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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
ベリス -青嵐の冒険者-
17/47

2人の1人目 ③

 それが第一印象だった。


 目の前にいる少女は天使のようなこの世ならざる美しさを兼ね備えていたからだ。


 背はアンナとさほど変わらない。年もそう変わらないなら十歳前後だろう。


 まず目を引くのはその髪。


 染み一つない純白のドレスのような銀髪を腰ほどまで伸ばし、その毛先は青、黒、緑と様々な色が層を成して混ざり合ったような不思議な色をしている。


 囁くように歌いながら月を見上げる瞳は月明かりに照らされた湖畔の如き澄んだ青に彩られていた。


 とても幻想的で現実味のない出で立ちの少女だがその神々しさに拍車をかけているのが周囲に集まったフクロウの群れ。


 切り株に腰掛けて歌う少女の傍で彼女の歌を聞きにきたかのように寛いでいる。


 その姿はまさしく月夜の天使。


 一瞬夢かとも思ったがこうして立っているだけで震えるほど寒いこと、向こうも簡単な寝間着姿なことから夢ではないことが分かった。


「っ!!」


 草を踏み締める音を察知したのだろう。


 集まっていたフクロウが飛び去り少女が驚いた様子でこちらを見た。


「邪魔してごめんね」

「…もしかして、うるさかったですか?」

「ううん!すごく綺麗だったよ!」

「あ、ありがとうございます」


 そこで会話は途切れ二人はじっとお互いを見る。


「眠れないの?」

「はい。ライブが楽しくて…」

「ライブ?あっ!もしかして旅芸人の…」

「はい。私はラディニア。ライブロック一座で前座をやらせてもらってます」

「わたしはベルナリス。ベリスでいいよ」

「私もラニでいいです」

「うん!よろしくね、ラニ」


 握手を交わそうと少女、ラディニアへと歩を向ける。


 もうすぐで手が届く。


 その距離まで近づいたところではたと足を止める。


 自分の体内から響いているとしか思えない奇妙な高音を捉えたからだ。


「えっ?」


 突如鳴り響いた謎の音に思わず胸を押さえる。


 まるで鉄と鉄を打ち合わせているかのような高音の正体を探るべく周囲を見渡すが何もない。


 断続的に響く音は少しずつ小さくなりそうかからないうちに完全に消えた。


「何…?」


 再度周囲を見渡しているとラニも同じように辺りを見渡していることに気付く。


「今の聞こえた?」

「はい。ベリスさんもですか?」


 ベリスは静かに頷く。


 今の音は一体何なのか。その出所と正体について考えを巡らせているうちにあることを思い出した。


【貴女様には目の前の人物が勇胤か否かを見極める術がございます】


 つい今朝のことなのに遠い昔のようにも思える旅立ちの時。


 あの時パライトはそう言った。


 自分の内から響いてきた甲高い謎の音。その音を出せるものに心当たりもある。


 体内に収納している王家の剣だ。


 もしあの音が勇胤かどうかを見極める方法だというならこの子が…


「勇胤…」





「へぇ。ラニ達も王都に行くんだ」

「はい。記念祭までこの辺りを回って宣伝するんです」

「じゃあいつか聞けるかもだね!」

「是非聞きに来て下さい!」

「うん!」


 同じ切り株に腰掛け満天の星空と月明かりをランプに語り合う。


 今日旅立ったばかりだということ、ラニから見た一座の話、今日の舞台の話…。


 半分血が繋がっているとはいえ会ったばかりの他人。それでも話が弾むのは血の絆かはたまた相性か。


 ラニが勇胤かどうかという話は伏せることにした。


 先ほどの音が勇胤を見分ける方法だという確証がないのもあるが勇胤のことをこんな小さな子供に話すのが憚られたからだ。


 話し始めてどれほど経っただろうか。


「くしゅっ!」


 ラニが口元を両手で押さえ小さなくしゃみをした。


「引き止めちゃってごめんね。寒かったよね?」

「いえ。このくらいへっちゃらです」


 にこりと笑って胸の前で両手を握るラニ。寒さのせいかその手は雪のように白い。


「付き合ってくれてありがとう!すごく楽しかったよ!」

「私も楽しかったです。…あの、ベリスさん」

「何?」

「一曲歌ってもいいでしょうか?ベリスさんに門出の歌を歌いたいんです」

「…っ!!いいの!?うん!是非お願いします!!」


 ベリスが勢いよく頭を下げるとラニは安堵したようにはにかんだ。


 切り株をステージに見立てて立ち上がったラニから少し離れて様子を窺う。


 ラニは咳払いを一つして深く息を吸い…


「~~~♪」



 どこまでも続く広大な平原が目の前に広がった。



 当然そんなことはなく、現実では荒涼とした夜闇の中でラニが歌っている。


 彼女の歌はそんな光景を幻視するほど真に迫るものだった。


 歌自体は凝ったり捻ったような歌詞はなく旅立ちを連想する言葉を詰め込んだ無難なものだったが特筆すべきはその歌声。


 耳元で囁くような低音と無理なく耳に染み渡るような高音を自在に使い分け朗々と門出を祝すその歌声を聞いているだけで見えない手に背中を押されている気分になってくる。


 ラニの声に背中を押され一瞬だけ見えたあの平原をあてもなく走り続ける。


 そんな自分を想像するだけで心の底から前に踏み出そうという勇気が湧いてきた。


「…ふぅっ」


 楽しい時間はあっという間に終わる。


 ラニは最後の一節を歌い終え息を吐く。


 ほんのわずかな余韻の後、ベリスは贈られた歌に見合う以上の拍手を贈った。


「すごいすごーい!!」

「あ、ありがとうございます…」

「素敵な歌をありがとう!明日から頑張れそうだよ!」

「そう言ってもらえて嬉しいです」

「…っ!よしっ!決めた!!」


 ベリスはラニに近づき小指を立てた右手を差し出す。


「ラニ!記念祭でまた会おう!今度はお客さんとして聞きに行くよ!」

「…っ!はい!私ももっとうまくなれるよう頑張ります!」


 星空の下でささやかな約束が交わされる。


 ベリスもラニも知らないことだがラニはシャルステッドが遺した最後の勇胤。


 今ここに最初と最後の勇胤の邂逅が果たされたのである。




 ―翌朝―


 ベリスが目を覚ますとベッドにヒーリアの姿はなかった。


 姿は見えないが何も心配することはない。


 すぐ近くで彼女の声が聞こえるからだ。


「この方を見ませんでしたか?」

「さぁねぇ。こんなかわいい子なら絶対覚えてるよ」

「あら?人探し?」

「はい。イルタ様というんですが…」


 ベッドから半身を起こして辺りを見回すと女性客にイルタのことを聞いて回るヒーリアの姿があった。


 大抵の人は快く答えてくれるのだが昨日の男性のように邪険に扱う人間も少なくはなかった。


 それでも気落ちすることなく果敢に聞いて回るヒーリアに元気をもらいながら出立の準備を整えるのだった。




 馬宿を後にした二人は雑談を交わしながらイッチバへ向かう街道を歩く。


 その途上でライブロック一座の話をする機会があった。


「一座の人達もう行っちゃったの!?」

「朝一番で出立したらしいですよ」

「そっかぁ…。でも、楽しみが増えたね」

「はい!また会えたらいいですね」

「会えるよ。いつかきっと、ね」


 また会う時には冒険者になってもっと仲間が増えているかもしれない、ラニも前座からメインに昇格しているかもしれない。


 いつか来るであろう再会がどんなものになるか思いを馳せながら自分の道を歩く。


 再び道が交わるその時を待ち侘びながら。


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