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恋する風は諦めない  作者: 黄原凛斗
1章:松に鶴
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夜半とあさひ


 第一印象は、不思議な子。


 ヤクザに売られた女の子。親にも頼れない、かわいそうな子。

 それが彼女の第一印象だった。

 そして、それは別に間違ってはいないが、正解でもない。

 思ったより明るい子だと思った。自分よりは前向きで、諦めの悪い子。


 呪いの件さえなければ、これ以上関わることはないはずだった。

 なんの因果か、彼女と共同生活をすることになって、かなり困ったことがある。


 ――思ったより自分は駄目な大人だったらしいということ。


 可愛いと思ってしまった。不覚にも、7つも離れた子に性欲を抱いてしまった。

 最悪だった。自分が一層嫌いになりそうだった。

 なんとかバレないように気を張っていたせいで最初の数日は特に寝不足気味だった。何が厄介かって寧々本人が自分に好意的だということだ。

 たまたま助けただけで好かれるなんてわけはない。吊り橋効果だろう。だから適切な距離を心がけるべきだ。

 そう、思っていたのに、寧々が一喜一憂する姿に心が乱される。


(困ったな……)


 本当に困ってしまった。

 父のようになりたくない。あらゆる意味で自分は父ありきの存在だから、自分の些細な行いが揶揄される。


『あの親にしてあの子ありだな』


 そういった声を何度も聞いてきた。

 寧々本人まで悪く言われるくらいなら、俺と距離を置くべきだと、思ったのに。


 この子が、俺のいない場所で辛い目にあったらと考えると不安で仕方ない。

 こんな、ろくでもない場所で無垢な彼女が踏みにじられるかもしれないと思うと。


 対策としてはシンプルだ。自分の、阿賀内家の庇護下に入れること。

 そうすれば他の派閥は手を出してこない。けれどそれは守ると同時に選択肢を狭める行いでもある。

 俺は、そんなふうに誰かの道を決めていいんだろうか。


 悩んでも悩んでも、徐々にその時は近づいてくる。

 なぜか現れた寧々の母親のことといい、もううだうだ悩んでいることはできないようだ。




 寧々を見習いにすることを決めた夜。実家に滞在している近衛さんに謝罪の連絡を入れつつ、自宅で寧々を休ませた。今は人が少ない場所のほうがいいだろう。相当参っていた。

 幸いなことに寝付くのは早く、扉越しに寝付いたのを確認してから自室で通話をする。


「正義、ちょっと調べておいてくれないかな」

『問題ないっすけど、なんですか? づっきーから軽く聞いたけど、何かありました?』

「ちょっとね。あたりはつけてるけど念のため証拠が欲しい」


 寧々の母親がなぜあの場にいたのか。いや、正確にはなぜ寧々が異能者だと知っていたのか。

 考えられる理由はいくつかあるが、一番の可能性は防人衆の誰かが母親に寧々のことを教えたということ。

 そして、それをしそうなのは――花札で打ちのめしたあいつらだ。

 他の派閥だとすればこんなに雑なことはしないはずだ。


『ははーん。なるほど。んで、証拠揃ったらどうします? 地方飛ばします?』

「地方だってあんなの送りつけられても迷惑だろ。処遇は……他の埃次第かな」


『はいはい。んじゃ、明日までにはやっときますね。おやすみなさーい』


 こちらが呪詛であまり動き回れないことを察してか、快く引き受けてくれた正義に「ありがとう」と言って通話を切る。

 気が重い次の相手に通話をかけると、少し待った後に繋がった。


『こんな時間にどうした』

「すみません、父さん。以前話をしていた件で……」

『……拾った娘の後見人になる話だろう? 私か世知の名義にしておけばいいものを』

「お二人に迷惑をかけるわけにはいきませんから」

『はぁ……………………根回しはしておいた。近いうちに認可が下りる。一度決めたからには責任を持て。投げ出すことは認めないからな』

「はい。承知しています」


 親子とは思えないほどの冷えた会話。

 父の声は呆れが混じっているものの、怒っているわけではないことがわかる。


『解呪できたらすぐに祝鳴学園に通わせるように。その支援くらいはこちらでする』

「いえ、僕が――」

『その志だけは買ってやる。だが我が一族が後見人を務めている娘の支援を何もしないなどと思われては敵わん』


 通話越しに深い溜息が聞こえてくる。

 確かに、万全の支援を考えると自分だけでは足りないだろう。


『本家の方に巻き込まれたくないという考えもわかるが、お前にできるのか? 私の息子である、お前に』


 わかっている。何も成し遂げられず、無力に嘆くだけの自分のことを。

 もう後悔はしたくない。


『せいじお兄ちゃん』

『セージくん』


 すっかり昔のことのように、自分を呼ぶ二人の姿を思い浮かべ、拳を握る。


「やります」


 寧々が一人でも歩けるようになるまで、そばで守ろう。


『……そうか。ならしっかりやり遂げろ。私は仕事に戻る』


 それだけ言って父さんは通話を切る。

 一息ついて、水を飲んでから明日の準備をしようと部屋を出ると、寧々が枕を抱えて廊下に立っていた。


「寧々? 起こしちゃった?」

「あの……誠実さん」


 申し訳なさそうに顔を伏せる寧々と視線を合わせようと中腰になると、寧々は恥ずかしそうな様子で言う。


「あの……一緒に寝てもらっても、いいですか……?」





 うん?






 ――えっ?






 どうしてこうなった。


 自室のベッドに寧々が横になる。なぜうっかりいいよなんて言ってしまったんだ。

 でも今回ばかりは仕方ない。昼間のことが相当ショックだったようで、言葉で安心させようにも結局寝に入るときの不安はどうしようもない。

 だからこれはやましいことはなく、こんなことでやましいことを連想する俺が悪いのであってつまりそういう――


「誠実さん、あったかい」


 直視したらさすがにやばいと思って背を向けていたのが仇になった。背中に寧々の体温を感じる。

 助けて夢ちゃん。僕は紳士でいたい。


『死になさい』


 駄目だ、脳内夢ちゃんが厳しい。今すぐにでも傘で頭蓋骨を粉砕してきそうだ。でもこの状況見たら絶対言う。

 もう夢ちゃんにボコられる想像して精神を落ち着かせるしかない。そんな落ち着き方ある?

 気を紛らわそう。めちゃくちゃ萎えることを考えよう。車水没させられたときのこととか思い出せ。それか飲み会で俺とボス以外全員潰れて大惨事になったときのこととか――


「誠実さん」

「えっ、あ、何!?」


 思わず声が裏返る。考え込みすぎて声をかけられただけなのにびっくりしてしまった。


「好きです……」


 今?


 今それ言う?


 頑張って萎えること考えていたのに一瞬で駄目にされた。助けて夢ちゃん。

 反応に困っていると、寝息が聞こえてきて、恐る恐る振り返る。

 さっきのは寝ぼけて思わず出た発言だったらしい。

 助かった……。


『誠実。お前は甘すぎですわ。そんなだから、面倒な連中に纏わりつかれるということを自覚しなさいな。いつかその甘さで自分の首を絞めますわよ』


 いつだったか、夢ちゃんに言われたことを思い出す。

 まさかそんな、こういうことなのか?


 結局ろくに眠れそうにないまま、落ち着くために一度部屋を離れて一回抜いてからようやく寝付くことができた。呪詛のせいでなかなか寧々が気づかないところで処理するタイミングが少なかったのもあり、溜まり気味だったのもある。

 寝付くことはできたが結局4時間くらいしか寝れず、早起きして業務やらをしていたのだが、それはまた別の話。






――――――――――



 夢を見ました。


 寧々は今よりも大人になったのか、誠実さんも普段より歳を重ねたような気がします。


『誠実さん誠実さん』

『聞いてるよ。なに?』

『寧々はもう大人になりましたよ』


 ソファに体を預けている誠実さんの横に座ると、誠実さんは困ったような顔をします。

 いつもと同じ、反応に困ったときにする顔です。


『本当に君は……』

『言ったじゃないですか。寧々は諦めませんよって』


 誠実さんの呆れ顔はどことなく普段よりも砕けた雰囲気で、慣れたような様子で肩を回しています。


『好きです……』


 今も、いつかの未来もきっとこの人のことを好きでいる。

 そんなことを改めて確信する夢。


 すると、夢の誠実さんはふにゃりと笑って言います。


『知ってるよ』


 その声はどこまでも優しいけれど、子供をあやすものではなく。


『――』


 誠実さんが何か言いかける。その声は聞こえない。


 夢の終わりが朝を告げる。







 目を覚ますと横に誠実さんはいませんでした。

 改めて夢のことを思い出すと恥ずかしいですが、隣に誠実さんがいなくてよかったかもしれません。昨日のわがままはよく考えるととんでもない無茶なお願いでしたし。

 恐る恐る、ダイニングのほうへと向かうと、朝食を用意している誠実さんが寧々に気づいて微笑みます。


「おはよう、寧々」


「はい。おはようございます、誠実さんっ」



 いつか夢のようなではなく、現実にするためにも。


 寧々はこの恋を諦めないと、心に誓うのです。


1章終わり。2章からは主に寧々と誠実以外の掘り下げもあるよ。

これ恋愛ジャンルでいいんだろうか。

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