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「エイミー、それ何?」
オーギーは困惑していた。
隣の幼馴染みが熱心にスケッチしている物が何なのか、およそ理解出来なくて。
それは、いつもの中央広場の噴水、いつもと同じくその縁に三人並んで腰かけていた時のことだ。その、いつも通りでない物について尋ねると、エイミーはそれに視線を固定したまま答える。
「作成依頼された品物の下書き。」
矯めつ眇めつしつつ、鉛筆を走らせる姿は真剣そのもので、作り手の風格を感じる。
しかし、その品物の下書きとやらに目線を合わせると、首を傾げずにはいられない。
「でもエイミー、それどう見ても…。」
「ゴリラね。」
「うんゴリラだね。」
一見、ゴリラの生首に見えるそれは、紛うことなくゴリラの被り物だった。
これで彼女がゴリラの被り物職人であれば納得するところだが、オーギーの知る限り、エイミーは王都でも指折りの老舗帽子店で生まれ育った生粋の帽子職人であった。
「エイミー、君は帽子職人だよね?」
「当たり前でしょ。それ以外の何に見えるのよ。」
エイミーの幼い頃からの口癖「絶対一流の帽子職人になるんだから!」を聴き続け、散々師たる大家族からビシバシとシゴキを受けては発奮する姿を見てきた身としてはそうだと信じたいが。
「いや、一応確認してみただけ…。でも、今の姿だけ見たらちょっと見えないかなあ…。」
そこで手を止めた憮然とした表情のエイミーにジトリと睨まれる。
「私だって最初は受ける気なんて無かったわよ。『ウチは帽子屋よ!ナメてんのか!』って。」
聞けば、王立学園の演劇部からの依頼なんだとか。
今度の劇に必要だから作ってほしいと頼まれ最初は断ったが食い下がられ、粘り強い説得の末、最後は「こんな小さい店の職人の腕じゃ無理か。」と煽られ、「その喧嘩買った!」と即了承してしまったらしい。
「売り言葉に買い言葉でつい…。」
つまり、これはエイミーの負けず嫌いな性格が災いした結果か。
しかしゴリラの被り物を使って一体どんな内容の劇をするつもりなのか。
同じ王立学園生だが、演劇部と関わりの無いオーギーにとってまったくの想像の外だった。
「う~~~ん…。」
エイミーは唸りながら、高く結い上げた亜麻色の髪を左右に揺らす。
「何か物足りないのよね。」
「よく出来てると思うけどなあ。」
「アスティンどう思う?」
「えっ…?」
戸惑いの声を上げたアスティンは、先程から共に見ていたスケッチを凝視している。おそらく熟考しているのだろう。
アスティンは元は外国出身で、黒髪と凹凸の少ない西大陸人らしい顔立ちをしている。幼い頃王都に来てしばらく言葉に不自由したせいか、何事も熟慮の末に言葉にするのが癖になってしまったようだ。
意見を求められたアスティンは散々悩んだ後、静かに答えを導き出した。
「…ゴリラ、だと思う。」
「そりゃゴリラだからね。」
「うん、ゴリラ以外の何者でも無いね。」
だが、時として、考え抜かれた意見は結果にはさして関係が無かったりする。悲しいことに。
自分でもあんまりな答えと思うらしく、あからさまに落ち込むアスティン。
「気の利いたことが言えなくてすまない…。」
「まあ、アスティンだし。」
「アスティンだからねえ。」
追い討ちをかけて更に落ち込むアスティンの姿に二人が笑う。
アスティンは少々真面目過ぎる節がある。ゆえに二人にこうしてからかわれるのだ。昔から何度も。三人のお決まりのパターンであった。
昔、オーギーがもうすぐ十歳になる頃、一家で王都に引っ越して来た。実家の商会の新事業の為である。五歳から十歳の子供が大体通う神殿学校に入り、そこで三人は出会った。エイミーとアスティンは元々幼馴染みだったが、特に理由も無く、いつの間にか三人で一緒にいるようになった。
その頃、同級生の女子が男子達に囲まれ泣かされている場面に三人が出くわしたことがある。
エイミーは真っ先にその女子の前に立ち、男子達に向かって怒鳴り散らした。先制攻撃で戦いの火蓋を切ったのもエイミーで、アスティンがすかさず盾になろうとエイミーの前に躍り出た。
オーギーが泣いている女子にハンカチを差し出している間に、気づけばエイミーとアスティンが男子達相手に大暴れしていた。
そして終息する頃には「お前らやるな!」「そっちもね!」と、お互い謎の友情が生まれているのだから訳が判らない。
結局、他の子に連れられてやってきた先生から全員仲良く説教を受ける羽目になったが、その時のオーギーの役目は専ら説明役だった。
エイミーが前に出て、次にアスティン、オーギーが二人をフォロー。これもお決まりのパターンと化していく。
現在オーギーは王立学園経営科に通う学生。エイミーは帽子職人見習い。アスティンは成り立ての騎士。
三人それぞれの道に進んでいても、こうして時間が合えば共にいる仲だった。
その掛け替えの無い時間が終わることになるのは、オーギーの留学が始まりであった。
留学出立当日、エイミーとアスティンは駅のホームまで見送りに来てくれた。
「はい餞別!」
エイミーが差し出す包みをありがたく受け取る。
「ありがとうエイミー。」
早速中身を確認すると、赤い襟巻きだった。
「向こうは寒いらしいからね。」
確かにオーギーの留学先は年中雪が降るらしいが。
「ちょっと色が派手なような…。」
その濃い赤色は、あまりオーギーが身につけない色であった。
「真っ白い中でも目立つでしょ?これで遭難しても大丈夫!」
「その用途で活用されないように気をつけるよ。」
「あと、ここの刺繍、ベタだけど旅の女神ペリステラの意匠にしちゃった。無事帰ってきますようにって。」
端に刺繍された旅の女神の象徴である鳩は、あまり目立たず全体に調和している。さすが職人である。
「ありがとう。すごく嬉しい、よ…?」
餞別に感動して襟巻きを眺めていたオーギーに、唐突にある物が目に飛び込んできた。
「あの、この裏の刺繍…、もしかして。」
オーギーの手元を覗いたアスティンがボソッと呟く。
「ゴリラだ…。」
襟巻きの裏側、端の方にこれまた全体に調和したゴリラの刺繍が施されていた。すごいな職人。
エイミーが気まずそうに顔を背ける。
「…頭から離れなくて。」
例のとんでもない依頼が尾を引いているらしい。もはやゴリラの呪縛やもしれないが。
「…まあ、丈夫になるかもしれないし。」
「オーギーならそう言ってくれると思った!」
パッと笑顔に戻ったエイミーに苦笑しつつ、オーギーもある物を取り出す。
「僕からも二人に渡す物があるんだ。」
包装された長方形の箱をそれぞれ二人に渡す。
「前に僕の万年筆見て『欲しい』って言ってたろ?」
幼い頃に父から贈られて以来愛用しているオーギーの万年筆を見ては、「かっこいい」と二人は言ってくれていた。
「ええ!?これ高い奴じゃない!?」
「それは悪い…。」
「それ程じゃないよ。」
「お金持ちの『それ程高くない』程信用出来ない!」
二人は恐縮しきっている様子だが、父は一桁の年齢の子供に高級品を買い与える程非常識な親馬鹿では無い。
ちゃんと良心的な価格帯であると説明し、ようやく納得する二人。
これはオーギーが父から貰った万年筆と同じ店の商品だが、二人のはお揃いの意匠となっている。
エイミーは赤、アスティンは青だ。
「ありがとうオーギー!大事に使うね!」
はしゃぐエイミーの隣で、沈痛な面持ちのアスティンが唸った。
「…俺は何も用意していない。すまない…。」
「いいよいいよアスティンだし。」
「アスティンだもん。全然期待してないから。」
ちょっと傷ついた顔になるアスティン。このアスティンいじりもしばらくは出来なくなると思うと感慨深い。
「初めてだよね…。オーギーが引っ越してきてから、私達がこんなに離れるの。」
留学期間は予定通りなら一年だ。三人の幼馴染みにとって初めての長い別離だ。
いつも明るいエイミーが柄にも無くしんみりとしている。それが後の二人にも伝わってきて、見送りらしい寂しい雰囲気になった。
それを見て取って、ちょっと悩んだ後、アスティンは帯刀していた剣を剣帯から外すと前に突き出した。
「オーギー、エイミーを守るとこの剣に誓う。」
アスティンらしい真っ直ぐな瞳が、オーギーを射抜く。アスティンの祖先は武士と呼ばれていたらしいが、その姿は正に騎士だった。
「ああ。信じてる。」
「何それ!もう!」
口ではそう言いつつ満更でも無さそうなのはエイミーの嬉しそうな表情で明らかだ。
初恋は叶わないという俗説は、この二人に限っては当てはまらないらしい。
オーギー自身は見事に当てはまったが。
だがそれでも構わなかった。二人が幸せなら。
それにオーギーには親同士が決めた婚約者がいる。二人に紹介したこともあるが、共に仲良くやっていけそうだった。
「次に三人で会う時は皆一人前ね!」
「僕はまだ学生なんだけど。」
「いいから!お互い頑張ろう!」
「うん。」
「いってらっしゃい!」
「またね!」
列車が駅のホームを離れるまで、二人は何度も手を振り回し続けてくれた。
留学先でも頑張ろう。次に会えた時、二人に胸を張れるように。
だが、再び王都の地を踏んだ時、二人が迎えてくれることは無かった。




