かさい
花札の決闘を終えてからオフィスの方へと戻ると、誠実さんたちのオフィス前に人がいるのが見えました。
「あ! 誠実さーん! 卯月ー!」
犬さんみたいな満面の笑顔を浮かべた男性な大きく手を振って二人を呼んでいます。
その声に、誠実さんは「ああ……」とため息をつき、卯月さんは「お?」と少し驚いたような顔をしました。
「あ、どもどもー。オレ、佐伯正義。まーくんとか好きに呼んでね」
「ちっすちっす。ボクは市蔵。事情は聞いたよ~」
手を振っていた人は正義さんという方らしく、もう一人一緒にいたサングラスをかけた人は一瞬、どっちだろう?と考えていましたが市蔵さんということで恐らく男性でしょう。
随分誠実さんと卯月さんに軽い感じで声をかけているのでもしかして……と思い誠実さんを見ると無言で頷いてきます。
「二人とも同じチームのメンバー。その様子だとそっちの仕事は済んだようだね」
「なんとか終わりましたよ。んでもまた新しい仕事回ってきたんで誠実さんたちを待ってたんすよ」
正義さんがぴらっと1枚の紙を誠実さんに手渡して、それに目を通した誠実さんが「げっ」と声に出します。
「これは生活安全課か指導課の仕事だろ」
「いやぁ、それが特総に回ってきたとかでボスがこっちに指示送ってきたんですわ」
ちらっ、ちらっ。
こっそり見てみようとしますが誠実さんにサッと隠されてしまって見えませんでした。
「ああ、それと。雲雀さんからセージがごねたらこれ見せろって」
そう言って市蔵さんから見せられたのはスマホの画面です。
『いいから行け。誰が諸々融通してやったと思ってんのよ』
後ろの寧々にもわかるほど大きめの字で書かれた文章です。誠実さんは眉間を押さえながらため息をついて卯月さんをチラ見します。
「僕と寧々、待機しちゃダメかな」
「いいからさっさと行こうぜ。どうせこの様子じゃ寧々公がいるのも折り込み済みだろ」
卯月さんの追い打ちに観念したように壁にもたれかかりながら誠実さんは呟きます。
「あの人はどういうつもりで……」
「んで、も寧々公も入れたら5人だけど足どうすんの?」
足というのは恐らく移動手段の話でしょう。
卯月さんが正義さんと市蔵さんに尋ねると市蔵さんの方がのんびりとした口調で誠実さんを示しながら言います。
「大丈夫大丈夫。セージの車5人行けるっしょ?」
「ああ、君たちのせいで修理に出すハメになった車だけどね」
誠実さんが不機嫌そうにちくりと言葉で刺すと市蔵さんと正義さんはしょんぼりした顔で目をそらします。
そう言えば、車が最初は修理に出してたとかでしたっけ。
その原因がどうやら目の前のお二人にあるようで誠実さんの機嫌はとっても悪いです
「その節は……すいませんでした……まあでもなんとかなったならいいでしょ?」
苦笑いする正義さんの横で「はは」とどこか乾いた笑い声で目を合わせない市蔵さんは手をひらひらとさせながら言います。
「ちゃんと修理費こっちからも出したじゃん」
「こっちは君たちを二度と乗せたくないくらいそういうところが嫌だったってことをちょっとはわかってほしいんだけどな」
相当におかんむりなようでずっと話を蒸し返しています。
歩きながら駐車場までにこれからのお仕事の話を軽く説明してもらうと、異能者が生まれた家庭や後天的に異能者になったお子さんの申告を促すなどのお仕事でした。
魔物を倒す以外にもこういったお仕事があるとはわかっていたのですが、なんだかちょっと新鮮です。
誠実さんが運転し、助手席には卯月さん。
そして正義さんと市蔵さんに挟まれる形で後部座席に収まりました。
正義さんと市蔵さんは寧々に興味津々という様子で絶え間なく話しかけてきます。
「そういや寧々ちゃんって呼んでいい?」
「正義は律儀だねぇ。ボクはもう普通に呼び捨てで呼ぶつもりだったよ」
「うっわ、距離感わかってる? オレらと違って年頃の女の子は蝶よ花よと――」
「うるっさいなぁ……」
誠実さんのお腹の底から漏れた呟きがしん……と車内を静かにします。
が、すぐにお二人は元気そうに誠実さんに話しかけてきます。
「誠実さん大丈夫っすか? 女の子と会話できます? ちゃんと毎日今日もかわいいねって褒めてます?」
「さすがにそれはウザいって~。セージのことだしちゃんと保護者の役割したらそれでいいとか思ってそ~」
ちらっと卯月さんを見ましたがいつの間にかしれっとイヤホンをつけていました。ちょっと音漏れしているのがわかります。
完全に巻き込まれないように自分の世界に逃げている――。
「寧々。帰りは助手席に座りなよ。うるさいだろ、その二人」
心配そうにバックミラー越しの誠実さんと目が合います。
いきなり知らない人とお話してるから心配してくれているのでしょう。
ですがお二人ともいい人には違いなさそうなのであまり気になりません。
「大丈夫ですよ?」
「ならいいけど……いや、やっぱり帰りはそこの二人歩かせることにする」
舌打ち混じりで右折すると、もうすぐ最初の目的地につくお知らせのカーナビ案内が聞こえます。
「誠実さん怒ってます?」
正義さんが不思議そうに誠実さんのシートにもたれかかりながら聞きますが、誠実さんは淡々と返します。
「怒ってない」
「めっちゃキレてんじゃん。そんなに寧々にちょっかいかけられるのが嫌なん~?」
ふへっと笑う市蔵さんに肩を組まれてちょっとドキッとします。
サングラス越しに見える紫色の目が綺麗だなぁ。
「卯月。ボスにメールしといて『バカとアホの面倒押し付けないでください』って」
「ヤだね。自分でやりな。あの女にしょうもないことでわざわざ連絡したくねぇもん」
目的地が近いからかイヤホンを外して降りる準備をした卯月さんが軽口を返します。
「ああそう。なら僕がついでに今の発言含めてボスに報告しておくことにするさ」
「んなくだらねぇこと報告してもあいつだって『どうでもいいわ』としか言わねぇよ」
誠実さんと卯月さんの二人はだいぶ見慣れたやり取りですが……。
「報告したら雲雀さんが卯月にキレるか賭けてみる? オレはキレないに千円」
「ボクはキレるに二千円」
みんな、ちょっと口は悪いときがありますが、元々が仲がいいのか、険悪さはないようで、羨ましいとさえ感じます。
「なんだか、賑やかでちょっと楽しいです」
「ほら~! 寧々もやっぱ辛気臭い空気より明るい方が嬉しいって」
「寧々ちゃんいい子っすね。よかったじゃないっすか。変な女と引っ付くよりはかわいい子で」
「呪われたらいいのに……」
誠実さんのぼやきを合図に、駐車場に車を駐めて、2分歩いたマンションへとやってきました。
「全員で行くわけにもいかないし、分担どーします?」
「ここは……申告指示してるのに3回も無視してるシングルマザーと3歳になる異能者の息子、か……」
データを確認しながら困ったように腕を組む誠実さんと、気だるそうに錫杖を肩に担いでしゃんしゃん鳴らす卯月さん。
3歳のお子さんは発火系能力のため、防人衆の指導が必要不可欠であるということからたびたび勧告しているようだがすべて突っぱねられているらしい。
発火能力が未熟なためか、火災報知器を誤作動させてよくトラブルを招いているという報告も添えられていました。
「まあ対応で言えば基本対応は坊っちゃんが適任だとは思うが……寧々公、距離大丈夫か?」
「最近の解呪で結構離れることはできますけど……」
それでもまだ完全ではありません。
戦闘でもないですし、急に離れる事故は起こらないと思いますが……。
「卯月、淑やかモードで」
「ハァ~……寧々公じゃダメか?」
「ダメに決まってるだろ。一応後ろについてもらうつもりだけど」
どうやらこれから向かう未申告のご家庭に伺うときに、相手を怖がらせないようにと女性と男性で伺うようにしているのだとか。
確かに、男の人ばかりが押しかけたらちょっと怖いですしね。寧々も借金取りのおじさんに囲まれたときを思い出します。
一般人にとっては異能者はとんでもなく怖い存在に思う人もいることでしょう。そういう意味では少しでも悪い印象を与えないように、そういう専門の防人さんがいるくらいには難しいお仕事のようですが……。
なんで誠実さんたちに任されたのでしょう?
卯月さんを先頭に誠実さんと寧々も後ろついてマンションの一室を目指します。
5階の真ん中あたりのお部屋。表札に書いてあるはずの苗字がかすれててよくわかりません。
「すみませーん、防人衆からきた者ですぅ~」
わあ、声が普段より2段階くらい高い。頑張っている卯月さんだ。
ドアの覗き穴から見られてもいいように、普段とは全然違う笑顔も作っている。
チャイムを鳴らしても全然応答がありません。
卯月さんがちらりと視線だけ誠実さんの方に向けて、いつもと同じ声のトーンで囁きます。
「……坊っちゃん能力使うけどいいよな?」
「いいよ。許可する」
そういえば卯月さんの異能もまだ知りませんでした。
卯月さんは手袋を外すとドアに素手で直接触れ、目を伏せます。
「『万能透視』……卯月の異能はね、言ってしまえば触れた物の記憶や感情、情報などの残留思念を読み取ることができる」
読み取りたい人に直接でなくても、例えばこのドアの記憶を読み取ることで、ここ数時間このドアを開け閉めしたかどうかとか、どんな人物が出入りしたかとか、ドアに触れた人のその時の思考や感情まで読み取れるということらしい。
「砕いて言うとサイコメトリーって種類なんだけどね。情報においてはうちのチームでは一番かな」
なんかよくわからないけどスッゴイということはわかりました!
ただ戦闘向きではなさそうというのは間違いなさそうです。
「……いる。最後に出入りしたのは母親じゃねぇな。母親っぽいのの後に誰か入ってきてる。シンママなら新しい男か? それ以降誰かがここから出た記憶がないから間違いなく母親はいるはず。居留守か?」
手を離しても手袋はつけないまま、ドアを見て目を細めながら霊術で仕舞い隠していた錫杖を取り出します。
「さすがに4度目の勧告無視はもうアウトだろ。坊っちゃん、開けていい――」
ドアを開けようとしたのか、卯月さんが錫杖をくるりと狭い通路でもぶつからないよう器用に回したと同時に、子供の泣き声が聞こえてきました。
「あ? ガキの声ってこれ――」
次の瞬間、誠実さんや卯月さんだけでなく、寧々ですら同じことを思い至ったのです。
――ああ、これは確かにこちらへ回される案件だ……。
目の前でマンションが燃え始めたらさすがにそう確信します。
「火事ーッ! 避難ーッ!!」
卯月さんの声に呼応するようにマンションにいた他の住民が慌ただしく出てきます。
寧々は風、というよりも正しくは気流を操って煙を防いで少しでも避難しやすいようにします。
誠実さんはスマホで即座に正義さんたちへ連絡します。
「正義、市蔵! 恐らく異能者事故による火災だ! 原因の方はこちらで対応するから二人は住民避難を!」
「了解!」
必要以上のやり取りはなく、正義さんの声が電話越しではなく、すぐそばから聞こえました。
「防人衆です! 避難誘導するので慌てずにみなさん手を繋いでください!」
正義さんが真剣な様子で呼びかけ、手袋を外しながら手を繋いだ住民を確認してから住民の一人に触れる。
「一瞬くらっとするかもしれませんが我慢してくださいねー」
そう言って、目の前から7人ほどまとめてその場から消えました。
――正義さんの異能、瞬間移動。
正義さんが触れているものや人も一緒に移動することができ、突然現れたのもこの能力によるもの。
「坊っちゃん扉開けたぞ!」
霊術でこじ開けたのか、元凶と思わしき部屋の扉を卯月さんが開けると、やつれた女性が卯月さんに炊飯器を投げつけてきました。
予想してなかったのか炊飯器が直撃した卯月さんはその場に尻もちをついてしまいます。
誠実さんは咄嗟に札を取り出してなにかしようとしましたが、女性がそのまま逃げてしまい、困惑したようにその背を見ていました。
「坊っちゃんなんで術使わねーんだよ!」
「使えるわけないだろ! 相手一般人だぞ!」
「だぁぁぁっ! 俺が追う! 坊っちゃん中の確認頼む!」
卯月さんが立ち上がって女性を追い、ふと気になることがありました。
あの人がお母さんだとすると、お子さんは?
中に入ってみたら今も燃えているのは間違いありませんが、元々焦げていたような痕跡が多く、ベランダに続く窓が開いています。
そして、子供の泣き声も、そちらの方から聞こえてきます。
「まさか――」
誠実さんが慌ててベランダの方へ行くので、寧々に駆け寄ると、壁を伝って逃げようとする男の人が小さい男の子を抱えています。
「げっ、防人――」
誠実さんを確認して、男の人は慌てて降りようとしますが、泣きじゃくる男の子は自身の周りに火を発生させました。男の子は燃えていないようですが――
「あっつ!!」
命綱さえ燃えてしまい、男の人の手から男の子はするりと落ちてしまう。
5階、ギリギリ4階相当だとしてもその高さから落ちたらさすがに助かるわけない!
誠実さんも寧々も落ちていく子を助けようと身を乗り出したところで、男の子は空中でぴたりと止まりました。
「あっぶな~……」
冷や汗を流す市蔵さんが下の方でこちらを見上げており、男の子がゆっくりとふわふわ降りていくのを受け止めました。
――市蔵さんの異能、浮遊。
危うく大変なことになるところでした。さて……
なぜか男の子を抱えて逃げようとした男の人を捕まえて、住民も全員避難させ、特に怪我人や死者を出さずになんとかトラブルを乗り越えることができました。