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真実の愛を理由に婚約破棄されたので、結婚相談所ひらきます!で、元婚約者様は何しに来られたのですか?

作者: 寝る寝る寝るね

ハーバリウム王国は自由恋愛に沸いていた。

老若男女、農民から果ては貴族まで、好きだの嫌いだの恋の病におかされていた。

その熱の発端は、平民の少女を娶った先代の公爵、クローリー・ヴァイオレットにある。

身分を超えた二人の愛は、民を動かし国を変えた。

――だから、私はヴァイオレット公爵を一発殴ってやらなければならないのです。


「お前との婚約は破棄させてもらう!」

そう宣言されたのは、19歳の誕生パーティーでのことでした。

主役は私、子爵家令嬢マーガレット・フェネリーです。

「い、今なんと?」

思わず聞き返しました。婚約者のコリウス男爵令息は、傍らにいる少女をぐっと引き寄せます。愛らしいその少女には、見覚えがありました。

「り、リリィ!?」

リリィ・コルセー。彼女は私の友人……のはずです。頭が痛い。

めまいにふらつくと、コリウスが近寄るな!と声を張り上げます。

「俺はこのリリィと結婚する。真実の愛に目覚めたのだ」

「ごめんなさいマーガレット、でも彼の気持ちに押し負けちゃって……」

つまり私は友人に婚約者を奪われたわけです。

こんなの世間が許してはくれないでしょう。

「まあ、真実の愛なら」

「運命の女神はいたずらものですな」

――世間は自由恋愛で脳みそが沸いていました!

「マーガレットには、感謝してるわ。まるで恋のキューピットね」

「いや、天使は君だよ。リリィ……」

「コリウス……」

そこ、元婚約者の前でいちゃつかないで下さい。人の心とかないのですか?

「そういうわけで、婚約は白紙に戻してくれ!」


邸宅に戻り次第、私は机に突っ伏します。

「そりゃあ、愛のない婚約だとは思っていましたよ!でも、そういう約束だったじゃないですか」

向こうが資金を援助するかわりに、位が上の私が嫁ぐ。そういう了解のもとに結ばれたいわゆる政略結婚です。

「しかし、今日。お嬢様と同じ子爵家の令嬢に乗り換えられた、と」

部屋の奥のほうから声がします。

「ネモフィー、立ち聞きしないでください」

「申し訳ありません。お嬢様」

私が文句をいうと、小柄な少年が暗がりから出てきます。漆黒の髪に透き通った青い瞳。しなやかな体躯は黒猫を思わせました。

というか、猫の耳としっぽが付いています。

「ネモフィー、慰めてください!モフらせてください」

「絶対に嫌です」

つれないところもさすが猫人です。そのわりにしっぽがご機嫌そうなのはご愛嬌。

「お嬢様も黙っていれば美人ですし、コリウス様は何が不満だったのでしょうね?」

「真実の愛だそうですよ」

私の髪は珍しいピンクブロンドです。そのおかげで、声をかけていただくことも多かったのですが、婚約者がいるからと断ってきました。

それなのに……

「結婚適齢期ギリギリで婚約破棄しなくても良いじゃないですか!うちの家どうしましょう!?」

また怒りが再熱してきました。本当にどうしましょう?このままでは、フェネリー子爵家はジリ貧です。

「決めましたよ!ネモフィー」

「何を」

「私、商売を始めます」


幸い、手元に少しの資金はあります。男爵家から払われた婚約破棄の慰謝料です。

「お父様に相談したら、にっこにこで許可をもらえました」

「婚約破棄の傷をマーガレットが癒せるならなんでもいいよ」とのありがたいお言葉です。家のお父様は良く言えば優しいのですが、ぼーっとしていて。

「家が傾くのもやむなしです」

「で、お嬢様。商売なんて何をされるのですか?」

ネモフィーが無表情で問い詰めてきます。耳がパタパタとせわしなく動いています。心配しているのでしょうね。

「そうですね。借金はなるべくしたくないから……元手がいらないものにしたいです」

「つまり、宝石商とかそういうものではないのですね?」

「はい、それで今ハーバリウム王国で流行っているもの」

「なるほど」

二人で、ああでもないこうでもないと話し合います。ちなみにネモフィーは私専属の付き人なのでこれもお仕事の一環です。

それにしても、今流行り……流行り

「――恋愛」

ふいにその二文字が思いつきました。

猫も杓子も恋愛に浮かれた今、逆に私のようにあぶれる者もでてきています。恋から始まって長続きせずに悩んでいる人も。

名案です!

「ネモフィー!結婚の相談所なんてどうでしょう!」

ネモフィーの肩をつかんで揺さぶります。

「にゃ、にゃにするんですか!」

嫌そうなネモフィーを後目に私はこぶしを固めます。

今すぐに計画を練らなければ!

マーガレット結婚相談所開始です。


「計画が甘すぎます」

私の用意した計画書をネモフィーがばらまきます。

「貴女、私の付き人ですよね?もうちょっとこう、手心というか……」

「僕はお嬢様に路頭に迷ってほしくないから言っているのです」

それを言われると痛いです。これは決して遊びではないのですから。

「ただ、路頭に迷ったら僕が養って差し上げても……」

「ネモフィー、何か言いました?」

「……何も」

計画書の読み直しに集中していたため、良く聞こえませんでした。

「具体的にどこがだめでした?」

そう聞いたところ、ネモフィーは1か所を指さしました。

「貴族相手の商売ですが、そんな恥ずかしい相談を貴族が出来るんですか?こちらの実績もないのに?」

うぐぐ。

痛いところをつかれました。さすがネモフィー。

「どうすれば良いんでしょう~?」

私は唸ります。そんな顔を見て、ネモフィーの耳が揺れました。

「とりあえず、街に出てみませんか?」


王都は活気にあふれており、露天が多くでていました。

春めく空は霞がかっており、私の瞳と同じ色です。

「貴族街も良いけれど、やっぱりこちらのほうが活気がありますね!」

「お嬢様、はぐれないでくださいよ」

「あ!あのお肉美味しそうです」

「聞いてないですよね」

手早く20枚の銅貨を払って、パンで挟んだお肉にかぶりつきます。じゅわっと肉汁がパンにしみてすごく美味しいです。

「お嬢様、慣れていますね」

「だてにお忍びしてないですよ。それに家は貧乏子爵。気取ってもしょうがないでしょう?」

「……コリウス様は見る目がないですね」

ネモフィーが、ふっと微笑みました。全く、身内びいきなんですから。


「なあ、あれって」

「なんだあいつ……」

ひそひそとした話し声が聞こえてきてドキリとします。

しかしよく聞くと私ではなく、一人の青年が目立っているようです。

その青年はフードを被り、まばゆい金髪がこぼれています。そして、

――仮面をかぶっていました。

「すごく、すごく目立ちますね」

「お嬢様は関わり合いにならないほうがよいのでは……」

「そうしましょう」

彼に背を向けてそそくさと立ち去ろうとします。

後ろのほうで青年が先ほどのお肉を買おうとしていました。

「これで足りるだろうか?」

「金貨!?こんなのお釣りが……」

ざわめきが最高潮に達します。

ああもう!!

私はくるりと引き返すと、青年の手をつかみました。

そして、肉屋さんに銅貨を渡し、青年ごと駆け出しました。

「行きますよ!」

「あ、ああ」

青年は戸惑った様子ながらもついてきます。ネモフィーとは、はぐれてしまいました。何が悲しくて私は全力疾走しているのでしょう?結婚相談所を開きたいのに!

しばらく走った後、人通りのない区域まで来たところで止まりました。肩で息をします。日頃コルセットで鍛えていた甲斐がありました。

「ここまでくれば安心です。あんな人前で金貨を出したら、物取りに合いますよ」

「そういうものなのか?」

仮面の青年は驚いた調子で言いました。どれだけお坊ちゃんなのでしょう。お肉を渡します。

「これ、食べたかったんでしょう?」

「ありがとう。この礼はいつか」

お肉一個分、見知らぬ青年に貸しが出来てしまいました。食べるため、青年は仮面を外します。さらりと、金の髪がこぼれました。あらわれた顔は

「綺麗ですねぇ」

彫刻のように整っており、とどめとばかりにアメジスト色の瞳がはまっています。薄い唇は真面目そうに結んでいました。

なんだか見覚えがあります。

「どこかでお会いしましたっけ?」

私がそう言うと、青年は驚いたようでした。

「俺は君を知っているぞ。フェネリー子爵家のご令嬢だろう?先日婚約破棄された」

噂の広がるスピードに驚愕します。それにしてもこの男、デリカシーとか無いのでしょうか。

「さあ、どうでしょう?私が件の子爵令嬢という証拠はありまして?」

男の仮面を手に取って顔を隠しておどけてみます。青年はお腹をかかえて笑いました。そこまで面白かったですか……今の冗談。青年が涙を拭きながら話します。

「すまない。なんだか、君と話していると安心するみたいだ」

「そういうこと女の子に言わない方が良いですよ」

美青年がそういうことを言うのは反則です。

「君の顔を見ていると笑えてくるんだ」

「それはどんな人にも言わないほうがいいです」

思いの伝え方が不器用な方なんですね。華やかな見た目とは裏腹に一癖ありそうです。


しばしの沈黙。鳥たちの声が春の訪れを知らせます。

青年は少し下を向きました。

「マーガレット嬢、恋愛とはどうやってするのだろうか」

「はい?」

唐突でした。しかし、青年は思いつめた様子です。

「俺は恋愛の仕方がわからない。だから恋を知りに街におりてきたんだ」

「その発想が恋愛的ではない気が……」

「やはりか……」

青年はがっくりと肩をおろしました。

「これでは父を失望させてしまう」

その落ち込みように可哀そうになってきます。それにしても、恋愛ですか。

「私、あまり恋愛に良い思いがないんです」

先日、真実の愛のせいで婚約破棄されちゃいましたしね。

「でも、幸せの一つの形だとは思っています」

「なら!」

「――だけどあくまでも道の一つにすぎませんよ」

恋愛だけが人生ではないのです。それに、そんなに追い詰めていたら、恋に落ちるものも落ちなくなってしまいます。

「そう……だろうか」

「そうですよ!まずは目の前の幸せから。今は手元のお肉です!」

私の言葉で、青年は吹き出します。

そして、一口食べて微笑みました。

「ああ、美味いな」

穏やかな時間が流れます。指先が青年の仮面に当たりました。

ん?仮面?

しばし考えこみます。

仮面。仮面。

――仮面!

結婚相談所のアイデアが思いつきました。ネモフィーに語ろうとするのですが、周りにいないのでもどかしくなります。

「君は面白いな。表情がクルクル変わる」

青年からお褒めの言葉を頂きました。私は彼に交渉をもちかけます。

「先ほどのお肉分、お願いをしたいのですが……」

「神に誓って」

重いです……。

「で、でしたら、噂を流してほしいのです」

「噂?」

そう、「仮面舞踏会」の噂を。


日が落ちる頃、ようやくネモフィーと合流出来ました。

「お嬢様、どこに行っていたんですか?僕、心配しました」

静かな言葉ですが、ネモフィーの尻尾が逆立っています。かなり怒っているようです。

「で、でも結婚相談所計画が進展しましたよ!」

「進展?」

帰りの馬車でネモフィーに話します。

「仮面舞踏会を開くのです」

「はあ、普通の舞踏会でも結婚相手探しは行われていますし、目新しくは……」

そうなのです。ただの舞踏会でもそこは同じ。なので

「『仮婚約』という制度を考えました!」

『仮婚約』はパーティーの最後に気に入った異性に花と名前付きのカードを渡す決まりです。そうすれば、直接的に恋のアプローチの場になるはずです。

『仮婚約』後は家同士のパイプ役として全面的にバックアップする予定。

「なるほど、面白そうですね」

「ネモフィーも分かってくれましたか!これなら課題も解決ですよ」

布石はすでに打ってあります。仮面の青年は噂をながしてくれるそうです。

「銅貨20枚分の礼だ」

律儀にそういっていました。私が思い出し笑いしていると、ネモフィーが身震いします。

「なんだか僕にとって、よくない展開の気配がしました」


それから一か月の間、大忙しでした。噂を広めたり、噂をもとにくる問い合わせに答えたり、招待状を出したり、大変。その甲斐もあってお客様は多く候爵という大物クラスまで来るそうです。

「僕たち使用人のほうもパーティー準備で大忙しです」

ネモフィーの耳も心なしかしおれています。

「選ばれなかった異性が気を悪くしないように、イシュターナ神殿の香水も準備してください。恋愛成就のやつです」

私がそう言うと、ふみゃっと言って飛び上がりました。頑張ってください。話は通してありますから。

でも、おかげさまで参加費はかなり集まっています。成功したらかなり実入りが大きそうです。

パーティーは明日。決戦のときです。


「本日はお越しいただきありがとうございます。皆様、ごゆるりとお楽しみください」

最初の挨拶を行います。空色のドレスに仮面姿です。主催者側がつける必要はないのですが、雰囲気大事。

集まった老若男女も仮面をつけています、あえて調度品もクラシックなものに統一しており、上品な雰囲気になっています。

最初はダンス。

一曲ずつパートナーを変えて楽しめるよう企画しました。

私は会場の見回りを行います。


ふと、金の髪の青年が見えました。街で会った青年です。

仮面をしてはいるものの、髪を撫でつけ正装を着こなす姿はホールでも目立っています。

私は急いで駆け寄りました。

「来てくださったのですね!えーっと」

「ここではアザレア侯爵と名乗っている。マーガレット嬢、一曲良いだろうか」

侯爵!そんなに位の高い方だったとは……。焦っていると、彼が手を差し出しました。

ためらいながら、その手をとります。一回り大きな、男性の手。

ステップは滑るように。空色のドレスが花のようにひろがりました。くるくると軽やかに回ります。触れられそうなほど近い距離は、私の心臓を高鳴らせました。

「……上手いな」

青年が耳元でささやいてきました。

「ええ、貴方も」

私は思わず笑います。全く、私が楽しんでいては形無しです。


その後も穏やかに曲は進み、今のところは順調……

「お嬢様、緊急事態です」

順調ではありません!

「あの方です。ローズ男爵令嬢を招待したはずなのですが……」

ネモフィーが指さす先には黒髪の少女。仮面で顔は見えませんが、ローズ様は綺麗な赤毛だったはずです。

「招待状はどうでした?」

「本物でした」

ということはローズ様から招待状を奪ったということでしょうか。

黒髪の少女は、踊ることなく複数の男性を周りにはべらせています。

「声をかけてきます。ネモフィーは予定通り進行を」

次は会食をメインに行う予定です。

私はなるべく音をたてずに黒髪の少女に近づきました。

「もし、そこのご令嬢」

「あらお久しぶりね、マーガレット」

少女は振り向きました。

その声には聞き覚えがあります。

――リリィ・コルセー。私から婚約者を奪った女でした。


「どういうつもりなんですか」

「どうもこうも、私は恋をしてはいけないのかしら?」

リリィは、クスリと笑います。そのほほえみは愛らしく庇護欲を誘いました。

騙されてはいけません。

「貴女はコリウスと真実の愛を見つけたと聞きましたが」

「あんなのまやかしだったわ!だって彼ってお金だけだもの」

この人は何を言っているのでしょう。

婚約破棄をされたとき、私にはごねる道が残っていました。婚約を盾に押し通すこともできました。

婚約破棄されても。

友人がうばっていたとしても。

二人が幸せになるならと身を引いたのに。

「私、今度は侯爵を狙っているの。今日のパーティーにくるって聞いたわ。あの、綺麗な金髪の……それって本当なの?教えて頂戴」

「……!」

目が回ります。でも、倒れるわけにはいかないのです。この仮面舞踏会は絶対に成功させなければならないのですから。

そんな思いも無情に、リリィは耳もとでささやきます。

「お古のコリウスは貴女にあげるから」

倒れそうになる、その瞬間

「お嬢様は、お仕事がありますので」

ネモフィーがそっと私の背中を支えました。尻尾が今までにみたこともないほど逆立っています。ただ、手をだすようなことはせず、

「ここは、本気の出会いを探す場です。お忘れなく」

静かにリリィとその周りの男性に言いました。


メインホールからでて、息をつきます。

「ありがとうネモフィー。こらえてくれて」

「……お嬢様が頑張って計画してきたこと、知っていますから」

私は大きく深呼吸しました。今日の私は主催者。つつがなく会を進行させなければならないのです。

「会食は終わりました。あとは」

「個別の談笑と、『仮婚約』」

ちらりとのぞくと、リリィは一人の男性に熱心にアプローチしていました。あの金髪の青年です。胸がチクリと痛みます。

――でも

「良かった、皆楽しそうです」

内気な令息、出会いのない騎士、恋にあこがれる令嬢、招待した各々が談笑をたのしんでいます。

パーティーはきらめき、ドレスは広がる、ここから発展した恋を忘れることはないでしょう。

「それだけで、やってよかったと思います」

「お嬢様……」

「恋愛も、悪いものではないですね」

恋愛ブームを作った、ヴァイオレット公爵を殴るのは後回しでもいいかもしれません。


「さて、いよいよ『仮婚約』のお時間です。意中のお相手にカードと花をお渡しください」

私がそう言うと、男性たちがいっせいに動き出しました。直接渡すもの、恥ずかしくてスタッフごしにわたすもの。

見ていると暖かい気持ちになります。

しかし、水をさす声がしました。

「マーガレットって本当に恋のキューピットね」

リリィが横に並んできたのです。まだ、花は持っていません。自分の『仮婚約』の場面を見せつけに来たのでしょう。

「私とアザレア侯爵の橋渡しになってくれて、ありがとう」

「……」

私が絶句していると、一人の男性が近づいてきました。

「よろしいか」

アザレア侯爵のようです。リリィが目を輝かせました。

私は思わず、目をぎゅっとつぶります。


「貴女との会話は楽しかった。俺と『仮婚約』を結んでほしい

――マーガレット・フェネリー嬢」


「へ」

どういうことでしょう?私は目を見開きました。リリィも呆然としています。

「マーガレット嬢、受け取ってくれるか」

輝くような金髪の青年が私の前に立っていました。私は思わずつぶやきます。

「アザレア……侯爵」

「違う」

青年は少し目をそらします。瞳の紫が一段深くなったように感じました。

「……君には家の名ではなく、ありのままの俺を見て欲しかった。だから、伏せていたんだが、申し込んでいた名は僕の持っている爵位の一つだ。正式には違う」

ゆっくりと彼は跪きました。

「名乗り遅れました。ヴァイオレット公爵家のローレルと申します。それで、お返事は?」

ヴァ、ヴァイオレット、あのヴァイオレット公爵家の息子!?……頭が真っ白になります。私を押しのけ、リリィが叫びだしました。

「どうして!どうして私じゃないの!?こんな女に……公爵様は騙されているわ!」

「騙した、というのは人聞きが悪いな、リリィ・コルセー。私の友人たちから相談がきてね。君に騙されたと言っていたんだが」

「……コリウスだけじゃなかったんですね、貴女」

一周回っていさぎよいくらいです。

「……っ!」

リリィは何やら口の中で悪態をついた後、ドレスを翻しました。

「気分が悪いわ!帰る!」

彼女の背中を見送ります。嵐のような女性でした。


他のお客様たちは『仮婚約』の成立に一喜一憂しています。

何とか無事に終わりそうで良かったです。ネモフィーを探します。

「ネモフィー、お客様にお土産を……」

「あの」

「ああでも、その前に『仮婚約』の集計を」

「すまない!マーガレット嬢」

ローレル様に呼び止められました。しまった、せっかく助けていただいたのにお礼もまだでした。私が困っていたため、ああいった形で助けてくれたのでしょう。

「ローレル様。今回は」

「さきほどの、『仮婚約』の返事を聞きたいのだが」

あれ?

奥の方で、ネモフィーがトレーを落とす音がしました。


「で、今ヴァイオレット公爵に迫られているってわけか」

「……貴方に教える義理があるのですか?」

仮面舞踏会を開いたあと、私はちょっとした有名人になりました。1対1での相談もされるようになり、晴れてマーガレット結婚相談所を開設しました。

評判は上々。今日も恋に迷える紳士淑女が相談に来ています。

「これでも来るのに勇気がいったんだぞ」

「そうでしょうねえ。コリウス様」

元婚約者のもとに相談に来るとはいったいどういう神経しているんでしょう。面の皮が厚いというか……。コリウス様とよりは戻さないと固く誓います。

「で、相談内容なんですが」

私は手元の書類を見比べます。この人には押しの強い女性の方があっていますよね。本人の希望も鑑みて……

「けっこう調べてくれるんだな」

「お仕事ですから。ただし今日は午前中までですよ」

午後からは予定があるのです。予定が

春風とともにネモフィーが看板を出す音が聞こえます。


お相手探しから恋のお悩みまで、マーガレット結婚相談所へようこそ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。負けずに頑張るところが! [気になる点] マーガレットさんはどちらを選ぶのだろう? いつもそばにいてくれた子か、現れたイケメンか(笑)続きあるなら知りたいかな。
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