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恋する風は諦めない  作者: 黄原凛斗
1章:松に鶴
6/13

おかあさん



 あれから数日経ちましたが相変わらず呪いは解けないままでした。

 それでもだいぶ、制限のある生活に慣れてきたので最初の頃よりは随分と気楽になりました。


 呪いを受けてから10日が経った頃。まだ解けていないのを朝確認したり、午前中に出勤して誠実さんが事務仕事をしている間、寧々はお勉強したりしていると、お昼に突然誠実さんが大事な話を始めました。



「誠実さんの実家に、ですか?」


「うん。腕利きの術者呼んで解呪を試してもらえるみたいだから。おそらく数日かかるかだろうから本家か僕の実家のどっちかでって話になって実家の方になったんだ」


 本庁に呼ぶという案もあったらしいですが、そうなると宿泊先や移動などのことで煩わせてしまいそうですし、個人的な用件なので実家のほうで執り行うことにしたそうです。


 呪いの解除、ということですが嬉しいけど寂しい気持ちもあります。


 ああ、もうこの生活も終わりなんだ。


「…………」


 一方で卯月さんは誠実さんを見てとても微妙そうな顔をします。


「何?」


「えー……本家が許したんだ……。つーかその……大丈夫か?」


「術者なら信頼できる人だから問題ないよ。これでも解けないならさすがに危機感を抱くけど」


「いやそうじゃなくて……実家……こう……ストレスとかさ」


 どこか気を使っているような卯月さんですが、誠実さんは表情一つ変えません。


「そのへんは上手くやるよ」


「まあ坊っちゃんがそう言うならいいんだけどよ。とりま寧々公もいるんだし、気ぃつけろよ?」


「わかってるよ。ならお前も同行する?」


「死んでもヤだね。現状ならともかく、阿賀内さんちに顔出すのも、よその術者と会うのも飼い主に警戒されちまう」


「かいぬし?」


 卯月さんが妙な単語を言うので引っかかります。


「あー……まあ、俺は一応、その……ある一族のお抱えみたいなとこあってな?」


 答えづらそうに渋い顔をした卯月さんに誠実さんは冷たい目で何も言いません。

 誠実さんのフォローを諦めた卯月さんはため息をつきながら答えてくれます。


「そこと阿賀内さんちの関係がびみょ〜だから、坊っちゃん個人ならともかく、わざわざ首突っ込みたくはないっていうか……」


「まだ鷹司(たかつかさ)の飼い犬してるのかい?」


「しゃーねぇだろ。したくてしてるわけじゃねぇ。こちとら巫女様不在だし。解放してもらえねーだろうし、俺を引き取るような家もないだろうしな」


「そうだね」


「そこは自分が引き取るように取り持つよとか言ってくれよ坊っちゃん」


「嫌だよ。ただでさえ鷹司やら一条(いちじょう)やら元五摂家(ごせっけ)は厄介事の塊なのに」


 元五摂家とは!


 一週間近く、たくさんお勉強していたので少しだけ寧々にもわかります。

 いわゆるむかーしの貴族の血統で、異能者家系でも強い力を有する名家です。

 ここ東京本庁だけじゃなく、京都庁に勤務している人もいるので、関わることはそうなさそうですが……。


 その中で鷹司というと、巫女を輩出しやすい家系の一つであると書かれていました。

 異能者の巫女はいわゆる神社の巫女さんとは違って、霊術に長けていてかつ魔物に強い異能者たちの切り札的なもののようです。

 現在の東京でも魔物関係で立ち入りが禁止されてるような場所も、巫女さんが結界で封じていると勉強しました。

 つまり、卯月さんは鷹司さんちにお仕えしていて、そこは巫女さんが今いないから、卯月さんも鷹司さんのお家から離れられないということでしょうか?

 どうも巫女さんは血統と巫女としての才能が重要なようなので、寧々みたいな急に覚醒したタイプの大半は巫女にはなれないようです。


 総括すると、誠実さんや卯月さんは防人衆というより、異能者の家同士のことで頭を悩ませているみたいです。

 防人衆も家同士の確執とかで揉めたり、配属されたりするみたいなので無関係ってわけでもないみたいですが。


「あーあー、ほんっとめんどくせぇよなぁ。寧々公も気ぃつけろよ? 厄介なお上に目つけられたら死ぬまで苦労間違いなし。あ、でも坊っちゃんがいりゃそのへんは安心か」


 からかうように卯月さんが言いますが寧々と誠実さんはこれから解呪してもらうので、近いうちに縁が切れてしまいます。

 結局、誠実さんから離れられないのもあって他の人に見習いにして欲しいと頼める人もいないままでした。


「まあ、学園行っても寧々公は異能は当たりの部類だし、なんとかなるか」


「当たり、ですか?」


「そーそー。異能にもどーしても優劣はあるからさ」


 学園は当たり前ですが学生たちがまだ未熟なこともあって異能による差別やらがどうしてもあるみたいです。

 いじめもそうですが、どこに行ってもあるものなんですね。


「寧々公は風使いだもんなぁ。前見たときも思ったけど出力も問題なさそうだし、それこそがんばったら――」


 ふと、今まで毎日顔を合わせていたのに聞いていなかったことがあるのに気づきます。


「誠実さんと卯月さんってどんな異能なんですか?」


 卯月さんがピタリと口を閉じました。

 誠実さんは顔色を変えずにコーヒーを飲んでいます。


「あー……俺は……まあ一応情報系? 説明ムズいんだよな。戦闘系の異能じゃないからさ……」


 そういえば霊術をよく使っているようなので寧々みたいななんでもできるような異能ではなさそうです。

 ちらりと誠実さんを見ますが平然とした様子でコーヒーを飲み終えると、淡々と言いました。


「僕はそいつより特殊な異能だから。機会があったら説明するよ。多分近いうちに使う予定もないし」


 この言い方は慣れました。答える気がないときのものです。

 卯月さんの反応もどうも引っかかりますが、卯月さんはだいたいこういうときは空気を読んでいたり、気を使っているときなので深堀するのはやめておくことにしました。


 ふと、部屋を見渡します。

 10日の間、2人以外のこの部署の人と会うことはついぞありませんでした。




――――――――――



 お仕事が終わってから心配そうな卯月さんのお見送りを背に車で寧々と誠実さんはいつも戻るお家ではなく、誠実さんの実家へと向かいました。


 そこで驚いたのがついた先が高級感、いや高級感なんてものではなく、とても大きなお屋敷でした。

 どちらかといえばレトロな感じではありますが、外国の洋館みたいな感じで思わず「ほわぁぁぁ……」と驚きの声が漏れてしまいます。


「緊張してる?」


「いえ、あのっ、えーと……ハイ」


 正直緊張していました。

 だって寧々からしたら住む世界が違いすぎたのです。

 誠実さんのお部屋も寧々からすればオシャレでしたが、これはもう月とスッポン。

 こんなところに制服で入って怒られたりしないでしょうか?


 しかも中に入るときにスマートなおじいちゃんが出迎えてくれました。

 入ってそうそう、飾られた装飾が綺麗で、上品な雰囲気がして目が眩みそうです。


「誠実様。おかえりなさいませ」


 はわわわ……本当にお坊っちゃんなんですね……。

 卯月さんがからかい混じりに坊っちゃん呼びしているだけだと思っていましたが、本物のようです。


佐伯(さえき)。母さんはどうしている?」


「奥様はお申し付けの通り離れの方に移動していただきました」


 執事の佐伯さんは寧々と目が合うとしわしわのお顔で優しく微笑んでくれます。


「そちらがお伺いしていた高橋寧々様ですね? 術者の方ですが渋滞で到着が遅れているようで――」


 佐伯さんがお部屋に案内しようとするとなにやらバタバタと騒がしい音がします。

 時々女性の悲鳴みたいなものも聞こえてきて、なぜか妙に不安になって誠実さんの袖を掴むと、誠実さんは「佐伯、寧々さんを――」と言いかけますが、バンッと大きな音を立てて誰かが現れます。



 それはすごく綺麗な女の人でした。

 茶色い髪は誠実さんとよく似ていて、誠実さんのことを見るなり、ひどく怒りのこもった声を絞り出します。



誠実(せいじ)



 後ろには使用人らしき女性たちが数名座り込んで泣いてたり、泣いてる人を支えていたりして、異様な空気でした。


「奥様! いけませ――」


「黙りなさい佐伯!」


 ヒステリックに佐伯さんを怒鳴ってから奥様と呼ばれた人は誠実さんに掴みかかります。


「誠実! 誠実誠実誠実! あなたまであの人と同じことをするつもり!? 駄目よあなたは、あなただけは私の味方でしょう!」


「母さん! ちょっと落ち着いて――」


 誠実さんの肩を、髪を引っ張って半狂乱になったお母さんと、それを取り押さえようとする誠実さん。

 寧々は間に入っていいのかわからず、佐伯さんがかばうように遠ざけようとしてくれますが、気づかれてしまい、目が合いました。


 殺意すら感じるその目に、思わず動けなくなってしまう。


「あなたが私の誠実(せいじ)を誑かしたのね。許せない許せない許せない、あの女みたいにあなたも誠実を――」


 のろのろと誠実さんから手を離したかと思うと、佐伯さんを押しのけて奥様は寧々の首に掴みかかります。


「いったい私をどれだけ苦しめれば気が済むの!?」


 わけのわからないことを叫ぶ奥様は泣いていました。

 どうして寧々が首を絞められているのかはわかりません。

 でも、確かなことは一つだけ。

 このままだと寧々は息ができなくて死にます。この人は本気です。いったいその細腕のどこにそんな力があるんでしょう。



「母さん!!」



 誠実さんの聞いたことないくらい大きな声がする。

 息苦しさから解放されたときには奥様は床に尻もちをついていました。寧々はようやく息ができて咳き込んでいると、佐伯さんと誠実さんに支えてもらって立つことができましま。


「誠実……どうして私に乱暴するの? あなたまで母さんを裏切るつもり……?」


 奥様が誠実さんに縋るように手を伸ばすのを、誠実さんは強い力だ跳ね除けました。


「はぁ……はぁ……頼むから、俺以外に当たらないでください! 寧々は無関係です! これ以上俺を困らせないでくれよ……!」


 呆然と誠実さんを見る奥様は唐突にぶわっと涙を流しながら子供のように泣きじゃくり始めてしまいました。

 それを見て誠実さんは乱れた髪や服装を正しながら佐伯さんに言います。


「母さんを離れのほうへ」


「かしこまりました。お手を煩わせて申し訳ありません」


 佐伯さんが使用人に指示を出して奥様が来た方向、離れの方へと連行されていくのを、寧々はただ黙って見ることしかできません。


「誠実様。高橋様の治療ですが――」


「いい。僕がやる。僕の部屋でやるから道具一式貸してくれ」


 誠実さんは言外に「しばらく放っておいてほしい」と、訴えているようでした。



 誠実さんに連れてこられた部屋は物が少ない、片付いた部屋でした。

 机に椅子。ベッドに本棚。クローゼットにゴミ箱。

 誠実さんの部屋だというのに、とても殺風景でした。


誠実さんは預かった塗り薬の蓋を開いて、申し訳なさそうに寧々の首を見ます。


「ごめんね。君をこんな目に合わせるつもりじゃ……」


「ね、寧々は平気です! 慣れているので!」


「え、慣れ……?」


「それに、あの人……誠実さんのお母さんなんですよね?」


 戸惑う誠実さんを誤魔化して奥様、つまり誠実さんのお母さんについて話を持っていきます。


「あ、ああ……そうだよ」


「なんだか、とっても辛そうでした」


 いきなり首を絞められましたが、どこか苦しそうで、あの人を悪い人だとは、あまり思えなかったのです。


「……寧々さんは優しいね」


「そんなことありませんよ」


 どことなくぎこちない空気の中、誠実さんは首に薬を塗ってくれました。

 念の為包帯も巻くことにしましたが、そこまでしなくても大丈夫なのに、とはさすがに言えませんでした。


「誠実さん」


 踏み込んで、いいのかな。


 わからないし、誠実さんに拒絶されるかもしれない。


 でも、奥様も、誠実さんも辛そうだったのが気になって、見てみぬふりができませんでした。


「誠実さんのこと、もっと教えてくれませんか?」


 寧々にとっての恩人で、素敵な人で、今一番知りたい人。

 知られたくないかもしれない。無神経かもしれない。

 でも、抱え込んで苦しむ以外に、道がないかと思ってしまうんです。


「あまりいい話ではないよ」


 薬箱を閉じて、手を拭いた誠実さんは疲れた顔をしながらも微笑みを浮かべます。

 ただ黙って頷くと、誠実さんはぽつぽつと話をしてくれます。


「僕はね、期待はずれの子なんだ」




――――――――――



 誠実の父、阿賀内(あがない)夜彦(やひこ)は阿賀内家の傍流である。

 本家の者たちからは才能不足と見下され、いつか本家を上回る強い野心を抱いていた。

 そんな中、彼は佐藤家の次女佐藤世知(せしる)との婚姻の話が持ち上がる。

 一見すると名家同士の異能配合目当ての婚姻。その側面も当然あったが、周囲はこう揶揄した。


 不出来同士、お似合いの政略結婚だと。


 父は野心はあるが霊術にそこまで適正がなかった。異能そのものも強力ではない。

 母は霊力は非常に高く強く、霊術師としてもなかなかであったが致命的な問題があった。


 母は非異能者、一部からは天捨(てんしゃ)と蔑まれる存在だった。

 天捨は本来、霊術すら扱わない霊力だけを持った非異能者を蔑む差別用語である。

 霊術を扱うはずの母も、防人衆には所属せず家庭に入ることが決まってそう見下す意図を込めてのものだった。


 良いところだけ見れば良い血統同士、強い霊力と血統由来の霊術適正を持った子供を期待されている配合。


 元々異能者家系はお見合いや家同士の政治的な関わりによるものが当時は多かった。まだ世間に異能者の存在が広まる前だったため、そもそも異能者家系は一般人との婚姻など選択肢にない。

 二人は政略結婚とはいえ、良好、とまでは言えなくても普通の夫婦としてうまくやっていた。

 誠実が生まれた当初も、何もわからないうちだったため平穏だった。


 しかし誠実がなかなか覚醒しないことを不安に思った母は強いストレスを抱えていた。

 元々異能者の覚醒タイミングは個人差はあるとはいえ、異能者家系なら家族に異能者がいるからか触発されて覚醒が早い傾向がある。だというのに誠実はなかなか覚醒の予兆を見せず、非異能者の母は不安で追い詰められてしまう。


 当時の価値観で言えば、優秀な子供を生むことだけが異能者家系の女性の役割であり、息子が何も能力に目覚めなければ、両家や息子の立場にも影響が出かねない。


 その強い強迫観念から、幼いうちからしっかり教育を施そうと躍起になり、父は仕事が忙しいとなかなか帰らない。



 崩壊の決定打は父の不倫が発覚したときだった。






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