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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
ベリス -青嵐の冒険者-
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第三話 2人の1人目 ①

 王都までの辻馬車が通っているイッチバは街道が整備されており、その中継地点には人と馬が休める馬宿がある。


 最初の目的地はその馬宿だ。


 些細ながらも確かな一歩を踏み出したベリスの冒険は…


「はぁっ!はぁっ…!」


「へへっ!もう逃げられねぇぜ!」


「逃がすなよ!療術士は高く売れるからな!」


 開幕から波乱に満ちていた。


 馬宿を目指すベリスの耳が捉えたのは人の悲鳴。


 その音を頼りに駆けつけると追い詰められている少女と三人の屈強な男達の姿があった。


 気配を殺して男達の背後に回りながら少女を観察する。


 年は自分とそう変わらないように見える。


 肩まで伸びたふわりと膨らんだ紫がかった桃色の髪は呼吸に合わせて小刻みに揺れ、朝焼けのような赤い瞳は恐怖に見開かれている。


 目鼻立ちが整った美人なのは遠目からも見て取れたが気になったのがその服装。


 胸の前で強く握り締められた三尺ほどの杖の先端には紫色の水晶玉のようなものが施されている。


 恐らく移動を補助するためのものではなく魔力を増幅して魔法を使うための道具、発動器(はつどうき)なのだろう。


 白を基調としたクロークの上にローブを羽織った姿は旅人というよりも敬虔な信徒のように見える。


 どの修派かは一目で分かった。彼女の首にかかったペンダント。あの紋章は…


「例の大当たりかもしれやせんぜ!」

「そりゃいい!当分遊んで暮らせるぜ!おら来いっ!!」

「いやぁっ!!」


 男の腕が少女のか細い腕を掴む。


 か弱い少女が大の男に勝てるわけがなく抵抗虚しく引きずられていく。


「っ!!」


 足音を立てず駆け出し少女の腕を掴むリーダー格と思わしき男の背後を取る。


 そして腰のベルトに納まったナイフを引き抜き男の首筋に突きつけた。


「そこまでです」

「なっ!?」

「こいつどっから!?」


 ベリスの存在に気付いた男達の顔が驚愕と動揺に染まる。


 リーダー格の男は首筋から冷や汗を流しながら動きを止め、後ろに控えていた男達もどうすればいいか分からず互いに顔を見合わせている。


「下郎。その手を離しなさい」


 威圧感たっぷりの王女モードでリーダー格の男に命令する。


 男は少女から手を離しゆっくりと両手を挙げた。


「武器を捨てなさい」

「お前ら…頼む!」


 リーダー格の男が肩越しに振り返って懇願する。


 異常事態の連続で正常な判断能力をなくした二人は腰に差した剣とナイフを地面に置いた。


 それを確認したベリスはナイフを突きつけたままリーダー格の男の前に回り込み少女を庇うように前に立つ。


「消えなさい」

「…」

「早く!!」

「ひ、ひいぃーーっっ!!」

「待ってよ旦那ぁー!」

「置いてかないでくれぇーー!!」


 完全に場に呑まれた三人はベリスの一喝で蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 その背を見届けたベリスはナイフを納めて少女と向き合う。


「大丈夫?怪我はない?」

「えっ?あ、あの…ありがとう、ございます」

「えへへっ!どういたしまして!」


 少女を安心させようと微笑を返す。


 少女は未だ現状を把握できていないのか呆然とした面持ちでベリスをじっと見つめていた。


「わたしはベルナリス。ベリスでいいよ」

「えっと、ヒーリアです」


 ベリスが手を差し出すと少女、ヒーリアはおずおずと手を握り握手を交わす。


 その手は小刻みに震えており、まだ恐怖が抜け切っていないことを物語っていた。


「助けて下さって本当にありがとうございます。ベリスさんがいなければどうなっていたか…」

「えへへっ、どういたしまして」

「あのっ、一つ聞いてもいいでしょうか?」

「何?」

「ベリスさんは冒険者なんですか?」


 ヒーリアはベリスの頭からつま先までを見ながら問いかける。


 要所を守る防具に身を包んだこの姿を見れば大抵の人間はそう思うだろう。しかし、残念なことにまだ冒険者ではない。


「ううん。違…」


 言いかけたベリスの右手を両手で包むように握ったヒーリアがぐっと身を寄せてきた。


「どこかでイルタ様を、イルタ様を見ませんでしたか!?」

「…誰?」


 訳が分からず固まるベリスにヒーリアは興奮した様子でまくし立てる。


「イルタ様は我らヤクラエ教の空巫、カタリア様のご息女でヤクラートスにいた頃は年が近いこともあって私が世話役を任されていました!ジザスト司祭が亡くなってすぐにウィズム司祭のもとに身を寄せていたんですが去年起きたカルトダ教徒の襲撃の際カタリア様の偽物に連れ去られたと聞いていてもたってもいられず…!!」

「待って待って!一旦落ち着いて!ねっ?」

「はっ!す、すみません!!」


 いつの間にかベリスの両肩を持って力強く揺さぶっていたヒーリアを押し止める。


「つまり、大切な人を探してるってこと?」

「はい!」


 勢いよく頷くヒーリア。極度の緊張状態から解放されたことがそうさせたのだろう。


「…あっ」


 春の空に小さな虫の音が響き渡った。


「ふふっ!」

「笑わないで下さい!」

「ごめんごめん!ちょっと遅いけどお昼にしよっか?お弁当、一緒に食べよ?」

「いいんですか!?ありがとうございます!」


 どんな訳があろうと腹は減る。


 ベリスは何やら訳ありらしい少女、ヒーリアと来た道を引き返し街道へと戻った。



 フォルナが持たせてくれたサンドイッチを一緒に食べながら今日の目的地である馬宿を目指す。


 その道すがら、二人はお互いの境遇を語り合った。


「えぇっ!?さっき出発したばかりなんですか?」

「うん。期待させちゃってごめんね」

「いえ。私が早とちりしただけですから…」

「イルタちゃん、だっけ?似顔絵とかないの?」

「はい!この方です!」


 そう言うとクロークのポケットから一枚の小さな紙を取り出して手渡してきた。


「おぉっ!かわいい!」


 受け取った紙にはこちらに満面の笑みを向けるかわいらしい女の子が描かれている。


 それは絵と呼ぶにはあまりにも精巧で風景を切り取って持ってきたと言われても信じてしまいそうだった。


真画(しんが)だ!初めて見たよ」


 写景機(しゃけいき)という魔道具を使って風景をそっくりそのまま写し取った絵を真画という。


 知識としては知っていたが実物を見るのは初めてだ。


 年は自分よりも幾分か幼い。見たところ十歳かその辺りだろう。


 たわわに実った小麦畑のような豊かなブロンドヘアーを肩より少し下まで伸ばし、どこまでも広がる青空のような青い瞳は満足そうに細められ幸福の中にいることが窺える。


 その後ろには同じ金髪を持った妙齢の女性がいる。


 恐らく母親だろう。


「どうですか?」

「…ごめん」


 残念な知らせを受けたヒーリアは目に見えて落胆する。


 期待を裏切って申し訳ないが嘘をつくわけにもいかない。ままならない気持ちをサンドイッチと共に飲み込んだ。


「ベリスさんは冒険者になるんですよね?」


 ヒーリアは真画をポケットにしまいながら問いかける。


「うん!」

「依頼のために色んな場所を旅しますよね?」

「多分…」


 そう答えるとヒーリアは突然立ち止まってベリスに向き直った。


「お願いします!私をパーティーに加えて下さい!!」

「えっ?…えぇっ!?」

「まだまだ未熟ですが療術の心得もあります!ベリスさんのお役に立てると思います!」

「待って待って!気持ちは嬉しいよ。でも、本当にいいの?もっと強い人に頼んだ方がいいんじゃない?」


 先ほどの男が言っていたように療術士の需要は高い。


 魔物だけでなく盗賊や外道に堕ちた冒険者等が蔓延るこの時代において人の傷や病を癒せる療術士はとても貴重な存在なのだ。


「ベリスさんとっても強かったじゃないですか!」

「向こうが油断してただけだよ」

「それでもすごいです!それに、強くても信じられるとは限りませんし」

「あー…」


 その一言で納得した。仲間を募集して先ほどの男達のような輩に引っかかる可能性を危惧しているのだろう。


「一旦戻って人集めたら?」

「それは…」


 ヒーリアは言い淀んで言葉を切る。


 目を逸らし顔を伏せる姿にこれ以上追及されたくないことなのだと察した。


 どうしようかなぁ…


 ある程度修行を積んできたとはいえ一人旅はやはり不安で寂しく、どんな形でも仲間がいてくれた方が心強い。


 しかし自分一人すら守れるか分からない状況で他の誰かを守るきれる自信はあまりない。


 自分の寂しさを埋めるためだけに無責任な安請け合いをしていいものだろうか…?


 ヒーリアを不安がらせないよう表情に出さずに考えた末…


「…わかった」

「えっ?」

「よろしくね。ヒーリア」


 快く右手を差し出した。


 いざとなれば自分が盾になればいいだけだ。


「…っ!!はいっ!よろしくお願いします!!」


 改めて差し出した右手をヒーリアは力強く握り返す。


 こうしてベリスに初めての仲間ができた。

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