12「太陽の下、君の隣」
「えっと……こっちの腐葉土を敷き詰めて、水はまんべんなくかけて……」
印刷した参考資料を読みながら、レオはゆっくりと青いジョウロで水をかけていた。畑の広さからすると、本当はホースで一気に水を撒いてしまいたいところではある。が、ホースだと水圧が強すぎて、この手の植物の場合は根や幹を傷めてしまうことがあるらしい。専用の水撒き機を導入できるまでは、ちみちみとジョウロで水を柔らかくかけていくしかないようだった。
いくらレオが一般人より力持ちでも、一度に持ち運べる水の量には限度がある。ジョウロ一杯分の水は、あっという間に空になってしまう。そのたびに建物に戻って、水を汲んでから戻ってくるということを繰り返している。これは本当に時間がかかるし、今期が必要な作業だと思った。
だが、手を抜くことなどできるはずもない。なんせ今レオは、自分にしかできない特別な仕事を任されている上、やりたいと申し出たのも自分自身なのだから。
「レオ、こっちのお湯はどのへんにかけるのがいいんだ?」
「ん?」
幹の裏手から、ひょっこりとルークが顔を出した。彼の手にはレオと違って赤いジョウロが握られている。三十六度。ひと肌程度に温められているその中身、研究所が持ちこんでくれた特別な肥料が溶け込んだ特別性のお湯だ。畑にまんべんに撒く水とは違い、木の根元にだけ数回に分けてかけるようにと言われている。
「さっき、南側には撒いたから北側のねっこらへん中心にかけてくれよ。あ、ちょっと木の幹にも直接浴びせるといいんだってさ!防虫にもなるんだってよ」
「了解」
「おーいレオ!」
今度は頭上から声が飛んできた。見上げるほど大きな大木、その木の幹に座っているのはジョンソンだ。彼の手元には、紅色の果実が握られている。形は前世でよく見かけた“ふじ”などの林檎そのものだが、色がもっとピンクがかっている。この世界特有の、特別な果物であるのは明白だった。ヘタの周辺に、黄緑色の筋が入っているのも特徴だ。
「これ、どういう風に収穫するのが一番いいんだっけ?えっと……パルリンゴ、つったかこれ?」
「正確には、パルリンゴに似ていると思われる謎の果物、だな。なんせ資料が少ないし、資料にあるリンゴとは微妙に形や色が違うみたいだし。……パルリンゴを参考にするなら、ヘタの上のちょっと節のある部分をねじって切るのが一番いいって。ハサミとか使わなくても収穫できるらしい」
「やってみる。……あ、ほんとだ。お前、よく調べてるな」
「それいくつか収穫したら、キッチンの方に持っていってくれよージョンソン。エマ達に調べて貰って、そのあと料理に使うんだから」
「おっけー」
彼がいくつか果実をもいで、するすると木から降りていくのを見て。レオはうーんと伸びをしつつ、大きな大きな木を見上げたのだった。
あの、テンス遺跡での調査から、早四ヶ月が過ぎようとしている。
あの巨大な万輪草とかいう大樹が自分にくれたいくつかの種。その一つを、ゴンゾー教官の許可のもと養成所の庭に畑を作って埋めてみたところ――たったの四ヶ月弱で、見上げるほど大きな大樹に成長してしまったのである。
これは、レオが埋めて水をやった、というのもあるのだろう。なんせ、どんな植物でも元気に育てることができる、というチートスキル持ちだ。が、きっとそれは最後のきっかけに過ぎないだろうなとも思うのだ。
自分は、長い長い時間かけて人類が蘇らせてきた土に、万輪草が許してくれた種を植えたにすぎない。あらゆるところから認められ、許されたからこそこの木は大きくなり、今立派な果実を実らせてくれている。
――ここからだ。
レオはぐっと拳を握って誓った。
――まだ、夢の第一歩。俺が本当に頑張るべきは、ここからなんだ。
***
ツース遺跡の地下で眠っていた、万輪草の苗木。長い長い時間をかけて冬眠から目覚めた苗木は、ツース遺跡の下からテンス遺跡の元まで移動し、そして豊かになった土のおかげで成長して地震を引き起こしていたということらしい。上にシェルターがあるとか、住んでいる人に何かをしようとか、恐らくそういう意思は一切なかったものと思われる。
ただ、太古の昔に託された思いを繋いでいこうとしただけだ。
もはや神にも等しい万輪草の木は、レオにいくつかの種を託すとまた地下へと潜っていってしまっていた。どうやら、まだまだ人と共に地上で生きるつもりではないらしい。戦争による不信感があるのかもしれないし、あるいは他にやるべきことがあると思っているのかもしれない。いずれにせよ、地下にあんな巨大な植物が埋まっているということそのものが、この世界にとってはとてつもない発見であったことは言うまでもないことなのだった。
レオは怪我が治るとすぐ、託された種の研究と栽培を言い渡された。この種を、レオが渡された、ということに大きな意味がある――彼もそう感じてくれたということらしい。
その判断は、間違っていなかったと言える。
小さなたった一粒の種が今や、養成所を日陰にしてしまうほど大きな大樹にまで成長し、人が食べることができる美味しい木の実を実らせるに至っているのだから。
「レオ、お前が託された種はあと三つだが。どれも同じだけ成長する可能性があるわけで」
午前中の訓練と水やりを終えたところで、レオとルーク、エマとジョンソンの四人は教官に呼び出されていた。面談室の窓からも、青々と茂る巨木ははっきりと見えている。
「つまり、あれを育てるには巨大な農園が必要ということになる。種の段階では、野菜が生るか果物が生るかもわからんしな。……今の果樹園も広げなければいけない。まだまだあの木は大きくなりそうだ」
「そうですね。大量のアップルパイが作れるのは嬉しいですけど」
ルークが言うと、エマとジョンソンがくすくすと笑った。
文献にあったパルリンゴとよく似ていて、それでも明らかに木の形も成長速度も違うあの果実は。アップルパイにしても、コンポートにしても非常に美味しい代物だった。カレーに入れても好評だった。うまく大量に栽培することができるようになれば、現在の世界の食糧事情を根本から変えることができるようになるだろう。
なんといっても、工場で清算された偽物の果物や野菜より遥かに美味しいのだ。
既に我が国には、海の向こうの外国からも大量に問い合わせが来ているという報告もある。世界中であのパルリンゴもどきが栽培できるようになれば。そして、それ以外にも多くの植物を育てることができるようになれば。
遠い昔の人々が夢見たような、天然の植物に溢れた楽園が――再びこの世界に蘇る日も近いかもしれなかった。
「テンス遺跡で事故が相次いだ時は、何もかも終わったと本気で思ったが」
ゴンゾーはにやりと笑ってレオを、ルークを、そしてエマとジョンソンを見た。
「結果として、誰も死ぬことなく……世紀の大発見をすることができた。改めてお前達には、心から礼を言う。それからレオ。よくぞ、神なる大樹から賜った林檎を、ここまで立派に育ててくれた。すまないな、負担になる仕事をほとんど一人に押しつけて」
「その話、何回したと思ってるんすか。俺がやるって言ったんですよ。ずっと夢だったんですから、みんなを笑顔にできるような農園を作るの。まあ、まだ木は一本しかないんですけど」
「ははは、そうだったな」
養成所の庭だけでは、明らかに足らない。政府の許可を得てどんどん土地を確保し、畑を広げてもっともっと農地を拡大させていくことになるだろう。恐らく、貰った他の種からは林檎以外にも様々な美味しい野菜、果物を生み出すことができるに違いない。何が生るのか現在さっぱりわからないわけだが、だからこそ楽しみであるのもまた事実なのだった。
とはいえ、レオはまったり林檎その他の世話だけやっていればいいわけではない。まだ見習いとはいえ、発掘調査隊のメンバーの一人であるのは間違いないのだから。
この間のテンス遺跡の時は例外中の例外で、基本的には遺跡発掘調査の現場に赴くことはほとんどないのだが――。
「今回お前達に来て貰ったのは他でもない。……特別調査命令が下ったからだ」
「!」
レオは皆と顔を見合わせた。
そう。訓練生は本来、お手伝い以外で現場に行くことはない。しかし、特別調査命令、は話が別である。
ゴンゾーたちも、お偉方も気づいているからだ。レオにしかできない仕事が、どうやらあるらしいということを。
「四カ月前、我々が目撃した巨大植物……万輪草。レオに種を渡したところで再び地下に潜ってしまったあの植物らしき熱反応が、今度は別のところで検知されたんだ」
あの植物は、移動する時にその巨体ゆえ狭い地域に地震を引き起こす傾向にある。さらに、まるで哺乳類のように体内に熱を持っているため、ある程度ん深さまで登ってくるとセンサーに熱反応が出るのだという。だから、あの時もテンス遺跡の地下に反応が出ていたのだ。
「今度は、スリース遺跡の付近だ。あの移籍を調べたら、再び万輪草に遭遇することができるかもしれない。そうでなくても、貴重な種を残しながら移動していると考えられる。S級クラスの植物の種を、大量に発見できる可能性が極めて高い。そして……レオ、君ならば万輪草との意思の疎通も可能なのではないか、と我々は考えている」
ゴンゾー教官は全員の顔をぐるりと見回し、はっきりと告げたのだった。
「危険を伴う任務だが。君達四人の的確な判断力、行動力に期待したい。参加を要請したいのだが、どうだろうか」
そこは命令する、でいいのに。レオは心の中で苦笑していた。
なんだかんだこの人もお人よしだ。だからこそ、自分達もついていくと決めたのだが。
「勿論やります。みんなは?」
レオが振り返ると、当たり前でしょ!とエマが笑った。
「宝の山が眠ってるっていうなら、行かないわけないじゃない!あたしも行きます、教官!」
「勿論おれも!ベースアップ期待してるっす!」
「ちゃっかりしてるなあジョンソン」
にんまりするジョンソンの肩をつんつんとこずくルーク。
「言うまでもなく、僕も行きますよ教官。レオには、僕が付いていないと駄目ですからね。こいつは目を離すとすぐ暴走するんで」
「う、うっせ!」
「……感謝する、四人とも」
嬉しそうなゴンゾー教官。そうだ、まだ自分達は、本物の楽園を見ていない。
この世界の未知を、宝を、夢を、希望を。今まさにこれからたくさん掘りあてて、育てていく真っ最中なのだ。
それは最初の望んだスローライフよりもだいぶハードではあるかもしれないけれど、でも。
――なあ、前世の俺。……無駄じゃなかったよ、過去に頑張ったことも、できなかったことも、全部。
地面の下の楽園に、絶望に倒れた前世の自分に告ぐ。
悔いない幸せを、今度こそ必ず手に入れてみせると誓おう。最高の仲間達と、最高の世界にて。




