6「夢のはじまりだ」
現場研修当日。
専用のトラックに機材を積み込み、いざテンス遺跡へ。
テンス遺跡が比較的初心者向けだと言われている最大の理由は、上層階の調査がかなり進んでいることと崩落が少ないこと。それから、養成所&訓練所から比較的近いことが挙げられる。それでもトラックで四十分。若干酔いそうになって、レオはがっつり薬を飲む羽目になった。こういうのも、繰り返すごとに多少は慣れるのだろうか。遺跡への移動は車が多く、船や専用の飛行機で行くこともある。現在で最も快適なソーラーカー系での移動はない。いかんせん、町はずれにあるのでソーラーカーで移動できるほど道が整備されていないのだ。
「レオ、大丈夫か」
ごつごつとした山道を登る中、ルークが声をかけてきた。
「やかましい男が、さっきから妙に無口になってるぞ。吐くならトラックの外にしろよ」
「吐かねえし!俺にだって意地がありますわよコノヤロー!」
「意地で嘔吐が我慢できるなら医者はいらんだろうが」
仰る通りで。後ろに飛ぶように流れていく木々を見ながら思う。一番近いテンス遺跡への移動ごときで参っている場合ではない。後ろのトラックを振り返れば、さっきエマがやや青い顔で手を振ってきた。手を振るくらいだからまだ余裕があるんだろうが、まあ似たような状況なのだろう。むしろどうしてルークはこんなに平気なんだと言いたい。レオと比べて細いし、けして丈夫な体というわけではなかろうに。
「……あのさ」
「んん?」
騒音の中でも、特定の音を拾う訓練はしている。現場にもよるが、シミュレーションで体験したファイス遺跡のように静かな場所ばかりではない。テンス遺跡は文字通り“石を削る”場面も多く、かなり煩いことも少なくないのだ。
そんな時、騒音のせいで人と会話ができませんでは話にならない。だから、発掘調査隊のメンバーは目や耳においては特殊な訓練をしてその能力を上げるのだ。現在は機械でもある程度補正が可能ではあるが、機械は壊れる可能性がある。機械なしでもある程度夜目がきく高い視力、動体視力、小さな音を聞く能力と聞き分ける能力は鍛えられるのである。
ゆえに、がったんごっとん五月蠅いトラックの移動中でも、ルークと会話するのは難しいことではない。まだまだレオもルークも訓練中の身であったが、それでもなんだかんだ三ヶ月ばかり訓練をしている。常人よりは出来る事が増えているという自負があるのだった。
「お前が実力テストで一位って聴いた時。悔しい気持ちがなかったと言えば嘘じゃない。結果を聴くまで、僕が一番だと疑っていなかったわけだしな。でも教官の気持ちを聴いて、ちょっとだけ悔しかった気持ちも全部なくなったんだ。それ以上に感動したから」
「え」
「僕の課題はお前とは違っていたが、それでも多分似たような“植物”は隠されていたんだと思う。土砂で埋もれている道、はあったしな。でも、調べようとも思わなかった。石なら発掘を試みたかもしれないが、土なら特に気にしなくてもいいとスルーしてしまったんだ。……あんな小さな芽を見つけるお前の嗅覚と、そこまで植物を見つけたいという執念が凄いと思った。子供の頃からの、浅い憧れなんかじゃなかったと」
それに、とルークはにやりと笑う。
「あれだけ苦手な筆記テスト。よくもまあ、基準点まで持っていったな。大嫌いな勉強も、好きなことと言うと違うもんだ」
「褒めてるのか貶してんのかどっち!?」
「バーカ、褒めてるんだよ」
「まったく」
それを言ったら、とレオは後頭部を掻く。
「お前が付き合ってくれなかったら、俺はそもそも発掘調査隊に入ることもできなかったかもしれないんだぜ」
そうだ、きっとそうに違いない。何故ならば。
「子供の頃、親に渋い顔されてさ。それでも高校卒業したらOKって約束を取り付けたけど、でも納得してたわけじゃなくて……実際、高校三年生の時には普通に大学受験しろってなんべんも説得されたし。お前が一緒に親を説得してくれなかったから、許可出なかったかもしれねえ。ていうか、お前が一緒ならまだいいか、みたいな空気あったし」
「昔からレオの子守りは僕の役目だったからなあ」
「子守り言うなし!……それに、定期テストだってお前が一緒に勉強見てくれなかったら投げ出してたかもしれねえ。だからその、マジで感謝してるっつーか」
「やめろよ、恥ずかしい」
あはは、と軽い笑い声が上がった。今日は天気予報も一日快晴だと聴いている。まさに絶好の発掘日和だろう。
まるでゴールにでも来たかのようなテンションだが、そうではない。自分達はまだ何も成し遂げてなどいない。まさに、ここからが本番なのだ。
「スローライフのために頑張るってのも妙な話だと当初は思っていたが」
ルークは左の拳をこちらに突きだしてきて、言った。
「叶うといいな、幸せ農業ライフ。……俺も可能な限り手伝うからさ」
「おう、さんきゅ」
こつん、と彼の左拳に、自分の右拳を合わせる。テンス遺跡に到着するまで、あと少しだ。
***
「それでは、今回の発掘調査の手順を説明する!」
到着したのは、午前八時。早起きしたので少々眠い(そしてつくづく、この世界の時刻表示が前世と同じで良かったと思う)。
ゴンゾー教官が、今回の発掘調査のリーダーだった。発掘調査隊は軍ではないのだが、便宜上軍と同じような階級がつけられている。ゴンゾー教官の地位は中佐。軍ならば、立派に指揮官を務める階級だ。場合によっては現場にまったく出ないこともあるほどだろう。この道三十年のベテランである。彼より上の階級の者や彼より長い経歴を持つ者もいないわけではないが、初心者向けのテンス遺跡であることと、訓練生の補佐を兼ねていることから抜擢されたものと考えられる。
「今回テンス遺跡再調査命令が下ったのは、地下から大きな熱エネルギーが感知されたからである。これより年単位で、地下エネルギーの正体を突き止めるべく、未踏エリアまで調査してく予定となっている。そのエネルギーが地熱であるのか、あるいは未知の鉱物か機械か。それにより、政府の方針も大きく変わってくることになるだろう」
ずらりと並んだ調査隊メンバーの前で、ゴンゾー教官がはりのある声で告げた。
「発掘調査は、基本的には政府の許可によって行われるが、時々こうして直接命令が降りてくることもある。今日は政府の方々の視察はないが、今後は視察に来られることもあるのでその場合は充分な安全の配慮をされたし」
「これだけがあたし嫌なのよね」
レオのすぐ隣で、エマがげっそりした顔で呟いた。だいぶ酔いは醒めてきたようだが、それでもまだ万全ではないようだ。レオの方は、ルークが話をしてくれて紛れたこともあってだいぶ落ち着いてきたのだが。
「お偉い方が来ると、誰か護衛と接待につかされるのよ。偉い人の監視みたいなもん?知識がない素人に、現場をちょろちょろされて事故でもあったら責任問題だから」
「確かにそれは困るな」
「場合によってはセクハラおやじなこともあるって、二位生のシンディー先輩が言ってたわ。ちなみに、かわいい男の子の方が好きっていう変態もいるから、あんたも他人事じゃないわよ」
「それは本当の本当に困るな!」
ぼそぼそと小声で囁き合う。ちなみに、養成所は現在訓練期間が二年となっている。自分達は一位生。二位生というのは、訓練所二年目の先輩というわけだ。ちなみに訓練生といっても、二位生はかなり現場に出る事が増える。当初は養成所の訓練期間が一年間だった名残もあるのだ。
とはいえ、一年間の訓練だけで厳しい現場に出すのは死人を無駄に増やすだけだという結論が出て制度が改革され、現在の二年生に変わったと聴いている。
「発掘調査は、今回地下に降りるのは三つのチームである。事前に任命されたAチーム、Bチーム、Cチーム。それ以外の者は全て、上で報告待ち、採石の補佐、地上調査などの任務につくことになる」
わかってはいたが、訓練生である自分達は直接遺跡の中に降りるメンバーに含まれていない。先遣隊として降りるそれぞれのチームから運び出されてきた石などの運搬を、遺跡の入口近くで待機して運び出すのが主な仕事だ。場合によっては入口のすぐ傍でちょっとした採掘を行うこともあるが、それだけである。
今回の任務の概要はおおよそ聴いている。Aチームが先に降りて北方向へ進み、地下二階まで降りたところでBチームが出発。Aチームの調査の取りこぼしがないかどうか確認しつつ、Aチームが遺物や気になるものを見つけたらそれを受け取って地上に戻す。
Cチームは一番出口に近いところで、出入り口の確保と再三の調査。が、これは当初の予定であって、他に入口が見つかったり、気になるものが見つかった場合は役目が変わることもあるという。
政府命令での調査はより慎重になる。例えばAチームが大きな石を見つけて運んできたら、それをBチームにバトンタッチして、さらにCチームがもらって、出口付近の訓練生が地上に渡すということを繰り返す。調査が進んでいるはずのテンス遺跡でこのようなやり方をするのは、最近テンス遺跡周辺の地盤が緩んでいるからという理由もあるらしかった。危険を避けるため、そして事前にそれを察知するため。同時に、メンバーの全滅を避けるためでもあるという。
テンス遺跡の出口は、この近辺だと三か所見つかっている。訓練生は、その三か所の出口付近で先輩達の意見を聴きながら待機することになる。
「それでは、何か質問がある者は?……特にいないのなら、時間なのでこのまま調査開始とする!各々、持ち場につくように!」
「はい!」
初めての現場体験。緊張はするものの、自分達が直接地下に降りるわけではないし、難しい遺跡でもない。
そこまで危ないことは起きないだろうと、心のどこかでレオもたかをくくっていたのは事実だった。
そう。
まさかあんなことになるなんて、まったく予想もしていなかったのである。