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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
見果てぬ夢の胎動
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勇者の娘 ④

「これがシャルステッド様の…」

「出征の前日、主人はここに剣を封印しました。万が一のことがあったらこの剣を使って欲しいと」

「何故剣をここに?これがあれば命を落とすこともなかったのでは?」

「それは分かりません。…ベリス。剣を抜いてベイアーさんに渡して。あれはあなたにしか抜けないわ」

「えっ?うん…」


 自分にしか抜けない?


 どういうことかは分からないが頼まれた以上やるしかない。


 剣に恐る恐る近づきついに手が届く地点に到達する。


 パラポンのおかげで剣には慣れているが抜き身の剣が放つ威圧感は木剣のそれとは比にならない。


 刀身には錆一つなく、つい昨日ここに刺したと言われても信じそうなほど可憐に煌いている。


「…」


 大きく深呼吸をして柄に手をかける。


 初めて持った本物の剣。


 柄の太さは特訓で振っている木剣とほぼ同じで違和感なく手に馴染んだ。


 両手で柄を持って腕と腰に力を込め…


「やぁっ!!」


 一気に抜き放つ。剣は畑の野菜よりもすんなりと引っこ抜けた。


「おぉ…」


 ベイアーが感嘆の声を上げる。ベリスは呆気なく抜けた剣を呆然と眺めていた。


 これがお父さんの剣…?


 初めて見る本物の剣は絵本に出てくる騎士が持っているような豪奢な飾りがついた派手な剣とは程遠い飾り気のない簡素なものだった。


 剣とは縁遠い人生を送ってきたベリスにはこの剣と優しかった父がどうしても結びつかない。


「これが勇者の剣…。市販のそれと大差ありませんな」


 歩み寄ってきたベイアーは顔を近づけてしげしげと剣を観察する。そして大仰に両手を前に出した。


「剣を渡してただけますか?」

「これがあれば魔物をやっつけられるんですよね?もうあんなことが起きないんですよね?」

「はい。この剣が希望になります」


 剣に視線を落としてしばし考える。


 兵士でも勇者でもない自分が剣を持っていてもどうしようもない。


 母を悲しませたベイアーのことは嫌いだがこの剣を正しく使ってくれるならそれができる人の手にあった方がいい。


「分かりました…。お願いします」


 逡巡の末に剣を差し出された彼の両手にそっと置いた。


 受け取ったベイアーは深く頭を下げて剣の柄を握る。伏せられた口元が悦楽に歪んだことにベリスとフォルナは気付かなかった。


「さぁ。早く戻りましょう」

「お待ち下さい」


 カンテラを掲げ来た道を戻ろうとするフォルナをベイアーが引き止めた。


 その声に妙な胸騒ぎを覚えたベリスは足早に母の前に立つ。


「一つだけやり残したことがあります」

「なんでしょうか?」


 フォルナが答えた次の瞬間、ベイアーはこつ然と姿を消していた。


「っ!?」


 音と気配のする方に視線を下げる。


 消えたと思ったベイアーは恐るべき速度でフォルナの懐に潜り込んでいた。


 そして両手で柄を握って剣を振り被り…


「試し斬りですよっ!!」


 一切の躊躇なく振り下ろした。


「お母さんっ!!」


 それは文字通り無意識での行動だった。


 剣がフォルナの柔肌を切り裂かんと迫る。その一瞬でフォルナの体を突き飛ばし、倒れ込むようにして斬撃を回避。


 剣は空を切り、倒れ込んだベリスは石畳で強かに打った痛みに顔をしかめながらベイアーを睨みつける。


「いたたっ…。お母さん大丈夫!?」

「えぇ。ありがとう…」

「何するんですか!?」

「流石は勇胤(ブレイガリア)…。この程度は造作もないというわけか」

「ぶれい…がりあ?」

「だが、強くてもここはお粗末だな」


 空いた左手の人差し指で自分の頭をコツコツと軽く叩く。


 二人を見下しせせら笑う彼は先ほどまでのベイアーとはまるで別人だった。


「忌々しいシャルステッドの家族がどんなものかと思ったが、親子揃って間抜けで助かった」


「騙したのね…!」


 フォルナは低く唸るような声を上げながらベイアーを睨む。


 当の本人はそんなものはどこ吹く風と侮蔑の笑みを見せる。


 あまりにも突然の変貌に頭が追いつかず困惑のあまり視界がぐらりと歪む。


 だが、目の前には武器を持った敵がいる。


 勢いよく頭を振り意識をベイアーに集中させる。


「貴様らにもう用はない」


 そう言い残すと踵を返し闇の中に溶け込むように逃げていった。


 追いかけなきゃ!!


 駆け出そうとしたベリスの足は背後から聞こえた何かが落ちる鈍い音によって押し止められた。


 振り返るとフォルナが力なく地面に倒れ伏し嗚咽を漏らしていた。


「お母さん!?」


 慌てて駆け寄って抱き起こす。


「どうしたの!?」

「…さい。ごめんなさい…シャル」

「えっ?」

「私の、私のせいで…!うぅっ!ああああああっっ!!」


 両手で顔を押さえて泣き始めたフォルナ。


 いつも優しくて胸が温かくなるような笑顔を向けてくれる母が悲しみに肩を震わせ嘆き悲しんでいる。


 その姿を見ているだけで張り裂けそうなほどの痛みが胸を穿ち、目元が熱を帯びてくる。


「わたしが行く」

「…えっ?」

「わたしが剣を取り返してくる。だから待ってて」


 泣き止むまで傍にいてあげたいがそんな時間はない。


 フォルナはベリスの服の袖を力強く握り締め縋りつくように迫ってきた。


「駄目!殺されるわ!!」

「でも、このままじゃ逃げられちゃう」

「あなたに何ができるの!?あんな人に勝てるわけないじゃない!」

「…」


 勝てるわけない。そんなことはわかりきっている。


「全部私のせいよ。私がなんとかするから今は一緒にいて」

「違うよ」

「えっ?」

「剣を抜いたのはわたし。お母さんだけのせいじゃない」

「お願いよベリス…。お願いだから言うことを聞いて。あなたまで失ったら私は…私は…!」


 悲痛な泣き声を漏らしながらベリスの腕を抱き締め泣き縋る。


 母のことを思うならここで夜を明かして改めてベイアーの行方を追うべきなのかもしれない。


 ベリスとしてもこんな状態の母を放っておくことはしたくなかった。


 でもそれはできない。


 母のためにも今ここであの男を止めなければならない。


「…ごめんなさい」


 フォルナの拘束から腕を引き抜く。力強く抱き締められていた腕は驚くほどあっさりと抜けた。


 そしてベイアーが去っていった方を一瞥し今出せる全力を持って追跡を開始する。


「嫌ぁっ!!ベリス!ベリスぅーーーーっっ!!!」


 その背に縋りつく母の声を振り切るように。

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