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恋する風は諦めない  作者: 黄原凛斗
1章:松に鶴
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はつこい

作者の別作品と同じ世界観の話です。この作品だけでも問題なく読めます



 どうしてこんなことになってしまったんでしょう。


「女子高生の今の相場は?」

「ここ数年は普通のガキより異能者のが高値がつくからなぁ〜」

「そういやこいつ、目の色が珍しくね?」


 怖い顔をしたおじさんたちがよくわからないことをお話しているのですが寧々(ねね)にはよくわかりません。でも絶対に嫌なお話だということはわかります。


「異能者がいいっつーなら例の薬試してみっか? 運が良けりゃ……」

「馬鹿野郎、失敗したら俺らがあぶねーだろ。なら普通に売ったほうがマシだ。それに魔物化しなくても死んだらバラ売りしかできねーだろ」

「向こうのやつらで高く買うやついるかもしれねーしそっち当たってみるか?」


 怖いおじさんたちは話していることに夢中で寧々のことはあまり見ていないようです。

 ふと、ベランダの方を見ると窓は空いているみたいでした。

 ……よし、逃げましょう。


 ベランダから飛び降り、上手く物を伝って飛び出たはいいですが行く宛なんてあるわけもなく。

 ただ、せめて人の多いところに行けば逃げ切れるのではないかという気持ちで走り出していました。



 高橋寧々(たかはしねね)は人生の危機に直面しているのでした。



 両親は世間一般で見ればあまりいい親ではないという認識は薄くありました。

 だが、自分を売って借金返済にあてたということに気づいたときには怖い人たちに囲まれていたのです。


「だ、誰か助けてくださいぃ〜」


 だけど残酷、無慈悲、都会の哀愁。

 寧々を助けてくれる人はどこにもいません。

 王子様だっていやしないのです。





――――――――――





 眠気に打ち勝って顔を洗いながら男は鏡に映る自分を睨む。顔を拭いて眼鏡をかけ、台所へと向かい電気ケトルでお湯を沸かす。

 食パンに切れ込みを入れ、トースターに入れて待っている間にインスタントのスープとコーヒーの準備をする。

 トーストが焼き上がったらマーガリンを塗り、スープとコーヒーも用意したら机に並べてそのまま椅子に座った。

 一人きりの朝食。

 いただきます、なんて口にもせずサクサクという音とスープを啜る音だけが静かな部屋に響く。

 朝食を終えて、スマホでニュースやメールなどを確認しながらコーヒーを飲み干してからまるでため息のように息を大きく吐いた。


 『異能者』の海外渡航について書かれた記事に目も通さず男は立ち上がる


「よし」


 切り替えるように発した言葉を皮切りに身支度を整えて男はマンションの自宅から出た。

 今日も一日仕事を頑張ろう。


 男はスーツをかっちり着こなし、隙がない装いに仕上がっており、眼鏡も彼を知的に見せるように似合っている。見た目だけなら、誰もが彼を有能な人材だと疑わないだろう。



 異能者。この国に存在する、不思議な力を持った人間をそう呼んでいる。

 その能力は人それぞれ。日常に活用できるものから限定的――戦闘特化の能力など様々だ。

 そして、当然役に立たないものから個人の資質と一致していない能力まである。


 誰が見ても便利で、優秀な能力を持つ異能者はどこに行っても必要とされ、そうでない者は日陰でじっとしているしかない。


 男はそんな現実が嫌だった。

 それでも必ず明日は来る。どんなに嘆いて、ため息をついたところで仕事というものは減ることはないのだ。


 いつも気持ち早めに家を出て、まだ人もまばらな道を歩く。

 ふぅ、と息を吐いた。春にはやることが多い。そんな憂鬱を抱えて手帳を確認しながら歩いていると、前を見ていなかったせいで誰かとぶつかってしまう。


「わ、あ、すいませ――」


 驚いた男はよろけて、手帳を落としてしまう。


「ごめんなさいっ!」


 ぶつかったのは少女だった。


 急いでいるのか、男の手も取らず、そのまま走っていく。

 ほんの一瞬、金色の目と視線が合う。

 その少女の瞳に気を取られ、そのまま駆け出して行く少女に置いて行かれるが、強面の男たちが何やら少女を追いかけているらしく、物騒な気配がする。


 男は少し悩むように落とした手帳を拾いあげ、少女の後を追った。





――――――――――





 寧々が夢中で走ってたどり着いたのは廃墟手前の建物だった。

 よく見れば祠のようなものがあるが長年放置されているのか苔生していてボロボロだ。


 ヤクザたち追いつかれて、もう後がないことに気づいた寧々はなぜかずっと走ったというのにあまり疲れていないことを不思議に思いながら短く息を吐く。。


 ――どうして、こんな人生なんだろう。


 ――神様、寧々はどうして生まれてきたのでしょうか。

 ――神様精霊様、お願いですから。


 寧々が生まれてきて幸せだったと、一瞬でもいいから思わせてください。



「止まれ」



 迫りくるヤクザたちが動きを止める。静止するよう声をかけてきた男は手袋をはめ直して真剣な表情でヤクザたちを見る。彼らの手には凶器になるものや武器があり、一部の者はそれを隠すように後ろに手をやった。


「君たち、許可証は?」


「あ?」


 リーダーらしき人物がそんなものはないとばかりに男を見下ろす。

 その様子に男は呆れたように呟いた。


「許可されていない武装……異能者ですら許可がいるっていうのによくそんな堂々とできるね」


 内ポケットを探るようにして何かを取り出すと、青年は手帳のようなものを見せつける。



防人衆(さきもりしゅう)だよ。全員武器を置くように」


 防人衆と聞いて寧々もヤクザたちも反応が変わる。

 異能者たちで構成された国の組織。警察と同等か、異能者や魔物の案件ならそれ以上の権限を持つ。

 寧々も直接関わったことは一度もなく、遠い存在だと思っていたため、いきなりの登場に目を見開いて男を見る。


「この子は異能者(・・・)だ。であれば、僕らの管轄であり、あなた方の行いを罰する権利もある。ただし、大人しく去るというのであればこちらも未成年の異能者保護を優先する」


「な……」


 ――異能者?


 寧々は男の言うことがよくわからずヤクザたちと男を交互に見る。

 男はヤクザたちを警戒しつつ、寧々のそばへと近づく。


「大丈夫。僕を信じて」


 低い声で囁かれ、安心と同時に、初めて感じる気持ちにただ寧々は「は、はい」とだけしか言えなくなる。


「それで、こちらは武装許可もされている以上、妨害するのであればそのつもりで相手をしますが」


 あくまで真剣に、けれど一歩も譲るつもりはない反応にヤクザたちは戸惑うが、リーダーが声を張り上げた。


「たかが国の犬の分際で調子に乗りやがって! 相手は一人だ! 全員でのしちまえ!」


 リーダーの声にヤクザたちは再び距離を詰めてくる。

 男は小さく舌打ちして、懐から御札のようなものを取り出す。

 本当に大丈夫なんだろうか、と寧々は不安で男の服を少しつかむ。


 その次の瞬間、地響きで寧々やヤクザたちがふらついた。


「そんな――」


 男が驚愕しながら、更に小さなケースを握る。

 ヤクザたちの後ろ、ちょうどここに出入り口である道を塞ぐように巨大なトカゲのような怪物……魔物が全員をぎょろりとした目で見下ろしていた。


「ひ、ひぃ!」

「ほ、本物の魔物!」


 ヤクザたちは半ばパニックになり、隊列を崩す。そんなヤクザたちを襲うトカゲは尾を振り下ろして潰そうとするが、なにかに阻まれて跳ね返った尾が宙でぐねりと曲がる。


 ヤクザたちを守ったのは男が先程持っていた札。防いだことで役割を果たしたのか、サラサラと消えていく。


「僕から離れないで」


 男は低い声で寧々を庇うように肩を抱き寄せ、焦りが隠しきれない顔でどう対処するべきか考えているようだ。

 自分よりも大きいけど、少し細身の男の人の体の硬さに、状況が切迫しているというのにも関わらず胸がざわついた。


 トカゲの尾の攻撃を防ぐ札は数に限りがあるのか、3度ほど防いですべて塵となる。

 防ぐ術がもうない。逃げ道も塞がれている。


 寧々は、助けられてばかりで何もできない自分に悔しさで拳を握りしめる。


 ――どうか、寧々が生まれてきてよかったと思わせて!


 強い感情がまるでトリガーになったかのように、寧々と男を覆うように強い暴風がトカゲの尾を防いだ。


「異能――」


 驚きつつも、風の正体にいち早く気づいた男はハッとしてカードのようなものを構える。


「もう一度! できるかい? 守るんじゃなくて攻撃するように」


 男の呼びかけに寧々は一瞬の悩みの後、覚悟を決めて返事をする。


「はいっ!」


 やらなければ、できなければ死ぬ。そう思えば考えるまでもない。

 男が魔物の尾の動きを封じたのか、突然、魔物が地に伏した。その隙を狙って風をまとった拳を魔物に向けた。


 動きが止まった魔物相手に直撃した拳は風によって勢いがつき、かまいたちのように魔物をえぐり、切り刻んで、叩きつけた。


 ――た、倒した……?


 できなければ死ぬと、無我夢中で行動していた寧々は腰を抜かしてしまい、その場で自分の手を見て震えだす。


「大丈夫、ゆっくり息を吐いて」


 震える肩に少し破れたところがある上着をかけて男は優しい声で手を貸す。

 初めてこんなに紳士的な対応をされたのもあったのか、寧々は差し出された手をどうすればいいのかわからなくて狼狽える。しかし、控えめに手を伸ばすと、男は優しく微笑んで「よかった」と安堵したように言った。

 その様子に、もうずっとおかしくなった寧々の心臓はずっと早鳴っている。


 が、倒れたはずの魔物がびくんと跳ねた。


「まずい――!」

 

 庇うように男が寧々を抱きしめた。その瞬間、灼くような強い力が肌にビリビリと突き刺さる。

 その衝撃を掻き消すように、魔物側から金属音がして、それは止まった。


 ――息をするのが苦しい。

 寧々は男を見上げる。少し骨っぽい、男の人の感触に、心臓が音を立てているのがわかる。対して男は衝撃が収まったのを確認してから寧々を見て、ハッと密着している状態を意識する。


「あ、ごめんね? 緊急事態だったから……」


 男は申し訳なさそうにさっと離れて乱れた髪やネクタイを整える。

 寧々はその一挙一動に目を奪われるようにしていると、男は魔物の方を振り返っておりそれに気づかないままだ。


 そんな中、魔物の死体を乗り越えて誰かがやってきた。


「おぉーい、セージ坊っちゃん。なんで出勤前から仕事してんの? いや別に怒っとらんよ。ちゃっちゃと終わってるほうがありがたいし。んでも言っちゃなんだけど――んぁ?」


 現れたのはオレンジ色の髪をした和装姿の女性。錫杖を横にして両肩で担いでおり、美人ではあるが楚々とした様子は見受けられない。その姿で早口で男にまくしたてたかと思うと寧々に気づくとぱちくりと瞬きして言葉を止める。

 そして、男と寧々を交互に見て首を傾げた。


「……こいつ異能者?」


「多分」


「いや多分て」


「本人の様子からして自覚というか覚醒したのがついさっきみたいだからね。鑑定できる人は?」


「んなやつ軒並み出払ってるっつーの」


 大人たちのやり取りに置いてけぼりになりながら、かけてもらった上着を握って寧々は何か言おうとしてうつむいていると、男は魔物の死体の脇を通ってここから離れようとする。


「あ、あの……」


 まだ行かないで欲しい。もっとあの人のことが知りたい。そう思うも、ただ偶然助けてくれただけで、そもそもそれは仕事でしかない相手にわがままを言うのは憚られたのか、寧々は言いかけて口を閉ざす。

 男は不思議そうにしているが、何も言わなくなった寧々に「上着なら気にしないで」とだけ言う。


「とりあえず、処理班とか呼ばないとだし、一旦この辺の封鎖をしてく――」


 和装の女性に指示を出してこの場を離れようとしたその瞬間、男は見えない何かに弾かれたように後ろによろける。


「……? 坊っちゃん? なーにしてんだ」


 何かあるのかと男は手を前にしながら探るように恐る恐る前に踏み出す。

 しかし、一定の場所まで行くとやはり弾かれるようにして後退してしまった。


「いや、なにか前に進めなくて……」


 状況がよくわからずおろおろしている寧々に視線を向けた女性は「んー」と呟いて寧々にこっちに来いと言わんばかりに手招きする。

 寧々は戸惑いながらも女性の方に近づくと男は先程より前に進めるようになったものの、やはり一定距離から離れることができない。


 その様子を見て、女性は「あーあ……」と半笑いで言った。



「……お前ら、呪い食らったわ」


『え?』



 寧々と男が同時に女性を見る。女性は苦笑いしながら二人を指差してから手を合わせる。



「魔物が死ぬ時の呪詛。今回のは解けるまで、一定距離、離れられない……ってヤツ」



 その言葉を聞いて寧々は顔にこそ出さないものの、僅かな喜びが湧き、男の方はというとまるでこの世の終わりとでも言うかのように顔を青ざめた。






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