波乱の初依頼 ⑤
「人探しねぇ」
「はい。この方なんですけど」
「うーん…。悪い。知らねぇな」
「そうですか…」
腹ごしらえを済ませたところで食休みの団らんが始まる。
最初は互いの自己紹介から始まり軽い身の上話で話の取っ掛かりを作る。
もちろん諸々の秘密を伏せて話したがそれでもお互いを知る上でなんら支障はなかった。
最初はリロイに対してよそよそしかったヒーリアも今ではすっかり打ち解けたのか笑顔混じりに話している。
だが、そんな団欒の時間は長くは続かなかった。
「っ!?」
「…」
背後から草を踏み締める音が聞こえてきた。
リロイに視線を向ける。
彼も気付いたようで先ほどまでの温和な表情が張り詰めた剣呑なものに様変わりしていた。
ベリスはナイフを、リロイは魔鋼銃を抜いてヒーリアを囲むように陣を作る。
「な、何かあったんですか?」
「足音がした。かなり近い」
「えぇっ!?」
「静かに」
リロイが人差し指を口に当てて言葉を制する。
ヒーリアが慌てて口を閉じたのを確認してリロイと小声で話し合う。
「どう思う?」
「囲まれてます。気配を消すのは下手みたいですね」
「全くだ。ゴブリンのがもっとうまくやれるっての」
リロイは苦笑混じりに苦言を呈すると大きく息を吸って叫んだ。
「いるのはわかってるんだ!とっとと出てこい!!」
リロイの声は広大な草原に虚しく響く。それからほどなくして変化が訪れる。
「ひゃあっ!?」
背の高い草原から出てきた人間にヒーリアが驚きの声を漏らす。
その間にも一人、また一人と隠れていた人間達が姿を現す。
年も装備もバラバラだが全員に共通してるのはグレンヌの等級章。その全てが駆け出しの冒険者であることが窺える。
「冒険者?」
「ルーキーの兵隊か…。やっぱり来やがったな」
「やっぱり?」
「隠しててすまねぇ。今日ついてきたのはこいつを警戒してたからなんだ。…出てこいドーブラ!がん首揃えなきゃ何もできねぇ腰抜け野郎が!!」
その声に呼応するように草むらから一人の男が現れる。その顔には見覚えがあった。
「初心摘みのドーブラ…」
先日組合で見た賞金首の男だ。
「おーおー!誰かと思えばリロイ君じゃねぇか!いつからひよっ子引率屋になったんだ?」
ドーブラと呼ばれた男は両手を大きく広げ芝居がかった嫌味な口調でリロイを嘲る。
周囲を取り囲む冒険者達を警戒しているとリロイが魔鋼銃をドーブラに突きつけた。
「生憎今は勤務中だ。とっとと失せろ」
「つれねぇなぁ。同じ冒険者じゃねぇか」
「俺はルーキーいじめて食い物にするクズになった覚えはねぇ!!」
「おーおー。怖いねぇ」
魔鋼銃を突きつけられても尚ドーブラは余裕綽々といった様子だった。
二人が話している間にも周りの冒険者達がじりじりと距離を詰めてくる。
「…」
すぐ近くで荒い息遣いが聞こえてくる。
肩越しに視線を向けると両手で杖を握り締め恐怖に震えるヒーリアの姿があった。
ベリスは空いた手を後ろ手に伸ばしてヒーリアの手に添え聞こえる程度の小声で呟いた。
「大丈夫…」
「っ!!」
ヒーリアを元気づけている間もリロイ達の話は続く。
「なぁリロイ。取引しようぜ」
「取引だぁ?」
「そいつらを渡せ。そうすりゃ分け前を恵んでやる」
「やけに拘るな。ルーキーなら他にもいるだろ?」
「お前の目は節穴か?その女を見ろ」
ドーブラがベリスを指差して言う。
「竜骸晶の鎧だ。気品も佇まいも平民のそれじゃねぇ。十中八九道楽でやってるお貴族様だ」
違うんだけどなぁ…
「それがどうした?冒険者に身分なんざ関係ねぇ」
「分かってねぇなぁ。身ぐるみ剥いで家に話つけりゃ鎧と身代金がたんまりもらえるって寸法よ!」
「ならこっちの子は関係ないだろ。この子は解放してやってくれ」
「それはできねぇ。療術士は人気商品だからな」
舐め回すような視線にヒーリアはますます萎縮する。
「ヤクラエの連中には世話になったからな。業突く張りの守銭奴にはお仕置きしてやらねぇと」
業突く張りの守銭奴…?
「守銭奴だぁ?引っ越しをおすすめするぜ。鏡のねぇ部屋は不便だろ?」
「交渉決裂か」
「ほざけ。テーブルに就いてから言え」
二人の間に漂う空気が殺気に溢れた臨戦態勢へと変わる。
今すぐにでも爆発しそうな敵意を肌で感じながら囁くような声量でリロイとヒーリアに話しかける。
「ヒーリア。リロイさんと逃げて」
「えっ?」
「君を置いてか?できるわけねぇだろ」
「そうです!危ないですよ」
「相手はまずヒーリアを狙ってくると思います。人質に取れば優位に立てますからね」
「確かに。俺が奴ならそうするな」
自分が狙われるかもしれないという最悪の予想を聞いたヒーリアは息を呑んで目を伏せた。
「だから少しでも遠くに逃げて助けを呼んできて欲しいんです。できますか?」
「…君はどうする?」
「逃げて引き付けます。鎧が欲しいならこっちに来るはずです」
何かを言いたげに口をパクパクさせるヒーリアと不満そうな表情を浮かべるリロイ。それでも一歩も譲らないベリスに根負けしたのか揃って溜め息を吐いた。
「勝てなかったら逃げろだ。パパの言いつけを破るんじゃないぞ」
「はいっ!」
「…ベリスさん」
ヒーリアは意を決したように顔を上げベリスに杖を向ける。
「ストレフォス」
短くそう呟くと杖の先端にある紫色の水晶のようなもの、闇の魔力を宿しそれを使う魔術を増幅させる暗魔鋼がほの暗く煌いた。
その光に呼応するかのように黒に近い紫の輝きがベリスの体を覆う。
光は十秒にも満たない間に消失し、その後には何も残らない。
だが、ベリスの体には確かな変化が表れていた。
「体が軽い…!」
全身が軽く体の奥底から力が湧き上がってくるような心地よさすら覚える。
「身体強化の療術です。これくらいしかできずすみません…」
「ううん!すっごく嬉しいよ!ありがとう!」
「どうかご無事で…」
「内緒話は終わりか?」
いよいよ痺れを切らしたのだろう。ドーブラが苛立たしそうに吐き捨てた。
「あぁ。たった今答えが出た」
リロイは不敵な笑みを浮かべながら魔鋼銃を自分の足元に向け、
「走れ!!!」
耳をつんざくような轟音と共に爆風が一帯を駆け抜けた。
「ぐっ!!」
まさか足元に向けて撃つとは思わなかったのだろう。爆風に晒されたドーブラは腕でそれを防ぐように体を庇う。
そのわずかな間に全ての行動が完了しているとも知らずに。
爆発が生み出した煙幕から抜け出る二つの人影。
一つはリロイとヒーリア。
身体強化を受けたリロイはヒーリアの手を取りドーブラに背を向ける形で全力疾走する。
「どけどけぇっ!ドタマぶち抜くぞぉっ!!」
頭数が揃っているとはいえそのほとんどがグレンヌの冒険者。
魔鋼銃を向けながら走るリロイの気迫に圧されあっさり突破されてしまう。
それを見ていたドーブラは激昂しながら指示を飛ばす。
「リロイとガキを追…っ!!」
しかしそれは最後まで続かない。
「はぁっ!!」
煙幕を抜け出たもう一人、ベリスがドーブラに肉薄し渾身の右掌底をドーブラの鳩尾に叩き込んだからだ。
「うがあぁぁぁっっ!!!」
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