波乱の初依頼 ④
その声に視線を向けるとこれまで見てきた草原の草とは違う少し青みがかった草が群生している一角が目に入った。
そこに駆け寄ったヒーリアは鞄から一冊の本を取り出しその内容と目の前の草を目を輝かせながら見比べていた。
「見つけちまったか。次の宿題にしようと思ったんだがなぁ」
「すごい!どうして分かったの?」
「これのおかげです!」
そう言うと得意げに一冊の本を見せてきた。
「療術入門?」
「はい!リピュエ様が書かれた療術の教本です!」
「リピュエ様?それってお父さんの…」
予想外なところから出てきた懐かしい名前。
それはかつて父が話してくれた旅の仲間の名前だった。
"療術士リピュエ"
シャルステッド率いる勇者パーティーに所属していた療術士で仲間達を最前線で治療してきたとても頼れる人だったらしい。
怪我を気にせず戦えたのは彼女のおかげだったと懐かしそうに話していた父の横顔は今でも鮮明に覚えている。
「ちょっと見せてくれねぇか?」
「どうぞ」
本を受け取ったリロイはそれをパラパラと流し読み始める。
ベリスも後ろから覗き込んだがその内容は圧巻の一言だった。
「すげぇな。あこぎな療術士が消えるわけだ」
「おぉっ!真画がいっぱい!」
入門と銘打たれているだけありその内容はとても分かりやすい。
療術の歴史から基礎療術の使い方に始まり人体の構造や薬と薬草の知識、怪我や病気の症例とその対処法等を真画を交えて解説するとても堅実な本だった。
当然その中にはヒーリアが見つけた薬草も載っている。
ベリスも前知識として薬草のことも勉強したが本に書かれていたのは薬草のスケッチだけ。
精密な真画を見て学んだならすぐに見つけられたのも頷ける。
「ありがとよ。本当にすげぇ人なんだな」
「はい!私の憧れです!」
リロイから本を受け取ったヒーリアははにかんだような笑顔を見せる。
「そんな人が仲間だったなんて…。やっぱりお父さんはすごいなぁ」
「すごいなんてものではありません!!」
「うひゃあっ!?」
リピュエについて思いを馳せていると突然ヒーリアが詰め寄ってきた。
「リピュエ様はかつてヤクラエ教の療術士として活躍していましたがもっと多くの人を救えるようになりたいとシャルステッド様の仲間となって魔王討伐に加わったとても偉大な御方なんです!療術士としての力もさることながらそれを驕らぬ気高さと優しさはまさに女神!今は王都で療術院の院長をされているそうでイルタ様を見つけたらいつかお会いしたいと常々…」
「分かった!分かったから落ち着いて!」
「はっ!…すみません!!」
「はっはっは!!憧れの人ってのはいいもんだ!」
「それじゃあ早速…」
先陣を切ろうとしたヒーリアにリロイが待ったをかけた。
「ちょい待ち!記念にこいつを撮ってみねぇか?」
そう言いながら背負ったバッグを漁り、少し手に余るほどの四角い箱のようなものを取り出した。
「写景機!?」
それは真画を撮影する魔道具、写景機だった。
これも知識としては知っているが実物を見るのは初めてだ。
「リロイさんってお金持ちなんですか?」
「金持ちぃ?」
ヒーリアの問いにリロイは心底意外そうな表情を見せる。
「魔鋼銃も写景機もすごく高いじゃないですか」
「はっはっは!!自慢じゃねぇがその日暮らしの根無し草さ。こいつらも型落ちのガラクタを買い叩いて直しただけだ」
「直せるなんてすごいです!」
「型は古いが問題なく動くぜ。さっ、寄った寄った!」
二人に並ぶよう身振りで指示するリロイ。それに従って並ぶ途中でこれから摘む予定の薬草が目に入った。
「あのっ!薬草も写してもらえませんか?」
「あっ、いいですね」
「よし!じゃあ薬草の前に立ってくれ」
薬草を背にヒーリアと並んで立つよう位置の微調整を行いついに撮影が始まる。
「表情固いぞー。にっこり笑えー」
「「こうですかー?」」
「よし!じゃあこっちを見てくれ」
二人で満面の笑顔を浮かべてリロイがいる方を見る。
ベリス達に写景機を向けて上部のボタンを押すと閃魔鋼で作られたレンズが発光し、水面を打つような音が二回鳴る。
写景機を半回転させて何か操作した後リロイが小走りでやってきた。
「ほら!よく撮れてるぜ!」
「わぁっ!」
リロイが手渡してくれた真画には薬草の前で華やかな笑顔を咲かせる二人が写っていた。
型落ち品と言っていたがもらった真画には粗や異常はない。
まさに時間と風景をそのまま切り取ってきたかのような素晴らしい出来栄えだった。
「ありがとうございます!家宝にします!」
「はっはっは!!大袈裟だなぁ」
「私も大切にします。今日のことも、リロイさんのことも忘れません」
「なんか俺、死んだっぽくなってない?」
「い、いえ!そういうわけでは…」
ヒーリアが慌てて弁明しようとした…その時だった。
腹の虫の小気味よい鳴き声が平原に響き渡った。
「あぅっ!またぁ…?」
「あははっ!先にご飯食べちゃおっか」
「くっくっく…」
「リロイさん?」
突如不気味な笑い声を上げ始めたリロイに困惑の眼差しを向けるヒーリア。
リロイは腰のポーチに手を入れて不敵な笑みを浮かべた。
「待ってたぜぇ。この時をよぉ…」
「えっ?」
「こいつを食らえぇっ!!」
「おいしーい!!」
「クッキーみたいで食べやすいです」
「だろぉっ!じゃんじゃん食ってくれ!」
「はい!」
座りやすそうな石に腰掛けた三人はリロイがポーチから取り出した見たことのない食べ物を食べていた。
それは人差し指ほどの長さの長方形に成形され固めに焼かれたクッキーのようなものだった。
少しぱさつくのが難点だが噛めば口の中でしっとり崩れてほのかな甘みが口いっぱいに広がっていく。
ただのクッキーかと思いきやその中には細かく刻まれたドライフルーツやナッツ等が入っており味も食感も飽きが来ない。
「昨日話したニエラっていただろ?あの子が作ったんだ」
「作った!?ニエラちゃんってパティシエなんですか?」
「あっはっは!!違う違う!ニエラは錬金術師だ」
「ということはただのクッキーじゃないんですか?」
ヒーリアの問いによくぞ聞いてくれたと言わんばかりに大きく頷く。
「おう!こいつは冒険者向けの携行食!その名も【ジュールフレンド】だ!詳しいことは知らんが栄養があるものを練り込んだって言ってたぞ」
「すごーい!これならいっぱい持っていけて便利ですね!」
「味も美味しくて食べやすいです。前に食べたものは…その、靴みたいな味で食べきれませんでした」
「気に入ってもらえてなによりだ!ニエラも喜ぶだろうよ」
冒険者にとって食は命であると同時にできる限り減らしたい荷物でもある。
食料や食材を詰めすぎるとかさ張って荷物が重くなり減らせばいざという時に飢えてしまう。
このジュールフレンドはそれらの問題を全て解決してくれる画期的な発明品だ。
これならすぐに食べられる上にさほどかさ張らず、ナッツやドライフルーツがそれぞれ異なる味と食感を楽しませてくれて食べ飽きない。
これがもっと広まれば冒険者だけでなく軍や隊商も大助かりだろう。
「お父さん。世界って、本当に広いんだね…」
偉大な先人達の功績に触れ、父が目指したがった理想の大きさを再認識したベリスだった。
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