182話─三百年後の君へ
「はあ、はあ……ジェディン、レジェ! 遅れてごめんっす、被害状況は!?」
「イレーナ! よく来てくれた。済まないな、暗域は確か夜だろう?」
「へっ、大切な仲間の一大事に寝てらんねってんすよ!」
とある街に、大勢の人々が集まっていた。目的は、破壊されたミュージアムの瓦礫の撤去。陣頭指揮を執っていた二人の男女の元に、一人の女性が慌ただしくやって来る。
現れたのは、現序列四位の魔戒王クラヴリンの妻にして、かつて『デスペラード・ハウル』の名で呼ばれた機甲の戦士だった女性……イレーナ。
「被害状況はね~、まあ見れば分かる的な? ミュージアム自体は派手にやられちゃったけど~、ジンソクカダンな避難誘導のおかげで死者はいないよ~」
「そっか、それは一安心すね。でも……何者っすかね? 警備兵はみんなインフィニティ・マキーナで武装してたんすよね?」
「ああ、全員が『シルバリオ・スパルタカス』を身に着けていた。だが……下手人はたった一人で、二十人以上いた警備員を全滅させたらしい」
セーラー服風の装束を身に着けた、チャラチャラした雰囲気を纏う闇の眷属の女レジェはイレーナに被害状況を説明する。
死者が出なかったことをイレーナが喜ぶも、すぐに疑問が浮かぶ。もう一人いた仲間、黒いスーツを着た男ジェディンが答えた。
「たった一人で!? そいつ、一体何者……」
「ジェディン様、大変です! 『インフィニティ・マキーナ記念ミュージアム』に展示してあった初代シュヴァルカイザーとホロウバルキリーのダイナモドライバーが無くなっています!」
イレーナが下手人の正体を考察していると、調査をしていた男性がジェディンの元にやって来る。報告を聞き、ジェディンたちの顔から血の気が引く。
「なんだと!? そうか、下手人の目的は……」
「アンネちんたちの使ってたダイナモドライバーってコト!? マジ許せない、ウチのしんゆーの形見を奪うなんて!」
「ドライバーの警備をしていた者の証言によれば、『サモンマスターランズ』を名乗る者に襲われ……おお、イレーナ様! お久しぶりでございます」
「うっす。その下手人、間違いなくサモンマスターって言ってたんすよね?」
「はい、間違いありません!」
証言を聞き、イレーナは納得がいったかのように小さく頷く。そして、きびすを返し暗域へと繋がるポータルを作り出す。
「どうした、イレーナ。もしかして、心当たりがあるのか?」
「っす、今暗域ととある大地で有名になってる連中がいるんすよ。善と悪、二つの陣営に別れて争っている存在……それがサモンマスターなんす」
「あ、ウチ知ってる! リケンの連中がなんかやってるんでしょ~? あいつらこっちにまで手ぇ出すなんていい度胸じゃ~ん」
「アタイもそう思うっす。そんで、ジェディンにレジェ。この一件、アタイに任せてほしいんすけど……いいすかね?」
「それは構わないが……解決するアテはあるのか?」
ポータルをくぐろうとするイレーナの背中に、ジェディンの声が届く。イレーナは振り返り、ニコリと笑った。
「もちろん! とびっきりのアテがあるっす。……シショー、姐御。二人の末裔の力を借りるんすよ!」
邪悪な存在に奪われた『遺産』を取り戻すため。かつて世界を救ったヒーローたちの『刻』が、再び動き出す。そして……邂逅の時が迫っていた。
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「ふっふっふっ、サモンマスターなりきりセット第二弾……いい感じに売れてるね! ここまで好評だと嬉しいな!」
「せやなぁ、なんかウチが大衆に認められたみたいで嬉しゅうなるわ。なぁフィリールはん?」
「だな、願わくば激しく……キツい取り扱いをしていてほしいものだ……❤」
「いや、そこでドMらんでええわアホ!」
バイオンとのリベンジマッチから数日後。今日もサモナーズショップは大盛況だ。サモンマスターなりきりセットの第二弾発売により、客が押しかけてきているのだ。
第二弾のラインナップは、『甲帝召機プライドギア』、『惑剣召機ミスティギア』、『戦極召機玄武ギア』そして『彩鳥召機ルージュギア』の四種類。
先の大戦でのサモンマスターたちの活躍により、なりきりセットが飛ぶように売れているのだ。おかげで、キルトたちの懐はかなり潤った。
「食堂も繁盛しとるし、こら思ったよりも早く借金返済出来そうやんな。な、キルト」
「そうだね、アスカちゃん。ドルトさんも恩赦を貰って自由の身になれたし、たまにはパーッとみんなでお祝いしちゃう?」
「ああ、いいな。せっかくなら旅行に行きたい。ここしばらく、ずっと戦い詰めだったしな」
「そうだね、せっかくなら……エシェラさんとメルムさんを復活させる方法も探したいしね」
ランチタイムが終わり、閑散とした食堂で店番をしているキルト、アスカ、フィリールの三人。アスカの提案に答えつつ、キルトは思案する。
覇王バルステラとの戦いで、相手の奥義から身を挺してキルトを守ったエシェラとメルムは全身が石に変化し、物言わぬ石像になってしまった。
まだ生命兆候はあるものの、石化を解くすべは見つからず……現在も、旧ウィズァーラ領に置き去りになったままなのだ。
「メソ=トルキアじゃ答えは見付けられなかった。でも、他の大地に行けばきっと……」
「キルト……せやな、あの二人にはもっとちゃんとした禊をしてもらわなアカンしな。元に戻す方法も探してやらへんとなぁ」
「そうだな、流石の私も同情し……ん、いらっしゃい。もうランチメニューは終わってしまったが、それでもいいかな?」
三人が話していると、店の中に客が一人入ってきた。赤茶けたなめし革のケープを羽織り、黒いテンガロンハットを目深に被った客は小さく頷く。
「……構わないっすよ。アタイの目的は、食事じゃあないっすからね」
「へ? んならジブン、何しに来たん?」
「アタイが用があるのは……そこの君っす。オリジナルの君と会うのは初めてっすね、キルトくん」
ハットを取り、客……イレーナはキルトに向けて笑いかける。面識の無い相手に親しげに話しかけられ、キルトは首を傾げた。
「えっと……申し訳ないんですけど、お姉さんとどこかでお会いしましたっけ?」
「ああ、こっちの話っすから気にしないで。自己紹介させてもらうっす、アタイはイレーナ。……キルトくん、君のご先祖様……フィルとアンネローゼの仲間だった女っす」
「えええええ!? イレーナ……って、あの!? そ、そんな方とは知らず……アスカちゃん、とびきりのご馳走作って! この人凄いお客様だよ、おもてなししなきゃ!」
「あはは、そんな気を使わなくていいっすよ? ……それにしても、こうして見てみるとフィル……シショーそっくりっすね。本当に……」
とんでもない客の来店に、てんやわんやしてしまうキルト。そんな彼に今は亡き師の面影を見出し、イレーナは目元を押さえる。
突然のことに何がなんだか分からなくなるも、とりあえずアスカは厨房に引っ込み料理を作る。残ったフィリールは、キルトと共にイレーナの話を聞く。
「それで、イレーナ様は一体どのような目的でメソ=トルキアに?」
「うん、実は……君のご先祖様が生きた大地、『カルゥ=オルセナ』でちょっと洒落にならない問題が起きちゃって。君の力を借りるために、こうしてやって来たんすよ」
「洒落にならない問題、か。して、何が起きたんだ?」
料理が出来るまでの間、イレーナの話を聞くことにしたキルトたち。キルトとフィリールに問われ、イレーナは答えた。
「……三百年前、シショーが開発した装具。二つの『ダイナモドライバー』が盗まれちゃったんすよ。理術研究院の手の者にね」
「なんですって!?」
「二つのダイナモドライバーは、『天』のヒーロー『ホロウバルキリー』と『地』のヒーロー、『シュヴァルカイザー』に変身するために必要なもの。それを悪用されるような事態だけは、避けないといけないんす。シショーと姐御の遺志を継ぐ者として」
驚くキルトたちにそう口にしながら、イレーナは遠い過去を思い出す。脳裏に浮かぶのは、ベッドに横たわる老夫婦。
『イレーナ……僕とアンネ様の、可愛い弟子。あなたに、最後の願いがあります』
『そんな、最後だなんて言わないでシショー! アタイ、まだ二人と……お別れなんてしたくないっすよぉ』
『泣かないで、イレーナ。お願い、私たちの分まで……か弱き人々を守ってあげて。かつて、私たちがそうしたように……』
『う、ひぐっ、ぐすっ。分かったっす、約束……するっすよ。アタイ、二人の分まで……ヒーローとして、ずっとずっと……戦うっすから』
『……ありがとう、イレーナ』
今はもういない、師たちとの思い出に浸っていたイレーナは意識を現実に戻す。目の前にいる、敬愛する師の末裔を見ながら心の中で呟く。
(シショー、姐御。アタイは必ずやり遂げるっす。二人の血を受け継ぐ、新しいヒーローと一緒に。だから、鎮魂の園で見守っててください)
旧き時代のヒーローと、新たなる世界を生きるヒーローが出会った。そして……新たな物語が動き出した。




