EX 暗躍する者
「はぁっ、はぁっ…!」
夜の帳が下りた街道沿いを一人の男がひた歩く。
顔は青ざめて息も荒く、歩くことすらままならないほど疲弊しきっているのは傍目からも明らかだ。
その理由は破いた服の切れ端を巻いて止血しただけの右手。
パックリと切り裂かれた傷口からは今なお血が滴り落ちている。
彼の名はドーブラ。
つい数時間前に全てを失った男だ。
「はぁっ、はぁっ!クソッ!!」
息も絶え絶えに何度目になるか分からない休憩を取る。
あまり長居すると血の匂いを嗅ぎつけた魔物が寄ってくるのでまとまった休みを取れない。
いつ魔物に襲われるか分からないという恐怖がただでさえ満身創痍な彼の神経をさらにすり減らしていた。
「どこだ?どこで間違った?あいつはグレンヌだった。それは間違いない。だがあの強さはなんだ?あれはフルール…いや、フリュイだった。薬草集めなんてしてる奴がなんであんなに強いんだ!訳がわからねぇ!!」
左手を地面に叩きつけ怨嗟を吐き散らす。
こんなはずではなかった。
今頃はあの女の死体から鎧を剥ぎ取り仲間の女を捕まえて売っていたはずだ。
うまくいけばリロイを始末して奴のお宝も掻っ払えたかもしれない。
だが現実はそうはならなかった。
あいつらに目をつけなければ、欲をかかなければ、殴られた時点で逃げていれば…
後悔が延々と渦巻く中、ドーブラはある疑問にぶち当たる。
「待てよ。そもそもなんであんなに強かったんだ?」
考えてみればおかしな話だ。
あの女が貴族令嬢で多少剣の手ほどきを受けていたとしてもあそこまでの力を発揮できるわけがない。
療術士の女が身体強化をかけたとしてもあそこまでにはならないはずだ。
ブウトゥンの自分でも目で追い切れないほどの速度、掌底で大の男を吹き飛ばし鉄の剣で腱を切るほどの膂力。
それだけの力を持った女に一つだけ心当たりがあった。
「勇胤…!そうか!あの女が…!!」
勇胤
それは勇者の血を引く子供でありドーブラが世話になっているマーケットでも滅多に出回らない伝説の高級品だ。
ドーブラが知る限り本物が出品されたという話はなくその全てが偽物だったが出品されれば毎回考えられないほどの高値で取引される。
「はっ、ははっ…!!きたっ!妙手!一発大逆転の一手!!」
頭の中に描き出された復活の絵に歓喜の笑いが漏れる。
何故勇胤の需要が高いのか。
その答えは至極単純。勇者の子を名乗り目覚しい功績を上げた若い女達がいるからだ。
「クレーヌ王女やエスペリア騎士爵には手が出せねぇが貴族の道楽娘なら話は別だ。あいつの身柄も情報も高く売れる!!」
一縷の光も見えない闇の中で光明を見出したドーブラは勢いよく立ち上がり高笑いを上げる。
「はっ、ははっ…!はははははははっ!!!こうしちゃいられねぇ!今すぐナシつけねぇとな!あいつらから兵隊借りれりゃあの女を数で潰せる!ついでにリロイのクソ野郎と俺を裏切ったガキ共も一匹残らず…!!」
どん底を這い回った先に見つけた輝かしい未来に目が眩み視野が狭まっていたドーブラはついに気付かなかった。
「ブチイキってるとこごめんねぇ。おたくの冒険、ここで終わりだから」
「はへぇっ?」
背後から聞こえた謎の声と自分の口から出たとはとても思えない間抜けな声。
何故だか胸が焼けるように熱い。その原因を探るべく視線を下げる。
「なっ?がぇっ…!?」
そして見た。気付いてしまった。
自分の胸から生えた煌く白刃。その刃先から噴き出す真紅の鮮血に。
「賞金、ごちになりまーすっ♪」
今際の際にに見たものはどこまでも続く深い闇。そして地面に崩れ落ちる首を失った自分自身の体だった。
「うっし!駆除完了!」
漆黒の闇夜に似つかわしくない明るくひょうきんな声が響く。
ドーブラを闇討ちした影はドーブラの服を切り裂いて作った即席の風呂敷に「高く売れる剥ぎ取り品」を包む。
「詰めが甘いよねぇ。こういうどん底ハイハイマンは縦も横もクズとクズでがっちりスクラム組んでるんだからちゃんと駆除しなきゃ」
呆れたようにひとりごちながらポケットから取り出したものを口に運ぶ。
美味しく熟れた甘いリングミの実だ。
「貸しイチですよ…王女サマ」
誰に聞かせるでもない言葉を呟き影は悠然と去っていく。
「あっ、でも賞金もらえるしチャラでいっかぁ。んっふっふ~♪待っててねぇペガサスちゃ〜んっ!」
影が去った後に偶然通りかかった魔物達は意図せず見つけたご馳走を思い思いに持ち帰る。
そして夜が開ける頃にはその悪名も骸も一夜の闇に消えたのだった。
これにて4話は終わりです!
冒険者としての第一歩を踏み出したベリス達ですが状況は2歩も3歩も進んでいます
目まぐるしく変わっていく世界の中でベリス達はどんな道を切り拓いていくのか…
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