144話─ウィズァーラの逆襲
時は少しだけさかのぼる。フィリールたちが昼休憩を終えようとした直後……屋上にドルトが現れた。かなり焦った様子で、異変を告げる。
「二人とも、大変だ! 西の方からウィズァーラ軍が押し寄せてきているぞ!」
「なに? あり得ん、奴らは私とエヴァで殲滅したのだぞ。まさか……増援が来たのか?」
「いや、違う。死者だ、死者の群れがこの長城に向かってきている! 恐らく、以前キルトが忠告してきたタイドウリョウイチという敵の仕業だろうな」
リレイコマンドを用い、万一に備えて西の監視も行っていたドルト。その結果、いち早く異変に気付き報告にやって来たのだ。
「タイドウリョウイチ……確か、死人を操るサモンカードの使い手だったか。兄上、どうします?」
「決まってるだろうよ、迎撃だ! ドルト、悪いが先に行っててくれ。俺たちもすぐ行く」
「分かりました、騎士たちと一緒に籠城の備えをしておきます!」
グラインの言葉に頷き、ドルトは一足先に長城内に戻っていく。フィリールたちも後に続こうとするが……直後、勝手に階段に続く扉が閉まる。
その刹那、フィリールは感じ取った。ほんの僅かな殺気が、屋上全体に漂っているのを。そして……認識阻害の結界が張られたのを。
「兄上、気を付けてください。どうやら……ついに敵が動くようです」
「ヒヒヒ、その通りでさぁ。いよいよ、あの方からの実行命令が下りやしたんでねぇ。さ……総司令グライン、ここで死んでいただきやすぜ」
扉の鍵が閉まるカチンという音と共に、それまで姿を消していたディガロがついに任務の実行に移る。暗殺決行の合図は、死者の軍勢の進撃。
騎士たちが物資不足の中で迎撃に動き、満足に立ち回れないだろうタイミングで確実に仕留めよ。そう命令されていたのだ。
「フン、死んでいただくねえ。生憎、俺ぁまだ死ぬつもりはねえぜ。殺せるもんなら殺してみろ」
「兄上に手出しはさせん。殺したいのならまずは私を倒してからにすることだ!」
「ヒヒヒヒ、いいでやすね……その表情。凜々しくてそそりまさぁ。その顔が絶望に染まるのが……今から楽しみでたまらねぇ!」
『サモン・エンゲージ』
ディガロは腰から下げた、くねくねしたキノコのエンブレムが彫られたデッキホルダーに手を伸ばす。ダークブラウンのソレから、契約のカードを取り出した。
ベルト型のサモンギアにかざし、カードを読み込ませる。白い炎に包まれてカードが消えるなか、ディガロの全身を茶色い菌糸が覆っていく。そして……。
「さあて、始めやしょうかね。ここからなら、よーく見えましょうや。地上の様子がねぇ」
「それがどうした? 精強なるデルトア騎士団ならば、死者の軍勢など恐るるに足らん! タイドウリョウイチがいるとしても、こちらにはドルトがいる。戦力に不足はないな」
『サモン・エンゲージ』
菌糸が弾け、ディガロは濃い茶色のズボンとジャケットに身を包まれた姿へと変身を遂げる。あちこちに小さなキノコのオブジェがくっつき、腰からはキノコの傘を模した丸い腰垂れが下がっている。
どこかコミカルな姿になった相手を見ながら、フィリールも変身を行う。グラインは足手まといにならぬよう後ろに、下がり、戦いを見守ることに。
「返り討ちにしてやる、かかってこい!」
『ランスコマンド』
「へえ、んじゃこうさせてもらいやしょうかね」
『ロストコマンド』
「なっ……!? 貴様、いきなり何をする!?」
槍を呼び出し、勇ましく攻撃を仕掛けようとするフィリール。が、ディガロは以前ネヴァルも使った妨害系のカードを使う。
せっかく呼び出した槍を破壊され、フィリールは困惑する。いきなり出鼻を挫かれるようなことになるとは思っていなかったのだ。
「ヒッヒヒヒ、すいやせんねえ。あっし、カードは妨害系のモノしか持ってないんですわぁ。なんでま、こうやって……」
「! まずい、下がれフィリール!」
「くっ……ぐあっ!?」
「ステゴロで戦わせてもらうんでさぁ」
気味の悪い笑みを浮かべ、そう口にした直後。ディガロの姿が消え、いきなりフィリールのすぐ目の前に現れた。
迎撃する暇も無く、みぞおちに拳を叩き込まれてしまう。流石に戦闘中に被虐の喜びを堪能する余裕はなく、倒れないよう踏ん張るのに精一杯だ。
「く、貴様……!」
「ヒヒヒヒ、どうしやしたかねぇ? 早く反撃しないと、兄貴を殺しちまいやすぜ?」
「そうは、させん! お前はここで私が倒す!」
『ヘイトコマンド』
「来い、インペラトルホーン! 奴が戦いに集中出来ないように妨害を」
「おっと、そうはいきやせん。妨害はあっしの十八番でね、あんたさんが上を行こうなんざ百年早いんでさぁ!」
『コンファインコマンド』
超音波を浴びせ、相手の集中力を削ぎ落とそうとするフィリール。が、そうはさせまいとディガロも二枚目のカードを用いる。
デッキホルダーから取り出したのは、無数の破片に破られたカードの上から黒いバツ印が押された絵が描かれているカード。
ソレをサモンギアに読み込ませた瞬間、フィリールの用いたカードの効果が打ち消されてしまう。以前ボルジェイも使った、反則的な妨害力は健在だった。
「ヒヒヒヒヒ、あんたさんはサポートカードを使わないんで意味はありやせんが……まだ封印のカードもありやすんでね、あっしには。何をしてこようが、完封してやれまさぁね」
「まずいな……このままじゃ、フィリールが苦戦し……うおっ!? な、なんだこの揺れは!?」
初っ端から追い詰められていく妹の身を案じていたグラインだったが、突然長城全体が揺れ転びそうになってしまう。
振動の発生源を探ろうと、柵から下を見た彼は理解する。いや、させられてしまう。長城の正門に、ペストマスクを被った人物が体当たりをしているのだ。
「奴だ、奴を狙え! バリスタで狙撃しろ!」
「ダメです、ウィズァーラの騎士たちが射線を遮っていて当てられません!」
「俺の狙撃中継衛星でも、あれだけの数をすり抜けて矢を届かせるのは困難だな……仕方ない、とにかく矢を射って数を減らす! 射線が通ったらバリスタをブチ込んでくれ!」
「はい! ありがとうございますドルト殿!」
屋上の下方にある連絡通路には、すでに騎士たちが陣取りペストマスクの人物……泰道亮一へ攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、亮一の操る死者たちが盾となり射線を遮っていた。彼らを排除すべく、ドルトが攻撃を加え続けるが……一歩遅かった。
「フンッ! ……ふふ、これで邪魔な正門は壊せましたね。さあ、行きなさい死者たちよ。敵をなぶり殺し、長城を陥落させなさい!」
「まずい、門が! クソッ、俺も加勢に行きたいが……あの二人が戦ってるのを抜けて扉にたどり着くのは難しいな」
何度目かの体当たりにより、修理されたばかりの正門が破壊されてしまった。死者たちがなだれ込むのを見たグラインは、視線をフィリールたちに戻す。
「カードを使っても消されるなら、こちらも素手で戦うのみ! 騎士だから素手の格闘が出来ない、などと侮るなよ!」
「ヒッヒヒヒ、そいつぁあっしの台詞でさぁね! 小太りなドワーフだから俊敏に動けない……そんな思い込みは捨てるこった!」
妨害特化型の相手にサモンカードを使った戦いは不可能と判断し、素手による格闘戦を挑むフィリール。ディガロと激しい拳のやり取りが始まり、所狭しと暴れ回っている。
とてもではないが、二人の間を抜けるなり脇を通るなりして扉に向かうのは無理だ。無理にやろうとすれば、すれ違い様にディガロに殺されるだろう。
「……クソッ、こうなっちまったら祈るしかねえ。部下たちの、フィリールの勝利を……」
サモンマスター相手に、グラインが出来ること何もない。ただ己の無力さを嘆きながら、フィリールの戦いを見守ることしか出来ずにいた。
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そして、時は現在に戻る。無残に破壊された長城のエントランスで、エヴァと亮一が対峙している。
「ぶっ殺してやるわ……ただ殺すんじゃない、ジワジワいたぶってなぶり殺してやる! 覚悟しなさい!」
『アックスコマンド』
「ふふふ、それは楽しみですね。もっとも、あなたに私が殺せれば、の話ですが」
『グレイブコマンド』
殺意を剥き出しにするエヴァに対してたじろぐこともなく、亮一はデッキホルダーから一枚のカードを取り出す。
穂先の部分が幅広いの刃となった、長柄の武器……黒いグレイブが描かれたカードをスロットインし、己の得物を呼び出した。
「ふぅん、グレイブヤードだからグレイブが得物ってわけ? くだらない駄洒落ね」
「そうですかね? 私自身は小洒落ていると思っていますが。さあ、始めましょう。早く私を倒さないと、お友達が大変なことになりますよ? ふふふふふ」
「そう。なら、さっさと終わらせてあげる!」
亮一の不穏な言葉に、エヴァは眉をひそめる。その直後、斧を構え突進していった。彼女の戦いが始まった頃、屋上で行われていた戦いに……決着がつこうとしていた。




