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地面の下の楽園に告ぐ。  作者: はじめアキラ
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2「叶えたい夢があるんだ」

「驚いた。君はエンジニアを目指しているとばかり思っていたのに」


 ルークはレオの言葉に目を丸くした。そりゃそうだろうな、とレオ自身苦笑する。記憶が戻らなければ、自分も父親と同じセキュリティ管理を主軸としたシステムエンジニアの道を志していたのだろうから。

 突然、農業がしてみたい、そのために植物の種を手に入れる方法が知りたいなんて言われたら。彼でなくても、否、親友の彼だからこそ驚くのは当然だ。


「確かに、大昔のように地上に天然の植物が溢れるようになったら素晴らしいだろうな。昔は空気変換装置なんかなくても、植物の力で酸素が供給され二酸化炭素が消費されていた。ある時期を境に温暖化が懸念されるようになったものの、今のように装置なしでは一気に地球が過熱してしまうなんてこともなかったようだから」

「そうそう。ルークだって食べてみたいだろ?天然の野菜に果物、それから作ったサラダとかピザとかパスタとかさ」

「地上で農業をしながらまったりと美味しいものを食べて暮らす生活か。なるほど、スローライフというのも楽しそうではあるな」


 ただ、と彼は渋い顔をする。


「それが現代の世の中で出来るようになったらレオ、君は確実に表彰されることになるぞ。理由は二つ。植物の種を入手することが極めて困難であることと、さらにそれを育てるのが現在の環境では難しいことだ」


 二人で人工樹の根元に座り、彼の話を聴くレオ。学校の成績は、彼の方が遥かの良い。ついでに説明も上手なので助かっている。


「大昔、戦争によって地上が汚染されて人が住めない土地になった時、人々は一時的に地下シェルターに避難していてそこで難を逃れていた。人口は大幅に減少したものの、シェルターで根気強く待った者達が生き残り、ある程度除染されたところで地上に出てきて再び文明を築いたわけだな」

「うん、それは知ってる」

「植物の種や球根なんかが残ってるとしたら、古代文明の名残……つまり地下シェルターの中なわけだが。現在、出入り口が見つかり、まともに入ることができる状態になっているシェルターは多くはない。シェルターの中はいりくんでいてトラップが多く、殆どが地形も判明しておらず地図もないという状態だ。でもって、中には警備ロボットが未だ稼働していて攻撃してくる場合もあるという。それらを掻い潜ったところで、目当てのお宝が見つかるとは限らない……これが、入手困難である理由」


 そして、と彼はもう一本指を立てる。


「もう一つの理由が、過去に育った植物が現在の地球上の環境に適応できるかまったくわからないということ。土は人工的に作ることができるだろうが、その土に自然の植物がちゃんと生えてくれるかわからない。それを研究するだけで広大な土地、莫大な費用が必要になるだろう。金銭面のハードルもさることながら、芽吹かせるのにはかなりの運と根気が必要になる。……そのせいで、天然の植物に関しては現在は一部の学者が細々と過去の文献を漁って研究しているだけになっているというわけだな」


 なるほど、とレオは頷いた。

 恐らく、自分のスキルがあるので二つ目のハードルはなんとかなるだろう。広大な土地が必要なのは事実だろうし土の購入費用も莫迦にはならないだろうが、種を入手して埋めさえすれば植物を実らせることは力技でなんとかなるはずだ。

 よって問題は、種の入手の方だろう。地下シェルター、つまり古代文明の地下遺跡を調べるには、一体どうすればいいのか。


「地下シェルターの調査って、今も断続的に続いてるんじゃねえの?遺跡には、今の世界にはないテクノロジーやお宝がたくさん眠ってるわけだしよ」

「それはそうなんだけどな」


 はあ、とルークはため息をついた。


「地下シェルターを調査できるのは、ジューサータウンに行って発掘隊養成所に入らないといけないんだ。このルハナンドシティを離れることになる。養成所に入ることができるのは十八歳から。そこで、きちんと修練を積んで認められないと調査隊メンバーには入れて貰えない。かなり狭い門だ。……まあ、養成所に入るだけならお金払えばいいんだけどな」

「なんだ、入所試験はないのか」

「人数が必要なんだよ。だって、発掘隊って危ないからバンバン人が死ぬし。教科書でやっただろ、レオ。地下シェルターの中にどんな恐ろしいトラップがあるのか」

「う」


 明日からはもう少し真面目に授業を聴いておこう、と決めるレオである。特に社会の勉強は重要だ。将来に役立つ知識がたたくさん詰まっていることだろう。


「君の夢は素晴らしいよ。僕も、農業をやって待ったりスローライフっていうのを実現できるなら一緒にやらせてほしいくらいさ。でも」


 ルークはぐい、と顔を近づけてきた。


「その道のりは険しいし、命の危険さえあるんだ。のんびりした生活を送って楽したいってだけなら、そこまでの試練がだいぶ割に合わないと思うぞ。……それとも君は、スローライフとやらのために命まで賭けられるのか?」


 そう言われてしまうと、言葉に詰まるのは事実だった。正直、役所で“スローライフ能力を下さい”と頼んだ時は、まさかこんな世界に転生するなんて夢にも思っていなかったのだから。夢と希望に溢れた、ドラゴンなんかがいるような中世ヨーロッパ風異世界か。もしくは、もう少し現代日本に近いような世界に行くものとばかり思っていた。

 スローライフがしたかった理由の一つは、もうあくせく働いて大変な思いをするばかりの生活が嫌だったからというのが大きい。楽してのんびり農業ライフをするためだけに、死ぬ思いをして発掘隊に参加するのが正しいのかと問われると、多分答えはノーだろう。

 でも。


「……俺、思うんだ」


 前世で、何故あんなにも毎日満たされなかったのか。今は、なんとなく分かるような気がするのだ。

 毎日毎日毎日毎日。擦り切れるほど会社に詰めて、仕事をして。それでも報われなくて罵倒され続けて。そんな日々が心底嫌になったのは、ただ仕事が多くてブラックだったというだけではないのである。


「結局、努力しないで欲しいものなんて手に入らないだろ。なんの努力もしないで楽して生きていけたらいいと思うけど、世界はそんな甘いもんじゃないしさ」

「まあ、そうだろうな」

「うん。だから……だったらさ。どうせなら、自分が本当にやりたいことの為に命を賭けて頑張った方が良いんじゃないかと思うわけだよ」


 もし。

 前世で、自分が“やりたい夢をかなえるために仕事をしていた”のだとしたら。多少仕事量が多くても、上司が厳しくても耐えられたかもしれないのだ。

 でも実際は、就職氷河期に散々落ちまくってやっと内定をくれた会社に滑り込んだら超ど級のブラック企業で、他に選択の余地もないから頑張り続けるしかなかったというオチである。やりたい業種でもなかったし、やりたい職種でもなかった。自分の仕事が誰にとってどのように役立っているのかもさっぱりわかっていなかったし、今日自分が何で残業しなければわからないのか、仕事の残りがどれくらいあるのかも把握できないままひたすら指示をきくロボットに成り果てていた。

 趣味を楽しむ余裕もない。趣味のお金を稼ぐために仕事をする、なんて目標さえ立てられなくなっていた。そんな会社で、よく二十年近くも頑張り続けられたものである。否、頑張ることができなかったからこそ過労死なんて親不孝をしてしまったとも言えるわけだが。


「楽をするために、今死ぬ気で頑張る……ってのは。多分、やりたくないことのためにほどほどに頑張ることより、ずっと充実してるというか。自分のためになってると思うだよなあ」


 スローライフがしたいのは、単にあのブラックな世界から抜け出したかったからではない。

 故郷の、のんびりした村の風景を思い出すからだ。小さな頃はよくおじいちゃんとおばあちゃんの畑を手伝っていた。とれたてのトマト、キュウリ、ナスのなんと美味しかったことか。

 そして自分が収穫した野菜を食べて“れいくんが採ってくれたおかげね”と笑ってくれたお母さん。その笑顔を見て、自分はいつか彼等の笑顔を作るための仕事がしたいと思ったのである。

 まあ地元の農業大学に落ちて結局無関係の学部の大学に行った上、農業系の研究者になることはできず、母の強い希望もあって東京に出て一般企業に就職した結果こんなことになってしまったわけだが。


「俺、自分が作る野菜や果物で、自分も誰かも笑顔にしたいんだ。……そういう嬉しい気持ちって、一生残るしさ。例え俺が死んだとしても」

「レオ……」


 ルークは目を瞬かせた。そして。


「……お前が、そこまで真剣に将来を考えてる奴だとは!僕はちょっと感動したぞ!」

「それ褒めてんの貶してんの!?」

「褒めてるんだよ!素晴らしい、僕も手伝わせてくれないか!」

「え」


 彼はがしっと僕の両手を握ると、やや目に涙を滲ませて言ったのだった。


「僕は将来やりたいこととかちっとも見つかってなかったんだが、君の言葉で目標ができた!君の素晴らしい夢を僕も手伝いたい!一緒に目指そう、発掘調査隊!」

「ま、マジで!?」


 こいつこういうキャラだったんか!と驚くレオ。勿論、悪い気はしない。幼稚園の時からの成績優秀な幼馴染が手伝ってくれるならまさに鬼に金棒というものだ。


「あ、ありがとう!よし、そうとなれば……入所試験まで体を鍛えることと、親をちゃんと説得することだな!」


 結論を言えば。

 二人の両親はともに“まずは小中高しっかり勉学に励むこと”“高校までを留年しないで卒業すること”“それでもまだ発掘隊に行きたい気持ちが変わらないならば許可する”ということを言ったのだった。そこには多分、それだけ年月が過ぎれば子供の夢も色褪せるだろうという期待もあったのだろう。発掘隊がどれほど危険な仕事か、まだ十歳の子供達にわかっているとは思えない――大人がそう考えるのは自然なことだからだ。

 しかし、レオとルークの気持ちが変わることはまったくなかった。

 毎日一定の成績をきちんと維持する勉強をし、体をしっかり鍛え続けたのだ。

 そして幼かった二人はみるみる身長を伸ばし、成長し――高校を卒業すると同時に、仲良く故郷の都市を離れることとなったのである。

 目指すは、地下に眠るであろうお宝の発掘。

 地面の下の楽園を、二人で掘り当てて夢を叶えるために。

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