43話─皇女を救え!
「何故隊長から離れた! お前たちが同行していれば、隊長は行方不明にならずに済んだというのに!」
「ひぃぃ! も、申し訳ございませんエイプル副隊長!」
翌日の朝、金獅子騎士団の宿舎にてエイプルの怒号が響き渡った。フィリールが下水道の調査から帰ってきていないことが発覚したのだ。
同行していた部下たちが集められ、エイプルに叱責されている。勝手知ったる下水道調査だから、隊長一人でも大丈夫だろう。
そんな油断が、見事裏目に出てしまった。騎士たちが説教されているなか、城では急遽会議が行われている。出席者は皇帝と皇太子、キルトたちサモンマスターだ。
「……由々しき事態だ。まさかフィリールが行方不明になってしまうとは」
「バルクス、気持ちは分かるが落ち着け。今我々が焦ったところで、フィリールが見つかるわけではない。捜索隊の報告を待つのだ」
「そう、ですね。しかし……一体誰がフィリールを攫ったのでしょう。あの子はかなりの手練れ、それを倒せる者など……」
「その事についてですが……一つ、思い浮かぶことがあるんです。陛下、発言してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。なにかな、キルトくん」
妹の安否が気になるバルクスと皇帝に、円卓の反対側にいるキルトはそう告げる。発言の許可を貰った後で、懐からあるものを取り出す。
「昨夜、僕が何者かに襲われたのはもうお話しましたが……その現場に、この日記帳が落ちていました。早朝にそこを改めて調べたところ、日記の内容と合わせていろいろ分かりました」
「ふむ……聞かせてくれ」
「現場にあるマンホールを開けて、下水道に降りて調査をしたのですが……」
「そこにフィリール皇女と、嗅ぎ馴れない謎の匂いが残っていた。恐らく、皇女は謎の匂いの主……キルトを襲った者と遭遇してしまい、攫われてしまったのだろう」
キルトの言葉を引き継ぎ、ルビィが説明を行う。陽が昇った直後に起きたキルトたちは、再び例の裏路地に向かい調査をしていた。
そこにあったマンホールから下水道に降り、フィリールの痕跡を探したところ見事ヒットした、ということであった。
「攫われた、か。殺されたではなくか?」
「ええ。そう推測する根拠はあります。犯人が落としていったものらしき、この日記です」
「ふむ……読んでもらってもいいかな?」
「はい、分かりました。では……」
コホンと咳払いした後、キルトはメモ帳サイズの日記帳を開く。最新の日付の内容を、マグネス八世たちに聞かせる。
「翡翠の月、八日。今日も朝から、ミーシャの咳が止まらない。最近は薬も値上がりして、質のいいものを買ってやれ……」
「キルト、そこら辺はいいから本題に入って」
「うん、分かったよエヴァちゃん先輩。……先日、クレイなる人物から言われた通りキルトという少年を暗殺することにする。面識も恨みもない相手を殺すのは躊躇われるが、妹を救うには大金がいる。そのためには殺さねばならない。見ず知らずの少年を」
エヴァに催促され、余計な部分を省いて日記を読み上げるキルト。ルビィや皇帝たちは、黙って耳を傾けていた。
「もし途中で皇女に出会ったら、関わらず退くよう忠告された。相手もサモンギアを与えられたサモンマスターらしいが、詳しいことは聞けなかった。もちろん、俺も敵対するつもりはない。皇女を殺したら、この国で生きていけなくなる……」
「なるほどな。確かに、国そのものを相手にしたら逃げ切れる者などほぼいない。その人物は賢い判断をしたな」
「だから殺したのではなく攫ったのか。少しずつ分かってきたぞ、昨夜の状況が」
日記の内容を聞き、皇帝たちはある程度状況を理解しはじめる。その補足として、キルトが説明を行う。
「これは推測ですが、恐らくこの日記の持ち主は僕を攻撃している時……たまたま下水道から出てきた皇女様と鉢合わせしたんだと思います」
「口封じに無力化して、下水道を通って逃げていったのだろうな。サモンマスターならそれくらいの芸当は朝飯前だ」
「うむ、辻褄は合う。して、その日記を書いたのは誰なのだ?」
「……裏表紙にドルトと書いてあります。この人が、皇女様を攫った犯人と見て間違いないかと」
キルトとルビィの解説を聞き、マグネス八世は顎を撫でながら頷く。そして、日記の持ち主は誰なのかを聞いた。
名前を聞いたバルクスは、聞き覚えがあったのか首を傾げている。
「ドルト? 待てよ、前に冒険者ギルドから納入された冒険者名簿にそんな名前が載っていたような……」
「なら、すぐに調べるべきじゃないかしら。アタシだったらそうするけど」
「うむ、エヴァンジェリン殿の言う通りだな。すぐに兵を送り、調査を」
「いえ、僕たちが行きます。元はと言えば、僕が襲撃されたことから始まったわけですし」
マグネス八世を制し、キルト自ら名乗りをあげる。今回の事態に責任を感じ、フィリールの救出を行うことを決めたのだ。
「なら、アタシも当然同行するわ。いいわよね、キルト」
「うん、もちろん! というわけで、陛下に皇太子殿下。僕たちに任せてはいただけないでしょうか」
「うむ、君たちならば全幅の信頼を寄せられる。娘を……フィリールを頼んだよ」
「俺からも頼む。キルトくん、ルビィさん、エヴァさん。妹を助けてくれ!」
「はい! この命に替えても、必ず皇女様をお助けしてみせます!」
皇帝親子からの依頼を受け、キルトはフィリール奪還のため行動を開始する。手始めに、バルクスから借りた冒険者名簿を手にギルドへ向かう。
少しして、一行は金獅子騎士団の演習場からやや離れた場所にある冒険者ギルドに着く。朝だというのに、ギルドは冒険者で溢れていた。
「わ、凄い人だかり……」
「ん? おい、見ろよみんな! ウワサの英雄さんが来たぜ!」
「お、ホントだ! 冒険者になりに来たのか!?」
「ほらほら、道を開けろ! 英雄様のお通りだぞ!」
依頼の吟味をする者、パーティー結成の交渉をしている者、朝っぱらから併設されている酒場で一杯やっている者。
様々な冒険者たちがいるなか、そのうちの何人かがキルトたちに気が付いた。彼らに場所を教えてもらって、キルトたちは受付カウンターに向かう。
「そこで手ぇ振ってるネエちゃんが受付嬢だ。物知りだからなんでも聞くといいぜ」
「ありがとう、親切なおじさん」
「いいってことよ! ルーキーにゃ親切にしねぇとな! じゃ、俺が生きて戻れたらまた会おうぜ!」
中年の冒険者は、そう言って仲間たちと共に依頼をこなすためギルドを出て行った。彼らの後ろ姿を見ながら、エヴァは呟く。
「ふーん、アタシてっきり『おうボウズ、ここはガキが遊びに来る所じゃねえぜ。さっさと帰りな』って凄んでくるかと思ってたのに」
「エヴァちゃん先輩、ファンタジー小説の読み過ぎだよ。今時そんなコッテコテの引き立て役みたいな人いないって」
「あのー、お話のところすみませんが。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、すみません話し込んじゃって。実はですね……」
そんなやり取りをしていると、受付嬢に声をかけられる。キルトは彼女の方に向き直り、ギルドを訪れた理由を話す。
冒険者たちの視線を感じ、居心地の悪さを覚えるキルト。そんな彼を守るように、さりげなくルビィとエヴァが少年の隣に立つ。
「ドルトさんを探している、ですか。実は、一昨日から顔を出してないんですよ。ちょっと前まで、必死に依頼をこなしに来ていたんですが……」
「ふむ……流石にギルドに顔を出すようなヘマはしないか。しかし、そうなると手がかりがないな」
「あの、つかぬ事をお聞きしますが……ドルトさん、何かやっちゃったんですか?」
「ええ。フィリール皇女の誘拐容疑で今探してんのよ、そのエルフのこと」
「ちょっとエヴァちゃん先輩、そんな大声で言うのはまずいって!」
受付嬢にだけ聞こえるよう、耳打ちするつもりだったキルト。が、それよりも先にエヴァがベラベラ大声で喋ってしまう。
案の定、受付嬢や冒険者たちがざわめき出す。こうなると、面倒ごとの気配しかない。そうならないように、こっそり伝えるつもりだったのだが……。
「いいのよ。もしそのドルトってのが様子を見に変装してギルドに来てたら、挙動不審になってすぐ分かるでしょ?」
「あ、なるほど。それは盲点だった」
怒るキルトの耳に顔を寄せ、エヴァは小声でささやく。ドルトが状況を確認するため、周囲にバレないよう変装してギルドに来ている可能性をキルトは考慮していなかったのだ。
受付嬢はギルドマスターに話をしてくると言い、その場を離れ二階に上がっていく。彼女が戻るまでの間、キルトたちは酒場で待機することに。
「ふむ、少なくとも今のところは怪しい動きをしている者はいないな。そもそも、捕まえたフィリールを放ってギルドに来るか?」
「分からないわよ? クレイって奴と一緒に行動してるなら、そいつに監視を任せればいいわけだし」
「うん、それもそ」
「よお。あんたら、ドルトを探してるんだって? ククク、そいつは好都合だ」
隅っこのテーブル席に座っていたキルトたちの元に、一人の獣人の女が歩いてくる。不敵な笑みを浮かべながら、女……ヘルガは口を開く。
「なによ、あんた。どこの誰なわけ?」
「ククッ、オレはヘルガ。Aランクの冒険者にして……あんたらの同業だよ」
エヴァに問われ、ヘルガはライダースーツの尻ポケットからデッキホルダーを取り出す。そして、歯を剥き出しにしながら笑い声を漏らした。




