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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
ベリス -青嵐の冒険者-
16/47

2人の1人目 ②

 療術士、ヒーリアが加わり幸先のいいスタートを切れたベリス一行は街道沿いに歩を進めついに今日の目的地である馬宿へと到着した。


 ヒーリアに会った頃には真上にあった太陽も今は夕焼けを残して沈み夜の帳が微かに残った光を飲み込もうとしていた。


 馬宿は夜でも煌々と明りが照っており、遠目からでもそれが目的地であることが分かる。


 だが、近づくにつれ二人はある違和感に気付く。


「…?賑やかだね」

「ですね…」


 違和感の正体。それは馬宿の外にいる大勢の人影だった。


 春になったとはいえ夜はまだまだ寒く一寸先も見えないほど暗い。


 そんな中大勢の人間が好き好んで外に出るとは思えない。


 何かあったのかと首を傾げながら馬宿を目指していると突如万雷の拍手が鳴り響いた。


「ブラボー!おぉブラボー!!」

「最高だったぜーー!!」

「アンコール!アンコール!!」


 馬宿の外に詰め掛けた人々は口々に熱狂を叫んでいる。


 馬宿に到着したベリスは近くにいた男性に事情を聞くことにした。


「あのっ、すみません。すごく盛り上がってますけど何かあったんですか?」

「うん?もしかして、今来たのかい?」

「はい」

「かぁっーーっ!!残念だったなぁ!」


 男性は額に手を当ててとても残念そうに呟いた。


「旅芸人の一座が歌ってたんだ!」

「旅芸人!なんだか冒険者みたいですね」

「あぁ!町から町へ歌い渡る。まさに渡り鳥だ…な」


 先ほどまで楽しげに談笑していた男性の表情から笑みが消えある一点に視線が固定される。


 不信に思い視線を追うとヒーリアが首に下げたペンダントにたどり着く。


「ちっ!」


 男性は舌打ちをしてベリス達から離れていった。


 彼の態度はヒーリアにも伝わっていたらしく今にも泣きそうな表情を浮かべて顔を伏せた。


「ヒーリア?」

「あ、あのっ!早く入りませんか!?私もう疲れちゃって…」

「う、うん…」


 わざとらしく急かすヒーリアに気圧され半ば押し出されるように馬宿へと入った。


 その途上、ペンダントを力強く握り締めたのをベリスは見逃さなかった。



「本当最高だったな!」

「あぁ!前座の子もすごかったよな!」

「ありゃ大物になるぜ!!」



馬宿の中は先ほどの旅芸人の話で持ちきりだった。


食事を取るためのテーブルは満員御礼。そこに座した人々はエールを片手に見たばかりの大道芸の感想を口々に言い合っていた。


当然話題は旅芸人だけではない。


「聞いたか?クレーヌ王女が峠の山賊を退治したらしいぞ」

「これで商売がやりやすくなる!王女様々だな!」


「白銀の悪魔って知ってるか?プリド城を落としたのはそいつらしいぜ」

「馬鹿言え!悪魔なんているわけねぇだろ!」


耳を澄ませば聞こえてくる遠い土地の話。


そのどれもが新鮮で心躍るものだったが素直な心で楽しむことはできなかった。


ヒーリアが客の視線を気にするように自分の背に隠れていたからだ。


同じヤクラエ教徒を頼るのを躊躇ったり男性の態度が急変したりと何かがあるのは短すぎる付き合いでもよくわかった。


それはヒーリア個人ではなく所属する組織、ヤクラエ教に関係することなのだろう。



ヤクラエ教


簡単に言えば空になって下天に生きる人間を見守る神を信奉する宗教だ。


その歴史はとても古く大昔は信仰の力をもってアメレア大陸を支配する勢力の一角を担っていたこともあった。


時代の変遷と魔物の脅威の拡大によって徐々に求心力を失ったが全盛期には遥か昔のカヌレーニュ国王に頭を下げさせたこともあったのだとか。



王女教育の一環でヤクラエ教のことも教わったが最近の情勢までは掴めていない。


何が起きているか気になったものの今は休むことが先決だとさっさとチェックインと簡単な夕食を済ませ床に就くことにした。


「狭くない?」

「大丈夫です」

「ごめんね。ベッド1つしか取れなくて…」

「ベリスさんのせいじゃないですよ」


その夜。


二人は奇跡的に取れた一つのベッドに身を寄せ合い眠ることとなった。


二人で寝れば寝返りを打つのも精一杯なほどだがそれでも家のベッドよりは遥かに大きく毛布もふかふかで暖かい。


密着したヒーリアの体から伝わる温もりと柔らかさ、少し香のような匂いが混じった香りに安らぎを覚えているとヒーリアがぽつりと訊ねてきた。


「聞かないんですか?」


唐突な質問に少々面食らうも口元を緩ませ穏やかな笑みを浮かべる。


「わたしだって話してないこといっぱいあるもん」

「ヤクラエ教のこと、どう思いますか?」

「んー…有名な宗教なんだなーって」


ヒーリアは落胆したように目を逸らす。


表情から相手の考えを読み取る方法を学んだベリスにとってそれはあまりにも読みやすい顔だった。


恐らく何も知らないから優しくしてくれるのだと思っているのだろう。


それは当たっているし外れてもいる。


「べ、ベリスさん!?」


言葉を尽くす代わりにヒーリアを包み込むように抱き締める。


いつも母がそうしてくれたように。


最初は困惑していたヒーリアだったが時間が経つにつれて体から力が抜けていく。


「ヒーリアは何もしてないんでしょ?」

「えっ?」

「大切な人のために飛び出せる優しい人だもん。嫌われるようなことするなんて思えないよ」

「…」

「わたしはわたしが見たヒーリアを信じる。それじゃダメかな?」


答えはなかった。


背中に腕を回して抱き締め返してきたヒーリアの頭を優しく撫でながら自分の秘密について考える。


勇者の娘でグレアリオ王家の子孫であること、王家の剣の契約者であること、世界中に自分の妹がいるかもしれないこと…


ヒーリアが何かを隠しているように自分も多くのことを隠している。


互いに自分の秘密を打ち明けられる日が来るかは分からないが来なかったとしても隣で笑い合える仲間であり続けたい。


そんなことを考えながら頭を撫でること数分。よほど疲れていたのかヒーリアは深い眠りに落ちた。


それを見届けて腕を離し自分も寝ようと瞼を閉じようとした…その時だった。


「…歌?」


ベリスの耳に小鳥の囀りのような綺麗な音が流れ込んできた。


耳を澄ませて音の出所を探る。どうやら外から流れているらしい。


「ちょっと見てくるね」


夢の中にいるヒーリアに断りを入れ、ベッドを抜け出して馬宿を出た。


「さむっ…」


春とは言え夜はまだ冷え込む。


何か羽織ってくればよかったと後悔しながら声のする方へと向かう。


その出所は宿の裏手、馬を留めておく馬房がある方向だ。


寒さに耐えながら裏手に回りついに音の主を視界に捉える。


荒涼とした寒空に震えるベリスの前に…



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