293話─覚醒する殺人鬼
時は少しさかのぼる。エヴァたちが激闘を繰り広げていた頃、キルトはようやく廊下の終点に到着していた。大きな扉の前に立ち、しばし考える。
「……この先からリョウイチの魔力と気配を感じる。んだけどさ、ぜーったいアイツ不意打ちしてくるよね」
『ああ、これまでも散々姑息な手をやられて来たからな。今回だけ無い、ということはあるまいよ』
「だからさ、こういう手を使おうと思うんだ。ごにょごにょ……」
大扉の前で、キルトはデッキホルダーに宿るルビィに作戦を伝える。これまでの亮一のやり口に嫌気が差し、ささやかな仕返しをしてやろうと考えたのだ。
『ふむ、いい案だ。奴がどんなことをしてこようが出鼻を挫けるだろう』
「ふふ、今から楽しみだよ。リョウイチの驚く顔が。さ、始めよう!」
『ああ、前回は取り逃がしたが今回はもう逃げる場所などない。奴をここで倒してくれる!』
ルビィとそう言葉を交わし、キルトはニヤリと笑うのだった。
◇─────────────────────◇
「さあ、勝負だタイドウリョウイチ! 今日こそはお前を……うわっ!?」
『アルティメットコマンド』
「ふふふ、お待ちしていましたよ。早速ですが、死んでいただきましょうか。奥義、スクリームディストーション!」
扉を開け、大部屋の中に入ったキルト。その直後、四方八方から黒い鎖が伸びてきて全身を拘束されてしまう。そこへすかさず、亮一の奥義が放たれた。
レイスレイブと融合し、下半身を内側に刃の生えた鳥かごへと変え身動きの取れないキルトへ急降下していく。そして……。
「うぐ……あああああ!!」
鳥かごの中にキルトが包まれ、即座にかごが締められる。内側に生えた刃に全身を切り刻まれ、キルトは断末魔の叫びを残し息絶えた。
レイスレイブとの融合を解き、軽やかにバク宙しながら着地する亮一。が、マスクの下にある顔には勝利の笑みではなく、不機嫌そうな渋面があった。
「私の真似ですかね? 偽物を先に部屋に入れ、奥義を不発で終わらせる……ふふふ、私好みの姑息なやり口ですね」
「あ、やっぱりバレた? ちぇ、驚かせてやろうと思ったのに。流石、卑怯卑劣の常習犯はお見通しってわけだね」
空中に残った鳥かごから、ズルリとキルトのグロ死体……ではなく、『スカ』と書かれた紙が胴体に貼り付けてある等身大のわら人形が落ちてきた。
実はキルトは、部屋に入る前にサポートカードを使ったのだ。身代わりを生み出す壺型の魔物『ドールメイカー』の力で、わら人形を自分に化けさせていたのである。
扉の向こうで様子を窺っていたキルトは、自身の策が見破られたことについて皮肉たっぷりに答えつつ大部屋へと足を踏み入れる。
「ええ、私は殺人鬼ですからね。警察に捕まらないようあの手この手を駆使するのが得意なんですよ」
『相変わらず減らず口だけは一人前だな。だが、もう貴様の奥義は空振りさせた。また死者を呼んで戦わせるか? ムダなことだがな』
「いえいえ、今回はやりません。代わりに……ネガの置き土産を使わせてもらいます」
ルビィの挑発に対し、亮一はそう答えつつデッキホルダーから『REVOLUTION─鏖殺』のカードを取り出す。それを見て、キルトは目を見開く。
「そのカードは……!? まさか、ネガの奴二枚目のレボリューションカードを!?」
「ええ、私のために作ってくれたのですよ。ちょうどいい、彼の弔いも兼ねるとしましょうか。一応仲間でしたからね、彼は」
『キルト、フリーズコマンドを使え! 奴を変身させるな!』
「うん、今回はそのまま仕留める!」
【フリーズコマンド】
亮一がレボリューションのカードをスロットに挿入した直後、キルトはルビィのアドバイス通りフリーズコマンドのカードを使う。
サモンギアが凍結し、これで相手のレボリューションが不発に終わる。二人はそう思っていた……だが。
「ああ、残念でしたね。その程度お見通しなんですよ、ネガには。だから、こんな風に対策してくれていたんです」
『! 氷が溶けて……まずい!』
【REVOLUTION】
【Re:DESTRUCTION LIST MODEL】
「ふう……力がみなぎりますね。さあ、始めましょう。キルト、あなたを絶滅の記録に載せてあげますよ」
レボリューションを果たした亮一は、地獄の業火を思わせる紅色の鎧を着た姿に変わっていた。頭部を覆っていたペストマスクは、顔の部分に深い闇をたたえたフードになっている。
亮一の表情は闇に覆い隠されて見えず、紅に輝く両眼だけが見えている。だが、それでもキルトとルビィには理解出来た。
──泰道亮一が、笑っていることを。
【ブレイドコマンド】
「さあ、この力で死になさい。ふふふ、楽しみですねぇ。君は何分……生きていられますかね?」
凄まじい殺気に、キルトは身動き出来なくなる。そんななか、亮一は胸にかけたギロチン型のネックレスに変化したサモンギアにカードを読み込ませる。
すると、彼のいた世界……地球における禁忌のシンボルマーク『ハーケンクロイツ』から棒を一つ取り、三方向に均等に棒を配備し直したマークを象った刀身を持つ大剣が現れた。
「ふむ、素晴らしい剣だ。殺戮を重ねるのに相応しい威容……そう思うでしょう? キルト!」
『ハッ! キルト、来るぞ! 気をしっかり持て!』
「! う、うん! 迎撃だ!」
【カリバーコマンド】
我に返ったキルトは、迫り来る亮一の攻撃を迎え撃つ。愛用の剣を召喚し、相手の振るう大剣を受け止めようとした。
だが、力を込めた一振りを受けた瞬間吹き飛ばされてしまう。馬車にはねられたかのようにキルトの身体が宙を舞い、床に叩き付けられ転がっていく。
「う、ぐふっ!」
『キルト! 大丈夫か!』
「なん、とかね……。でも、あいつの攻撃凄く強くなってる。ネガめ、とんでもない置き土産を残してくれたよ」
「ふふふ、実に素晴らしいですね。実戦で使うのはこれが初ですがこれほどまでとは。いやあ、君が相手でよかった。……そう簡単に壊れませんからね、たっぷりと遊べますよ」
【ドリルコマンド】
怖気が走る猫なで声を出しながら、亮一はゆっくりとキルトへ向かって一歩踏み出す。新たなカードを用いて、螺旋状の溝が掘られたランスを召喚しながら。
「壊れなんかしないよ。むしろお前を壊してやる、タイドウリョウイチ! お前の血塗られた人生にここで幕を下ろしてやる!」
「ふふふ、その威勢の良さがいつまで続くか見物ですねぇ。さあ、かかってきてください。命乞いの涙を流させてあげましょう!」
右手に大剣、左手にランス。得物を構えた亮一は、立ち上がってきたキルトへと走り出す。二人の対決が今、最終ラウンドを迎える。
◇─────────────────────◇
キルトと亮一の死闘が始まるなか、髑髏城の外でも激しい戦いが続く。『破戒星』と『堕落星』、二つの星に挑む魔神の一族だが……。
「ククク、どうだ? 堕落の波動はいい気分になるだろう? 何もかも忘れ、快楽と惰眠を貪りたくなるからなあ」
「う、ぐ……う、動きが……」
「まずいね……あの波動に当たったらダメだ! みんな気を付け」
「るのはいいけど、こっちも気を配った方がいいよ? ほら、こうやってすぐ懐に入り込める」
「しまっ……ぐう!」
モロクが手から放つ謎の波動に中てられ、魔神たちが次々と戦闘不能に追い込まれる。それを見たダンスレイルが警告するも、そこに破戒星が迫る。
斧の魔神の腹部に掌底を叩き込み、遠くへと吹き飛ばす。たった二人の敵を相手に、数百人の魔神たちは苦戦を強いられていた。
「姉上! 大丈夫か!?」
「ああ、これくらいは平気さアイージャ。とはいえ、リオくんを完敗させた相手だ……一筋縄ではいかないねこれは」
「時間稼ぎさえ出来ればいいとはいえ、骨の折れる相手じゃな……。あの牛頭の男といい、幹部格は侮ってはならぬようじゃ」
吹き飛ばされた姉をキャッチし、安否を問うアイージャ。そんな二人を遠目に見ながら、二つの星は笑うのだった。




