7「何かがおかしい」
訓練生は訓練生でも、二位生はレオたちよりもずっと現場のことを理解している。
訓練生の実質的なリーダーに任命されたシンディー・カートンこそ、先程エマが言っていた女性だ。ちょっと怖いけど尊敬できる先輩――その理由を、現在レオははっきりと実感している最中である。
「ほら、もたもた動かないで!もっと掘る掘る掘る!」
「ひ、ひえっ」
今回何故、訓練生がたくさん動員されることになったのか。その最大の理由は、入口付近の補強工事を行うためである。
テンス遺跡の入り口は階段状になっている。しかし、当然大昔に作られたものというだけあって老朽化が進んでいるし、大型の機材が持ち込めるほど広いわけでもない。
政府はいずれかなり大掛かりな調査をしたいと考えているようで、そのためには入り口付近の補強工事を同時進行で行うべきと考えたようだった。そのため、三つある入り口のうち二つの出入り口の補強工事をするにあたり、人員が必要となったわけである。
とはいえ、普通の建築現場のオジサンたちを呼びつけるわけにもいかない。なので、地下にまだ降りるには未熟であるものの、ある程度知識と訓練はしている訓練生メンバーが駆り出されることとなったわけだ。
階段近くの土を掘り、幅を広げながら掘り進める。入口付近も遺跡の一部なので、土の中から貴重な異物が出てくる可能性は否定できない。慎重に、それでいてスピーディーに。機材のデータも参考にしながら手作業で掘り進めなければならないのである。
勿論、変なところを削ってしまって階段を崩落させるなど論外である。掘り進めては塗り固めて補強、掘り進めては補強を繰り返す。想像以上に地道でハードな作業だった。
「ぐっ」
ツルハシが、硬い岩盤に当たった。レオは痺れた手を振りつつ、デバイスに表示された地質データを確認する。使っているツルハシはただの発掘道具ではない。掘り進んだ土のデータがリアルタイムでデバイスに送信され、土や石の材質を割り出してくれることになるのだ。
今ぶち当たった石は、クジリ石というものだった。発掘調査でよく見つかる、非常にありふれた石である。岩盤ではなかったようで、少し周囲を掘り起こせば土の中から引っこ抜くことができた。
「んん?」
「どうした、レオ」
「あ、いやこれ……」
土の中から引っ張り出した石を、駆け寄ってきたルークに見せた。
「ただの石かと思ったら、なんかおかしいんだよ、ほら」
レオが土の中から引きずり出した石は、拳二つ分くらいの大きさである。問題はその形だ。ごつごつとした石ではなく、明らかに板のようなものの一部なのである。裏と表が平らになっていて、しかも片方には黒いラインのようなものが入っている。周りは凸凹していて、一部からは鉄骨のようなものが剥き出しになっていた。
「これ」
ルークが目を見開く。
「遺跡の壁の一部じゃないか!?」
「ま、マジで!?」
「ああ。クジリ石は、多くのシェルターの材料として使われるんだ。熱に強く、さほど重たくない割に耐久性に富む。恐らくこれは、どこかのシェルターの壁が破損して土に紛れたものだと思うが……」
それにしてもおかしい、と彼は眉を顰めた。
「入口付近に、なんで壊れたシェルターの壁が埋まってるんだ?最近、テンス遺跡付近で崩落事故が起きたなんて話はないのに。それに加えて、この黒いラインは……テンス遺跡の壁じゃないぞ」
その言葉にレオもはっとさせられた。自分の知識と記憶を総動員して答えを弾き出す。テンス遺跡と比較的近い別の遺跡。そして、黒いラインが入った壁が特徴的なものといえば。
「つ、ツース遺跡か!?」
極々最近、謎の大崩落を起こして封鎖された遺跡だ。近隣の村が一つ巻き込まれ、住んでいた人達が四十五人も生き埋めになって亡くなった。入口も潰れてしまった上、上で大雨が降ったなどの明確な理由もなく、原因がわかるまで限られた調査隊メンバー以外立ち入り禁止となってしまったのである。
その遺跡の壁の一部が、なぜテンス遺跡の入り口に埋まっているのか。
「きちんと照合してもらわないと、ツース遺跡のものだとは確定しないが。もし本当にそうだとしたら、大きな異変が起きているということになる。まだツース遺跡の崩落事故原因がはっきりしてないしな」
ゴンゾー教官に持っていく、と石をレオから受け取ったルークは。初めて見るほど、険しい顔をしていた。
「なんせ、ツース遺跡はここから五キロ離れてるわけだからな」
***
調べてみたところ、やはりツース遺跡の壁の一部だった。何故こんなところにそんなものがあるのか。レオたちはさらに掘り進めて、他にも手がかりがないかを調査するようにと命じられることになる。
不穏な気配は漂っていた。しかし、まだ決定的な何かが起きたわけではない。むしろ、再び近隣住民が巻き込まれるような事故を防ぐためにも、自分達が積極的に調査を進めるべきなのは間違いないのだ。
その後もいくつか、ツース遺跡の壁の一部が土の中から掘り起こされた。
土の成分がやや変化していること、柔らかくなっていることなども報告された。
全てはテンス遺跡の地下にあるという謎の熱エネルギーのせいなのか、それとも――皆が緊張する中、ついに事件が起きることになるのである。
「?」
最初は、目眩がしたのかと思った。くらっと足元がふらついたように感じたからである。熱中症かな、水飲んだほうがいいかな、なんてレオが呑気に考えた時だった。
「いっ」
ファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンファンッ!
突然、その場にいた全員の端末が、けたたましい警戒音を鳴らした。え、と全員の顔が凍りつく。警報の内容は、地震。それも、規模が大きい。端末には“正体不明の熱エネルギー感知”と大きく出ている。震源は――。
「こ、ここっ!?」
「レオ君、頭低くして!地面に伏せて!!」
シンディーの鋭い声が飛んだ、その直後。
ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
大地を揺らがす、巨大な地響きが。
「うわああああああああああああああああっ!?」
「なに?なになになになに!?」
「で、でけえっ!」
「何でこんなタイミングで地震なんかっ」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「み、みんな落ち着け!落ち着くんだ!」
「揺れてる!揺れてるってば!」
「なにこれえっ!?」
あちこちから、パニックになった訓練生たちの声が響き渡る。正規調査隊メンバーはさすが慣れているだけあって、必死でみなを落ち着かせようとしていたものの、彼らも動揺を隠しきれていなかった。
それほどまでに、大きな地震。足下からつきあげるような縦揺れが来て、さらにぐらぐらと揺さぶられるような横揺れが来た。地震大国に住んでいた前世でもこのレベルのものは経験していないぞ、とレオは冷や汗を掻く。びきひきびき、と眼の前で地面に罅が入る様を、やや絶望的な面持ちで見ていた。
一体、どれほど長く続いたのか。
ひょっとしたら揺れていた時間は一分にも満たなかったかもしれない。それでもレオには、果てしなく長く感じられたのだった。
「お、収まった……?」
まだ頭はぐらぐらするが、動けない程ではない。そろりそろりと顔を上げると、他の訓練生や隊員たちが恐る恐るといった様子で身を起こしているところだった。パニックになりつつもとっさに体を伏せている者が多いのは訓練の賜物だろう。
「畜生、なんだってんだ」
ジョンソンが頭を振りながら立ち上がる。
「おれが昔から大嫌いなもんが三つある。地震と火事と酔っ払ったくそオヤジだ。どれも人を不快にさせる天才だからな」
「……お前のオヤジさん、酒癖悪いのかよ」
「オヤジも悪いが、オヤジの兄貴も最低だぜ。田舎じゃ安酒ですぐ酔っ払って、みんなに迷惑かけっぱなしだった。最終的にはおふくろの雷が落ちるまで騒いでるんだからマジでどうしようもないってな。反面教師って意味じゃ非常に役に立ったが」
「そのわりにジョンソンも酒が好きだろ」
「おれはオヤジほど酷くないからいーんだよ!」
「酒好きみんなそういうもんだ」
しょうもないやり取りをしたのはわざとだった。いわゆる、お互い無事であることと、冗談を言うだけの心の余裕を取り戻したことをアピールするための手段である。ジョークを言えるうちはまだ自分達は大丈夫、過酷な環境でも生きていけるんだぞと己にも周りにも言い聞かせるのだ。これは、軍隊でもよくやるやり方だった。
有り難いことに、自分達の話を聞いて周りの者達も少しだけ平静さを取り戻したらしい。シンディーが“みんな無事!?”と叫ぶ。
「点呼!訓練生の第一班は!」
「います!」
「第二班!」
「無事です!」
「第三班!」
「問題ない!」
「第四班!」
「こっちも怪我人はいません!でもっ……」
ルークが、やや青い顔でシンディーに叫ぶ。
「入り口が!」
「!!」
恐ろしいことに。先程の地震のせいで、自分達がせっかく補強して広げたはずのテンス遺跡の入り口階段が、すっかり土に埋もれてしまっていた。
「僕は地震の最中、土に埋もれていくC班の正規隊員方々を見ました。恐らく、生き埋めになってしまっています!」
その言葉に。シンディーの唇が、冗談でしょ、と動いた。テンス遺跡の発掘調査。けして難易度が高いものではなかったし、今日はほんの準備を行うだけの日だったはずである。
こんなとんでもない事故が起きるだなんて、一体誰が予想しただろうか。
「ご、ゴンゾー教官に連絡してくるわ!」
シンディーは血の気の引いた顔で立ち上がって言ったのだった。
「貴方たちは、指示があるまでその場を動かないで!!」