惜別の朝 ④
「幻滅するかもしれないわよ?」
「いいところしか見られないなんて家族じゃない」
「分かったわ...」
慈しむような笑みを向けた後、フォルナはゆっくりと語り始めた。
「復興の手伝いをしていたシャルが王様に呼び出されたことから始まったわ」
「王様に!?」
「そこで魔物の脅威に備えるために多くの子を成してその血を残してほしいって頼まれたの」
「それで子沢山...」
「そんなの不誠実だし人道に反してるって最初は断ったそうよ」
「じゃあなんで受けたの?」
「将来を心配する気持ちは王様と同じだったからよ。私達の約束のことは覚えてる?」
「村に戻ったら結婚しよう!でしょ?もう聞き飽きたよ」
それが旅に出るシャルステッドがフォルナと交わしたという約束だ。二人共その話を事あるごとにしてくるのですっかり覚えてしまった。
「その約束を守るためでもあったの。お貴族様や外国の王族にも求婚されてたって言えばわかるかしら?」
「あー...」
その言葉で完全に理解できた。
そういうことなら平民であるフォルナと結婚したいと思っても周りが許さないだろう。
「だから王様に条件をつけたの。最初の1人を自分で決めてその人と結婚するって」
「それでわたしが生まれたんだ...」
確かにこれは子供の自分には理解できなかったかもしれない。
改めて今自分がここにいる奇跡に心の中で感謝するベリスだった。
「お母さんは...お父さんのこと好き?」
「えぇ。愛してるわ」
「じゃあ、どうして許したの?嫌じゃなかったの?」
フォルナはしばしの沈黙を経て口を開いた。
「嫌じゃなかったって言えば嘘になるわ。いい気はしなかったわね」
「じゃあどうして...」
「私が嫌なら断るって言ってくれたわ。でも、将来生まれてくる子供...あなたを守るためには必要だと思ったの」
「わたしを?」
「魔王を倒してもすぐに平和は戻らなかった。この村も若い男手はほとんど兵士に取られて残された私達は毎日のように怯えて暮らしてたわ」
「...」
昔は今以上に魔物が多く狩りどころか木の実を拾うことすら一苦労。
更に盗賊等の外敵に備えて毎日が戦争のようだったと村の老人達から聞いたことがある。
「だからかな?シャルの血が欲しいって人達の気持ちも分かったの。魔王を倒せるほど強い人の子供なら自分達を守ってくれるしね」
「お父さんすっごく強かったもんね」
ベリスが覚えている限り父が魔物退治で負傷したことは一度もない。
デッカグマだけでなくどこかから迷い込んできたオークやオーガすら無傷で討伐してみせた。
魔物に怯える村人にとって父はまさしく勇者だったのだ。
「その子供が世界中にいれば強い魔物を倒してくれるし魔王が復活しても皆で力を合わせれば倒せるかもしれない。そうなれば私達も安心して暮らせるって思ったの」
「そっか...。大変だったんだね」
「そうね。大変だったわ」
激動の時代を生きた当人達にしか理解できない価値観があるのだろう。
数え切れないほどの勇胤を生み出した事実を知りながらもなお真っ直ぐな目で愛してると言える母の強さを再確認したベリスだった。
そろそろ寝ようかと鎧を脱ごうとしたその時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰かしら?」
「私が出る」
席を立ちドアを開ける。漆黒の闇が広がる外に人の姿はない。
「誰だった?」
「誰もいないよ。風じゃ...」
風じゃない?
そう言い切らないうちに右腕を水平に上げ人差し指と中指を広げて後ろに向ける。
次の瞬間、広げた指が振り下ろされた木の棒を捉えた。
「見ずに取るとはのぅ…」
「こんばんは。パラ爺」
真夜中の訪問者、パライトは木の棒を放り捨てると二人に向けて恭しく一礼した。
「王妃様、王女様。夜分遅くに拝謁する無礼をお許し下さい」
「こんな時間にどうしたの?」
「王女様。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
フォルナに視線を送ると快く頷いてくれた。家を出て家の裏手に回るとパライトがベリスに向かって跪く。
「いよいよ明日ですか。本当にご立派になられましたな」
「あ、ありがとう」
「老骨に鞭を打ち鍛え上げた甲斐がありました。今の貴女様であれば立派な冒険者となれましょう」
今夜のパライトは師匠ではなく近衛騎士として来たらしい。
それに気付いたベリスは咳払いをして背筋を伸ばし改めてパライトに言葉を贈る。
弟子のベリスではなくグレスカンドの王女として。
「パライト」
「はっ!」
「これまでの働き、誠に大義でした。今の私があるのは貴方達の尽力あってのもの。私達を影ながら支え見守って下さりありがとうございます」
「もったいなきお言葉...!身に余る光栄にございます」
「留守は貴方に任せます。お母様や村の皆様をどうかお守り下さい」
「はっ!その任、身命を賭して全う致します!」
ベリスの言葉を胸に刻み込むかのように深々と頭を下げるパライト。
赤ん坊だった父をファマリ村に連れてきてから今日までずっと傍で見守ってくれた忠義に報いられるものが言葉だけしかないのが心苦しい。
今はまだ何も渡せないが冒険者稼業が安定して金ができたら形に残る褒美を取らせよう。
旅に出る理由がまた一つ増えた瞬間だった。
「今宵は渡したきものがあって参りました」
そう言うと腰のベルトに挟んで持ち運んでいたものを抜いてベリスに差し出した。
それは五年前に見たあの王家の剣だった。
「これは貴女様の物でございます。どうかお納め下さい」
ベイアーが持っていた時のようなただの鉄の剣と遜色ないそれを手に取った。
...その時だった。
「...っ!?」
刃が眩いばかりの光を放ち輝き出したのだ。
あまりの眩しさに目が眩み危うく剣を取り落としそうになる。だが、抜き身の剣を手放しては危ないという思いが柄を握る手に力を与えてくれた。
どれほどそうしていただろうか。
光が鎮まるまで薄目で耐えているうちにようやく光が弱り周囲が元の静けさを取り戻した。
恐る恐る目を開けると予想だにしない変化が飛び込んで来た。
「綺麗...!」
ベリスが握っていた剣はほんの一瞬で大きく様変わりしていた。
市販の鉄の剣と何ら変わらなかった刀身はあの日と同じように見る角度によって色が変わる極彩色に染まっている。
変化は刀身だけではない。
柄頭には刀身と同じ色の丸い宝石が納まっており、飾り気がまるでなかった鍔には薄い皮膜と鋭い翼爪を持った何かの羽が大きく広げられた意匠が凝らされている。
その羽には見覚えがあった。ドラゴンの羽だ。
大きく姿を変えた王家の剣を天に掲げる。まるで木の棒を持っているかのように軽い。
「剣が本格的に主と認めたようじゃな」
掲げていた剣を下ろすと村人に戻ったパライトは一呼吸置いて話し始めた。
「心身共に強くなったお主を主と認めたことで新たなる権能を使えるようになったんじゃ」
「お父さんの剣もこんなだったの?」
「うむ。またこの姿を拝めるとは...。お懐かしゅうございます」
感極まったのか俯いて目頭を押さえるパライト。
「これで皆を守ってきたんだね」
「うむ。だからと言って陛下と同じ道を歩む必要はないぞ。今はお主が契約者じゃ。剣を振るう意味は己で考えよ」
「うん!...ねぇパラ爺」
「なんじゃ?」
「これって鞘とかないの?」
どんな名剣も抜き身では持ち運べない。
これほど立派な剣だ。さぞかし立派な鞘があるのだろう。
そんな期待を込めた視線を向けるもパライトの返答は思いがけないものだった。
「ない。というよりいらぬ」
「えっ?」
「剣を貸せ」
言葉の意味が分からず困惑しながらも言われた通りに剣を渡す。
パライトがそれを手に取ると剣は再び光に包まれ瞬く間に鉄の剣へと戻った。
彼はその切っ先をベリスに向け...
「逃げるでないぞ!」
「えっ!?ちょっ!?」
情け容赦ない刺突でベリスの胸を貫いた。
「っっっ!!?????...あれ?」
目の前で繰り広げられた凶行。その結果は予想とは全く異なるものだった。
剣で胸を貫かれる瞬間を見ていたにも関わらず刺されたはずの胸には痛みも出血もなく服すら破れていない。
この時点でおかしいことだらけなのだがそれ以上におかしいのは王家の剣だ。
先ほどまでパライトが持っていたはずの剣が忽然と消えてしまったのだ。
「剣は?」
「剣を持つ姿を思い浮かべてみよ」
「えっ?う、うん」
右手を軽く握りそこに剣を握る姿をイメージする。
「えぇっ!?」
剣を持つ自分を思い浮かべたその刹那、剣はベリスの右手に納まっていた。
「王家の剣に鞘はいらぬ。契約者が鞘となり体内にしまっておけるんじゃ」
「大丈夫なのそれ!?」
「うむ。陛下も前陛下も怪我一つなくピンピンしておったぞ」
「へ、へぇ...。しまう時はどうするの?」
「体のどこかに押し込めばしまえるぞ」
試しに掌に押し付けてみる。
パライトの言う通り剣は沼に沈んでいくかのように体内に潜り込んでいった。
異物感や痛みはなく戻す前と体調は変わらない。
「おぉっ!便利だね!」
「陛下も同じ事を仰ってたのぅ」
「ありがとね。パラ爺!」
パライトにお礼を言い剣を胸にしまい込む。そして家に戻ろうとするベリスの背にパライトが小さく呟いた。
「最後の団欒になるやもしれぬ。心残りのないようにな」
「うん...」
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