寡黙な2人目 ④
-オーク-
討伐ランクはブゥトゥン。
人間を遥かに凌駕する力を持ち村や田畑、家畜を襲うこともあって広く恐れられている。
雄は基本的に単独で、雌は家族で行動する習性を持ち大抵は山や森、平原などで狩りや採取を行って生活している。
ゴブリン同様簡単な武器を扱う知恵を持つとても厄介な魔物だ。
「…」
オークがいつ動いてもいいよう警戒を傾けながら相手をつぶさに観察する。
牙が生えていることから恐らくは雄で手に武器はない。
何があったか分からないが顔が左半分焼け爛れて目が潰れ、おまけに体がふらつき小刻みに震えていた。
これなら逃げ切れる
「ヒーリア!シャムル!時間を稼ぐから先に逃げて!!」
「分かりました!お気を付けて!」
「うん!」
後顧の憂いを断ったところでいざ…
「ねぇ。あれ、倒せるんじゃない?」
「えっ!?」
一緒に逃げたと思っていたシャムルがとんでもないことを言い出した。
「無理無理!オークだよ!?」
「露払いって言ってたよね?こいつほっといたら危ないんじゃない?」
「…っ!!」
それは逃げの一手に染まっていたベリスにはなかった発想だった。
「…どうしても無理なら逃げる。それでいい?」
「了解」
戦う覚悟を固めたベリスはナイフを鞘に納め、右手を開いて本当の武器を解き放つ。
「その剣…!」
王家の剣を正眼に構えてオークと対峙する。
相手はオーク。
自分なら受け流せば攻撃を回避できるし王家の剣でダメージを与えることもできる。
問題は後衛のシャムルだ。
あの装備で攻撃を受ければひとたまりもないだろう。
ならば…
「オークの左側にぴったりくっついて隙ができたら魔術を撃って。できる?」
「…やってみる」
先に動いたのはオークだった。
瓦礫の中から猫ほどあろうかという岩を引っつかみベリスめがけて投擲した。
しかし片目では狙いは定まらず石は明後日の方向に飛ぶ。
それは陽動。本命は瓦礫から引き抜いた木材による近接攻撃だ。
「Guaaaaaaaaa!!!!!」
恐るべき速度で肉薄し力任せに木材を振り下ろす。
大人の男性ほどはあろうかという大木の動きを目で追い力を受け流していなす。
その間にも準備は整っていた。
「ウォシド!」
オークの左脇腹に水の大砲が叩き込まれる。
その一撃はオークに傷を付けるに至らなかったがベリスに夢中だったオークは体勢を崩して大きな隙を見せる。
その隙を逃がさず狙うはオークの左足。
「はぁっ!」
王家の剣を真一文字に薙ぎ軸足を切りつける。
光を放つ剣は毛皮を裂いて肉に到達。
瞬く間に骨を断ち左足を両断した。
バランスを崩したオークは左手を地面について転倒を回避し、
「っ!?」
右手に持った木材をシャムル目掛けて投擲した。
攻撃が成功して浮かれていた瞬間を突いた完璧な奇襲。
それはベリスの反応を遅らせシャムルへの攻撃を許すのに十分な隙だった。
「避けて!!」
回避を叫ぶも既に遅し。
突然のことで反応しきれなかったシャムルに投擲された木材が迫り…
「ま、間に合ったぁ…っ!」
当たらなかった。
「えっ?…あ、ありがとう」
二人の窮地に現れた救世主。
それはシャムルを抱いて木材を回避したヒーリアだった。
どうやら身体強化を使ってシャムルを助けたらしい。
「ヒーリアナイス!!」
「お役に立ててよかったです」
最後っ屁も空振りに終わって片足も失った。
いよいよ万策尽きて動かなくなったオークとの戦いを終わらせるべく剣を構えて跳びかかる。
「やぁっ!!」
そして首目掛けて剣を振り下ろし強敵に引導を渡すのだった。
「これでよしっと」
討伐の証である牙を切り取り袋にしまう。
これを見せれば特別報酬ももらえることだろう。
牙をしまったベリスは二人に駆け寄り両手を大きく広げて二人を抱き締めた。
「きゃっ!」
「ちょっ」
「ありがとう!!みんなのおかげだよ!」
「それはこっちの台詞。あんなに強いなんて思わなかった」
「ブウトゥンならあれくらいできるんじゃないの?」
「真正面から殴り合うなんて聞いたことないよ」
「えぇっ!?そんなことしてたんですか!?」
村を出てイッチバに向かう道すがら、討伐の興奮冷めやらずとりとめもないことを話し合った。
その途上で熱も引き、冷えた頭で今日の討伐を振り返る。
「終わったんだね。初討伐」
「どうだった?」
「足りないものだらけだなって思い知らされたよ」
夕日に染まる街道を歩きながら思い出すのは先ほどのオーク戦。
ヒーリアが助けに来なければシャムルはどうなっていたか分からない。
理想というだけあってやはり守衛士は必要かもしれない。
「わたし達には仲間も経験も全然足りなかった。無事だったのも運が良かっただけだと思う」
「運だけじゃオークは倒せないと思うけど」
「それも運だよ。わたしはもっともっと強くなりたい。だからお願い…、これからも力を貸して」
足を止めて二人に右手を差し出す。
「もちろんです!これからもお力添えします!」
「稼がせてくれるなら付き合うよ」
最初はヒーリアがその手を握り、次いでシャムルが握手した手の上に自分の手を置く。
「ありがとう…!!」
こうして初めての討伐依頼は終わった。
色々とイレギュラーな出来事はあったもののそのおかげで足りないものに気付くことができた。
足りないなら足し合えばいい。
父もそうやって旅をしたのだろう。
楽しそうに冒険の話をする父の横顔を思い出しながら並んで歩いてくれる仲間がいる幸せを噛み締めるベリスだった。
「そういえば…あの剣なんなの?」
「体にしまうのもびっくりしました。あれって魔導具なんですか?」
「うーん、話せば長くなるんだけど…。んっ?」
王家の剣の話をしているうちにイッチバへと帰ってきたベリス一行。
早速依頼完了と村の跡地のことを報告しようとしたベリスはある違和感を覚えた。
「人多くない?」
「うん。嫌な感じするね」
往来を行き交う人々の中に見知らぬ顔が大勢混じっているのだ。
「怖そうな人ばかりです…」
ヒーリアがベリスの後ろに隠れる。
彼女の指摘通りその多くが人相の悪い荒くれ者と言った風貌の人間だった。
「よぉ嬢ちゃん達。俺らと飯でも…」
「あぁっ?」
「ひぃっ!!」
もう何人目になるかわからない下心見え見えの誘いをシャムルが目で追い払う。
報告ついでに何が起きているか聞いてみよう。
そう思いながら組合を目指すベリスの目に見知った顔が映り込んだ。
リロイだ。
「俺に会いに来た…わけねぇよな。用があるなら向こうから言ってくるはずだ…」
顎に手を当ててなにやら考え込んでいるリロイに近づき挨拶をする。
「お久しぶりです!」
「うぉっ!?…おぉっ!ベリスちゃんにヒーリアちゃん!久しぶりだなぁ!!」
「あの時の…」
「シャムル?」
「なんでもない」
二人に挨拶したリロイはシャムルに視線を向ける。
「そっちの子は?もしかして新しい仲間か?」
「シャムル。よろしく」
「リロイだ!よろしくな」
二人が握手を交わしたところで気になっていたことを聞いてみる。
「本当に久しぶりですね。どこかに行ってたんですか?」
「あぁ。依頼で王都までな」
「王都!?王都の人にまで頼られるなんてすごいです!」
「はっはっは!!それほどでもあるぜぇっ!」
「謙遜しないんだ」
冒険者の先輩は様々な場所を旅できるらしい。
改めて冒険者という職業の奥深さを実感したベリスだった。
「怖そうな人がいっぱいいるんですけど何かあったんですか?」
「冒険者には見えないよね」
「ご明察だシャムルちゃん。あいつらは賞金稼ぎだ」
「どうしてそんな人達が?」
「皇z…ヨシュテアって知らないか?」
「あの賞金首の綺麗な人ですよね!」
その人物ならよく覚えている。
たまたま見た手配書に驚かされたのも今となっては懐かしい思い出だ。
「なら話は早い」
リロイは身を屈めて三人に顔を近づけそっと耳打ちした。
「この付近にそのヨシュテアが現れたらしい」
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