しそうに笑うと、今度は向こうから質問を返してきた。
「オーギー様の、お好きな色は何でしょうか?」
「そうですね。色にあまりこだわりは…。どちらかと言うとシンプルなデザインの物を選ぶことが多いです。…って僕の方こそつまらない答えですね。」
「いえ!そんな!」
苦笑するオーギーに、彼女は慌てて否定した。
恥ずかしそうに、しかし喜びを滲ませながら、呟く。
「貴方を知れて、嬉しいです…。」
二人はどちらとも無く照れ笑いを交わす。
まだまだぎこちないが、きっと相性は悪くない。きっと、彼女と上手くやっていける。
その時は、そう思っていた。
留学から一年後、帰国したオーギーに真っ先に伝えられたのは、エイミーとアスティンの訃報だった。
店を閉めた後、忘れ物を取りに戻ったエイミーは泥棒と鉢合わせしてしまったのだ。
男五人が店を荒らす姿を見てすぐに逆上したエイミーは追い払おうと箒を振り回したが、男達に突き飛ばされ、机の角に頭を打ってそのまま動かなくなったそうだ。それで恐慌をきたした男達は蜘蛛の子を散らすようにエイミーを放置して逃げ出した。
翌朝エイミーが発見され、事件が表沙汰になって間も無く、アスティンは誰よりも早く強盗五人を見つけ出し、八つ裂きにして殺した。そして最後に自らの命を絶った。遺書には、強盗達から聴取したのだろうエイミーに起きた悲劇の詳細と、「国に仕え法を守る騎士にあるまじき行いを恥じ、その責を負う為、この道を選ぶ。」と書かれていた。
アスティンの親代わりだった上司から青い万年筆を渡された時、オーギーの頭は疑問符が飛び交っていた。
オーギーがもうすぐ帰国することは、アスティンだって知っていたはずだ。
何故、自分に一言の相談も無かったのか。
何故『共に仇を討とう』と言ってくれなかったのか。
何故。どんなに問いかけても、思い浮かぶアスティンの背中は何も答えてはくれなかった。
帰国後、何も手につかずにいたオーギーの元に婚約者の母親から手紙が届いた。
ずっと臥せっている娘の様子を見に来てほしいとか。
そういえば、まだ一度も顔を出していなかった。一年ぶりだというのに酷い婚約者だ。
臥せっているというのは、確かに気にかかる。他に何もする気が起きなかったのもあるが、オーギーはすぐに婚約者の家を訪ねた。エイミーがくれた季節違いの赤い襟巻きを巻いて、アスティンに贈った青い万年筆を胸ポケットに差して。
婚約者の家族から歓迎された後、何故か一人で離れに案内された。どうやらここで療養しているらしい。
扉の前から何やら異様な雰囲気が漂っているが、意を決してノックする。
しかし何度ノックしようが呼び掛けようが返事は無く、仕方がないのでノブを回して扉を開けた。万が一の場合は勝手に入って構わないと家族から了承は得ている。
「失礼いたします。」
部屋は薄暗く、換気がされていないのか空気が淀んでいた。明かりが無くとも部屋の中が泥棒にでもあったがごとく隅々まで荒らされているのが見て取れる。
部屋の奥、ベッドの上に人影らしいものが見えた。おそらく彼女だろう。
そろりそろりと近づき、声をかけると、人影がビクッと震えた。やっと部屋の中のオーギーの存在に気づいたらしい。
近くで見る一年ぶりの彼女は、余りにも以前と違い過ぎて驚いた。やつれ切って病人というより幽鬼のようだ。
「お加減がよろしくないと伺いましたが、大事ないですか?」
なるたけ優しく話しかけたつもりだった。だが、彼女は突然金切り声を上げて叫んだ。
「どうしました!?大丈夫ですか!?」
どう見ても発狂している彼女を落ち着かせようと、更に近づいた時だった。
ベッドの上に転がる、赤い万年筆に気づいたのは。
オーギーはすぐに万年筆を引っつかむと、目の前の女に突きつけた。
「これを何故貴女が持っている?」
「あ、あ、あぁあ!!」
「これは僕がエイミーに贈った物だ!!何故お前が持っている!!」
女の肩をつかんで何度も揺さぶるオーギーを、焦点の合っていない目で女が見返した。
「そんなつもりじゃなかったのよ!」
意味のある言葉を発し始めた女は、次々と世迷言をのたまい始めた。
「あいつらが勝手に殺したのよ!ちょっと店を荒らすだけ、貴方からのプレゼントを奪って、それでちょっと怖がらせれれば、それでよかったのに!」
「あの人もそう言ってた!『貴女は悪くない。これから素晴らしいことが待ってる。そう占いに出ている。』って、だから私は悪くない!」
「そもそもあの女が悪いのよ!幼馴染か何か知らないけど婚約者の私を差し置いて当然とばかりに貴方の隣に居座ってふんぞり返って偉そうに!」
「やめてって言ったらあの女どうしたと思う?笑ったのよ。愉快そうに『可愛い。』って小馬鹿にして!『大丈夫よ。あなたのオーギー盗ったりしないから。でも私にとっても大事な親友だからそこは理解してほしいな。これからはなるべく二人に気を遣うから。』ですって!?たかが何かの職人の見習いごときがこの私を下に見たのよ?許せる訳ないじゃない!!」
「大体あのガイジンの騎士なんなの!?関係無いでしょ!?関係無いのにあんな大事件にして!!」
「とにかく!悪いのはあのでしゃばり女と、頼まれたこともロクに出来ない馬鹿なチンピラ共と、頭のおかしいガイジンだから!!私は悪くない!!」
女の不快な声を聞きながら、オーギーは三人を引き会わせた時のことを思い出していた。
エイミーとアスティンを紹介した時、確かに伝えた。「二人共、大事な幼馴染みなんだ。」と。
「…エイミーは、君を馬鹿にしたんじゃない。君と仲良くなりたかったんだ。」
絞り出すような、苦しみに満ちたオーギーの言葉を、訳が判らないとでも言うように、女ははっきりと言い放った。
「何で私があんな女と仲良くしなきゃいけないのよ。それこそ侮辱だわ。」
気づいた時には、もうあの女の不快な声は聞こえなくなっていた。




