EX ある日の王都
アメレア暦1420年 3月
王都カヌレリア
カヌレーニュ王国の中心地でありこの国を治める国王、カヌレーニュ王が座す王城がある大都市だ。
まだ半年以上あるが王都は既に記念祭一色。
街行く人々は準備に奔走していた。
そんな王都の一角にある喫茶店のテラス席にリロイとある人物の姿があった。
二人がけの席に向かい合うように座る相手はまだ少女というほどの年齢の女性。
肩まで伸ばした鮮やかな胡桃色の髪と青い瞳を持ち、琥珀色の眼鏡をかけた少女は紅茶を一口啜って口を開く。
「久しぶりだね。リロイ」
「お久しぶりです」
大の男が下手をすれば娘くらい年が離れた少女にへりくだる。
傍から見れば異様な光景だが彼らの間ではこれがごく当たり前のやり取りだ。
息を入れる意味も兼ねてリロイも紅茶を飲む。
大衆の喫茶店といった素朴であっさりとした風味と香りが口と鼻を抜けて気分を落ち着かせてくれる。
「身の丈に合った店は落ち着きます。高い店でうまい飯を食うのもいいもんですが敷居が高すぎるのはどうも落ち着かない」
「随分可愛がってもらってるんだね。優しいお嬢様だことで」
「はっはっは!何を仰る?私は貴女様の忠実な僕ですぜ?」
二足の草鞋は公然の秘密だが表面上は否定しておかなければならないのが面倒だ。
「で?何かあったの?」
「こちらをご覧下さい」
リロイはジャケットの胸ポケットからある物をゆっくり抜き取り少女に見えるようテーブルに置いた。
「この子どこかで…。…っ!!この鎧」
「お気づきになりましたか。俺も最初見た時はびっくりしましたよ」
リロイが見せたもの。それは以前ベリスとヒーリアを撮影した真画だ。
二人に悟られないよう二枚撮影しそのうちの一枚をこっそり仕舞い込んだのだ。
そこでリロイは少女から視線を外しテラス席から見えるあるものに視線を移す。
少女もそちらを向いて静かに呟く。
「どう見てもあれだね」
「えぇ。シャルステッド様の鎧です」
視線の先には魔王討伐記念に作られた勇者シャルステッドの銅像があった。
天高く剣を掲げ悠然と前を見据える偉大な勇者が纏う鎧とベリスが身に付けているそれが全く同じものだということをリロイは最初から気付いていた。
「俺が言うんです。間違いありません」
「根拠は?」
「シャルステッド様に会ったことがあります」
「なるほど」
納得したように頷くと少女は手を組んで深く座り直した。
「この子達は?」
「こっちはベルナリス、こっちはヒーリアと名乗っていました」
「ヒーリア…?」
意外なことに少女が反応したのはヒーリアだった。
「彼女が何か?」
「この子ヤクラエ教徒だよね?ベルナリスもヤクラエ教徒ってこと?」
「イルタって子を探す旅の途中でベリスと知り合ったそうです」
「…っ!!」
少女の眉がわずかに動く。その些細な変化をリロイは見逃さなかった。
「お知り合いで?」
「…2人について知ってること全部話して」
「かしこまり!」
ベリスから聞いた情報を包み隠さず話し終えると少女は呆れたように深く溜め息を吐いた。
「なるほど。純朴な女の子を騙すなんてとんだ悪党だね」
「ひどいですねぇ。嘘はついてませんぜ」
「同じでしょ…」
少女は口元に手を当てて考えを整理するように呟き始める。
「ファマリ村出身の17歳でグレンヌの冒険者…。ファマリ村はお父様の故郷。…まさか、お祖父様が言ってた始まりの勇胤…?」
か細い声で呟かれた言葉はリロイの耳には届かなかった。
「その子、剣を持ってなかった?」
「いえ。そこらに売ってるようなナイフしか」
「でも賊の腕を剣で切ったんでしょ?」
「奪ったものみたいです。血が付いた剣が落ちてました」
「鎧だけ?じゃあ剣はどこに…?」
再び考え込むような仕草を見せたが考えるだけ無駄だと判断したのだろう。
すぐにとりとめもない思考ごと紅茶を飲み干し左手を肩の高さまで上げた。
すると少女の後ろに座っていた男が立ち上がり二人が座る席までやって来た。
男は無言でリロイの前に袋を置いて席に戻る。
「まいどあり」
その中身、しめて十万ゴードを数えて鞄にしまう。
「何か分かったらまた連絡して」
「お任せを。このリロイ、粉骨砕身励ませてもらいます」
「どうだか」
「信じて下さいよぉ」
少女は肩を竦める。
「この情報お嬢様にも話したの?」
「ご想像にお任せします」
「あっそ。この真画もらっていい?」
「どうぞご自由に」
リロイは不満そうに鼻を鳴らす少女に笑顔を見せて立ち上がる。
「ありがとう。じゃあまたね」
「またお会いしましょう…
クレーヌ王女殿下」
五話はこれにて終わりです
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