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地面の下の楽園に告ぐ。  作者: はじめアキラ
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3「夢いっぱいのメシテロ」

 養成所の入所そのものは、簡単な適正検査と筆記試験だけで叶う。危険思想だったり、極端に病弱だったり、入所金を払えないほど貧乏だったりする人間以外はみんな養成所に入ることができるというわけだ。

 まあその理由は単純明快。とにかく、発掘調査には人手が必要だということ。そして、怪我をして再起不能になったり、死亡する人間が後を絶たないということである。そのため、入所時には全員が誓約書を書かされることになる。ようは、“発掘調査中の事故で死んだりしても文句言いませんし訴えません”という内容だ。万が一大怪我や死亡した時に家族が保障して貰えるのは、あくまで訓練中の事故や事件に限るというわけである。


「それでも、発掘調査がやりたいって願う人間は少なくないわけよ」


 レオとルークが無事養成所に入って、一週間ばかり。

 手続きなどがいろいろ落ち着いたこともあって、同じ班になったメンバーに居酒屋での飲みに誘われることになったのだった。ちなみに、この国では十八歳から飲酒可能である(その代わり、レオの前世よりも度数が低いお酒しか出回っていないという実情があるし、二十歳になるまでは飲酒量がやや制限されることになるわけだが)。

 仲間達とテーブルでビールとオツマミを囲んでいると、自然と“どうして発掘調査隊を志望したのか”という話になってくる。一応集団面接でみんな志望動機を話してはいるが、本音と建て前が違うというのもまた良くある話だからだ。


「あたしはねーやっぱお金が一番の理由なのよね!」


 そう立派な胸を張ったのは、おかっぱの赤髪、この班の紅一点であるエマ・リドルである。年は二十四歳らしい。


「発掘調査はものすごーく危険ではあるけれど、人を殺さなければいけない仕事じゃないでしょ?その点、戦争になったら戦地に駆り出して手を汚さなければいけない兵士より百倍はいいのよね」

「ああ、それは言えてる」

「その上、基本給も安いOL並で、それにプラスして一回の調査につき特別手当が出て、しかも遺物を持ち帰ることに成功したらさらにその価値に従って大きく上乗せされるわけ!E級の既存品の皿とか部品とか持ち帰っただけでも一万Gは下らないとされてるわ。最上位のS級なんて見つけたら兆の報酬が別途支払われることもあるって話!」

「うひゃー、夢があるぜ!」


 その隣で歓声を上げるのは、エマと同郷だというジョンソン・ハッティである。この中で一番背が高く、筋骨隆々で屈強。年齢は二十三歳だ。入所可能年齢の下限が十八歳なので十八歳未満の人間はいないが、逆に上限となる六十歳までならば何歳からでも入所可能とされている。まあ、さすがに中高年の年齢になってから発掘調査隊を志す人間はごく僅かなのだったが。


「おれも似たような動機ではあるかな。うち、工場経営してるんだけど……両親二人とも年だし、従業員も年輩者が多くてさあ。新しい人員雇うにも、稼ぎがすくねーからどうしても予算が足らなくて。おれががっつり稼いで、仕送りしたいって思ったわけで!」

「へえ、親孝行じゃないか。見た目によらずいいやつなんだな、ジョンソン」

「おいルーク、見た目によらずとはどういう意味だ!」


 がはは、と笑うジョンソンはルークの軽口にさほど気分を害した様子もない。というのも、彼は両腕にがっつりと刺青を入れているし、頭は水色のつんつん頭、あっちこっちにピアスをしているといういかにもコワモテの外見だからだ。養成所の服務規程がゆるゆるとはいえ、よくその格好で面接を受けようと思ったものである。

 そして彼は、面接の時に自分の見た目の理由を話していた。元々彼は、地元で親に反発して暴走族をしていた、というのだ。


「バイク乗り回す生活も悪くなかったけどよ。……ジジイがぶっ倒れたのを見て、これ以上迷惑かけちゃいけねえなと思ったんだよな。で、自分が好きなことと、この恵まれた体格を生かして出来る仕事ってなんだろうなって思ってよ。発掘調査隊が一番だと思ったわけだ。人を殺すかもしれない軍より、おふくろを悲しませなくて済むだろう……って思ったってのはエマと同じだな。あっちも給料は悪くねえんだが」


 元不良。しかし、暴走族のヘッドをやっていたというだけあって、人を見る眼には自信があるのだと言っていた。

 そんな彼は、レオとルークの二人を交互に見て笑う。


「お前らも同郷なんだろう?天然の植物の研究がしたいって本当か?随分と茨の道だが」


 それが分かる辺り、彼は粗雑な見た目に反して相応に勉強してきているということだろう。まあな、とレオは頷く。


「俺は、スローライフってやつがしてみたくてさ。そのために、汗水たらして努力するってことがしたいと思って。調査で得たお金をきっちり貯金したら、植物を研究するための費用もそれなりに溜まるだろうし」

「スローライフねえ」

「植物の研究ってものすごく大変で、スローって言葉とは正反対に聞こえるわよ?」


 あまりピンときていないらしいジョンソンとエマが首を傾げる。まあ、普通に考えて“種を持ち帰るまでが大変だし、持ち帰ったあとも研究漬けになってさらに大変”なイメージが付きまとうだろうのだろう。彼等どころか、ルークにも自分のギフトのことを明かしてないのだから当然である。


「大変なのはわかるけどさ。前世……じゃなかった、本で読んで想像して、子供の頃にものすごく憧れちゃったんだ」


 前世の記憶があるなんて言ったら、頭がおかしくなったと思われるかもしれない。ゆえに、深く突っ込まれそうになったら“本で読んだ”という事にしているレオだった。


「お前らも想像してみろよ。広い広い、自分だけの農園。うっそうと茂る緑の葉っぱ。そこに鳴る、トマトやキュウリ。朝露に濡れてさ、形も均一じゃなくてさ。本当に生きている植物の姿をしてるんだ。朝起きて、そんな植物を収穫して。……もぎたてのトマトを使って、サラダを作るんだぜ。ふわふわのレタスを強いて、ハムを乗っけて……」

「やめろやめろ!凄まじいメシテロ!」

「あははは。でも、そういう生活も楽しそうだって思うだろ?なんなら、自分の農園で作った野菜を使ってレストランを開くのも楽しそうだ。……大きな農場とか、大きなお店でなくてもいいな。自給自足してさ、大好きな人達を自分の野菜で作った料理でおもてなししてさ。毎日笑いながら語らって、まったり夜まで笑顔で過ごすんだ。……楽しそうだろ?」

「確かに!」


 無論。レオだって、農場生活がそんな楽なものだと思っているわけではない。前世で礼二だった頃、祖父母の畑で野菜を収穫した時のこと、それを食べた時のことを思い出しながら語っているだけだ。

 最初の人生で、忘れてしまっていた大切なもの。

 手に入れることができずに取りこぼしてしまった宝物を、この世界で取り戻したいのである。

 自分も誰かも笑顔になれる。そんな生活ができるというのなら。文字通り、これ以上ない幸福だ。今度はその生活を手にするために死ぬ気で努力をしたいのである。


「今は、人工食料しかないものね。牛とか豚は、屋内施設で飼うこともできるようになったけど」


 じっと、エマが自分の手元を見つめる。ビールの横に置かれているのは、おつまみとして頼んだ料理だ。厚切りベーコンにレタス――のように見える、ロゼレタスという葉。ロゼ、とつくものは全て工場で生成された人口食品だ。ロゼという名前の女性が理論を確立させたことからその名前がついたらしい。ロゼレタスというのは、レタスを模した人工野菜という意味なのだった。

 けして味は悪くない。悪くないが、前世の記憶が残っているレオとしてはどうしても思ってしまうのだ。形も味もみんな不自然なほど画一的。自然の野菜とは、根本的に異なる食材だと。


「実は、まだ噂なんだけど。あたし達みたいなひよっこにも、調査のチャンスが早々に巡ってくるかもしれないって話なのよ」

「はあ!?まだ入所一週間だぞ!?」

「先日の大規模崩落で、かなりに数の隊員が再起不能になっちゃったみたいで。本格的に人手不足らしいのよ。採用されたところであくまで、シェルターの上層階の調査補助だけでしょうけど。……来月の実技訓練と筆記試験の成績いかんでは、お手伝いに行かせて貰えるかもしれないって!」

「すげえ!」


 思わずルークと顔を見合わせた。上層階調査の補助の補助、だとしてもだ。正直、実際に遺跡に降りる許可が出るのは早くても一年後だろうと考えていたのである。一刻も早く調査に加わりたいといっても、必要な修業過程をクリアしなければあまりにも危険だからだ。


「おい、レオ」


 ルークがぐいっとビールを煽って、真顔で一言。


「帰ったらテスト勉強を本格的にやるぞ。お前は実技よりそっちが問題だ」

「あぐっ」


 確かに、入所の筆記試験でも、結構残念な点数を叩きだしてしまっている。合格点がものすごく低く設定されていたからクリアできたようなものだ。

 調査補助だとしても、特別手当が出るのは間違いない。エマと同じく、ジョンソンも目を輝かせていた。彼としても、一刻も早く収入を得て家族に仕送りがしたいのだろう。


「よし、明日から本格的に特訓するか。というわけで今日は飲む!素晴らしい仲間達との出会いに、おれは乾杯する!」

「何回目の乾杯なのよ、ジョンソンってば!」


 ジョッキを掲げるジョンソンに、エマが笑顔でツッコミを入れた。良かった、と心からレオは安堵した。

 けしてコミュ障なわけではない。それでも不安な気持ちがなかったわけではないのだ。もし養成所で出会う人達が、怖い人達ばかりだったならどうしよう、と。


――なんとか、頑張れそうだ。此処なら。この世界なら、きっと。


 前世の、あの現代日本で。自分が死んだあと、両親がどうなったかを考えると正直辛い。同じように頑張っていた同僚たちが、今も苦しんでいるのかもしれないと思ったらさらに苦しい。

 でも、自分はもう新しい世界に転生して、新しい人生を歩んでしまっている。もうけして戻ることができないのならせめて、その痛みを胸に今を一生懸命生きるべきだ。

 自分が生きて戻ると信じて送り込んでくれたこの世界の両親のためにも、そんな自分についてくることを選んでくれたルークのためにも。


「問題一。現在見つかっている遺跡の数と、新人が最初に挑むことになる遺跡の名前を答えよ」

「え、えっとお……!?」

「おい!?」


 翌日。

 早速一緒に勉強することになったルークから初級問題を出され、いきなり詰まってずっこけさせてしまったりもしたが。まあそれはそれである。

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