113話─幾度目かの激突
ボルジェイの仇を討つため、演習場に姿を現したティバとネヴァル。幸いにも、天井のド真ん中をブチ抜いてきたため観客に被害はなかった。
もっとも、それは彼らが現れた時点での話。迅速な避難を行わなければ、一般市民だけでなく皇帝一家にも被害が出てしまうだろう。
「ウォンさん、フィリールさん! あの二人は僕が食い止めます! その間に、二人はお客さんたちを逃がしてください!」
「心配いらねぇよ、キルト。オレたちの標的はてめぇだけ。他の木っ端どもなんぞ眼中にもねえんだよ!」
『クローコマンド』
「ティバ、最初から全力で行くわヨ。タナトス様には悪いけど、あたしたちにも譲れないものがあるのよねェ!」
『ウィップコマンド』
が、そんな心配は杞憂に終わった。ティバたちの狙いはキルト一人だけ。余計な敵を相手している余裕は、今の彼らにはないようだ。
観客席に散らばり、試合を見ていた金獅子騎士団はエイプルの指示の元、客たちの避難を始める。フィリールとウォンも、とりあえずそちらを手伝うことに。
「キルト、今のお前ならまず負けることはないだろう。見た感じ、奴らは俺より弱いからな」
「キルト、万が一ということは……今回に限ってはないか。とにかく、頑張れ!」
「うん、分かっ……っと!」
「オレたちが負けるだと? 外野が舐めたこと言いやがって……とっとと出て行きやがれ! 邪魔だ!」
「二対一でも余裕で勝てるつもりかしら? その天狗みたいに伸びた鼻、へし折ってあげるワ!」
ウォンたちとそんなやり取りをしているキルトの元に、ティバが攻撃を仕掛ける。爪の一撃を楽々盾で防ぎ、軽く力を込めて押し返す。
続いてネヴァルが鞭を叩き込むも、こちらもあっさり盾で防がれる結果に終わった。それを見て、ネヴァルはデッキからカードを取り出す。
「イヤな盾ネ、そんなもの消してあげるわ!」
『ロストコマンド』
「さあ、消えちゃいな……あらっ!? ど、どうして消えないワケ!?」
『フン、教えてやる。キルトが身に着けているヘイルシールドはサモンカードによって呼び出した武具ではない。元々備え付けられたもの。故に、貴様のカード効果で消し去ることは出来ん!』
「ちょ、何よそれ! そんなのアリなの!?」
「その言葉はもう、ボルジェイにそっくりそのまま返してやったさ。さあ、来い! お前たちも倒して、因縁にケリをつけてやる!」
驚愕するネヴァルを、キルトは挑発する。チラッと観客席の方を見ると、四割方避難が進んでいた。
(もう少し避難が進めば、周りを気にせず戦えるようになるね。ま、それは向こうも同じことだけど……!)
「チッ、舐めてくれやがる……だったら、力尽くでそんな盾ブッ壊してやるよ!」
『バーサーカーコマンド』
「グルッ、ガルル……グアァッ!」
『キルト、気を付けよ。いつぞやの時のように、狂戦士になって襲ってくるぞ』
「うん、なら……サポートカードで迎え撃つ!」
『サポートコマンド』
廃鉱山での戦いの時のように、理性と引き換えに強大なパワーを得たティバ。彼が前衛を務め、後方からネヴァルが追撃する陣形を組む。
相手の攻撃を盾で防ぎつつ、キルトは義手からサポートカードを取り出す。透き通った水晶で出来たゴーレムが描かれたソレを、タイミングを見てスロットに挿入した。
「フシュー……コオォォォ……」
「いっけー! クリスタルガロック! フロストエアー発射!」
「シュコォォォ!!」
「ガル……ぐおっ、冷た!? てめぇ、何しやがる!」
「ふん、頭が熱くなってるようだからね。強制的に冷やしてあげたのさ。感謝してほしいね!」
キルトの命令を受け、水晶のゴーレム……クリスタルガロックは身体の前面から冷気を放出する。直撃を食らったティバは、あまりの冷たさに理性が戻る。
結果、バーサーカーコマンドの効果が解けてしまった。仮契約モンスターとの連携で、そのままティバを仕留めようとするが……。
『ダーツコマンド』
「そうはさせないわヨ! ビューティフルフェザー・マシンガン!」
「うわっ!?」
「ゴ……ヒュガッ!」
ティバの援護をするべく機を窺っていたネヴァルが、即座に妨害に動いた。背中に纏ったマントをひるがえし、大量の羽根を放つ。
ナイフのように鋭い羽根は、容赦なくクリスタルガロックを貫き破壊してしまう。キルトの方は盾で難を逃れたが、これでまた二対一に戻ってしまった。
「面倒な……仕方ねえ、ネヴァル! 耳塞いでろ、コイツでキルトの動きを止める!」
「アレを使うのね!? いいわ、こっちはいつでもオッケーよ!」
『奴ら……まさか!?』
「ああ、そのまさかだ。食らいな、キルト! そう何度も、こいつを無効化出来るカードなんて持ってねえだろうからなぁ!」
『テラーコマンド』
「まずい、キルト!」
ティバはキルトに有効打を与えるための布石として、切り札……テラーコマンドのカードを使った。観客席に残り、避難を手伝っていたエヴァは思わずキルトの方を見る。
「ガルル……グルァァァァァ!!!」
「う、ぐうう……!」
大きく息を吸い込み、ティバは聞いた者のトラウマを呼び覚ます雄叫びをあげる。エヴァが咄嗟に結界を張り、観客席へ効果が及ばないよう遮断する。
だが、下のバトルエリアにいるキルトはモロに雄叫びを食らってしまう。今回ばかりは、ジャイアントバットのサポートカードを用意していなかった。
「う、ううう……」
『キルト、大丈夫か!?』
「うん、大丈夫、だよ……だって、今の僕には」
かつてのように、またトラウマを抉られ戦えなくなってしまうのではないか。そう心配し、キルトに声をかけるルビィ。
だが、キルトはもう悲しみに彩られた過去に負けることはない。ルビィやエヴァ、シュルムにフィリール、アスカ。そして……束の間の邂逅を果たした本当の両親。
「大切で、大好きなみんなとの……輝きに満ちた思い出があるから!」
「!? ば、バカな!? オレのテラーコマンドを、真正面から破っただと!?」
多くの出会いが、キルトを強くしてくれた。悲しみを癒やし、温もりを与えてくれた。過去を乗り越えた今のキルトは、もう止まらない。
「ムダだよ、ティバ。僕はずっと、前に向かって歩き続けてきた。どんなに苦しくても、悲しいことがあっても。同じ場所で足踏みしてるだけの、お前たちとは違うんだ!」
「この、ガキ……!」
「食らえ! コキュートススラッシャー!」
「!? はや……ガハッ!」
「ティバ!」
凍て付く剣を振るい、キルトはティバの胸板を切り裂く。大ダメージを負ったティバは、よろめきながら数歩後退る。
それを見てネヴァルが悲鳴をあげるなか、キルトはトドメを刺すべくアルティメットコマンドのカードを取り出した。
「ティバ、これで終わりだ! まずはお前から……倒す!」
【アルティメットコマンド】
「はあああ……てやあっ!」
カードをスロットインし、キルトは両腕を前に突き出し青く輝く竜のオーラを放つ。以前のように、ティバを拘束し動きを封じようとするが……。
「─ダメ! させないわ!」
「ネヴァ……ぐあっ!」
『貴様、仲間の身代わりに……!?』
ネヴァルが相棒の元に走り寄り、突き飛ばして射線から外した。その代わりに、彼自身がオーラを食らい鎖によって拘束される。
ターゲットは変わったが、キルトのやるべきことに変わりはない。力を溜めて真上に飛び上がり、マントを炸裂させ加速しながら跳び蹴りを放つ。
「食らえ! アウロラルスターシュート!」
「うっ……きゃああああ!!」
キルトの奥義が着弾し、ネヴァルは苦悶の声をあげる。鎖がちぎれ、後方に吹き飛んで動かなくなった。
「ネヴァル! クソッ、よくも……!」
「待て! ……逃げちゃった。逃げ足だけは一流なんだから」
『まあ、被害は出なかったのだからよしとしよう。それに……あの様子では、オカマ鳥はもう助かるまい』
ティバは傷を押してネヴァルの元に駆け寄り、素早くポータルを作り相棒を担いで飛び込む。二人揃って撃破、とは行かなかったが、返り討ちには出来た。
疲れてしまったキルトは、変身を解いて座り込む。そこに、観客席から飛び降りたエヴァやアスカが走り寄ってくる。
「キルト! よくやったじゃない、お疲れ様!」
「どうなることかと思たけど、無事勝ててよかったわぁ」
「ありがとう、二人とも。みんなとの絆があったから、テラーコマンドに負けずにいられたんだよ」
労いの言葉をかけてくる二人に、キルトはそう答える。だが、この時彼らはまだ知ることはなかった。
リジェネレイトとは、自分たちだけの特権ではないことを。魂の成長を果たした者は、例外なく……新たな力に目覚めうるということを。




