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【勇者の子供たち】は時々世界を救う  作者: こしこん
見果てぬ夢の胎動
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第一話 勇者の娘 ①

 アメレア暦1415年 9月

 カヌレーニュ王国領 ファマリ村近郊の森



「あっ、あぁ…!」


 緑の絨毯を広げたような鬱蒼とした森の中、ミデルは人生最大の危機に見舞われていた。


 初めはただの好奇心だった。


 村の大人達が森の中で魔物の死体を見たと言っていたのを聞いたミデルはその死体を探しに森に入った。


 その骨でも拾って持って帰れば自慢できると思ったからだ。


 しかし、森は子供が好奇心で入っていけるほど安全な場所ではなかった。


 似たような景色がどこまでも続く森の中で出会ったのは3mはあろうかという巨体を持った魔物、デッカグマだった。


 一本一本が針のように尖った黒くぶ厚い体毛を持った怪物は恐怖に固まるミデルにずんずんと近づいてくる。


 そして悠然と立ち上がり右前足を大きく振り被った。


「うわぁーーーーっっ!!」


 振り下ろされた右前足は…ミデルを引き裂くことなく大木をなぎ倒した。


 最初に感じたのは空を飛んでいるかのような浮遊感。まるで羽が生えたかのように自分の体が宙を浮いてデッカグマから遠ざかっていく。


 次に感じたのは自分の体を優しく包み込む温もり。


 そして鼻腔をくすぐる嗅ぎ慣れた草と土の匂い。


 後ろで一本にまとめた肩ほどまで伸びた白茶色の柔らかな髪は激しい動きに合わせて生き物のように靡き、強い意志を秘めた青い瞳はまっすぐにデッカグマを見据えている。


 デッカグマの攻撃を避けて自分を助けられるような人間。


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「よかったぁ…!ミデル!怪我はない!?」

「べ、ベリ姉ちゃんっ!!」




 ベルナリス、ベリスはようやく見つけたミデルを腕に抱き、泣きじゃくるミデルの頭を撫でながらデッカグマと対峙する。


 相手は三メートルを越える大型の魔物。


 傍らには右前足の一撃によってなぎ倒された木だったものの残骸が転がっている。


 あんな攻撃を受けたらひとたまりもない。


「ベリ姉ちゃんやっつけてよ!シャルステッド様の娘なんだろ!?」


 助けてもらって安心したのか、ミデルが腕の中で威勢のいいことを言い出した。


「えぇっ!?む、無理だよ!」

「無理じゃない!重いものいっぱい持てるし畑仕事だっていっぱいできるじゃん!俺のこと見つけて助けてくれたじゃん!」

「えぇ…」


 そんな問答をしている間にデッカグマが地の底から響いてくるような唸り声を上げながらゆっくりと近づいてきた。


「お父さんが勇者でもわたしは普通の女の子だもん。魔物と戦うなんてできないよ。でもね、こんな時どうすればいいかお父さんが教えてくれたの」

「おぉっ!」

「勝てなかったら…」

「勝てなかったら?」


 ミデルを腕から背に背負い直し視線を横に向ける。目指すは木々で入り組んだ森の中。


 姿勢を低くして足に力を込め…


「逃げろ!!」

「えぇっ!?」


 大声を出すと同時にデッカグマが迫る。


 それを真横に跳んでかわしミデルを背負って森の中を疾走する。


 逃げる獲物を見て興奮したデッカグマはその巨体と重量を活かし立ち並ぶ木々を避けることなくなぎ倒しながら突き進む。


 子供一人を背負い木々を避けながら走る自分、木々をなぎ倒しながら恐るべき速度で直進してくるデッカグマ。


 逃げ切るのはまず不可能だろう…普通なら。


「しっかり掴まって!」

「おう!」


 しがみつく手に力が込められる。それを確認したベリスは大地を蹴って加速する。


 言葉にすれば簡単だが並みの人間、ましてや一介の村娘ができるような芸当ではない。


 デッカグマも追いつけないと悟ったのか諦めたように減速していった。




「ミデル!!」

「母ちゃーーん!!」


 ミデルがいなくなったことは既に村中に知れ渡っており、二人が帰ってきた時にはミデルの父が村の男達を集めて捜索に出ようとしていたところだった。


 村に戻ったミデルは泣きながら母の胸に飛びつきミデルの母も戻ってきた息子を力強く抱き締める。


「この馬鹿!みんなに迷惑かけて…!」

「ごめん!ごめんよ母ちゃん…!」

「良かったね、ミデル」


 そんな光景を眺めていたベリスの目にも涙が滲む。


 お父さんに会いたいな…


 再会を喜ぶ親子の姿に胸がチクリと痛む。


「ベリス!」


 自分を呼ぶ声に振り返ると妙齢の女性が茶色の髪をはためかせながら駆け寄ってきていた。


「お母さん!」


 ベリスの母、フォルナはその勢いのままベリスに抱きついた。慌てて受け止めるとフォルナは全身でベリスを包み込んだ。


「二人共無事で良かった…!」

「うん!」

「おう!ベリ姉ちゃんが守ってくれたからな!」

「守られて威張るな!」

「いってぇ!」


「あははっ!」


 ミデルの父が情けないことで威張る息子を小突く。村のみんなはそれが可笑しくて笑い出した。


「おっ?見つかったのかい?」


 一人の男が輪の外からひょっこりと顔を出す。定期的に村に来る行商人だ。


「ご心配をおかけしました」

「いいってことよ。そうだ!見つかった祝いにこいつはどうだい?王都で仕入れた菓子なんだが…」


 流れるように商売を始める商魂たくましさに再び笑いが起きる。


「はい!欲しいです!」

「そうこなくっちゃ!1つ100ゴードだよ」

「高っ!?パンが5個買えるじゃない!」

「はい!」


 ベリスはポケットから一枚の硬貨、100ゴードを取り出して行商人に手渡した。


「おぉっ!金持ちだねぇ」

「そのお金どうしたの!?」

「パラ爺にもらったの!お酒届けたお礼にって」

「そう。あの人が…」

「ほい。まいどあり!」

「ありがとうございます!」


 ゴードとはベリス達が暮らす国、カヌレーニュ王国を始めとした様々な国で使われている通貨だ。


 猫の顔くらいのパン一つがおよそ20ゴード。


 今しがた買ったお菓子は100ゴードでフォルナが言った通りお菓子一つでパンが5個買えることになる。


 だが、大枚をはたいてこれを買ったのは食べたいからだけではない。


「あの…、外のお話ももらえませんか?」

「あぁいいぜ!今日はとっておきの話があるんだ!」


 行商人は待ってましたと言わんばかりに胸を叩く。


「みんなー!外の話してくれるんだってー!」

「やったー!」

「俺冒険者の話聞きてー!」

「私王女様の話がいい!」


 ベリスが声をかけると村の子供達がわらわらと集まってきた。


 その間に買ったばかりのクッキーを指で割って集まってきた子供達に手渡していく。


「ありがとベリ姉ちゃん!」

「えへへっ!楽しい話には美味しいお菓子だよね!」


 行商人は子供達が集まったのを確認して咳払いする。


「今日は強い騎士様の話をするぜ!」

「騎士!!」


 村の子供達は目を輝かせながら行商人の言葉を待つ。


 様々な土地に出向いて商売をする職業柄彼らは多くの情報を持っている。


 買い物のおまけに外の話を聞くのがささやかな娯楽の一つだった。


「この大陸のずーーーっと北の方にサウタニカラってお貴族様がいるんだが、最近すげぇ騎士様が現れたらしい」

「すげぇ騎士!?」

「初陣で魔物を倒したんだとよ」

「すげぇ!」

「だろう?だが、すごいのはこっからだ。その騎士様ってのがな…」


 子供達は興味津々といった様子で顔を近づけた。


「まだ11歳の女の子だったらしいんだよ」

「すごーーい!わたしとそんなに変わらないじゃないですか!」

「うっそだぁ!そんな奴が魔物をやっつけられるわけないじゃん!」

「それができちまうんだよなぁ。なんたって勇者の…」


 行商人が言葉を続けようとした…その時だった。


「ベリス!!」

「ひゃあっ!?」


 一緒に話を聞いていたフォルナが突然大声を上げた。


「び、びっくりしたぁ…。どうしたのお母さん?」

「え、えーっと…。あぁ!そうそう!パライ…パラポンさんが呼んでたわよ」

「パラ爺が?」


 パラポンとは村外れに住む老人でフォルナとシャルステッドもよく世話になったらしい。


 その繋がりはベリスの代でも続いていてよく酒や食べ物を届けたりしているのだがベリスはパラポンが少し苦手だった。


 たまにお小遣いをくれたり彼が見聞きした外の話をしてくれるのは嬉しいのだがそれ以上に意味の分からないことを吹っかけてくるからだ。


「えぇ…。今いいところなのにぃ」

「後で俺が話してやるよ!」

「ありがとう!じゃあ行ってくるね!」


 もっと楽しい話を聞いていたいが呼ばれているなら仕方ない。


 後ろ髪を引かれつつもパラポンが住む村外れの小屋に向けて駆け出した。

初めての方ははじめまして

こしこんです

「その勇者、子沢山につき-勇者の子供たちは今日も元気です-」これより連載開始です!

応援よろしくお願いします

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