4「成せばなる、成さねばならぬ」
実力テストは、定期的に行われるものと抜き打ちのものがある。
エマが言っていた“来月のテスト”は、定期的に行われる方だった。まあ、学生時代の定期考査みたいなものである。
入って最初の関門の一つであり、ここで極端に成績が悪いと補修からの再テストになってしまう。そして、その再テストの結果も悪いと留年になったり、あまりにも酷すぎた場合は退所処分もありえるのだそうだ。まあ、一番最初のテストであるため、流石に今回は少し多目に見てもらえるだろうが。
そう、そんな思惑もあって、レオとしては少々甘く見ていたのも事実なのである。まさかこんなにも早く、本格的にテスト勉強しなければならなくなるとは思ってもみなかったのだ。
発掘調査隊定期試験の難しいところは、この試験が三つのパターンで分かれていることである。
一つ目が普通の筆記テスト。
二つ目が授業中にゲリラ的に一人ずつ出される問題。どんな状況でも、突発的に遭遇するトラブルでも、きちんと知識を引き出して答えられるようにすること。それが、発掘調査隊としては重要であるからである。
「レオ・スペンサー!」
唐突にフルネームで呼ばれて、教師に質問を飛ばされるのは。この突発質問試験の合図なのだった。
数学の講義中、欠伸を噛み殺していたレオの背筋が伸びる。先生もきっと、レオの気が緩んでいることに気がついたからこそ質問を飛ばすことを選んだのだろう。
「この世界で一番最初に見つかった遺跡と、その発見者の名前、経緯を答えよ!」
「え、えっと……」
良かった、一番勉強した“歴史”の範囲だ。深呼吸して起立すると、レオは敬礼をして答えた。突発質問のときは敬礼するのがルール。これを忘れたり間違えたりすると、正解を答えても減点されてしまうことになる。
「カトラ・ミシェル博士が見つけた、エイス遺跡であります!カトラ博士は、旧ホッカイドウエリアに大規模な空洞があることを発見、探知機によって二年に渡る地道な調査の末、旧サッポロ、現ミハリータウン郊外にてシェルターの入り口を発見しました!」
「では、新たな遺跡を見つけた場合、一般人がするべき義務を答えよ!」
「コードナンバー45+559の特別ダイヤルに連絡、速やかに政府に報告いたします!時刻、状況、発見者名と天候などをわかる限り具体的に話します!」
「……よろしい」
先生がほっとしたように笑みを浮かべた。斜め前の席でルークが振り返り、ぐっと親指を立ててくる。彼なりに労ってくれているつもりらしい。
――ありがと……本当にありがとルーク!お前が勉強付き合ってくれたお陰!!
ちなみに、先生も鬼ではないようで、相手によってだいぶ質問の難易度を変えているようだった。
「ルーク・ハワード!エイス遺跡発掘調査で、ここ三年以内に見つかった遺物とその発見場所と発見者名を、十五個全て答えよ」
「はっ!」
うせやん、とレオは青ざめたし、きっとエマとジョンソンも同じだろう。同じ質問が自分達に飛んできたら確実に詰んでいた、と。
***
最後の三つ目の試験は、シュミレーターを使っての実技試験である。
現在の科学技術は素晴らしい。バーチャルリアリティを使って、本物の発掘調査と殆ど変わらない臨場感を味わうことができるのだから。
一人ずつ体験ルームに入って、発掘体験を行う。試験なので当然、想定されたトラブルが起きる。トラブルを解決しながら、いかに遺物を獲得して地上へ戻ってくるか。怪我を最低限に抑えるための工夫も必要だ。当たり前だが調査中に怪我をしても、地上に戻るまでは医者を呼ぶことなどできないのだから。無論それぞれ医学の知識を学んだ上で調査には出るが、縫わなければいけない大きな傷や手足の切断などに対処できるわけではないのである。
――えっと、これは……ファイス遺跡だよな、多分。
マンホールのような入り口の蓋を持ち上げ、開いた状態で的確に固定。これは、閉じ込められるリスクを最低限にするためと、出てくるときに宝物をたくさん持っているせいで両手が塞がっている可能性を考慮してのことである。
無論自動出入り口が閉まってしまう遺跡もあるが、ファイス遺跡にその防犯装置はなかったはずだ。
実技試験の内容はみんなバラバラで、誰かに頼らす一人ずつでクリアしなければならない。蓋を固定して、荷物を背負い直すとゆっくりと梯子を降りる。梯子のような安定しない場所で、両手が満足に使えなくてもバランスを保ったまま登り降りすること。自分達が散々訓練してきたことの一つである。
ファイス遺跡は、過去の地震で崩落した箇所が多いことでも知られている。上層階の地形は判明しているものの、案の定地図通りに進むことはできないようだった。梯子を降りた直後、目の前に三つあるらずの扉のうち一つが土砂で埋もれてしまっているのだから。
――通れなかった場所には随時印をつけるのを忘れないように、と。
まずは基本ルールに則って、右の扉から調査を開始する。“条件が同じで、複数の道や扉に出くわした時は一番右を選択すること”が規則として盛り込まれているからだ。これは、万が一遭難した時、救助隊が遭難者の足取りを辿りやすくする目的もある。
――よし。
本来は自動ドアだったのだろうが、システムがシャットダウンして久しいことから扉は手動でしか開かなくなっている。
スライドドアをこじ開け、再び開いた状態で固定。黄色のラインが入った、灰色のコンクリートの廊下を進んでいく。
所々、古代語で案内文が残されている。ありがたいことに、この世界での古代語の一つが、礼二が前世で使っていた日本語だった。まったく地形も外観も異なるので信じられなかったが、どうやら自分達がいるこの島は元々日本であったらしい。ホッカイドウ、なんて旧地名が残っているのがその証明である。
古代語として英語が必要な場合もあるが、自分達が探索することになるだろう十個の遺跡はすべて旧日本にあることもあり、日本語の案内が圧倒的に多かった。語学の勉強で大きく躓かずに済んだのが非常に有り難かったと思う。
ちなみに今のこの国は、日本語と英語を混ぜて魔改造したようなへんてこな言語を使っている――なんて言ったらこの世界の人々に叱られてしまいそうだが。
――仮眠室、か。
廊下を暫く歩くと、左側に現れたドア。漢字で書かれたプレートにはそう記されていた。やや錆びていることと暗いせいで読み辛いが、前世の記憶のお陰でこれくらいの漢字は全く問題にならない。これもある意味チートスキルというものなのだろうか。
基本的に、前に調査した人間がマップ上に“調査済み”の印をつけた場所でなければ、後からシェルターに潜った人間も調査を行うことになっている。デバイスのマップを確認すると、この仮眠室は未調査エリアとなっていた。
レオはドアに向けてアイロン型の熱感知センサーを押し当てる。部屋の中に熱を発するもの、電磁波を発するものがないかを確認するのだ。
これは、部屋の中にトラップがあるかないかを確認するのにも一役買っている。トラップがある場合は基本的に“シェルターのコンピュータがまだ動いている”場合を指す。アナログな罠には対応できないものの、基本的にシェルターに残っている罠の七割以上がシステム制御されているものだからだ。
そしてコンピュータが動いているのに、一切の熱も電磁波も出さないなんてことはまずあり得ない。
ドアごしに部屋の中に熱感知できはものがあるかどうかを確認し、電磁波を発するものがあるかも確かめ、同時にドア越しに内部の広さなどを確認するのだ。今の技術なら、ドアが電磁波を通さない特殊合金などで出来ていない限り、電磁波を使ってある程度外から内部構造を知ることが出来るのである。
――熱感知はなし。電磁波もなし。……部屋の広さは、八畳間くらいってところか?
部屋の材質や正確な広さ、細かな家具の配置など。それらは探知先の部屋が広ければ広いほど正確性がなくなる。ドアの材質が電磁波を通しにくい場合も然り。
この仮眠室は、小さな洋室にベッドが並んでいるだけである印象だ。センサーで確認した情報はデバイスに送られ、共有サーバーに逐一送信されてバックアップを取られることになる。地下に潜った調査隊メンバーが生きて情報を持ち帰ることができる保証がないからだ。
――電波が届きにくいほど下に潜ったら、一度報告して戻るか撤退するかの判断をリーダーに仰ぐ、だったな。
異常はなさそうなので、仮眠室のドアを開けてアナログトラップがないことを確認すると、ボロボロのベッドの下から調査を開始した。
一つ一つ、丁寧に調べて未調査エリアを潰していく。発掘調査隊の仕事は、存外地味なものである。それでも。
――この試験は、絶対合格してみせる!
全ては、後悔ない仕事をするために。
今度こそ、誰かの笑顔を作る場所を築くために。
***
仮眠室のあとも、いくつか部屋の調査を行った。試験のタイムリミットまであと少し時間がある。もういくつか部屋を見て回って、お宝がないか確認したい――ひとまず真っ直ぐ廊下を突き進んだところで、レオは目を見開いた。
突き当りの廊下が、土砂で完全に埋もれている。予測出来ない災害でルートが塞がれているというのはよくあることだった。デバイスに記録しながら、レオはゆっくりとその土塊に近づいていった。驚いたのは塞がれていたことではない。土塊の隙間から、緑色の葉っぱらしきものが見えたからだ。
「こ、これ!」
それは見間違えるはずがない――植物の芽、だった。
慌ててレオはリュックから保存カプセルを取り出すと、芽を潰して仕舞わないように気をつけながら、土塊と一緒にカプセルの中に木芽を入れる。緑色の双葉。まだ新しい。こんな明かりもなく、太陽光もない通路に自然の植物が芽生えていようとは。シミュレーションだとわかっていても心が踊ってしまう。
お宝の中でも、自然の植物は価値が高いとされている。少なくともCランク以上であり、多くがBランクを上回る。研究材料として持ち帰れば、現在の植物研究を大きく飛躍させる可能性もあるし、これが食用になる植物ならばレオ自身で育てて増やすこともできるだろう。
わくわくが止まらない。カプセルの蓋をしっかりと閉じた、まさにその時だった。
『緊急警報!緊急警報!』
「!!」
デバイスが、急に振動と同時にアラームを発した。この音は、とレオは顔を強張らせる。
地下水が、こちらの通路に向かって押し寄せてきている。早急に脱出しなければ、泥水の中で溺れ死んでしまうことだろう。そうなったら当然試験は失敗とみなされることになる。
――よりにもよって、来た道から鉄砲水が来てる!
ちらり、と後ろを振り返ってレオは舌打ちをした。
――やってやる!……さっき見つけておいた、別のルートを使って……水が到達する前に、遺跡を脱出さるんだ!
何らかのトラブルを用意してくるとは思っていたが、まったくシビアな試験管だ。
瞬時に脳内のマップと現在地を同期させ、レオは別の道へと走り出したのだった。少し戻ってから右、階段を登って左。そちらから、地上へ脱出できるはずである。