5「努力は人を裏切らない」
「今回、試験内容は全員バラバラとさせてもらった。難易度が異なることに関して不満を覚えた物もいるだろうが、試験内容が漏洩してしまっては的確な試験を行うことができなくなってしまうからな。あえて、全員別の試験内容で行わせてもらったことは了解してもらいたい」
試験結果発表の際、自分達の教官であるゴンゾー・タナベはそう言った。
大昔に戦争が起きて、一度滅んだ地上文明。地下に逃げ込んだ大量の人間達。しかしそれよりも前に、日本という国は少子高齢化対策として、移民を積極的に取り入れるようになっていたという背景があるという。レオにルーク、エマにジョンソンといったメンバーが総じて日本人らしからぬ名前と見た目であるのはそのためなのだった。外国からの移民が先祖である場合もあるし、日本人と移民の先祖の血が混じった者もいるのである。また、日本もその頃から名前と苗字の表記を世界と揃えて“名前・性”の順で書くようになったというわけらしい。
そんな中、屈強な体に立派な髭を持つゴンゾー教官は、明らかにアジア人らしい見た目をしていた。少々髭が立派すぎるが、それでも黒髪黒目にやや浅黒い肌をしている。浅黒くなったのは肌の色が黒いというより、仕事で日焼けすることが多いからだろうが。
見た目通り厳しい人物だったが、浅慮なわけではない。今回の試験も、各々の力量と得意不得意を見極めた上で、最も最適な試験内容を選択してくれたのだろうなということはわかっている。
「調査中、決められた手順を忘れてしまった者もいる。突発的に起きるトラブルに対し正しい対応ができなかった者、その結果シミュレーションにおいてシェルターからの脱出ができなかった者もいる。……これはまだ試験であり、本当に命を賭けているわけではない。失敗しても、死ぬようなことは一切ない。そして、お前達はまだ入所一年目であり、入ったばかりの最初の実力試験でもある。ミッションの何もかもを思い通りにこなせないのは当然といえば当然のことだ」
しかし、とゴンゾーは言う。
「本当に死ぬかもしれない恐怖を味わうことになった者は少なくないはずだ。実際、過酷なシミュレーション体験によって心身にダメージを負い、酷いとショック死に至る事例も報告されているからな。その恐怖に抗えず、最初の試験で養成所を退所した者もいる。実際、今回参加した者の中から三名、そういった希望者が出た」
マジか、とレオは思わずすぐ隣のルークを顔を見合わせてしまった。周囲の生徒達も一瞬ざわつく。第百三十二期生は全部で二百八十五人だったと聴いている。人数が多く、いなくなったメンバーが近くの部屋の人間でなかったこともあって、減っていることに気が付かなかったのである。
――確かに、あのシミュレーションは相当過酷だったもんな。
思い出して、ぶるりと体が震えた。緊急アラームが鳴り響く中、可能な限り荷物を保持したまま最短の脱出ルートを選んでシェルターから逃げなければいけなかったクライマックスを思い出す。なんせ、狭い地下で鉄砲水に飲まれたらまず助からないからだ。うまく流水で怪我をしなかったとしても、溺れないで空気のある場所を見つけられたとしても。電子機器が壊れてしまっていると、GPSも使えなくなる。ましてや、地下空間には電波が届かないエリアも多いのだ。救助は実質、絶望的なものとなってしまう。
つまり調査隊は、必ず帰還用のルートを複数用意し、緊急時にはいつでも引き返していけるように備えなければいけないのだ。お宝を見つけることも大切だが、同じだけ“生きて地下の情報を持ち帰る”ことも重要である。いくら給料が上がるからといって、欲張ってお宝を持ち帰ろうとした結果生きて帰ることができませんでしたでは話にならないからだ。
つまり、ミッションで最も求められるのは、生きて地上に戻ることなのである。
それでも毎年のように事故などのトラブルで死ぬ人間が出るのが悲しいことではあるのだが。そう考えると、本当に死ぬ前にシミュレーターで危険を体験させておくのは、非常に理にかなっていると言える。ショック死することもあるのは充分危ないとはいえ、それくらいの臨場感がなければ生徒たちの覚悟を図ることもできないだろうから。
今回、どうにかしてレオは無事に脱出して、宝を持ち帰った上で試験をクリアすることもできていたわけだが。自分達がどれほど危険な仕事に挑もうとしているのか、知るには充分だったというわけである。
なるほど、幼い頃の両親が渋い顔をするのも当然だ。勿論彼等とて、本当の意味で発掘調査隊の危険を理解していたわけではないだろうが。
「今回、生きて帰ることができた者には当然一定の点数を与えている。その上で、トラブル発生までの調査内容、決められた手順を守ったか、どれくらいの情報を持ち帰ることができたかによって加点減点がされている。生きて戻ることができた上で、遺物を持ち帰ることに成功した者はさらに加点されている」
その上で、とゴンゾーは告げた。
「今回の試験の、成績優秀者を発表しよう。筆記試験、突発応答試験、実技試験。三つの試験の総合点が最も高かった生徒は……」
てっきり、ルークが一番だとばかりレオは思っていた。きっと他の者達も同じだろう。筆記試験は満点だったし、突発応答試験でも極めて難しい問題をさらさらと答えていた。実技試験も、遺物を持ち帰った上で生還できたと聴いていたからである。
しかし、ゴンゾーが見たのは――自分の方で。
「レオ・スペンサー。おめでとう、君が今回の試験のトップだ」
「え!?」
思わずひっくり返った声を上げてしまった。周囲の生徒達のざわめきも大きくなる。レオが、少なくとも筆記試験においてさほど良い点数を出せなかったことは皆も知っていることであるからだ。一番交流があったのは同じ班のメンバーだが、他の班や別寮の者達ともたくさん話はしている。
筆記試験ギリギリでさあ、くらいの雑談を交わした者は少なくない。
「で、でも俺。筆記試験の点数はあんまり良くなかったと思うんですけど?答えられなかった問題もあったし」
「確かにな」
思わず疑問を口にすると、ゴンゾーはわかっているというように頷いた。
「しかし、今回の三つの試験は、そもそもの配点に大きく差がついている。最後の実技試験の配点が最も高いのだ。何故か?いくら知識があっても、土壇場でそれを生かせないようでは何の意味もないからだ。知識はあるに越したことはないが、最も大事なことはどれだけのことを覚えているかということよりも、それを必要な場面でどれほど有効活用できるかということなのだから」
ということはつまり。
「い、一番最後の試験がそんなに点数が良かったってことですか……?」
既に試験は終了している。ゴンゾーもレオの試験内容を明かしてもいいと思ったのか、スクリーンに映像を表示させた。
それは、今回レオがチャレンジした、ファイス遺跡のA4ルートの映像だ。
「お前達の試験状況は全て、シミュレーターに詳細に記載されている。レオ、お前はきちんと順路を守って調査を開始し、それぞれの部屋も入る前に必要手順を守ってから内部調査を開始。トラップをかわして無傷で生還を果たした。が、勿論これだけだったのなら、他にもクリアできた者は少なからずいる。最大の加点ポイントは、お前が“マメハ草”の苗木を持ち帰ったことだ」
「あの小さな植物の芽、ですか?」
「その通り、遺物の中でも、植物は非常に価値が高い。そもそも、部屋ではなく廊下を塞いでいた土砂の中からこれを見つけ出した観察眼は賞賛に値する。普通は部屋の中の機械や書籍などを見つけることを優先し、廊下を塞ぐ土砂などはスルーしてしまうものだからな」
それは、と心の中でレオは呟く。
それは自分が、ひときわ植物に興味を持っていたからだ。土があるところには、雑草や種がある可能性がある。だから、廊下を埋めているものがコンクリートなどの瓦礫ではなく土砂だと気づいた時、きちんと観察しようと思ったにすぎない。
「根まで傷つけることなく、一定量の土と一緒にカプセルに入れて持ち帰ったこと。その後のトラブルでも、事前に脱出用ルートを複数用意しておいて、その場で最適なルートを通って生還したこと。タイムロスも少なく、負傷もほとんどせず、加えて極めて価値の高い遺物を無傷で持ち帰った。大幅な加点がなされた結果、お前は今回の試験のトップになったというわけだ。……理解したか?」
「は、はい」
「よろしい。よければ、レオの試験内容は皆にも公開する。皆も参考にしてくれたまえ」
「はい!」
まさか、厳しい教官がここまで褒めてくれるとは。ぽかん、と口を開けるしかないレオ。その背中を、ぽん!と力強く叩くルーク。
「やったな。見直したぞ、レオ!」
「ルーク……いや、たまたまだよ。植物に興味があっただけで」
「それでも、学んだ知識を適切に生かし、冷静な判断力で地上に持ち帰った。教官が褒めるのも当然だ。僕も誇らしい」
あまりはっきりと喜怒哀楽を顔や口に出すことがないルークが、明らかに喜んでいるのがわかる。レオは頬が熱くなるのを感じていたのだった。
成績は、上位二十名までが発表された。ありがたいことに、ルークとエマとジョンソンもその中に名前を連ねている。特に、ルークはなんだかんだ僅差で二位につけていた。レオが一位になれたのは、完全に試験内容がかみ合ったからに過ぎないだろう。
上位勢は、次のテンス遺跡発掘調査に同行してもらう可能性がある、ということが伝えられた。一番調査が進んでいる初心者向けのシェルターだが、それでも養成所に入ってすぐに現場を見ることができるかもしれないのは貴重な体験である。
この日の夜、再びみんなと飲みに走ったのは言うまでもない。そして。
「それでは、予告していた通り。来月の、テンス遺跡発掘調査の同行メンバーを発表する!今から読み上げる者達は、このあと訓練室まで来るように!」
レオは、ルーク、エマ、ジョンソンと共に調査隊同行メンバーに選ばれたのだった。
まずは、ここが夢の第一歩。本格的な調査ができるわけではないとしても、わくわくは止められそうにないのだった。