45話─力を得た理由
時はさかのぼる。キルトとゾーリンの決戦が行われた翌日の夕方。その日、ヘルガはいつものように早々に仕事を終わらせて帰宅していた。
帝都の西にある二等地に建設された、中流階級用の集合住宅の一角にある自宅に入って早々不満げな呟きを漏らす。
「チッ……今日もイライラを解消出来なかったな。近頃は骨のあるモンスターも犯罪者もめっきり見かけなくなった……つまらねぇ世の中になったもんだ」
帰りに買い込んだ大量の酒類とおつまみが入った魔法のバッグを放り投げ、ヘルガは代わり映えしないワンルームの部屋で寝転がる。
彼女は生まれてからずっと、苛立ちに苛まれてきた。獣人……その中でも闘争心が非常に強いオオカミ種に生まれたことが、彼女の運の尽き。
幼少の頃から喧嘩に明け暮れ、故郷一の暴れん坊として家族からも恐れられるようになった。そんな彼女が犯罪者にならずに済んだのは、冒険者という職業があったからだ。
「……最初の頃は楽しかったな。どいつもこいつもオレより強くて、世界は広いもんだと感心してたんだがな」
一般人を理由なく殴れば罪になるが、モンスターであれば好きなだけ戦える。十歳で故郷を去り、冒険者になって戦いに明け暮れた。
孤独を好み、たった一人で生きてきたヘルガ。気が付けば、彼女はAランクに昇格し……並ぶ者のない実力者として名を馳せた。
だが、それは同時に大抵の存在が彼女の格下になったということを意味していた。格下との戦いで高揚感を得られるわけもなく、イライラだけが募る。
「……つまらねぇな。こんなクソッタレな人生、なんで送らなきゃならねぇ。誰でもいい、このイライラを」
「解消したいか? お前の心を蝕む苛立ちを」
ヘルガが愚痴を漏らすと、誰もいないはずなのに返事が返ってきた。彼女が飛び起きると、玄関に一人の人物……タナトスがいた。
魔法で愛用の短剣を呼び出し、鞘から抜き放つヘルガ。素早く距離を詰め、タナトスの喉元に短剣の切っ先を突き付ける。
「……何者だ、お前。オレの家に勝手に上がり込むたぁ、よほど死にたいと見えるな」
「フッ、素晴らしい身体能力だ。この私が目で追えないとはね。そんな君を見込んで、『いいもの』を授けたい。君の苛立ちを解消出来る、素敵なプレゼントだ」
短剣を突き付けられながらも、タナトスは一切怯まない。それどころか、手際の良さを褒め称えていた。相手の得体のしれなさに、ヘルガは一歩退く。
自力で始末してしまおうかとも考えたが、それ以上に……タナトスの言葉に興味を惹かれた。しばしの沈黙の後、ヘルガは問う。
「いいもの、だと? 見せてみろ、何を渡すつもりだ」
「これさ。サモンギアというアイテムでね……これを使えば、君も退屈な人生とはおさらば出来る。血湧き肉躍る戦いの日々に、身を投じることが可能だろう」
「……もっと詳しく聞かせろ」
食い付いてきたヘルガに、タナトスはいつも通りサモンマスターについての説明を行う。そして、モンスターが封印されたデッキホルダーを渡そうとするが……。
「待て。そっちのデッキは要らねえ。見ず知らずのモンスターと命を共有しろだ? そんなのは御免だね。もう一つ持ってるだろ、そっちを見せろ」
「……いいのか? 確かに、もう一つデッキがある。だが、そちらは失敗作だ。仮契約機能を搭載するのに成功した代わりに、本契約機能が消失したガラクタだぞ」
「そっちの方が都合がいい。使い捨ての方が気楽なんだよ、こっちは。オレに相棒はいらねぇ。一人で十分だ」
タナトスの匂いを嗅ぎ、デッキホルダーを二つ持っていることを見抜いたヘルガ。しかし、もう片方は使い道のないガラクタなようだ。
理術研究院では、日夜サモンギアの製造と改良が行われている。だが、時として使えないガラクタが出来てしまうことがある。
今回ヘルガが興味を持ったのも、そうした失敗作の一つだ。第一世代機に搭載出来なかった仮契約機能を追加した結果、肝心の本契約機能が使えなくなってしまった本末転倒な一作である。
「ほう、サモンマスターを名乗るのにモンスターと契約しないというわけか」
「ああ。どこの馬の骨とも知れねえモンスターと命を共有しろだ? そんなのはお断りだね。だが……未知の強敵と戦えるって話は魅力的だ。もしそれが本当ならよ。このイライラも消えるかもしれねぇ」
「変わっているな、お前は。いいだろう、ではこのバイクに擬態するタイプのミミック『モートロン』を封印したデッキは他の者に渡すとしよう」
横向きになったバイクのエンブレムが刻まれた銀色のデッキを懐に仕舞い、タナトスはもう一つの闇色のデッキを取り出す。
モンスターとの本契約を結ぶことが出来ない、エンブレムが刻まれていない出来損ないのデッキ。それを渡しながら、タナトスは心の中で呟く。
(敵に狙われた際、弾除けに使えればいいと思って持ち歩いていたが……捨てる神あれば拾う神あり、とはこのことだな。ククク)
ボルジェイがトップに立って以降の理術研究院は、政敵が多い。彼らの攻撃から身を守るため、使い捨ての盾代わりにする予定で失敗作を持ち歩いていたタナトス。
予定外ではあったが、本来の使い方をしてくれる者が現れたのは制作に携わった者として喜ばしいことであった。
「……ふぅん。これがデッキホルダーってやつか。で? 肝心のサモンギアはどこにある」
「今渡そう。今回はプロテクター型ではなく、ベルトタイプになっている。バックルの部分にスロットがある、サモンカードはそこに挿入しろ」
「……この銀色のベルトか。ま、邪魔にならなそうだからよしとしておくか」
続いて、サモンギアがヘルガの手に渡る。ベルトタイプのそれを早速身に付け、右腰にデッキを取り付けるヘルガ。
ライダースーツを着ていることもあり、なかなか様になっていた。満足げな彼女に、タナトスは問う。サモンマスターとして、どんな名を名乗るかを。
「ハッ、決まってる。オレが名乗るのは……サモンマスターノーバディ。相棒のいないオレにピッタリの名前だろ?」
「……そうだな。では、私はこれで失礼させてもらおうかな。そう遠くない未来、お前の元に現れることになるだろう。キルトという名の少年が。彼が導いてくれるだろう、お前を飽きることのない戦いの世界に」
「ハッ、期待しないで待ってるよ。あんたのおかげで、今日はイライラしないで眠れそうだ。感謝するぜ、タナトス」
「礼はいらない。不要在庫を処分出来たからな、礼を言うのはこちらの方だ。お前がサモンマスターの戦いを生き延びられたら……また会おう」
そう言い残し、タナトスは黒い光の粒になって消えた。一人残ったヘルガは、マジックバッグを担ぎ家を出る。
「せっかくだ、モンスター狩りをして仮契約枠を埋めておくか。いつキルトってのと出会ってもいいようにな。クク……あんなにイライラしてたのが嘘みたいだ。高揚してるぜ……ガキに戻ったみてぇだな」
楽しそうに呟きながら、夜のとばりが落ち始めたシェンメックの外へ向かう。サモンマスターとしての第一歩を歩みはじめるために。
◇─────────────────────◇
「……というのが、オレがサモンマスターになった経緯だ」
「なるほど、そんな事情が……」
「あの時は半信半疑だったが、次の日に帝都にも飛び込んできたんだぜ。お前の噂がな。それで確信した、タナトスの言ってることは事実だってな」
サモンマスターになった経緯について話し終えたヘルガは、身を乗り出してキルトの顔に自身の顔を近付ける。
キルトがたじろぐなか、スンスンと鼻を鳴らして少年の匂いを嗅ぐ。そして、歯を剥き出しにして笑った。
「飯を食ったらドルトの隠れ家に行くぞ。さっさと用紙を終わらせねえと、お前と戦えないからな……クックックッ」
「う、うん。今更だけど……協力ありがとう」
「! ありがとう、か。……初めてだな、その言葉を言われたのは」
キルトに『ありがとう』と言われたヘルガは、そう呟き席に戻り黙りこくる。そんななか、彼女の尻尾は嬉しそうにブンブン振られていた。
面白いと感じていただけましたら、ブクマ・評価等していただけると嬉しいです。




