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恋する風は諦めない  作者: 黄原凛斗
1章:松に鶴
8/13

しっぱい



 現場に到着したときにはすでに他の防人さんたちが対応にあたっていて、避難誘導と魔物対応で別れていました。


 魔物の数はざっと見ても5体は超えています。

 避難は出勤通学ラッシュのタイミングだからか、かなりの人が軽傷やパニックを起こしていました。


「寧々たちはどうするんですか?」


「人手がきつそうなのは魔物の方だけど――」


 避難しきれてないから抑えるのが大変ということもあって、避難を急ぐべきかと一瞬誠実さんは悩む。しかし、寧々を見てあることに気づきます。


「寧々、避難のために風で道を作ったり誘導できる? 僕は元々後衛だから魔物の方をやるから、寧々は避難のほうを頼みたい」


「わかりました!」


 風はあまり激しくしすぎず、流れを作るようにして避難する人たちに声をかけます。

 たまに飛んでくる魔物の攻撃も風で弾き返し、なんとか大半が避難したと思った頃、まだ小学生くらいの男の子が取り残されていることに気づきます。

 それは戦闘が激しい中、瓦礫の間に挟まれています。


「誠実さんあそこ――!」


「ああ、今確認した。どうにか……」


 誠実さんは他の防人さんの能力も踏まえてどうするかと考えているようですが、考えている間にもあの子は怖い思いをしている。

 そう思うと、寧々は止まっていられません。


「っ、寧々!?」


 ギリギリ誠実さんと離れてても大丈夫なだけの距離はある。

 風に乗って素早く魔物を避けながら瓦礫を押しのけ、子供を抱きかかえます。


「大丈夫ですよ!」


 泣いていた男の子は安堵したように泣き止んだかと思うと、一瞬にして青ざめました。


 振り返ると、先程よりも魔物が増えている。

 瘴気が増してどんどん、増え続けて――


 逃げないと。抱えた子供をさっきよりも強く抱きしめて、風を起こす。

 そのまま突破しようと魔物を風で薙ぎ払うはずが、一体の魔物に阻まれてしまい……。

 ずっしりと重い、足のない巨大な肉塊のようなそれは風を受けてもびくともしません。


 今の寧々じゃどうにもできない――そう思った瞬間、肉塊の魔物は吸い込んだ瘴気で体を膨らませたかと思うと、棘のようなものを見せつけています。棘といっても、人の腕くらいの太さはある。


 それらが寧々たちに向かって飛んでくるのを、なんとか風で軌道を逸らそうとしても全て逸らせない。

 この子は守らないと。そう思って庇うように強く抱きしめて来るはずの衝撃を恐れて目を瞑る。


 いつまでも痛みが来ない。

 恐る恐る目を開けると、誠実さんが目の前で、寧々たちを庇うように覆い被さっていました。


「誠実さ――」


 ぽたぽたと水が落ちる音。それが誠実さんの血だと理解したくなくて、誠実さんの目以外見れない。

 誠実さんの背中にはさっきの棘が2本刺さっていて、よく見れば札を使って数本は防いでいたようです。


「無事、みたいだね……」


「せ、誠実さん! 誠実さ――」



 カラスの鳴き声が聞こえる。



「――ほんっとうに程度が低いのばかりで呆れますわね」


何羽ものカラスとともに現場に現れたのは夢子ちゃんでした。


 地面から直方体や尖った柱が出現したかと思うと、魔物たちを強く穿ちます。ときには動きを封じ、ときにはそのまま打ち倒す。

 次々と増えた魔物まで叩き潰していく姿は圧巻の一言。

 2桁はいる魔物を全て打ちのめして、堂々と着地した夢子ちゃんは防人衆の人たちも声を潜めて注目されていました。


 すべての魔物を倒しきってすぐ、夢子ちゃんは寧々たちのもとにやってきます。


「みっともない。意識は?」


「夢、ちゃん……」


「意識はありますわね」


 そう言いながら寧々たちから誠実さんを引き剥がして、誠実さんに刺さった魔物の棘を引き抜いていきました。


「せ、誠実さん。そんな一気に抜いたら血、血が――」


 夢子ちゃんに手を跳ね除けられてしまう。

 目と目が合う瞬間、今までで一番苛ついているようでした。


「邪魔!」



 あ、やってしまいました。



 そもそも、寧々が無茶したせいで誠実さんがこんな怪我をしてしまったのです。夢子ちゃんと誠実さんの関係はまだよくわかりませんが、誠実さんの様子からしてかなり親しいはずです。

 夢子ちゃんは乱暴な言葉を発してはいるものの、誠実さんを心配しているような目をしていました。

 寧々は、怒られて当然です。


 誠実さんに最後まで迷惑かけてばかりで、本当に寧々は駄目な子で――


 泣きそうになるのをぐっと堪えて、保護した子を避難させる防人の方へと引き渡してから防人衆の支援の人たちに診てもらっている誠実さんのところへ向かいます。

 そこで、意識が朦朧としている誠実さんと、夢子ちゃんが何やら話している。


「止血と軽い療術はしておきました。あとは本職に治療してもらいなさいな」


「ありがとう……心配かけてごめんね」


「そう思うならもっと強くなったらどうですの、軟弱者」


 呆れた様子の夢子ちゃんは寧々の視線に気づいて一瞬、ため息をついたあと、寧々に何も言わずに誠実さんのそばを離れました。

 普段ならそのまま帰るような人なのに、今回は最後までこの場に残るようです。


 ああ、やっぱり――。


 誠実さんと夢子ちゃん。二人は寧々の届かないところで通じ合っているものがあるんですね。

 誠実さんがこんな目にあったのは寧々のせいだというのに、寧々は夢子ちゃんに嫉妬していたんですね。

 気づいてしまったらもう、本当に自分が嫌になる。






――――――――――



 防人衆管轄の医療施設に誠実さんは搬送されました。寧々たちの呪いのこともあって、寧々はすぐそばにお泊りすることとなり、あとで知った卯月さんが差し入れを持ってきたり、気遣ってくれました。


「災難だったなー。なんか相当の数出たんだって?」


 あの時、結局魔物は10体以上出ていました。夢子ちゃんが動きを制限したり、倒してくれたおかげで防人衆の人たちも崩れかけた体勢を立て直し、無事解決……となるまでに戦闘の現場修復があるのでもう少し完全な解決には時間がかかるでしょう。


 誠実さんの方ですが、棘に有毒な体液がついていたということで、その治療も含めて今は絶対安静で眠っています。

 応急処置が適切だったため、回復は問題ないとのことでした。

 夢子ちゃんのすごさを改めて感じます。

 夢子ちゃんと寧々は基本からして違う。寧々はまだこんなにも未熟なのに、誠実さんのそばにいたいからって冷静になれていなかったのだと、思い知らされてしまいます。


「……泣いてっと坊っちゃんが心配するぜ?」


「寧々は心配される価値もありまぜん……」


 恥ずかしい、恥ずかしい、なんてみっともないんでしょう。

 呪いがなければ一刻も早く寧々は誠実さんと距離を置いて反省するべきなのに。

 寧々のせいで怪我をした誠実さんを見続けることも、寧々への罰でしょうか。


 卯月さんは困ったように髪をぐしゃぐしゃにして寧々の頭に何かを置きます。

 落ちる前に慌てて受け取ると、紙パックのいちごみるくでした。


「ま、そう思い詰めんな。防人やってたら怪我なんてしょっちゅうだしよ」


 卯月さんは気にするなと言ってくれますが、寧々は気分が沈んだままでした。

 寧々が誠実さんに迷惑ばかりかけているのもそうですし、夢子ちゃんがいて寧々が誠実さんの近くにいるのも、誠実さんや夢子ちゃんからしたらいい気分ではないかも思うと、苦しいのです。


「うっ、ぁ……ごめんなさい、ごめんなさいせいじさん……」


 寧々は誠実さんと出会って嬉しいことばかりだけど、誠実さんからしたら寧々は疫病神でしかない。

 そう思うと我慢していた涙が溢れてしまいました。



「……どうして泣いてるのさ」



 誠実さんの声がして、ハッと顔を上げると、まだ少し状況把握ができていないのか、視線だけ動かして、ぼーっとしている誠実さんの姿が。


「ああ、搬送されたのか……今何時……?」


「15時だよ。坊っちゃん今日明日は治療休暇で出勤しないでいいってよ。あと経過観察次第だな」


 それだけ言って卯月さんはそのまま病室から出てくるりと振り返ります。


「んじゃ、寧々公。坊っちゃんの介護任せたわ。俺は仕事戻るから」


 有無を言わさず去っていく卯月さんに、寧々は居心地が悪くて、誠実さんをちらりと確認します。

 起き上がることもできるようで、ゆっくりですが上体を起こして、ため息をついていました。


「あ、あの……誠実さん……」


「心配かけて悪かったね」


 謝ろうとしたのに先に謝られてしまい、出鼻をくじかれてしまう。

 誠実さんは申し訳なさそうに目線を伏せます。


「察しているかもしれないけど、僕は弱いんだ」


 期待はずれの子。

 その扱いからも、誠実さんが優秀な異能者であればそんなことにはならないだろうとは薄々思っていました。


「ちゃんと守るくらいはしたかったのに、このざまさ。正直、寧々が訓練したら僕は寧々にすら勝てないだろうね」


 ただ淡々と、傷ついているわけでもなく、諦めたような声。


「失望もするだろう? 君が憧れた僕は、たまたま運がよかっただけの男で、たいしたこともない。だから……」


「寧々は」


 誠実さんが自分のことを正しく評価しているのもきっと間違いではないのでしょう。

 それでも。


「誠実さんのことが好きです……好きだけど、好きだからこそ寧々は誠実さんのそばにいる資格がないのかもしれないって……」


 頭ではわかっています。寧々がいたら誠実さんは困ることが増えるというのも、誠実さんが望んでいないことも。

 夢子ちゃんのことも考えると、寧々は邪魔でしかないことも。

 でも、誠実さんはこんなときでさえ優しいから、諦められない。


 この人の手を放したくない。


「寧々……」


「夢子ちゃんの方がしっかりしていますし、強いし、頼りになるし、誠実さんが見習いにしたくなるのもわかります。誠実さんの立場上、お付き合いしているのを隠しているんでしょうけど……でも……寧々は諦めたく――」


「……ん? 寧々、ストップ」


 急に空気が変わる。

 真剣だった病室が、なんだか気の抜けた誠実さん……というか変なものを見る目で緊張感がなくなった。


「はぇ……?」


「誰が誰と付き合ってるって?」


「誠実さんと……夢子ちゃん」


「なんでそんな風に思ってるのさ!?」


 驚きのあまり大きな声を出した誠実さんは怪我したところに響いたのかちょっと痛そうにしているとガラガラと病室が開く音がする。


「私がなんですって?」


「ひょあ!?」


 噂をすればというタイミングで夢子ちゃんが現れました。相変わらず真っ赤な和傘片手に病室に遠慮なく入ってきます。


「あ、夢ちゃん。珍しいね。わざわざ来てくれるなんて。ちょうどよかった」


「ただの気まぐれですわ。それより、なんだか誤解されてるみたいなのでさすがにそのままにしておくのは鳥肌ものなのですが」


 夢子ちゃんは寧々の顔をじっとみて呆れたような顔をします。え? 誤解?


「え、え? 誠実さんと夢子ちゃんって隠れてお付き合いしてるとかそういうわけじゃ……」


「やめてくださる!? なんでこんなやつと恋人だなんて思われるのか……気持ち悪い」


「俺だって夢ちゃんを恋人とか考えるのはないかなぁ……」


 誠実さんが俺、と思わずこぼすくらいには取り繕った様子がなく、二人ともしょっぱい顔をしています。


「じゃあ……どういう関係なんですか? 他人って感じがしないというか……」


 寧々の疑問に、二人は声を揃えて答えました。



「妹だからね、夢ちゃん」

「兄ですもの、こいつ」





 後に誠実さんは語りました。


『あのときの寧々の顔、写真に残して本人に見せたいくらいに面白かった』


 そう何度も語るほどに寧々はとんでもなく驚いた顔をしていました。


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