51話─新たな仲間を加えて
陽は高く昇り、お昼時。皇帝マグネス八世は、森での一部始終についての報告を受けていた。部下の話を聞きながら、あるものに目を通す。
それは、ウォンがクレイから盗み出してきた理術研究院の侵略計画書。そこに書いてあったのは、帝国の存続を揺るがす作戦だった。
「……報告ありがとう。そのアスカ並びに、ミーシャの両名は客人として保護するように」
「ハッ、かしこまりました。ミーシャ殿のことですが、ルビィ様による『治療』で病は快癒したと、キルト様より報告がありました」
「そうか、それはよかった。済まないが、そのキルトくんを呼んできてくれ。彼の仲間も、全員だ」
「ハッ!」
報告を聞き終えた皇帝は、キルトたちサモンマスターを執務室に招集する。十分後、無理を言って同行してきたアスカを含めた五人が集結した。
アスカは寝間着から『セーラー服』という、彼女が故郷で着ていた学生服に着替えていた。召喚された時に、何故かこの格好になっていたのだという。
「お待たせしました、父上。して、私たちへの緊急の話とは?」
「うむ、この計画書にとんでもないことが書かれてあった。シェンメックの南西に、トラア湖という水源地帯があるだろう? フィリール」
「はい、帝都及び周辺集落の生活に必須となる広大な湖ですが……まさか」
「そう、そのまさかだ。理術研究院なる者たちは、トラア湖を毒で汚染するつもりらしい」
ボルジェイは、キルトが身を寄せるデルトア帝国を最初のターゲットに選んだようだ。水源を汚染し、帝都の民を皆殺しにするつもりらしい。
当然、そんなことはさせないとキルトは戦う決意を表明する。ルビィたちも、彼に続く。
「そんなこと、僕たちがさせません! ボルジェイの野望は断固として阻止してみせます!」
「ええ、彼の言う通りです父上。この国に生きる民を守るのが、私たちの使命ですから」
「ありがとう。すでに帝国騎士団をトラア湖に向かわせているが、大所帯故に三日はかかるだろう。それまでに敵が攻めてこないとも限らん……どうしたものか」
「なら、アタシのポータル使って先回りしておくわ。でも、全員で行くわけには……ね」
トラア湖防衛のため、すでに騎士団を向かわせているという。が、帝都から距離があるのと、かなりの人数を派遣したため到着まで間が開くらしい。
その間に攻めてこられたら、と心配する皇帝にエヴァがそう答える……が、どこか歯切れが悪い。
「クレイという女の行方を追わなければならないのだろう? 気にしないでいい、そちらを優先してくれて構わない。彼女を放置するのもよくないからな」
「そちらは僕とお姉ちゃん、アスカちゃんの二人でなんとかしようと思っています、陛下」
「せや、あの女とっ捕まえて仕返ししたらんとウチの気が済ま……あいた!」
「一国の主に無礼な口を利くんじゃない! 全く、お前が異世界から来た者だということを考慮してもらえてなければ打ち首ものだぞ」
現代日本の高校生なアスカには、まだ異世界での暮らし方が呑み込めていないようだ。皇帝にもうっかりタメ口を利いてしまい、ルビィに頭を叩かれる。
「よいよい、アスカ殿は異世界から無理矢理連れてこられたのだ。右も左も分からない状況なのだから、多少の無礼は笑って許すのが上に立つ者のあり方よ」
「おおきにな。いやー、おっちゃんは心がデカいわ! ホント助かるで」
「全く……まあいい、時間をムダには出来ん。キルトよ、早速行動に移ろう」
「うん。エヴァちゃん先輩たちはトラア湖をお願い。僕たちはドルトさんを探すから」
「ええ、任せときなさい!」
キルトとアスカはドルトの捜索、エヴァとフィリールはトラア湖の防衛。二手に別れ、それぞれの仕事へと出発する。
……が、その前にキルトにはやることがあった。それは……。
「よう、待ってたぜ。ちゃんと約束を守りに来るか半信半疑だったが……」
「約束は守るよ。エヴァちゃん先輩に、昔から口を酸っぱくして言われてきたからね。一度した約束は、絶対破っちゃいけないんだよって」
事前に約束していた、ヘルガとの戦い。彼女が戦いの舞台に指定したのは、 冒険者ギルドの建物の隣にある訓練場。
ヘルガと戦っている場合ではないのだが、彼女との約束を破るつもりはキルトにはなかった。ルビィやアスカを伴い、訓練場に入る。
「感謝するがいい、犬女。本来、キルトはお前と悠長に戦っている場合ではない。そこを何とかしてやっているのだ、ありがたく思え」
「ハッ、吠えるなよトカゲ。付属パーツには興味ねえんだよ。あまりオレをイライラさせるな……死にてぇってんなら、別に構わねえがな」
またキルトの戦いが見られる、と訓練場に冒険者やギルドの職員たちが押し掛けるなか……ルビィとヘルガが剣呑な雰囲気を醸し出していた。
冒険者ギルド・シェンメック支部に属する者たちの間には暗黙の了解がある。『決してヘルガを怒らせてはならない』と。
彼女の苛立ちが頂点に達した時……その原因となった者は、必ず死ぬからだ。
「おい、あの姉ちゃん度胸あんな……あのヘルガを挑発してるぜ」
「うう、おっかねぇ……。めっちゃ怒ってるじゃねえかよ、ヘルガ。こっちがちびりそうだ」
「あの人、バカなんですかね……? ヘルガさんを怒らせたら、まず骨の五、六本はへし折られるのに」
金獅子騎士団の演習場と違い、観客席などないため冒険者たちは入り口から顔を覗かせている。訓練場の中から漂ってくる殺気に、脂汗ダラダラだ。
「お姉ちゃん、流石に言い過ぎだよ……?」
「よいのだ、これくらいやっておけば程良く盛り上がるだろう?」
「程良くっちゅーか、もうボルテージ最高潮って感じやで? それも悪い意味で」
「……ククク。マイクパフォーマンス、ってヤツか? あいにく、そんなくだらねぇモンに付き合ってやるつもりはねぇ。さっさと始めようぜ? じゃねえと……イライラが収まんねぇからな!」
先ほどの発言は、マイクパフォーマンスのつもりだったようだ。が、そんなのは知ったことじゃないと、ヘルガは訓練場の端に歩いていく。
そこでデッキを取り出し、キルトへ向ける。彼女のデッキは、本契約機能のないイレギュラーなもの。ゆえに、これが戦いの合図なのだ。
「これ以上は流石に時間のムダだな。キルト、さっさと片付けて我らの仕事を始めるぞ」
「もー、またそんな失礼なこと言って。油断しちゃダメだよ、今回の相手は……これまでの常識が通用しない相手だからね」
「キルト、ルビィはん! 頑張ってぇや! ウチ、二人の戦い見てサモンマスターのイロハを勉強さしてもらいますわ」
「うん、しっかり見ててね。じゃ、行くよお姉ちゃん!」
『サモン・エンゲージ』
キルトとルビィは、ヘルガのいる場所の反対側となる訓練場の端へ移動する。そして、サモンカードを用いて変身を行う。
「やっと始められるな。楽しみだ……お前がオレのイライラを解消してくれるのか。それとも肩透かしで終わるのかが……な!」
『バトルセットアップ』
「ガッカリはさせないよ、だから安心してね!」
『ソードコマンド』
デッキホルダーを腰に戻し、ヘルガは魔力を流し込む。すると、キルトたちのものとは違う音声が鳴り響く。
腰に取り付けた鞘から短剣を引き抜き、構えるヘルガ。キルトはドラグネイルソードを呼び出し、彼女に向かって走る。
「来い! このオレ、サモンマスターノーバディとお前。どちらが上か勝負だ!」
『貴様なぞに負けてやるつもりはない。我とキルト、二人の絆をたっぷりと見せ付けてやる!』
「一人より二人の方が強いってこと、教えてあげるよ!」
アスカや冒険者たちが見守るなか、キルトとヘルガの戦いが始まった。




