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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
ベリス -青嵐の冒険者-
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第七話 帝国の勇胤 ①

「ふっ!はぁっ!やぁっ!!」

「隙あ…」

「コフィル!!」

「くっ!」


 ベリスが猛攻を仕掛けその隙をシャムルが魔術で埋める。


 討伐の中で培った連携はヨシュテアに対抗する牙へと昇華していた。


 しかし多勢に無勢に陥ってもなおヨシュテアの目は爛々と輝いている。


「ふふっ。思い通りにいかないって本当に楽しいわね」

「そう思うなら見逃がしてくれませんか?」

「嫌よ」


 二人がかりでどうにか渡り合えているが正直限界が近い。


 ずっと動き詰めな自分はもちろん魔術を使い続けているシャムルも息が上がっている。


「これじゃキリがない…」


 その思いはシャムルも同じだったのだろう。ぽつりと呟くと杖を頭上に高々と掲げた。


「テオ・ミブラン!!」


 詠唱が完了した次の瞬間、シャムルを起点に真っ白な煙のような靄が炸裂し晴れ渡った平原が一瞬にして濃霧に包まれた。


「こっち」


 一寸先も見えない濃霧に戸惑っているとシャムルに手を引かれた。


「かくれんぼかしら?懐かしいわね」


 シャムルはヨシュテアの声から遠ざかるとベリスに杖を向けた。


「テオ・シャダル…」


 そう唱えたシャムルの姿が…消えた。


「えぇっ!?」

「声が大きい」

「ご、ごめん…。どうなってるの?」

「簡単に言うと姿を消す術。皇女殿下にはあたし達が見えてないはず」

「そんなことできたの!?シャムルすごい!」

「魔力を食うからそんなにもたないけどね。今のうちに叩くよ」

「うん!」


 相手がいくら強くても姿が見えないなら攻撃しようがないはずだ。


 濃霧の中で見つけたヨシュテアは立ち止まって微動だにしない。


 気配を殺し音を立てないように背後に回る。


 ベリス達を苦しめた少女の背は文字通り隙だらけだった。


「あたしが隙を作るからそこを狙って」

「分かった」


 具体的な襲撃プランが組み上がりようやくこの戦いが終わるのだと気が緩みかけたその時…


「それで?私はどうすればいいのかしら?」


 ()()()()()()()()()()()()()


「っ!?」

「なんで!?」


 不可視という優位故の慢心とそれが破られたことによる想定外への混乱。


 それはヨシュテアが見せていた以上の隙となった。


 その隙を逃すほど敵も甘くない。


 ヨシュテアは空いた左手で服の内ポケットに手を入れ魔鉱銃(まがん)を引き抜いた。


 照準は呆気に取られて固まっているシャムル。


「シャムル!!」


 見えてないはずのシャムルに正確に照準を定めたヨシュテアからシャムルを庇う。


「読み通りね」


 満面の笑みを浮かべながら一切の躊躇いなく引き金を引く。


 魔鉱銃から吐き出された風の魔術はベリスの胸に命中。


 オーガに殴られたのではないかと思うほどの衝撃に庇ったシャムル共々霧の外へと弾き出された。


「がぁっ!」

「…っ!!」


 叩きつけられた痛みに悶える時間はない。


「これほどの魔術が使えるなんて…。すごい腕前ね」

「ぐっ…!!」


 倒れ伏すシャムルに銃口を向けるヨシュテア。


 立ち上がろうと試みるもまるで力が入らない。


「流石は竜骸晶。傷一つないわね」


 鎧は無傷でも全身傷だらけだ。


 鎧が守ってくれた部分は無事だったが母に作ってもらった服もところどころ裂けてしまった。


 シャムルを守るべく立ち上がろうとするベリスをヨシュテアは蠢く虫を見るような目で見下ろす。


「もう終わり?がっかりね」


 心底つまらなさそうに吐き捨てシャムルに視線を移す。


「シャムルと言ったかしら?処断するには惜しい腕だわ」

「はっ?何を…?」

「私に仕えなさい。そうすれば許してあげる」


 あまりにも予想外な提案に二人は言葉を失う。少ししてシャムルはゆっくりと口を開いた。


「ベリスは、どうなるんですか…?」

皇女(わたし)に武器を向けた以上生かしてはおけないわ」

「そうですか。では…」



「謹んでお断り致します…!!」



 倒れ伏しながらもぎらついた瞳でヨシュテアを睨むように見上げるシャムル。


 それを見下ろすヨシュテアは楽しそうに笑いながら魔鉱銃を突きつける。


「ますます気に入ったわ。でも残念ね…」

「ダメ…!やめて…っ!!」


 腕に、足に、およそ動かせる全ての部位に力を込めて這い回る。


 ベリスの懇願は虚しく無慈悲な凶弾は指先一つで解き放たれ…


「あら…?」


 なかった。


 その寸前で止めたのは情が湧いたからではない。


 突如あらぬ方向に照準を定めたからだ。


 ヨシュテアが銃口を向ける先。そこにはヒーリアの姿があった。


「ヒー…リア」

「ベリスさん!シャムルさん!!」


 満身創痍の二人を見てただ事ではないと察したヒーリアは二人を助けに向かう。

 しかしその行く手をヨシュテアが阻む。


「…っ!?」

「助けるというなら貴女も同罪よ」

「何がどうなってるんですか?どうしてベリスさん達を!?」

「暇だからよ」

「暇ぁっ!?」


 緊急事態ということだけは伝わったのかヒーリアは青ざめた顔で立ちすくむ。


「分かったなら下がっていなさい。今なら見逃してあげるわ」


 その言葉はベリスにとって慈悲深い温情だった。ここで逃げてくれればヒーリアだけは助かる。


「ヒーリア…逃げて…!」

「…!」


 ヨシュテアの提案に顔を伏せ胸の前で杖を握り締めるヒーリア。


 それでいい。このまま逃げてくれれば彼女だけは…


「テオ・キュール!!」


 意を決したように顔を上げたヒーリアがヨシュテアのすぐ後ろにいるベリスとシャムルに杖を向ける。


 闇魔鉱が鈍く輝き黒い靄のようなものが疾風の如き速さで二人に飛来する。


 ベリス達に命中した靄は二人を包み込み暗黒の繭のようなものを形成した。


「ふぅん…」


 立てないほどの痛みと脱力感にぴくりとも動かなかった体が重りが取れたように軽くなり痛すぎて痛みすら感じなくなっていた傷が少しずつ塞がっていく。


 それが治癒の療術だと気付いた頃には二人の傷はほとんど治っていた。


「これで共犯です」


 ヒーリアはヨシュテアから視線を外すことなくゆっくりとベリスとシャムルの前に立つ。


「どうして…?殺されちゃうかもしれないんだよ!!」


 ベリスの叫びにヒーリアは肩越しに振り返る。


「私だって仲間を見捨てたくありません」

「時間を稼ぐ。あんただけでも逃げ…」

「嫌です!!!」


 いつも大人しいヒーリアらしからぬ大声に二人の肩がびくりと跳ねる。


「いいから逃げて!死んだらイルタちゃんにもリピュエさんにも会えないんだよ!!」

「お二人を見捨てて会えたって何の意味もありません!私は胸を張ってあの方達に会える私でいたいんです!!」

「…っ!」


 その言葉に思わず押し黙る。


 それはかつて自分がシャムルに語った言葉だったからだ。


 だが、その言葉が容易く出たものでないことはすぐに理解できた。


 自分達を守るために伸ばした両腕は震え彼女の決意を支える足も傍目から分かるほどに笑っている。


 今すぐ逃げ出したいほどの恐怖と戦いながらも仲間のために立ちはだかるその背中はどんな城壁よりも頼もしく見えた。


「お二人は私が守ります!!」


 顔の前で両手を組み祈るような姿勢を取る。そして次の瞬間…


 ()()()()()()()()()()()()()()


「何これ!?」

「魔術?こんなの見たことない…」


 その場にいる誰にとっても予想外な竜巻はその暴威をもって敵を拒絶する断絶の防壁となる。


 ヨシュテアが魔鉱銃を撃つもその全てが竜巻に弾かれ明後日の方向に飛んでいく。流石に危機感を覚えたのかその表情が険しくなった。


「これは…。ふふっ」


 それもほんの一瞬。


 すぐに何を考えているかわからない笑顔に戻り拍手を打つ。


「ブラボー!美しい献身ね」


 称賛を贈りながら剣を捨て魔鋼銃を内ポケットにしまう。


 突如武装解除したヨシュテアは竜巻をものともせずヒーリアに向かってゆっくりと歩き始めた。


「ちょっ!危ないですよ!」

「問題ないわ」


 竜巻に向けて歩を進めるヨシュテアの顔に恐れや怯えは一切ない。


 まるで散歩でも楽しむかのように竜巻へと足を踏み入れ…何事もなくその内側へと侵入した。


「えぇっ!?なんで!?」


 ヨシュテアが侵入したことで集中が途切れたのか竜巻は瞬く間に霧散する。


 ヒーリアに接近したヨシュテアは珍しい骨董品でも見るかのようにヒーリアを観察し始める。


「あなた達で遊ぶのも正直飽きてきたのよね」


 どこまでも勝手な皇女だ。


「そうだわ!これは決闘だったことにしましょう!」

「決闘?」

「えぇ!大切なものを賭けた決闘!勝者は私!だから…」


 そこで言葉を切ったヨシュテアは大きく両手を広げ未だ状況を飲み込めていないヒーリアを抱き締めた。


「この子をもらうわ!!」

「えぇぇーーーっっ!!??」

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