第五話 寡黙な2人目 ①
アメレア暦1420年 4月
ベリスの朝は早い。
日の出前に起床し未だ夢の中にいるヒーリアを起こさずそっと部屋を出る。
まずは柔軟で体をよくほぐしたら王家の剣で素振りの後に筋トレ、そして走り込みを日が出るまで行う。
初めは眠くてやっていられなかった鍛錬も今では日常の一部となっている。
走り込みを終えてクールダウンしていると宿のドアが開いて女将のトインが箒を持って出てきた。
「おはようベリスちゃん!いつも早いわねぇ」
「おはようございます!女将さん!」
「この間はありがとうね。おかげで助かったわ」
「いえいえ。どうってことないですよ」
「あいつらにも見習ってほしいわ。ヘボのくせに冒険者の仕事じゃねぇって突っぱねちゃって…」
庭の掃き掃除をしながら会話に花を咲かせるトイン。
イッチバに来た当初は挨拶する程度だったが今では軽い世間話をする仲になった。
「何かあった?すごく嬉しそうじゃない」
その問いに待ってましたとばかりに顔を上げる。
「はい!今日組合証が届くんです!!」
ベリスとヒーリアが冒険者になって二週間。待ちに待った時が来た。
「おぉーっ!見て見て!かっこよくない!?」
「はい。とても気品に溢れていてお綺麗です」
「ありがとう!ヒーリアもすっごくかわいいよ!」
「か、かわいいだなんて…っ!」
組合のテーブルに座り互いの組合証を見せ合う二人。
今日は冒険者の身分証である組合証が発行される日。
組合証には冒険者の名前と等級、そして組合で事前に撮影した真画が載っている。
先ほど盛り上がっていたのはこの真画の話だ。
「本当に冒険者になったんですね」
「色んな依頼受けたでしょ?」
「お手伝いのようなことが多かったので実感が湧かなくて…」
この二週間ただ座って待っていたわけではない。
薬草に始まり山芋や木の実集め、魚を釣りに行ったこともあった。
もちろんただ採取していたわけではない。
採取する時は交代で見張りを立て魔物が現れたら即退却。
リロイの助言を実践することで採取が安定しただけでなく二人での連携がやりやすくなった。
「今日はどうする?討伐行っちゃう?」
「まだちょっと不安です…」
「だよねぇ」
グレンヌ級の討伐依頼なら一人でも問題なくこなせる。しかしヒーリアは違う。
自分ができるからと無理に連れ出せば最悪命を落としかねない。
討伐は仲間を増やすか連携を強めてヒーリアに自信がついてからにしようと考えている。
「…すみません。私が不甲斐ないばかりに…」
「えっ?…あぁっ!違う違う!そういう意味じゃないよ!」
どうやら自分が足を引っ張っていると勘違いしてしまったらしい。
「討伐は危険だからしっかり準備しようねってこと!」
「そ、そうでしたか…」
「力不足だなんて思ってないよ。ヒーリアは優しくて頑張り屋さんで…わたしにはもったいないくらい大切な仲間だもん」
「ベリスさん…!」
ヒーリアは顔を真っ赤にして嬉しいのやら恥ずかしいのやらよく分からない表情を浮かべていた。
「と、ところで!仲間って何人くらいいればいいんでしょうか?」
「うーん、パーティ次第だけど基本は3人か5人くらいらしいよ」
「どんな人がいいんですか?」
「切り込み隊長の戦士と後衛で回復と支援を担う療術士、魔術で戦う魔術士、後衛を守る守衛士が理想らしいよ」
全部本の受け売りだけど…
「戦士はベリスさん、療術士は私だから…後は魔術士と守衛士ですね」
「…新しい仲間かぁ」
「楽しみですねぇ…」
そう遠くない未来に入ってくるかもしれない新しい仲間に想いを馳せる。
ヒーリアが仲間になっただけで毎日がとても楽しくなったのだ。
もっと増えればそれだけ楽しい冒険ができるかもしれない。
まだ見ぬ仲間、まだ見ぬ新天地。
白紙の未来を思うだけで胸がうるさいくらいに高鳴っていく。
「よーっし!今日も張り切っていってみよー!」
「おーっ」
「その前に朝ご飯だね!早く行かなきゃ並んじゃう!」
「はい!今日は何を食べ…」
話を遮るように手で制し目だけで横を見る。
ヒーリアも何事かと視線を移し…
「ひゃあっ!?い、いつの間に…?」
二人が座っているテーブルの真ん前に来ていたその人物に気づいた。
その人はベリス達とそう変わらない年齢に見える女性だった。
彼女は考えの読めない目で二人を見下ろしながら徐ろに呟いた。
「あんたら仲間探してるの?」
「えっと…はい」
そこで言葉を切ってベリスの瞳をじっと見つめてきた。
「…っ!その目…」
「…?」
「…まさかね」
次の言葉を待つ間にこちらも相手を観察する。
まず目を引くのが肩ほどまで伸びた夕暮れのような焼け付く赤い髪と一房だけ黒く染まった前髪。
そして仄暗い光を宿す黒炭のような黒い瞳。
次に注目したのが衣服と持ち物。
胸についている等級章はベリス達と同じグレンヌ。
灰色のローブを纏い先端に水の魔力を宿した魔鋼、青魔鋼の珠をあしらった杖を持っている。
その外見から彼女が何者かも見えてきた。
「もしかして、魔術士ですか?」
「シャムル。よろしく」
そう言って右手を差し出してきた。
「わたしはベルナリスです。この子はヒーリア」
「ど、どうも…」
握手を交わすとシャムルは本題を切り出した。
「仲間探してるなら入れて欲しいんだけど…いい?」
「えぇっと…」
「いいですよ!」
即答だった。
「いいんですか!?」
「わたしのことはベリスって呼んで下さい」
「あたしもシャムルでいい。敬語もいらない」
「分かった!じゃあいこっか!」
「いいね。どこ行く?」
「パン屋!!」
「…はっ?」
一切崩れなかった表情が初めて困惑に染まった。
パン屋で朝食を買った三人は今後の話し合いも兼ねてベリス達が泊まっている宿に戻って来た。
「…美味しい」
「でしょ!?」
「…ってかそれ全部食べるの?多すぎない?」
「これくらいないと力出なくて…。ここのパンならいくらでも食べられそうだよ」
「分かります。ヤクラートスにも欲しいくらいです」
「ヤクラートス?あぁ、ヤクラエの総本山だっけ?」
「はい!あんな店があればイルタ様もきっとお喜びに…あっ!あのっ!人を探してるんですけどこの方を見てませんか」
「…知らない」
哀愁すら漂う背中に同情を覚えながら女将から借りた新聞を読み始める。
新聞を読むことも王女教育の一環で身に付いた習慣だ。
常に新しい情報を得ようとする姿勢も王女には大切だという教えは朝のルーティンに息づいている。
「…ん?これってこの近くだよね?」
ヒーリアに記事を見せると興味があるのかシャムルも記事を覗き込む。
「人か魔物か!?氷炎に包まれた村!」
「センス悪っ」
それは最近起きたある事件の記事だった。
ここ最近集落の跡地を根城にしている魔物が殲滅されるという事件が頻発しているらしい。
犯人はパーティ、あるいは軍隊ほどの規模を持つ集団と目されており村には氷と炎の魔術が使われた痕跡と斬り殺された魔物の死体が大量に転がっていたという。
対応に手をこまねいていた領主達にとって嬉しい誤算なのではないかという皮肉めいた一文で記事は締めくくられていた。
「シャムルはどう思う?」
「占領する気もないのに集落を解放するなんて訳分かんないよ」
「軍や冒険者なら手柄をアピールするもんね」
「ある意味魔物より怖いかも」
いい人に巡り会えたかもしれない
さり気ない風を装って考えを聞いてみたがその答えは十分過ぎるものだった。
読み取れる情報を分析して自分なりの考えを形成する力とそれを忌憚なく言える度胸、そして無理に理解しようとせず分からないことを分からないまま受け入れられる柔軟性。
これだけの人が何故グレンヌの自分達に声をかけてきたのかが分からない。
「どんな人なんでしょうか…?」
「どんな奴でも近づかない方がいいと思う」
君子危うきに近寄らず。
相手の正体も目的も分からない以上どんな相手だろうとなるべく関わり合いにならない方がいい。
そう結論付けて朝の団欒を楽しむ。
パンを食べ終えて英気を養ったベリスは大きく伸びをして立ち上がる。
「よーっし!お腹いっぱいになったし組合に戻ろっか?」
「はい!今日も頑張りましょう!」
「ねぇ。3人いるんだし討伐行かない?」
「討伐かぁ…。どうする?」
「私ですかっ!?」
決定権をそれとなくヒーリアに委ねる。
ヒーリアは腕組をしてうんうんと考えた末に重い口を開いた。
「や、やります…!」
「無理しなくていいよ?」
「無理じゃないです。シャムルさんもいてくれるならやってみようかなと」
「分かった!じゃあ初討伐いってみよー!」
「何狩るの?」
シャムルの問いに部屋を出ようとしていたベリスは立ち止まる。
そして肩越しに振り返り高らかに宣言した。
「ミドリゴブリン!」
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