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地面の下の楽園に告ぐ。  作者: はじめアキラ
9/12

9「もう一度、落下」

 巨大生物。しかも、大きな音を立てるとそれが刺激になって襲ってくるかもしれないという。

 何をもってそう判断したのかとレオは尋ねると、ジェニスは“ぬめぬめと蠢く何かの皮膚のようなものを見たため、そう判断した”とのことだった。暗かったこともあり、それ以上のことは何もわからないという。

 またあのような地震を起こされたら、負傷している仲間が逃げられない。よって、助けが来るまで出口付近で大人しくしているしかないと考えたらしい。彼等もベテランなので救助までもっと待たされると思っていたのが、こんなに早く救助が始まったので驚いているようだった。


「ツース遺跡の地下に、巨大生物がいたと?」


 ゴンゾー教官はわかりやすく困惑した顔を見せた。


「……そのような話は聞いたこともない。いや、確かにツース遺跡の調査は全然進んでいなかったから、不思議な生き物がいることそのものはおかしくないが。しかし、先日の大規模崩落まで、あの地域でそこまで大きな地震などが起きていたという報告は……」

「あの」


 レオの隣で手を挙げたのは、ジョンソンだった。そういえば、とレオは彼の地元の場所を思い出す。雑談で何度か彼の故郷についての話を聴いていたが、確か彼のふるさとはプリカ地方の小さな町だったはず。大規模崩落が起きた時に巻き込まれることはなかったが、それでもツース遺跡からは近い場所にあったのではなかったか、と。


「おれ、ツース遺跡の近くの……プリカ地方の出身なんすけど。プリカ地方って、元々地震が多いんですよね。仰る通り大きな地震じゃなくて、小さな地震が何度も起きるというか、だからみんなちょっとした揺れには慣れっこだったというか」

「ほう?それで?」

「で、地元のことだから勉強が苦手なおれも多少郷土史は勉強してるんすけど。……あの地域って百年くらいまえにがらっと気候が変わったことでも有名だったはずなんす。大きな台風がごっそり土を洗い流して入れ替えて、そしたらしかも結構雨が降りやすくなって。勿論、だからって土砂崩れが起きるほどじゃないんですけど……そういう天候や土壌の変化がつもりつもって、地面の下まで影響を及ぼした可能性はあるんじゃないかなあ、とか……」

「……ふむ」


 生き物だというのが本当ならば、充分有りうる話だ。土地の性質が変わったことで、地中で眠っていた生物が呼び起された、とか。百年ばかりかけて大量の水が地面に沁み込んでいった、というのもあるのかもしれない。


「いずれにせよ、怪我人がいるなら救出は急いだ方が良いな。……上層部がまだぐちゃぐちゃ言っているから、俺はちょっと説得にいってくる。お前達は作業を続けろ」

「はっ!」


 ゴンゾーは少しばかり疲れた顔で言った。よほど、現場の判断で動いたことでお小言を言われているらしい。

 中間管理職ってマジで大変、とレオは心の中で合掌する。正直、自分はずっと現場でいい。他の仕事を含めても。




 ***





「んっしょ……!」


 空気穴を空けたことで、だいぶ風通しもよくなったはず。酸素がしっかり供給されるようになった、外と少しでも話ができるようになった、それは閉じ込められている者達にとっても安心材料となるはずだ。

 ただし、土砂の一部をどかせばどかすほど、さらに崩れる可能性もある。怪我人がいるなら、より作業は慎重にならなければいけない。いつまた、その巨大生物とやらが動き出すかわからないから尚更に。

 時刻はいつの間にか午後一時を過ぎていた。灼熱の太陽に焼かれて、汗がぽたぽたと滴り落ちる。まだ初夏の時期だったのが幸いと言うべきか。日が長いのはありがたいが、だからといっていずれ夕刻になるのは間違いない。日が陰って来る前に全ての作業を完了させなければいけない。今回、事故がなくても夜営は想定されていないのだから。


「ほんと、ここの土って変わってるわ」


 石を丁寧に取り除いていたエマが言った。


「場所によっては素手でも掘れるんだもの。凄く柔らかい……それに、地中にバクテリアを食べるような虫も結構いるみたいだし。事前に勉強してきたテンス遺跡の土とは全然違うわ」

「ツース遺跡の方から、豊富な土が運ばれてきたのかもな。……この付近ってそこまで雨降らないはずなのに、土が結構湿っているし」

「それよ」


 時々硬い石にぶち当たってツルハシやスコップが通らなくなる。機械の故障も鑑みると、むしろ特殊な手袋をはめて手で掘った方がいい場面も多かった。

 現在はエマとジョンソンが土砂の上の方から硬い石を中心に取り除き、レオとルークの二人で横から土を掘っていくというやり方を取っている。


――ん?


 やがて、指先が妙なものに触った。

 ツース遺跡の壁の破片や普通の石に混じって、妙な細い髭のようなものが出てくるようになったのだ。


「なんだこりゃ?」


 ジョンソンが土の中から、小さな糸のようなそれを引っ張り出して首を傾げた。


「虫、じゃないな?なんかの、繊維……?」

「あ」


 声を上げたのは、レオである。


「そ、それ……植物のねっこの一部だぞ!?」

「え!?」

「ほんとかよ!?」

「うそ!?」

「う、うん……!」


 ルークが、ジョンソンが、エマがすっとんきょうな声を上げる。そうか、とレオは納得した。彼等は、本物の植物なんてもの、図鑑とシミュレーターの中でしか見たことがないのだ。畑で芋掘りをした経験もない。――前世で、おばあちゃんの家の畑仕事を手伝った記憶があるレオを除いては。


「ち、近くに植物があるのかも!私、ゴンゾー教官に報告してくるわ!」

「おう、頼む!」


 エマが教官のところまで走っていく。C班が閉じ込められている出口は、だいぶ大きな穴があいてきた。一人ずつなら、なんとか中の人を引っ張り出すこともできそうだ。

 教官や正規隊員たちの指示の元、怪我人から順に地上への救出を開始する。まず最初に、ユリカという中年の女性が救助された。うわ、とレオは思わず呻き声を上げてしまう。彼女は瓦礫に潰されたのか、右足の膝から先がぐしゃぐしゃに潰れて原型を留めていなかった。止血はしたようだが、感染症もあるだろうし、あそこまで複雑骨折とものなると切断しなければいけないかもしれない。よく、悲鳴も上げずに堪えていたものだと思う。

 ゴズという男性は、足の怪我は軽い骨折であるようだったが、他にも肋骨をやってしまっているようだった。その後から、ケニーという若い男性とラッソという若い女性、最後にリーダーの中年男性であるジェニスが顔を出した。

 時刻は二時になろうとしているところ。なんとか全員助けられて良かった、と隊の皆が安堵のため息を漏らした、まさにその時だった。




 ファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンッ!




 鳴り響いた、端末の警告音。

 嘘でしょ、と呟いたのはシンディーだったか、エマだったか。





 ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!




 今度はさっきよりもずっと間隔が短かった。C班が救出された穴から離れるヒマもなく、足元から突き上げるような地震が襲ってくる。

 怪我人を助けられた後だったのは、不幸中の幸いではあったのだが。彼等を引っ張り出した穴を中心に、土砂ががらがらと崩れ始めた。そして。

 穴の中から、何か太い触手のようなものが。


「いっ!?」


 何かが足に巻きついた。レオがそれに気が付いた時にはもう、下半身は穴の中へ引きずり込まれてしまっていたのである。


「れ、レオ!」

「ルーク!」


 慌てて駆け寄ってきた彼に手を伸ばすものの、二人の手は指先がかすることもなかった。あまりにも一瞬の出来事だったのである。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

「レオ、レオー!!」


 ルークの、仲間達の声が遠ざかっていく。レオは悲鳴を上げながら、暗いテンス遺跡の中へと引きずり込まれていったのだ。


――ああ、これが……ひょっとして、走馬灯ってやつ?


 ずるずると引きずり込まれながら。レオの脳裏に蘇ったのは、前世の記憶だった。真夏の太陽の下、大好きな祖父と一緒に野菜の収穫をした時のこと。

 祖父は麦わら帽子を直しながら、レオ――否、礼二の頭をぽんぽんと撫でて言ったのである。


『いいか、忘れられがちだが……植物もまた生き物なのだ。傷つけられたら痛いし、苦しみも感じる。逆に人間に、感謝の気持ちを伝えてくれることもある。畑の植物かくれる野菜や果物は……自分を育ててくれた人間への感謝の恵みなのだ。そう思って、こちらも礼を尽くして収穫し、味わなければいけない』


 まだ小学生だった自分には、難しくてあまりよくわかっていなかった。

 植物に痛覚があるなんて話は聞いたこともないし、彼等は動物のように鳴き声も発しない。それなのに、感謝の気持ちを伝えてくれることなんてあるのだろうか。


『植物は、喋らないよ?おじいちゃんは、何言っているのかわかるの?』


 ストレートに疑問をぶつけると、おじいちゃんはニッコリ笑って“ああ”と頷いたのだった。


『わかるとも。……ながーく植物と触れ合っているとな、段々わかるようになるんだとも。……礼二も、彼等を大事にすれば、その気もちを伝えればきっとわかるようになる。向こうが伝えてくれるようになるんだ』


 だから、と彼は告げた。


『植物の声を聴け。……彼等はけして、嘘などつかんからな』


――ああ、どうして今、こんなことを思い出すんだ……?


 遠い昔に亡くなったおじいちゃん。彼が自分に何か、アドバイスをしてくれようとしているのだろうか?

 遠ざかる意識の中、レオはそんなことを思ったのだった。


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