119話─竜虎相打つ
「まだ戦いは終わらないぞ、キルト! さあ、次は俺の番だ!」
『キルト、来る!』
ティバは翼を広げ、急加速してキルト目掛けて突進していく。避けられないと悟ったキルトは盾を構え、攻撃を防ごうとするが……。
「ムダだ、いくら盾が頑丈でも! お前自身の膂力が足りなきゃ意味はない!」
「うああっ!」
大剣による突きを防ぎきれず、遙か後ろへ吹っ飛ばされてしまう。地面を転がる彼に、ティバは容赦なく追撃を叩き込む。
間一髪転がって避けたキルトは、立ち上がり大きく距離を取る。至近距離に入れば、大剣の餌食になる。ゆえに、離れざるを得なかった。
『大丈夫か? キルト』
「なんとかね。でも参ったな……このモデル、ブレスコマンドは使えないみたい。サポートカードも、強化系のは持ってないし……」
現在キルトが変身しているニヴルヘイムモデルは、ノーマルモデルから所持カードが一新されている。そのため、自己強化が出来ない。
シールドコマンドのカードは、回復が出来るヒールコマンドに。ブレスコマンドのカードは、もう一つの切り札とも呼べるものに変化しているのだが……。
『キルト、アレを使ってみてもいいのではないか? この状況を打開出来るかもしれない』
「いや、多分無理だと思う。効果を考えるに、発動済みのカードに対しては使えないはずなんだ。使うなら、次にティバがカードを使う時……」
「何をブツブツ言ってる! 今は戦いの最中だぞ! 食らえ、ランペイジソードランブル!」
ルビィと会話しているキルト目掛けて、ティバが突進する。生憎、今キルトが立っている場所とその周囲の地面はぬかるみはじめており、機敏な回避が出来ない。
こうなればもう、互いに斬り結ぶしかない。キルトは剣を振るって応戦する。
「来い、ティバ! 全力で相手してやる!」
「いいぜ、そうでなきゃな。オレが戦う意味がない!」
ティバの振るう大剣の、重い一撃を何とかいなしていくキルト。攻撃を受け止める度に、手が痺れて剣を落としそうになる。
それでも、彼は決して武器を落とすことはない。ティバと同じように、キルトにも負けられない理由があるのだから。
「ぐあっ! くっ、相変わらずやるじゃねえか。ええ、キルトォ!」
「あぐっ……! そっちこそ、いい一撃だね! 今までとは全然違う……本当に強くなったよ、ティバァ!」
相容れぬ宿敵同士の二人。だが、それぞれの得物を振るうその姿は……どこか楽しげで、儚さを醸し出していた。
稲光がとどろき、さらに雨が強くなる。そんななかで、二人は少しずつ傷付いていく。鮮血が飛び、泥に混じって濁る。
「悪いが、一気にケリを着けさせてもらう。覚悟しろキルト!」
【オーバークロックコマンド】
激しい戦いは、突如ティバの放った蹴りによって一時中断される。キルトを吹き飛ばした後、ティバはデッキホルダーからカードを取り出す。
赤熱する懐中時計の絵が描かれたカードをスロットインし、限界突破してさらなるパワーを引き出そうとしているのだ。
「この力は長く持たねえ、使いすぎるとオレが死ぬからな。だから……速攻でケリを着ける! ヒートエンドストライザー!」
「くっ、受けきれ……うあああっ!」
『キルト!』
元よりソウルレガシーモデルの方が力が上だというのに、さらに出力を上げられてはキルトに為す術があるわけもなく。
全身を斬られ、トドメとばかりに宙に打ち上げられてしまう。その瞬間に、ティバは奥義を発動する。
【アルティメットコマンド】
「これで終わりだ、キルト。ネヴァルたちの仇……ここで討つ!」
「そうは、いかない……!」
カードを装填したティバは、大剣をキルトへ向かって投げつける。すると、剣が白き虎……新たな力を得たレガリアンファングへと変化した。
輝く白虎はキルトにぶつかった瞬間、無数の鎖となり彼に巻き付く。先端が地面に突き刺さり、空中にキルトを縛り付けた。
動きを封じられる直前、キルトはどうにかヒールコマンドのカードを取り出すことに成功した。だが、鎖のせいでスロットに届かない。
「これで終わらせる! ひと思いに死ねると思うな、全身を切り刻んで殺してやる! 奥義……トリニティ・キル・ソーサー!」
ティバの身体から白いオーラが放たれ、三つの円状の刃に変化する。刃を頭上と両脇に追従させ、ティバはキルト目掛けて飛ぶ。
そして、三枚の刃を使って斬撃の嵐を見舞う。悲鳴をあげることも出来ず、キルトは全身を斬られることしか出来ない。
『キルト! クソッ、我が顕現出来れば……いや、待てよ。この鎖は奴の本契約モンスターが変化したもの。なら……!』
キルトを助けるべく、ルビィは思い付いた作戦を実行に移す。伴侶を縛っている鎖に、自身の魔力を流し込んで拘束を弱める作戦に出た。
『グル……ゴルアッ!?』
『暴れるな、低俗な虎め! 大いなる竜である我に勝てるものか!』
『ゴルッ、グルルウッ!』
「チッ、あのドラゴンめ! レガリアンファング、もう少し耐えてくれ! あとちょっとで、キルトを殺せ」
「もう、遅いよ。一本だけでも拘束が緩めば……僕たちの勝ちだ!」
【ヒールコマンド】
ルビィの妨害により、キルトの左腕を拘束している鎖が緩んだ。その機を逃さず、キルトは左腕を動かして強引にカードをスロットに入れる。
黄金のしずくが描かれたカードの力によって、傷は完全に癒えた。キルトは鎖を引きちぎり、拘束から脱出した。
「お姉ちゃん、ありがとう! 助かったよ!」
「クソッ、まさかそんな手があるとは……だが! こっちの奥義は継続中だ! このまま首を切り落としてやる!」
『悪いがそうはさせん。キルト、我を顕現させるのだ!』
「うん!」
【アドベント・コキュートスドラゴン】
「なっ……!?」
「待たせたな、ティバ。キルトを傷付けたお返しだ、その丸ノコを砕いてくれる!」
危機を脱したキルトは、竜形態になったルビィを召喚する。サモンマスターの鎧をも容易く切り裂くソーサーも、竜の鱗には敵わない。
ルビィの振るう尾の一撃を食らい、ソーサーを砕かれつつ吹き飛ぶティバ。三枚全てを破壊され、もう打つ手は無くなった。
「今度は僕の番だ! 覚悟しろ、ティバ!」
【アルティメットコマンド】
「もうお前を守る者はいない! 受けるがいい、我らの奥義を!」
「ぐっ……があっ!」
立て直す隙は与えないと、キルトは切り札を切る。ルビィが青いオーラに変化し、ティバへ向かって突撃していく。
先ほどキルトがやられたように、無数の鎖となってティバを捕らえ地に縫い付ける。それを確認した後、キルトは真上に飛び上がる。
「戻れ、レガリアンファング! 鎖を破壊し……ダメだ、外れねえ……!」
『グルゥ……』
「トドメだ! アウロラルスターシュート!」
レガリアンファングを呼び戻し、鎖を破壊させようとする。だが、もう遅かった。キルトの跳び蹴りが炸裂し、ティバに直撃する。
「うりゃああああああ!!!」
「ぐっ……がはあっ!」
直後、激しい冷気が吹き荒れ周囲一帯を包み込む。ぬかるんだ地面が一瞬で凍り付き、あらゆる音が消えた。
変身を解除されたティバが吹き飛び、地に倒れ伏して動かなくなる。戦いを制したのは……キルトとルビィの方だった。
「はあ、危なかった……。お姉ちゃんが助けてくれなかったら、僕が負けてたよ」
『土壇場での思い付きだったが、無事逆転に繋がってなにより……むっ、奴め。まだ息があるか』
「く、はは……勝てなかったか。リジェネレイトしても、お前には。さっさと首をハネてりゃ、よかったんだろうな……最後の最後で、結局やらかしたってわけだ」
仰向けに倒れ、雨に打たれながらティバはそう口にする。彼の元に歩み寄り、キルトはしゃがみ込む。宿敵を抱き起こし、静かに声をかけた。
「……そうだね、鎖に捕まった直後。お姉ちゃんが助けてくれる前に、僕の首を切り落としてればお前の勝ちだった」
「ああ、だがオレは……結局、残虐さを捨てきれなかった。お前を殺す前に、せめて……ネヴァルやボルジェイ様たちの味わった苦しみを与えてやろうと、また同じ過ちを繰り返した……」
最後の最後で、ティバは目論んでしまった。キルトを苦しめてから殺そうと。だが、その結果確実な勝利を逃し、敗北を喫してしまった。
そのことを自嘲し、結局己の弱さを乗り越えられなかったと口にするティバ。そんな彼に、キルトはあえて何も言わなかった。
「……なあ、キルト。最後に一つ、頼みがある。負けた奴の分際で何を言う、と思ってくれていい。でも……どうしても、叶えたい望みがあるんだ」
「いいよ、聞いてあげる。僕をここまで追い詰めた宿敵の願いだもの」
「……ありがとよ。お前の頭の中に、とある場所の座標を送る。そこに、ネヴァルを埋めてある。せめて……あいつの隣で、眠りたい」
ティバの最後の願い。それは、友と共に眠ること。キルトに魔法でネヴァルの墓があるポイントを伝える。そして、次に彼が行ったのは……。
「カーネイジファング……お別れだ、本契約の解除をする。お前も、自由に……」
『ガルッ、グルァッ!』
『……驚いた、拒否しているぞ。相棒に殉じるつもりなのか……見上げた忠誠心だ』
ネヴァルがビューコックにそうしたのと同様、契約を解除しカーネイジファングを逃がそうとする。しかし、当の白虎がそれを拒絶した。
「バカな奴だ……オレなんかと一緒に、死んでくれるのか。でも、なんだろうな……少し、安心しちまった。ありがとう、カーネイジファング。そして、ごめんな……」
『ガル……』
「ネヴァル、ゾーリン隊長、ボルジェイ様……仇を討てず、申し訳……あり、ませ……」
「……息を、引き取ったね。さようなら、ティバ。君とのいい思い出なんて一つもないけどさ。せめて……安らかに眠ってね。死んじゃったらもう、敵も味方もないから……」
無念の言葉を残し、ティバは眠るように息を引き取った。彼の死の直後、嵐がやみ雲の切れ間から陽の光が差し込みはじめる。
竜と虎、相容れぬ二人の戦いは……こうして幕を下ろしたのだった。




