87話─サモンギア改良作戦
監獄での騒動が終わってしばらく経ち、夜。ダグラスは子飼いの部下たちを集めて、とある相談を行っていた。それは……。
「……というわけで、次は第884号から第903号までの囚人を連中に売ろうと思う。異議のある者は?」
「異議なし!」
「異議、なし」
「よし、では明日連絡を取って引き取りに来てもらうことにしよう。これだけの混乱があったんだ、多少囚人が減っていようが誤魔化しが効く」
監獄から分厚い壁を隔てた場所にある、職員たちの寮……その中でも一際立派な、監獄長の私室にて。彼らは人身売買の相談をしていた。
ロージェの襲撃で囚人たちに死者が出たのをいいことに、死傷者数をかさ増しして何人かを売り払ってしまおうと考えたのだ。
「いやあ、あのサモンマスタージャスティスでしたっけ? アレはいい仕事をしてくれましたよ。おかげでまた囚人たちを売る機会が出来ましたし。ねえ、監獄長」
「全くだ。クズどもを引き取ってもらうだけで、たんまり小遣いが入るんだ。ぐふふ……やめられんよなぁ、この仕事は」
「いやはやまったくその通り! わはははは!!」
ダグラス含む五人の上級職員たちは、酒盛りに興じはじめる。その時、突如部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「そこまでだ! ルマリーン監獄長ダグラス・メンゼルモーア! 話は全て聞かせてもらったぞ、神妙にお縄につけ!」
「げえっ!? お、おおおおおオックス閣下ぁぁぁぁぁ!? な、なんで、どうしてここに!?」
「それはねー、僕と」
「ボクの仕業なんだな! 監獄長ダグラス、君の悪事はバッチリこの水晶玉に記録してあるよ。言い逃れなんて出来ないからね、大人しく捕まりたまえ!」
「な、ななな……お前は今噂の……! クソッ!」
乗り込んできたのは、怒り心頭なオックス侯爵……そして、キルトとロコモートの三人だ。全てを悟ったダグラスは、窓から逃げようとする。
なお、彼らがいるのは寮の五階であり、そのまま飛び降りればまず無事では済まない。が、パニックに陥ってしまいそのことがすっぽ抜けていた。
「おっと、逃がさないよ! えいっ!」
「ぐあっ! いだだだだ、なんだこのガキ! チビのくせになんつーパワー……いてててて!!」
「お前たち、突入せよ! 全員ふん縛ってしまえ!」
「ハッ! さあ、大人しくしろ!」
逃げようとするダグラスに飛び付き、後ろ手に掴み動きを封じるキルト。上司の悲鳴で我に返り、部下たちも逃げようとするがもう遅い。
オックスが連れてきた捕縛部隊が部屋になだれ込んで、全員を縄で縛り上げる。数珠つなぎにしたダグラスたちが、廊下に設置されたポータルの中に連れて行かれる。
「お前たちは帝都にある拘置所送りだ。後日取り調べからの裁判にかけてやる、覚悟していろ!」
「ひぃぃぃ!! お、お許しを閣下ぁぁぁぁぁ!!」
「ならん! 最低でも、お前たちは永久懲役……死してなお、アンデッドになり働き続けることになるだろうな。今から楽しみにしているがいい!」
必死に許しを乞うダグラスだが、オックスが聞き入れるわけもなく。全員揃ってブタバコ行きとなった。
これからの彼らに待つのは、厳しい取り調べ……その果てには、キツい罰。自業自得の末路を迎えたのだ。
「いや、助かったよキルトくん。それに、サモンマスターロコモート。君たちがいなかったら、彼らの悪事が見過ごされるところだった。本当に感謝している」
「いえ、いいんです。僕たちとしても、これ以上犠牲が出る前に彼らを捕縛出来てよかったです」
「そうそう! いつの時代も正義は勝つのさ! 例えお天道様が見逃しても、このサモンマスターロコモートが悪を見つけ出すのさ! はーっはははは!」
オックスにお礼を言われ、キルトたちはそう返す。これで、人身売買騒動にはカタが着いた。次は、ロージェとゾルグ対策をする番だ。
侯爵を家に送り届けた後、ロコモートと共に宿に戻るキルト。これからのことを話し合った結果、一度ロコモートが別行動することに。
「ボクがロージェの動向を探ってくるよ。地道な捜査は得意だからね、任せて」
「だ、そうだ。どうするキルト、こやつに頼むか?」
「そうだね、そうさせてもらうよ。僕はサモンギアの改良をしなきゃいけないから……」
「ほんなら、ウチがミーシャちゃんの相手しとくわ。アジトん中は安全やけど、遊び相手おらへんのは寂しいやろしな」
「そんなこと言ってー。あんた、自分が遊びたいだけなんじゃないのー?」
「な、なに言うてはるねんエヴァちゃんパイセン! そ、そんなわけあらへんやろー?」
役割分担を決め、それぞれの行動に移る。キルトとルビィはサモンギアの改良、エヴァとフィリールはドルトの護衛。
アスカはアジトに戻り、ミーシャの相手をすることに。もっとも、ミーシャが寂しいだろうから……は単なる口実で、単に遊戯室で遊びたいだけなのをエヴァに見抜かれたが。
「もー、アスカちゃんたら。ま、いいや。とりあえずはこの布陣で行こう。みんな、頑張ろうね!」
「おー!!」
こうして、キルトたちの対ロージェ&ゾルグ撃滅作戦が始まった。アスカやルビィと共にアジトに戻ったキルトは、早速開発室へ。
「さて、始めようかな。まずは義手を外してっ……と。お姉ちゃん、お手伝いお願い」
「ああ、任せておけ。だが、エヴァに頼まなくてよかったのか? こういうのは奴が適任だろうに」
「それも考えたんだけどね、やっぱり……ほら。下手な部分いじって契約機能が破損、なんてなったら困るでしょ? そうなる前に、お姉ちゃんなら契約モンスターの本能でストップかけられるからさ」
「あー、なるほど。確かに、我ならそういうのが直感で分かるだろう。そういうことなら喜んで手伝おう。で、まずはどこをいじる?」
「うんとね、まずはこの手の甲側にあるカバーを外して……」
いくらキルトでも、片腕だけではサモンギアの改良は出来ない。そのため、ルビィに助手をしてもらい作業を進める。
内部機構を取り出し、一旦分解してから新たな呪文回路を構築していく。契約のカードに、さらなる力を与えるために。
「お姉ちゃん、義手の接続側を持ち上げててくれる?」
「うむ、こうか?」
「そうそう、ありがとう。次はこっち側の回路を組み換えて……っと」
「あまり焦る必要はないぞ、キルト。ゆっくり慎重にやろう。時間はたっぷりあるからな」
「あはは、大丈夫だよお姉ちゃん。僕のサモンギアの改良さえ終わっちゃえば、みんなの分は更新データを魔力波長で飛ばして同期させればあっという間だからね」
「??????? ……なるほど、よく分からないことだけ分かった」
作業をする傍ら、ルビィはキルトと語らいの時を過ごす。一方、ミーシャの相手をしているアスカの方はというと……。
「それー! はしれアスカちゃんごー!」
「ひひーん! ぱっかぱっか……って、なんでウチがお馬さんさせられとるねん! アカン、この子思てた以上にワンパクや!」
「あはは! たーのしー!」
遊戯室にて、ミーシャにおもちゃにされていた。これまで病気で身体を動かせなかった分、目一杯遊びたいのだろう。
いいように馬にされ、ツッコミを入れるもなんだかんだでアスカもノリノリだった。兄と離ればなれになる寂しさを紛らわせてあげようと、彼女なりに気遣っているのだ。
「アスカちゃーん、もっとおもしろいうごきしてー」
「えっ!? んな無茶振り……応じへんと大阪人失格や! 行くで、前方斜め四十五度に放物線運動やー!」
「きゃー! めがまわるー! おもしろーい!」
人間離れした動きで、滅茶苦茶に飛び回るアスカ。なお、二人仲良く目を回してダウンすることになったのは言うまでもないことである。
そんなこんなで、三日が過ぎた。サモンギアの改良も順調に進み、残すは実践テストのみ。
「よし、やるよお姉ちゃん。改良したサモンギアが正常に働くか、チェックしないと」
「ああ、我はいつでもいいぞ」
「うん、じゃあいくよ!」
『サモン・エンゲージ』
実験室の奥にある、広い部屋にて変身するキルト。サモンマスタードラクルになった後、サモンギアに魔力を流し込む。
すると、スロットから先ほど挿入した契約のカードが排出され、下半分が露出する。キルトはもう一度、カードをスロットインする。
『アドベント・エルダードラゴン』
『おお、これは……!? 何かに引っ張られるような感覚が……おおおおお!!!!』
「わあっ、出た出た! 実験成功だよ、お姉ちゃん!」
「う、うむ。それはよかったのだが……元の姿だと、この部屋は狭いな」
新たに搭載した、本契約モンスターの召喚機能が作動し……本来の姿に戻ったルビィが部屋の中に現れた。大喜びするキルトを見て、ルビィも嬉しそうに笑う。
その時……部屋の中にエヴァが飛び込んでくる。
「キルト、ロコモートから連絡があったわ! ロージェに怪しい動きあり、って!」
「! 分かった、すぐに準備する! 今からみんなのサモンギアをアップデートするからすぐに呼んで!」
「おっけー、分かったわ!」
ロージェことサモンマスタージャスティス。一度は取り逃がしたが、もう次はない。ドルトとミーシャの平穏のため……決戦が始まる。




