60話─下された裁き
「くっ、まだよ! 起きなさい、ドルト! お前のアルティメットコマンドで、奴らを倒すのよ!」
「グ、ウウゥ……」
切り札を耐えられたクレイ自身に、もう打てる手はほとんどない。魔力を流し込んで無理矢理ドルトを起こし、キルトたちを始末させようとする。
が、キルトやアスカ、ウォンがそれを許すことはない。光り輝く矢の絵が描かれたサモンカードをドルトがスロットインした瞬間、アスカが動く。
『アルティメットコマンド』
「グ、ウ……来イ、レールタイバー……」
「おっと、そうはさせへんで。悪いけど、ちょっとばかり止まっといてや!」
『トラップコマンド』
長く伸びた爪を持つ、黄緑色の巨大なヤドカリ型のモンスター『レールタイバー』が召喚される。が、その直後。
クモの巣が描かれたカードをアスカが発動した。ドルトとレールタイバーの足元に、クモの巣を模した魔法陣が現れ……一人と一体を、ねばつく糸が絡め取る。
「グウッ! ウ、ウゴケナイ!」
「カカガギィ!?」
「どや? 『スパイダーマイン』のお味は。その糸はかーなりねちねちもちもちしとるさかい、簡単に逃げられへんで」
「クゥゥゥ!! よくもよくもよくも!! ワタシの完璧な計画を」
「チッ。うるせぇよ、雑魚が吠えるな。イライラするんだよ、てめぇみたいなのを見てるとなァ」
『コピーコマンド』
ドルトを行動不能にされ、クレイは地団駄を踏んで悔しがる。それを見て、ヘルガが追撃を放つ。アスカの使ったカードをコピーし、クレイの動きを封じた。
「……今回は六十点、ってとこか。不完全燃焼だな……サポートカードの補充ついでに、モンスターでもいじめてくるか」
『うむ、帰れ帰れ! 二度とキルトの前に現れるな! このサカリのついた淫売め!』
「クク、吠えてな。どんなに威嚇しようが、オレがマーキングしてやった事実は消えないぜ。クハハハ」
『おのれ……どこまでも忌々しい奴だ!』
祭りは終わったとばかりに、ヘルガはテレポートして帰っていった。最後まで、自由奔放に場を乱していくのだった。
「どうどう、落ち着いてルビィお姉ちゃん。まずはクレイにトドメを刺さなきゃ。そろそろ決着をつけよう!」
「なら、俺はここで見物していよう。途中から出張ってきたのに、トドメを持って行くのはお前たちへの礼儀を失する」
「なんや、変なトコで義理堅いヤツやな。ま、ええわ。ほなら、いくでキルト!」
『アルティメットコマンド』
『アルティメットコマンド』
キルトとアスカは、同時にサモンカードをスロットインする。アスカが用いたのは、巣に引っ掛かった蝶を狙うミステリアグルが描かれたカードだ。
「ま、待って! い、命だけは! ね、助けてキルト。そのエルフの洗脳、ワタシが解いてあげるから!」
「見苦しいよ、クレイ! 年貢の納め時だ、観念しろ!」
『そうだ、貴様はキルトだけでなくドルトやアスカたちも苦しめた。その罪、ここで我らが裁く!』
「食らえ! バーニングジャッジメント!」
「や、やめ……あぎゃああああ!!」
先に動いたのは、キルトとルビィだ。部屋の天井ギリギリまで上昇し、必死に命乞いするクレイ目掛けて急降下する。
炎を纏った体当たりが直撃し、火柱に煽られながらクレイは真上に吹き飛んでいく。そこに、アスカの奥義が炸裂した。
「次はウチの番や! 思い知らせたるわ、ウチの怒りを! やられたらやり返す、それが大阪人の作法や! よう覚えとき! いくで、ミステリアグル!」
「キシャー!」
アスカの目の前に、本契約モンスターであるミステリアグルが出現する。アスカはパートナーの背中を踏み、勢いをつけて斜め前に飛ぶ。
踏まれた反動でミステリアグルの尻から糸が吹き出し、背後に大きなクモの巣が生成される。口からも糸が吐かれ、そちらはアスカの腰にくっつく。
「な、何を……うあっ!?」
「こいつで仕舞いや! きっちりカタぁつけたるさかい、覚悟しいやぁ! いくで、奥義……」
落下中のクレイをアスカが掴んだ瞬間、最大まで伸びた糸が引き戻される。その加速を利用して、アスカは宙に浮かぶクモの巣へとクレイを投げた。
見事巣の中心に叩き込むと、横糸がクレイの身体を包み込む。十本ある縦糸が伸びて、着地したアスカの指に接続される。
「た、助け」
「──後家蜘蛛絞殺刑!」
「う、ぎ、あがああああああ!!!」
アスカが両手を握ると、クレイを包む横糸が締まり全身の骨をへし折り、ひしゃげさせ、粉々に砕く。断末魔の叫びを残し、クレイはぐしゃぐしゃの肉塊となって事切れた。
「……ふう。なんや、勢いでやってもうたけど……ウチ、人を……殺したんやな。この手で」
「グゥ、キュルルル」
「なんや、慰めてくれとるんか? ミステリアグル。大丈夫や、こんなんでへこたれへん。ウチは決めたんやもん。キルトたちと一緒に戦うってな。だから、人を殺したくらいで……ブルってたら、アカンのや」
怨敵とはいえ、初めて人の命を奪ったことを実感したアスカはへたり込んでしまう。キルトが走り寄ってくるなか、側にいたミステリアグルがアスカを慰めるように鳴く。
アスカは相棒を撫で、微笑みながらそう口にする。同時に、心の中で別れの言葉をささやく。これまでの自分に、先立った家族に。
(オトン、オカン、兄ちゃん。そして、一般人だったジブン。さようなら……ウチはこれから、新しいこの世界で生きてくから。みんなの分まで、ずっと)
「アスカちゃん! 大丈夫? 初めてアルティメットコマンド使ったから、魔力が足りなくなっちゃった?」
『無理はするなよ、立つのがしんどいならキルト……だと体格が小さいから、我が負ぶってやれるが』
「ふふ、平気や。これくらい、すぐ立てるさかい」
駆け寄ってきたキルトたちに、アスカはそう答え立ち上がる。一部始終を見守っていたウォンが、そこへやって来た。
変身を解除し、懐からパルジャとカンディが使っていたデッキホルダーとサモンギアを取り出し、キルトに渡した。
「キルトよ、こんな時に頼むのもどうかと思ったが……今しかタイミングがない、これを」
「これは……デッキホルダーとサモンギア!? これ、どこで手に入れたの?」
「クレイが俺に制裁するために、刺客を二人寄越してきてな。返り討ちにしたはいいが、俺がソレを持っていても宝の持ち腐れ。お前に返した方がいいと思って、渡すために帝都に戻ってきたんだ」
『なるほど、そこであの腐れ雌犬と出会ったわけだ。ご苦労だったな、ウォン。我とキルトが責任を持って保管しよう』
「うん、本当ありがとう。悪人の手に渡らなくてよかったよ」
「そうか、そう言ってもらえれば俺も嬉しい。……では、失礼する。まだまだ、修行の旅を続けねばならないのでな」
目的を果たしたウォンは、魔法陣を通って去って行った。キルトたちも変身を解除し、クレイの遺体からデッキとサモンギアを回収した。
その後安全のためにドルトを気絶させて変身を解かせ、ルビィが抱える。やるべきことを終え、ようやく撤収の時間が来た。
「なあなあキルト、死体を放置しててええんか?」
「問題ないよ、この空間を維持してたクレイが死んだから、もうすぐ崩壊するんだ。そしたら、死体も一緒に消滅するよ」
「そ、そなんか。そら便利やな、うん」
あっけらかんとしたキルトの答えに、アスカは若干顔を引きつらせながら歩を進める。二人が消えた後、部屋の崩壊が始まり……クレイの死体は、消滅した。
帝都を揺るがす理術研究院の陰謀は、こうして幕を閉じた。戦いが終わった翌日、キルト、ルビィ、エヴァ、フィリール、アスカの五人はラーファルセン城の大広間にいた。
「偉大なる四人のサモンマスターといにしえの竜よ、此度のそなたたちの活躍のおかげで、帝都は滅びの危機を免れた。帝都の民を代表して、余から尽きることなき感謝を」
シュルムをはじめとする貴族たちが参列するなか、キルトたちの功績を讃えるための表彰式が行われていた。一人ずつ順に進み出て、勲章を受け取る。
「キルト・メルシオン並びにエルダードラゴン・ルビィ。帝都を救った汝らの功績を讃えて、ここに虹十字勲章を授与する」
「ハッ、ありがたき幸せです、皇帝陛下。これからも、帝国の平和のため邁進する所存です」
「我も同じく。魂の伴侶の望むままに、この力を振るうことを誓おう」
エヴァ、アスカ、フィリールの順で勲章が授与され、最後にキルトとルビィに十字の形をした虹色に光る勲章が贈られる。
万雷の拍手が鳴り響くなか、キルトはコホンと咳払いをする。何か話したいことがあるのだと察したマグネス八世は、発言を許可した。
「お集まりの皆さまに、お伝えしたいことがあります。今回の戦いで、僕は痛感しました。理術研究院は少しずつ、確実に……侵略の手を伸ばしていると」
少年の言葉を、集まっていた貴族たちはジッと聞いていた。少しして、キルトは決意に満ちた声で彼らに告げる。
「戦いを終えて、仲間たちと合流した後……話し合いをしました。そして、決めたんです。この国を、いや。このメソ=トルキアの大地を守るための、僕たちサモンマスターのチームを作ると!」
「そう、我らは共に手を取り合い理術研究院と戦うのだ。その組織の名は……」
「──ガーディアンズ・オブ・サモナーズです!」
「おおおおおおお!!!」
キルトの言葉に、より多くの拍手が贈られる。歓声が響き渡り、大広間にこだまする。冷めることなき興奮の熱気を胸に、記念パーティーが開かれた。
新たなる英雄たちの、門出を祝うために。サモンマスターたちの伝説が、今……ここから、始まるのだ。
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