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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
見果てぬ夢の胎動
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勇者の娘 ⑤

来た道を辿り地下室を出る。


ベイアーを捕まえるべく駆け出したベリスの鼻腔は静まり返った真夜中の森に漂う仄かな香りを捉えた。


「っ!?」


鼻をつく異物は胸の奥から嫌悪感を溢れさせ体中から熱を奪っていく。


錆びた鉄のような匂い。


その正体に察しがついた瞬間弾かれたように村の方へと向かう。


気のせいであってほしい、思い違いであってほしい…!!


そう思いながら足を進めるごとに匂いはより強く粘度を増していく。漆黒の森を抜け、木造の家々が並ぶ集落を捉えたベリスの視界にそれは飛び込んで来た。


「あっ…あぁっ…!」

「よう。待ってたぞ」


まずは肩に奪った剣を担ぐベイアー。次にその背後にある見るも無惨に破壊され尽くした馬車、そしてその傍らに転がる赤黒い…


「うぇっ!げほっ!!」


それが何かを理解した瞬間、嫌悪感が喉を駆け上がり口をついてあふれ出る。


赤黒い塊が纏っている灰色の布切れに見覚えがある。今朝笑いながら外の話をしてくれた行商人が着ていた服だ。


「ふんっ。汚いな」

「どうして…?どうして、こんな…」

「言っただろう?試し斬りだ」


そう言って剣の切っ先をこちらに向ける。月明かりに照らされた白刃にはおびただしいほどの赤がべったりと付着していた。


その瞳に歓喜をたぎらせ残忍な笑みを浮かべるベイアーに当初の面影はなく、顔が同じな別人と話しているかのような違和感さえ覚える。


「何が勇者の剣だ。そこらの剣と何も変わらないじゃないか」


冷酷な嘲笑が夜の森に木霊する。ベリスに彼の言葉は届かない。


その視線が背後にある哀れな犠牲者に釘付けになっていたからだ。


「わたしのせいだ…!わたしの…!」


この男の口車に乗らなければ、剣を抜かなければ彼は死なずに済んだだろう。


今日という日を越えて明日も悠々自適に行商の旅に出発していたかもしれない。


しかし、そのもしもはもう訪れない。


自分の選択が未来を奪ってしまったのだ。


「…か」

「あっ?」

「あなたは何なんですか!?どうしてこんなひどいことができるんですか!?」

「そうだな…。剣の礼だ。少しだけ付き合ってやる」


剣を下ろしたベイアーは空いた左手を握り、親指を立てて自分を指した。


「結論から言おう。俺は魔王様の臣下だ」

「魔王軍残党!?」

「ちょっと違うな。俺は魔王様に忠誠を誓った人間だ」

「どうして!?あなたは人間じゃないですか!?」

「貴様の物差しで測るな。あんな老いぼれ共より魔王様にこそ仕えるべき魅力があると判断した。それだけの話だ」


剣を持ったまま両手を広げるベイアー。


「人間など歯牙にもかけぬ圧倒的な力!意にそぐわぬ者を黙らせ望むもの全てを手に入れる絶対的な暴力!!法や秩序などという弱者の枠組みに生きる矮小な貴様等にあの御方の素晴らしさは到底理解できまい!!」


芝居がかった大仰な口調で語るその表情には言い知れぬ恍惚が浮かんでおり、人間でありながら魔王に心酔しきっていることが窺えた。


「魔王はもう死にました!こんなことをして何になるんですか!?」

「死んだなら蘇らせればいい!お戻りになった王にこの剣を手土産として献上し側近に取り立てて頂く。そのためにこんな田舎まで来てやったんだよ!!」

「魔王を、復活させる…?」


ベイアーの口から発せられたそれは一介の村娘が受け止めるにはあまりにも壮大過ぎるものだった。


「欲というものは際限がない…」

「えっ?」

「最初は剣だけのつもりだったが、もう一つ欲しくなった」


そこで言葉を切り剣の切っ先をベリスに向ける。


「シャルステッドの娘。貴様の首も手土産に頂戴する」

「…っ!!!」


突如向けられる抜き身の殺意。


争いや命のやり取りとは無縁の世界で生きていた少女にとってそれは劇薬でしかなかった。


体の芯から急速に熱が消え、音と視界が意識を落としたかのように狭まる。


物も見えず音も聞こえない。


もう死んだのではないかという錯覚すら覚える中、うるさいくらいに鳴り響く自分の拍動だけがまだ生きていることを証明してくれる。


怖い…!!


熱を失った手足が震え立つことすら覚束なくなる。


口の中がカラカラに乾くのとは対象的に目からはとめどなく涙が溢れ視界を滲ませる。


滲む視界に映るベイアーが剣を構えてゆっくりと近づいてくる。


「父の剣が娘を殺す。感動的な再会じゃあないかっ!」


今すぐにでも逃げ出したい。その願いが叶ったのかほんのわずかに自由になった足が距離を取るべく後ずさった。


「逃げてもいいぞぉ。その時は手土産がこの村になるだけだがなぁ」

「っ!?」

「全員八つ裂きにして魔物の餌にしてやる」


殺す?


母を、パラ爺を、ミデルを、皆を…。悪意の手にかかった行商人のように。


その意味を理解したベリスの足がぴたりと止まる。


命を諦めたからではない。


恐怖とは別の感情が胸の奥底から湧き出してきたからだ。


「いい子だ…。死ねぇっ!!」


接近したベイアーが凶刃を振り下ろす。


飛び散る血飛沫、漆黒の森を鮮やかに染め上げる赤。


そんな惨劇は…訪れなかった。


「はぁっ!!」

「がぁっ!?」


剣を振り上げたその刹那、ベリスの拳がベイアーの空いた脇腹を殴りつけた。


子供を背負って木から木へ跳び移るほどの身体能力を持ったベリスの一撃は子供と油断していたベイアーには効果てき面だったらしい。


まともに受けたベイアーは剣を取り落としもんどり打って転倒。その隙に剣を拾い上げたベリスは両手でそれを構えて対峙する。


「ぐっ…!!が、ガキがぁっ!!」


よろよろと立ち上がりベリスを睨みつける。だが、それを受けても尚恐怖は湧いてこなかった。


「出てって!!お父さんの剣も!みんなの命も渡さない!!」


意識を新たに剣を構え直す。


初めて握った真剣。見るのも触るのも初めてなはずなのにその手触りも重さも不思議としっくり来た。


この剣、パラ爺のと同じだ…


手に馴染む理由はパラポンの家で素振りし続けた木剣。全長と重量、柄の幅に至るまで全く同じだったのだ。


あまりにも出来すぎた偶然に首を捻っているとベイアーがくつくつと笑い始めた。


「何がおかしいの!?」

「微笑ましくて笑えてきただけさ。それで勝ったつもりか?」


剣を取り返され抜き身の真剣を向けられている状況にあってもベイアーは余裕を見せている。


それは嘘ではないらしくベリスを睨む瞳からは児戯を嗜める大人の色すら窺えた。


「ここで使うつもりはなかったが、おいたをしたガキを叱るのは大人の役目だよなぁ?」


ベイアーの一挙一動を見逃すまいと剣を構えて注視するベリスの目の前でベイアーはロングコートの内ポケットから手に納まるほどの黒い紙のようなものを取り出した。


F()O()R()E()I()G()N()-()A()M()


地の底から響いてくるようなおぞましい声がどこからともなく聞こえてくる。


この場にいる誰のものでもないその声が発した言葉は聞いたことがない難解なものだった。


余裕たっぷりと言った笑みを浮かべたベイアーが黒い紙を胸に当たる。


そして変化は訪れた。


紙を当てた胸に突如ヒビが入ったのだ。


テーブルにぶつけてヒビが入った卵のように走った亀裂は胸を起点にみるみるうちに全身に広がっていく。


そして亀裂が全身に回り…爆ぜた。


「きゃあっ!」


突如巻き起こった突風を剣を盾にするようにしてやり過ごす。重い剣がなければ吹き飛ばされていたかもしれないような突風が止んだ頃、ベイアーがいた場所には真っ暗な靄のような人型があった。


「な、何…!?」


人の形をしていたそれは次第に大きくなり、今朝対峙したデッカグマに匹敵する大きさへと姿を変える。


腕には茂みのような剛毛が生え揃い、その手からは剣のように長く鋭利な五本の爪が伸びてきた。

地面を抉る太い爪を持った巨大な足、一本一本が研ぎ澄まされたナイフのような牙を持つ長い口、人のそれとは形も位置もかけ離れた長い耳。


全身を毛で覆われおよそ人の姿をしていないそれは最早人と呼べる代物ではなくなっていた。


「ま、魔物…?」

「紋章をここで使うとは…なぁっ!!」


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