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恋する風は諦めない  作者: 黄原凛斗
1章:松に鶴
9/13

こくはくと決意


「妹だからね、夢ちゃん」

「兄ですもの、こいつ」



 ほとんど同時に、声をはもらせて互いを示す二人に寧々は理解が及ばず硬直してしまいます。

 肝心の誠実さんと夢子ちゃんは呑気にやり取りを続けていました。


「わ、兄って認めてくれるんだね」


「認めるのは癪ですがそうしないと説明がややこしいでしょう。なんですかその顔は。ニヤけて気持ち悪い」


 笑う誠実さんはいつもよりも少し砕けた様子で夢子ちゃんの頭を撫でようとしますが、夢子ちゃんはそれをされる前にやんわりと手を押しのけて拒否しました。

 夢子ちゃんの方はというと、全方位に殺気を放っていそうな剣呑さは鳴りを潜め、普通の少女のように、それでいて反抗期のような態度で誠実さんの座るベッドを傘で小突きます。

 そして、ようやく二人のことを理解した寧々は大きな声をだしてしまいます。


「え、ええええええええぇぇぇぇぇぇ!? きょうだいってことですか!?」


 ハッと、言ってから口を閉ざしますが他の人は周りにいないようです。


「正確に言うと父親が同じで、お母様がそれぞれ違うから兄妹っていっても半分みたいなものですわ」


 夢子ちゃんの補足に、聞いていた誠実さんの家庭環境を思い出し……つまり……そういうことだと気づいてあわわわわわ……。


 寧々の気づいた反応を見てか、誠実さんは苦笑します。


「まあ……そういうことなんだけど表向きは他人だし、そもそも夢ちゃんの出自は秘密だから知ってる人もかなり限られているんだ」


「あの……寧々が聞いてもよかったんですか?」


 どう考えてもトップシークレットなのに、誠実さんも夢子ちゃんもさらっと答えたせいで一瞬寧々も理解が追いつきませんでした。


「寧々だから教えてもいいかなって」


 飾り気もなく、自然とそう言ったら誠実さんの真意がわからなくて。

 まるで寧々が特別みたいに言うから、勘違いしてしまいそうになる。


「内緒だよ」


 いたずらっぽく笑う誠実さんに、寧々はただこくこくと頷きます。

 ただ、それを見ていた夢子ちゃんは面白くなさそうにため息をつきました。


「はぁ〜……誠実のことで無駄な時間使って損しましたわ。誠実。後日埋め合わせするように」


「わかってるよ。お見舞いありがとう」


「じゃあ私、そろそろお散歩に戻りますので」


「待って、授業は?」


「午後は実技でしたので先生から『もうすることないから……』とお墨付きを頂いていますわよ」


 それはすごいことなのか諦められているのか寧々にもよくわかりませんが、誠実さんの表情からして多分異端寄りな気がします。


「……頼むから魔物倒したらちゃんと申告してね?」


「気が向いたらしますわ」


 去り際にんべ、と舌を出してみせるとそのまま扉を閉めて帰って行きました。

 なんだか一瞬の出来事だったのにすごく密度が高かった気がします。


「まあ、夢ちゃんがどう思ってるかはさておき、俺は夢ちゃんに今までなにもしてあげられなかったから。少し甘やかしちゃうんだよね……」


 夢子ちゃんが帰ったあと、なぜか言い訳するような誠実さんの言い分。

 誠実さんにとって夢子ちゃんは本当に大事な妹さんなんですね。


 それじゃあ寧々は?


 本当に嫌になります。

 こんなときでさえ、寧々は誠実さんの心の隅にでも居座りたいと思ってしまうなんて。


 誠実さんが治してもらったとはいえまだ安静な状態で自分勝手な話をするなんて最低だ。

 切り替えて介抱とお勉強でもしましょう――



「寧々って僕のどこが好きなんだい?」



 そういえばさっき好き好き言っていました――!

 ここから誤魔化す方法ってないでしょうか。駄目です、寧々の頭では思いつきません。


「あ、えっと……その……」


 鏡も見てないのに自分の顔が赤くなっていることがわかります。きっと真っ赤になっているでしょう。


「えっとえっと、優しいところとか……お料理上手ですし、あと、えっと、お顔も素敵ですし、それにそれに、寧々を助けてくれた恩人ですしっ」


 うわぁぁぁぁぁぁ。

 恥ずかしい、このまま溶けて消えてしまいたいくらい恥ずかしい。

 いざ口にするととても俗っぽくてなんだか悪いことみたいに思えてきてしまいます。


 恥ずかしくて顔を覆って赤くなっているのを誤魔化していると、誠実さんがとても落ち着いた声で言います。


「ごめんね」


 その一言で寧々は冷水を浴びたような感覚に陥ります。


「君はまだ子供で、僕は大人だから。君の気持ちに応える事はない」


 あまりにも障害が多い恋でした。

 あまりにも、困難の多い恋でした。


 あまりにも……無謀な恋でした。


 寧々もわかっています。この気持ちが簡単にどうにかなるわけがないって。


「寧々は……」


 寧々はどうしたいのでしょうか。

 ここで、いい子のフリをするべきでしょうか。

 いつもいつもいつもいつも、いつもやってきたじゃないですか。


「寧々は――」


 顔をあげて誠実さんの目を見ます。

 ああ、本当にこの人は真っ直ぐ寧々を見てくれているんですね。

 誠実さんだって、誤魔化しや逃げが選べたでしょうに。


「――寧々は絶対、ぜーーーーったいに諦めたくないです!」


 誠実さんの言う大人まであと数年。

 それまでに、それまでに必ず。


「誠実さんが寧々のことを嫌いにならない限り、寧々は誠実さんのおそばで誠実さんの心を()ってみせます!」


 自分への誓いも兼ねた宣言に、誠実さんはしばらくぽかんとした後、くすくす笑いながら優しい声で寧々に言いました。


「そういうことは大人になってから考えなさい」



 寧々はこの人が好きです。


 優しくて、いつも寧々を守ってくれて、お世辞にも完璧とは言えない人かもしれないけど。

 そんなあなたに、寧々は恋をしたのです。






――――――――――




 夜になって消灯時間が近づいてきた頃、誠実はスマホでメールをチェックしていた。

 衝立を挟んだ別のベッドからは寧々の寝息が微かに聞こえてくる。


 誠実はそのまま自分も寝ようとスマホを枕元に置こうとして、気配に気づいて険しい顔をした。


「この時間は面会禁止だろ」


「つれねぇこと言うなよ。坊っちゃんに頼まれてたやつ、持ってきてやったのに」


 そう言いながら暗闇から現れた卯月に、誠実は寧々に見せる顔とは違う、厳しい表情を浮べる。


「データで転送しなよ」


「寧々公と坊っちゃんが一線越えてないかのチェックも兼ねてっからさ!」


「死んだら?」


 わかっているくせにそういうふざけた煽りをする卯月に、誠実は苛立ちながらも騒いだら寧々を起こしてしまうと思い、声を潜めた。


「それで、用はそれだけ? なら帰りなよ」


 卯月が持っていきたファイルをひったくると、小さくライトをつけて中身を確認する。

 すでに卯月には目もくれない。


「ひっでぇなぁ。俺は坊っちゃんのこと、これでもかなり好きなほうだぜ?」


「へぇ。俺は結構嫌いだけどね」


「ちょいちょいガチ凹みしそうなこと言うのやめね?」


 淡々と、中身に目を通しながら卯月に早く帰れとジェスチャーするも、卯月はそれを無視して近くにあった椅子に座った。


 ――高橋寧々の調査記録。


 裏で卯月にこっそり頼んでいたそれは寧々がこれまでどんな環境にいたのかを記録したもの。

 普通の調査では限界があるが、卯月ならばかなりプライベートなことまでわかる。

 寧々本人に内緒で、寧々本人すら把握していないようなことも全て。



 両親ともに家系を遡っても完全にただの一般人。

 保育園の頃はまだマシだったようだが、小学校に入った頃から父親が仕事関連で荒れ、暴力を振るうことも多々あったようだ。

 母親の方はというと、半ば育児放棄と、父親に強く出れないストレスからか寧々に手を上げたことも何度かあり、寧々はベランダで過ごすような日もあったという。

 そして、育児放棄のせいか、衣服や持ち物がボロボロなこもとから学校では腫れ物のように扱われ、関わってはいけない子として浮いていた。

 上記のせいで、何をしてもいいと思った同級生にいじめのようなことをされたがやり返しトラブルになり、引っ越しと転校。

 小中ともに友人は少なく、高校はまだ入学したばかりでそう目立ったこともなかったようだ。

 高校で立て直すかと思いきや、ヤクザ相手に借金の返済を娘で払うような両親に売られ……現在に至る。


 他にも様々な過去や情報が並んでおり、誠実はそれらに一通り目を通して息を吐く。


「あんな感じなのにけっこー悲惨で俺もびっくりしたぜ。どうよ。考え変わった?」


「別に。むしろ踏ん切りがついたところ」


 施設に預けることを考えたが、寧々が防人衆の間でにわかに注目を集めていること。

 自分の元から離れた寧々が、異能者たちの権謀に巻き込まれる可能性は0ではないと誠実は憂う。


(責任を取れ)


 誠実は自分にそう言い聞かせながら、ファイルを卯月に返して、ベッドに寝転ぶ。


「結局保護者方面で引き取るつもりか? 色恋が使えるならそっちの方が簡単そうなのによくやるぜ」


「寧々を守るための行いが、寧々の気持ちを踏みにじっていいはずないだろ」


 それに、と数秒置いてから、眠っている寧々の方を見た。


「大人になる頃には、俺よりもいい相手が見つかって、そのうち自分の幸せを見つけられるよ」


 どこか寂しそうな誠実の顔を見て、卯月はつまらないものを見るように眉を顰めながらぼやいた。


「――さぁて、そりゃどうかね?」


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