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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
見果てぬ夢の胎動
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惜別の朝 ②

何を思い何をしていようとも時間は関係なく過ぎ去っていく。


 あの事件から一ヶ月近くが経ち、村では越冬の準備が進められていた。


「よいしょー!...生地できたよ!」

「ありがとう。一緒に成形しましょう」

「うん!」


 ベリスの家も例外ではない。今は来る冬に備えて保存食のパンを作っているところだ。


 小麦や雑穀などを混ぜて作った生地を小さく千切って成形する。


 小さな頃からやっていたのでその手つきは慣れたもの。手元を見ずに雑談を交わしていてもできるほどだ。


 パン生地を成形する間、二人は様々なことを話した。


 最近あった出来事、この間拾った変わった木の実のこと、昨日初雪が降ったこと。


 生地を捏ねながらの雑談は思った以上に弾み、話題は瞬く間に尽きた。


 話すことがなくなってきたところでベリスはずっと黙っていた秘密を打ち明ける決心をした。


「お母さん」

「何?」

「わたしね、冒険者になりたかったの...」


 神妙な面持ちでフォルナの目を見ながら静かに告げる。それを聞いたフォルナはふっと微笑んで小さく頷いた。


「知ってたわ」

「そうなの!?」

「シャルの娘だもの。そのくらいお見通しよ」

「お父さんもそうだったの?」

「えぇ。外から来た人にしつこいくらい聞いてたわ」

「なんかかわいいね」

「そうね」


 二人は顔を見合わせてくすりと微笑む。


 その辺りでパン生地の成形は終わり、次は拾った木の実を干す作業に入る。


「今は違うの?」

「あんなことがあったんだもん。皆を置いて行けないよ...」


 選り分けた木の実を見ながら拳を堅く握る。


「だから決めたの。ずっとここで暮らすって」

「それでいいの?」

「うん。わたしには理由なんてないから...」

「理由?」


 ベリスの言葉に首を傾げるフォルナ。


「お父さんは魔王を倒すために旅に出たんでしょ?でも、私にはそんなすごい目的なんてない...」


 父は魔王を討つべく旅に出て様々な所を巡った。


 煌びやかな王都や魔物の侵攻で破壊された村、炎の川が流れる山、海に浮かぶ氷の大陸...。


 そんな胸踊る冒険の話こそベリスが冒険者を志したきっかけだった。


 だが、冒険者に憧れいつか旅立つ日を夢見るうちに気付いてしまった。


 自分には旅に出なければならないほどの理由がないのだと。


「...」


 フォルナは笑うことも怒ることもなく静かに話を聞いてくれた。


そして大きく手を広げベリスを抱き締めた。


「わぁっ!...えへへっ」


 母の温もりと心安らぐ香りに安寧を覚え肩に頬擦りして甘えてみる。フォルナはそれを快く受け入れてくれた。


「シャルはね、最初から勇者だったわけじゃないの」

「そうなの!?」

「あなたと同じように外の世界に憧れる普通の子だったわ」


 幼なじみだった母から語られる父の姿。


 それはこれまで思い描いていた父とはまるで違うものだった。


「そして大きくなったシャルは旅に出たの。外に出て世界を見て回るって」

「魔王を倒しに行くんじゃなくて?」

「えぇ。でも、皆はシャルを放っておかなかった」

「どういうこと?」


 ベリスから手を離したフォルナは再び木の実に糸を括り付け始めた。


「自分の生まれを知って魔物に怯える人達を見てきたシャルは家族の仇を討って皆を救うために魔王と戦う道を選んだの」

「それで勝ったんだよね!」


 フォルナは静かに頷いた。


「えぇ。でも、本当に大変だったのはそこからだったわ」

「どうして?魔王は倒したんでしょ?」

「だからこそよ。魔王を倒せるくらい強い人を誰も放っておかなかったの。色んな人に力を貸して、あんなことにも協力して...自分の考えだけで生き方を選べなくなってしまったの」

「そんな...」


 初めて聞く父の真実に愕然としたが心当たりがないわけでもない。


 時折村に帰ってきていた父は畑仕事の手伝いや魔物退治等で皆から引っ張りだこでとても忙しそうだった。


 それが世界規模ともなれば息つく暇もないほど大変だろう。


「強い人には誰だって頼りたくなるし助けて欲しいって思うものよ。どれだけ嫌がってもきっと逃げられるものじゃないと思うわ」


 そう言ってベリスに向き合うと両手をベリスの肩に軽く乗せた。


「あなたにもきっとそんな日が来る。だからやりたいことを遠慮しちゃダメ。その日が来るまで目一杯楽しんじゃいなさい」

「...やっぱりダメ。皆を置いていけないよ。それに、もうお母さんを置いていきたくない」

「大丈夫。皆あなた1人に全部押しつける気はないみたいよ」

「...?」

「私のことも心配いらないわ。あの時のいなくなるとは状況が違うもの。ベリスがうちを巣立ってもどこかで楽しく生きててくれるならすごく嬉しい」


 そしてまた胸に抱き寄せ暖かく抱き締めてくれた。


「世界を巡るすごい冒険者になりなさい!」

「...っ!うん!!」


 その思いに応えるかのように力を込めて抱き返す。


 力が強すぎたのか苦しいと言い始めたところで慌てて手を離した。



-翌朝-


 ベリスは軽快な足取りでパライトの家へと向かう。するといつもは静まり返った家の方から賑やかな声が聞こえてきた。


「えいっ!やぁっ!とぅっ!!」

「軸がブレておるぞ!一振りたりとも疎かにするでない!」

「はいっ!」


 それはミデルを始めとした村の子供達だった。


「おはよう!ベリ姉ちゃん!」

「おはよう!何してるの?」

「パラ爺ちゃんに剣を教わってるんだよ!ベリ姉ちゃんだけに任せられないからな!」

「どゆこと?」

「此奴らも村を守りたいそうじゃ」

「おはようパラ爺!今ちょっといいかな?」

「...よい面になったな」


 何を言いに来たか分かっているのだろう。


 ベリスは左手を固く握って胸の前に置き、パライトをまっすぐ見据えて宣言する。


「私、冒険者やめるのをやめる!」

「ほぅ...」

「だからお願い!私にもっと剣を教えて下さい!!」


 両手をお腹の前で組んで勢いよく頭を下げる。それを見ていた子供達もベリスの下に集まってきた。


「ベリ姉ちゃんも剣やるの!?」

「じゃあ僕ら先輩だね!」

「ちゃんと先輩って呼ばなきゃダメだよ!」

「あははっ...ど、努力します」


 集まってやいのやいのと話し出す子供達。その対応に追われているとパライトは可笑しそうに笑い出した。


「はっはっは!!よかろう!みっちり稽古をつけてやる!」

「...っ!はい!よろしくお願いします!!」

「剣も王女教育も手は抜かぬ故覚悟せい!」

「はい!...えっ?王女?」

「お主にやらせていた冒険者になる特訓。あれは王女に相応しい淑女を育てるための特訓じゃ」


 変な鎧を装備して本を頭に乗せて歩く特訓、正しい手順で食器を使わないと毒になる食べ物を食べる特訓、他の冒険者に舐められないようにするためのお茶の作法...


 数え上げるとキリがない珍妙な特訓の数々が脳裏を過る。


「あれが!?」

「騙し騙しでやらせておったがこれからは本腰入れて学ばせねばのう」

「待ってよパラ爺!私がなりたいのは冒険者!王女じゃないよ!」

「弟子が口答えするでない!剣も教養も極めて損はなかろう!」

「それはそうだけど...」

「えっ!?ベリちゃん王女様になるの!?」

「スゲー!!」

「えっと、やっぱりなしで...ううん。なんでもない」


 弟子入りしたことを早速後悔するも後の祭り。


 楽しそうに談笑する子供達に囲まれながらこれからの日々に頭を抱えるベリスだった。


 これがきっかけとなりそう遠くない未来に村人の教育、教養水準が異様にずば抜けた村が誕生することになるのだがそれはまた別の話。




 それからの日々は筆舌に尽くしがたい過酷な特訓の連続だった。


 剣の特訓はずっと前からやっていたおかげでパライトの教えを即座に吸収することができた。


 問題は王女教育だ。


 やること成すこと全てが謎だらけの作法を覚えたり会話を合わせるための知識を身につけたりと剣の稽古以上に苦難の連続だった。


 このためだけに村を出てグレアリオ王家に仕えていたというパライトの知り合いのもとでやること全てが作法の勉強という生活をすること二年。


 最終テストと称して仮面舞踏会に参加させられたこともあった。


 そこで顔も知らない友達ができたがその時の様子はいつか語ることにする。


 毎日が学びと修練の連続だった日々はあっという間に過ぎ、パライトに弟子入りしてから実に五年もの月日が流れた...。


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