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地面の下の楽園に告ぐ。  作者: はじめアキラ
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1「スローライフを希望します」

 人は死んだらどうなるのか?それに関しての答えは一つ、“死んでみないとわからない”、である。

 極稀に、臨死体験をして戻ってきた人の証言を得ることがあったり、あるいは前世の記憶を取り戻した人がどうこう話をすることがあるが。果たしてそういう人達の話が本当かどうか、に関して証明する手段はまったくない。そういうことを思い出した、そういうものを見たと適当に話を捏造して言いふらす人もいるものだから、余計真偽は確かめようもないだろう。

 もっと言うと。仮に真実であったとて、何もかも正確に覚えているとは限らないのだ。それこそ、幼少期の記憶を人が断片にしか覚えておらず、時にそこに意図せず捏造や脚色が加えられることもあるように。


「こんにちは、百瀬礼二(ももせれいじ)さん。とりあえず、こちらの書類にサインをお願いしますね」

「は、はあ……」


 そして今。

 ブラック企業でこき使われた挙句、四十二歳で死んだ百瀬礼二もまた、あの世と呼ばれる場所にいる人間の一人なのだった。

 ただし、おとぎ話で語られるあの世と比べるとなんとも味気ない場所である。なんといっても、自分がいるのは何かのお役所のような場所で、自分はその受付窓口の前の椅子に座っているのだから。


「あの、ここ……あの世ってやつなんですよね?」


 礼二が尋ねると、そうですよ、と受付の眼鏡をかけたおかっぱの女性は頷いた。


「現世で死んだ方の一部はですね、この窓口で転生の手続きをして、生まれ変わって頂くことになるんです。何で一部かというと、現世で莫大な功績を遺した人と、逆にとんでもない罪を犯した人は神様の御前で別の審判を受けることになるからですね。此処に来るのはまあ、そのどっちでもないフツーの方々というわけです」

「フツー……」

「先にお断りしておきますと、転生先の世界は皆さんで選ぶことができません。ただし、あまりにも過酷すぎる世界には、大きな罪を犯した魂が落ちることになりますから……百瀬さんのような方が行くのは、“ものすごい天国でもなければものすごい地獄でもないフツーの世界のどれか”ってことになりますね」

「あ、そうっすか……。俺がいた地球みたいな?」

「そうですね。百瀬さんがいらっしゃったコードナンバー86109842562684985-GHの世界と、治安や環境レベルは近いものになるかと思います」


 世界ってそんなにいっぱいあるんだ、となんだか他人事のように思った。とりあえず、この時思ったことは一つだ。

 まあブラック企業で、馬車馬のように働かされ、罵倒されて自己をすり潰された挙句に家の玄関で過労死する――ような世界でなければなんでもいい、と。


「あの」


 世界は選べなくても、処遇は選ぶことができないだろうか。一応、言うだけ言ってみよう、と礼二は口を開いた。


「俺の世界では、異世界転生系のラノベとか大流行してるんですけど。……転生する時に、神様にチートスキルを貰えるっていうのがよくある話なんですよね。ここではそういうサービスはないんです?」


 無表情だった女性が、僅かに眉を寄せるのがわかった。ああ、馬鹿にされたかな、と思いきや。


「……時々、いるんですよね。臨死体験をして戻ってきた人や、あるいは前世の記憶を取り戻してしまう人が。基本的に、前の人生が現世に影響しないよう、魂の記憶処理は念入りに行うはずなんですが。そう言う方々が、此処でのやり取りや、神様の御前での話を現世に持ち込んで広めてしまうことがありまして」

「え、まさかチートスキルとか本当にあるんですか!?」

「前世で大きな善行を行った方は、非常に質の高い世界への転生が約束されるのみならず、その人生で大きなメリットを得られるよう神様から特別なギフトを与えて貰えることがあるんです。とても異性にもてる魅力であったり、絶世の美貌だったり、特別な絵の才能だったりとまちまちなんですが……それがチートスキルとして、貴方の世界ではやや歪曲して広まり、小説やアニメになってしまっているようですね」

「な、なるほど」


 そう言われてみると、納得ではある。ただ普通に生きて死んだだけの会社員や、特に世間の役に立っていたわけでもない引きこもりがそうそう神様に都合の良いスキルを貰えるとは思えない。なるほど、実際は“過去の善行のご褒美”だったというのならうなずける話である。


「貴方は特に過去の世界で大きな功績を遺したわけではないので、ギフトが与えられるかどうかは抽選になります。一応、応募はしますか?」

「は、はい!」


 抽選でスキルというのがなんとも微妙だが、挑戦権があるのならやってみたい。


「ぜ、ぜひ!自由なスローライフができるスキルが欲しいです!もう、社畜としてこき使われるような人生はこりごりなんで!植物を元気に育てられる力とか、美味しいトマトが作れる能力とか!」


 ずっと、夢に見ていたのだ。大好きだったラノベ原作のアニメ。勇者を引退した男が、元魔王だった男と一緒に農家を営み、そこで収穫できた野菜を使って大きなレストランを作るという話。自分もあんあ風に穏やかで、かつ誰かの役に立てるような仕事ができればいい。次の人生とやらがあるのなら、今度こそ人の目に怯えず、時間に追われない田舎での生活がしてみたいと。


「……ご希望を承りました。あ」


 手元で端末を操作していた女性は、小さく声を上げた。


「おめでとうございます、百瀬様。ギフトが当選いたしました。ただ」

「ただ?」

「百瀬様が転生される世界は既に決定しております。コードナンバー89165267561536541-FCにて、レオ・スペンサーという男性に転生して頂きます。本当に、欲しいギフトは先ほどの希望に沿うものでよろしいのですね?」

「もちろん!スローライフがしたいんです、俺は」

「そうですか」


 彼女は少しばかり同情するような眼で、礼二を見たのだった。


「でしたら……貴方の能力をあの世界で生かすのは、なかなか大変かもしれません。それでもよければ、次の人生も頑張ってくださいませ」




 ***




 繰り返すが。

 前世の記憶なるものを、基本的に人は思い出すことがないという。

 ただし、ごくごく稀に思い出してしまうケースがあるのは事実だと受付の女性も言っていた。神様の行う記憶処理とやらがポンコツなのか、あるいはそういう薬?能力?に耐性がある人間がいるからなのか。

 確かなことは一つ。

 十歳のレオ・スペンサーは。登っていた木からうっかり滑り落ちた拍子に前世の自分と、あの世でのお役所のやり取りを思い出してしまったということである。

 前世の何もかもを思い出したわけではないが、一部でも充分だった。感想は一言、“マジかよ俺”である。


――ぜ、前世の記憶が戻るなんて。そんなことあるんだ。


 そして、水色と黄色のグラデーションのようになった空を見上げて理解したのである。何故、受付の女性が“貴方のギフトを来世で生かすのは大変かもしれない”なんて言ったのかを。

 百瀬礼二改め、レオ・スペンサーが貰ったのは“どんな植物でも芽吹かせることができ、丈夫に育てて実らせることができる”という、農業におけるチートとも言えるスキルである。

 問題は、今のこの世界に、天然の植物がまったくといっていいほど存在しないということなのだが。


 令和の時代より、はるか未来の地球ともいうべき未来都市――ルハナンドシティ。

 そこが今、レオが生きる世界である。


 この世界は、かつて世界戦争が起きて一度滅び、蘇った世界だった。人々は汚染された世界を地下のシェルターでやり過ごすことによって生き延び、地上の汚染度が下がると同時に地下から出てきて破壊され尽くした大地に新たな文明を築いたのである。

 ただし、この世界には大きな問題があった。天然の植物が、一切育たなくなってしまったことである。

 今、レオが友達と遊んでいて登ったのも、プラスチックでできた偽物の植物だった。

 技術が発展し、人々は偽物の植物を作ることで見た目だけは大昔の地球を再現することに成功した。ただし、食事はすべて科学的に作られたものばかり。前世にあったような、天然のトマトやイチゴ、白菜やネギのような食べ物は口に出来なくなって久しいのである。

 大昔のような植物を復活させること。それが、今の世界の住人達の悲願でもあるのだ――というのは、レオはつい昨日学校の社会の授業でやったばかりの範囲だ。


「まじかよお……」


 せっかくギフトを授かったのに。植物の種がなければ、自分のスキルはまったく意味がない。呆然と倒れたまま空を見つめるレオのところに、一緒に遊んでいた友達のルークが駆け寄ってきたのだった。


「おい、レオ!どうしたんだ、怪我したのか!?」

「ああ、いや、その……」


 だからといって、諦めることなどできるはずがない。

 前世と、貰ったスキルを思い出してしまった以上。自分はなんとしてでもこの世界で農業をして、まったりと幸せな生活を送りたいのだ。どれほど、それに至るハードルが高かったとしても。


「あのさ、ルーク」


 ゆえに、レオは体を起こしながら、親友に尋ねたのだった。


「今のこの世界で、植物の種を手に入れる方法って……どうするんだっけ」

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