243話─復讐者、来たる
「なるほど、そんなことになってるのね。霊峰を東に超えた先は」
「うん、フロスト博士……今までにないくらい真剣な表情してた。やっぱり、祖国を危機から救うために必死なんだと思う。僕たちもお手伝いしないと」
しばらくして、ラズマトリアの飛行艇から戻ったキルトは仲間に報告をしていた。一緒に戻ったアリエルは、一足先に自室兼ラボに向かう。
祖国をフェルガード帝国の侵略から救うため、様々な発明品を造るつもりなのだろう。彼女の熱意を尊重し、キルトはそっとしておくことにした。
「そうだな、なら私が一肌脱ごうじゃないか。そのラズマトリア公国の使者たちはどこに?」
「今は霊峰の東の裾野に飛行艇を停泊させてるよ。いきなりアレが来たら、デルトア帝国が大混乱しちゃうし」
「賢明な判断だ。キルト、私は一旦シェンメックに戻る。父上に事の子細を話して、公国と正式に国交を結び手助けする準備を整えるためにね」
「流石、皇女だけあってこういう時に頼りになる。なあ、そう思うだろ? ヘルガ」
「フン、オレに振られても知ったことじゃあねえ。だが……戦いの匂いがするのだけは悪くねえぜ。ククク」
一連の騒動を我関せずとばかりに、ひたすら肉料理を貪っているヘルガにドルトが声をかける。ヘルガは七面鳥の丸焼きにかぶりつきながら、ニヤリと笑う。
「まあ、戦いは避けられないだろうな。……それにしても気になる。新たなるサモンマスター……何者なのだろうな?」
「Ω-13や理術研究院の生き残りがいるのかもしれないね、ウォンさん。ま、とにかく。僕たちはフィリールさんの準備が終わるまではここで特訓だよ。相手が誰だろうと負けないためにね!」
「いいこと言うじゃない、キルト。それに引き換え……このへべれけドラゴンは本当にどうしようもないわね、ったく」
「ぐがー……ぐごー……」
キルトたちが真面目な話し合いをしているなか、スピリタス数本をイッキしたルビィは床に寝っ転がって爆睡していた。
エヴァによる罰として、双子が楽しそうにルビィの顔に落書きをしている。それが当然であるかのごとく油性の魔法ペンで。
「あはは……ま、誰にでもハメを外しちゃう時はあるから大目に見てあげようよ。で、それはそれとして。フィリールさん、国交の件頼んだよ」
「ああ、任せてくれ。皇女権限をフル活用して、遅くとも数日で完了させてみせるから」
「今の状態で公国に行っても、ウチら不法侵入者になってまうしなー。よっしゃ、キルトの言った通り特訓や!」
「よーし、俺もやってやるぞ!」
アスカもサウルも、フェルガード帝国との戦いに向け闘志をたぎらせる。その頃、遙か西。旧ウィズァーラ王国の首都では……。
「ふぅん、こんな醜い石像になってるのか。バカだねぇ、バルステラを裏切ってキルトなんかに味方するからこうなるんだよ。全く、実にスマートじゃない」
目深にフードを被った男が、石化したエシェラとメルムの双頭像を見上げていた。男はつまらなさそうに吐き捨てた後、背を向け歩き出す。
その手に持った、タナトスが造り上げたサモンアブゾーバーを揺らしながら。
「……キルト。お前を殺すために僕は地獄から舞い戻ったぞ。この力でお前に、僕が味わった苦しみを何倍にもして味わわせてやる! アハハハハハハ!!!」
廃墟となったバルステラの城に入った男は、フードを取り払いながら狂ったように笑う。男……フェルシュは誓う。キルトへの復讐を。
「僕があんな目に遭ったのも、元は言えばキルトのせいだ。あいつだけは許せない! タナトスの名代として必ず殺してやる!」
七罪同盟の一人、アスモデウスによって去勢されて、そのまま失血死するという壮絶な末路を迎えたフェルシュ。
死んだ後も、彼は冥獄魔界でひたすら責め苦を味わってきた。ある時は煮えた鉄を飲まされ、ある時は全身を先端から切り刻まれ。
文字通り地獄の日々を、他の仲間たちよりも長い間過ごしてきた。そうして、ようやくタナトスに買い取られ自由の身となったのだ。
『フェルシュよ、我々は今人手不足に陥っている。そこで、お前にも手伝いを頼みたい。私の直属の部下たちが東、お前が西で争乱を起こせ。キルトたちを挟み撃ちにして滅ぼすのだ。いいな?』
「ゾルグに与えたのとは違うやつだと聞いたが、僕にはどうでもいいさ。キルトを殺せるならなんだってね……! 今に見ていなよ、この借りは必ず返してやるからな……!」
タナトスに言われたことを思い出しながら、フェルシュは拳を握り締める。彼のキルトへの憎しみは、単なる逆恨みでしかない。
のだが、フェルシュは完全に開き直り自分に起きた苦難は全てキルトのせいだと思い込んでいた。キルトへの憎しみを強くするため、タナトスはあえてフェルシュを長い間放置していたのだ。
「さあ、そうと決まれば早速準備だ。首を洗って待っていろ、キルト!」
傷だらけになった顔に邪悪な笑みを浮かべ、フェルシュはそう呟くのだった。
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『……という次第でありまして、想定外の形ではありましたが無事アリエル様と会うことが出来ました。では、一旦通信を終わります』
「よかった……ありがとう、ビシュロ艦長。こちらも取り急ぎ姉上を迎える準備をします。ゆっくりと休んでくださいね」
その頃、マリアンナの方も飛行艇の艦長からアリエル、そして彼女の仲間と邂逅したとの報告を受けていた。無事に出会えたことを喜びつつ、公女は連絡を終える。
「ふう……よかった。ひとまず、これでなんとかなりそうですね。後は、姉上たちを迎え入れるための準備をしなければ」
「失礼致します、マリアンナ様。オズイン、ただいま帰還しました」
「お帰りなさい、オズイン将軍。国境の守りは無事固められましたか?」
「ええ、万事滞りなく。とはいえ、フェルガードの軍相手にどこまで持ちこたえられるか分かりませんが」
マリアンナが一人喜んでいると、無精ヒゲを生やした壮年の大男が謁見の間に入ってきた。白をベースとして、青と緑の唐草模様の装飾が施された鎧を着ている。
彼の名はオズイン、ラズマトリア公国軍と直属の配下たる四天王を率いる、『地上最強』の称号を持つ凄腕の武人なのだ。
「そうですか……いえ、今から心配していても仕方ありませんね。将軍、先日お話した例の作戦……どうやら成功しそうですよ」
「ああ、出奔なされた姉君を呼び戻すという。私としては、あの方にはこの国の土を踏んではもらいたくないのですがね。祖国の危機でなければ、出会い頭に叩っ切って」
「オズイン! いくらあなたとはいえど、姉上の悪口は許しませんよ! 確かに姉上は、全ての責務をわたくしに押し付けこの国を出て行きました。ですが、それを今更議論しても仕方ないでしょう」
「……そう思っておられるのは、公女様だけだということを肝に銘じていただきたい。私を含め、古参の者らはみなあの方を許してはいないのですよ」
冷たい口調でそう言い放った後、オズインは一礼して謁見の間を出て行った。一人残ったマリアンナは、ため息をつき暗い表情を浮かべる。
「はあ……。どうにかして姉上と和解出来ればいいのですが……一番の穏健派であるオズインがあの態度では、難しそうですね」
第一公位継承権を、家族を……何もかもを棄てて祖国を去ったアリエルを、有力者たちは良く思っていないらしい。
彼らとアリエルの間にある壁が壊れ、友好を築ける日が来てほしい。マリアンナは心労を抱えつつも、小さな祈りを天に捧げるのだった。




