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第一章 2 『英雄と呼ばれる男』②

「スターク!聞け!いいか、このままじゃ失血で死ぬ。お前の傷口を俺が焼く。あとはお前の魔法で何とかしろ!」


「っあ…くま……ですね。やっ…てください。」


「悪魔だろうと命令だ!死ぬな!いいか耐えろよ!」


「っっっんぐ!!」


直ぐ様男は掌で傷口を覆い力を込め、スタークの左肩の重要な太い血管から優先的に焼き塞いでいく。スタークは見える肌全てから滝のように汗を吹き出し、奥歯を鳴らす。尋常ではない痛みのはずだ。だが彼はそれを耐える。ひたすらに耐える。


「よし……あらかた出血は止まった。あとは何とかしろ。下で生存者を探した後また戻る……それまでにその面何とかしろよ。」


「……大丈夫です。行って…ください。」


異常な光景だ。スタークが痛みに耐えたのもすごいことだが、男は傷ではなく、面を何とかしろと言ったのだ。傍から見れば完全にイカれている。が、本当に彼はその言葉を青年に向けて言ったのだろうか。


「………待ってろよ。」


男はそう言うと丘を下った。何故スターク以外の兵士を助けなかったのか、それは確実に死んでいたからだ。姿が完全に無いもの。下半身のみのもの。腹部が吹き飛んだもの。頭部がないもの。


男は駆けた。この際敵兵でもいい、生き残りは居ないか。誰でもいい。状況を理解してる者は居ないか。血溜まりを踏み、肉片を蹴飛ばし、煙と泥に塗れ、火の中を駆ける。駆ける。

1人も生き残りを見つけられず走り続け、息が切れる。走れば走るほどに体温が上がっているはずだ。周囲の木々は徐々に豪炎に焼かれ倒壊し崩落していく。火が熱い。のに……

寒い。凍えそうなほど空気が冷たく感じる。生気のない死体の視線が男の背筋をより一層に冷やす。


「……誰も……居ないのか……。」


__クソっ!諦めるな!俺が生きてるんだ、誰か居るはずだ。


「誰か!生き残りは居るか!」


男は叫ぶ。なりふり構わず、あの腕を失った青年に面構えを指摘したにもかかわらず、酷い顔だ。歩を進め、前を見る度に男の顔は崩れていく。青年に告げた、面を直せとは、自分に言ったようなものだった。

一体どれだけの時間走っただろう。上手く声が出せなくなってきた。肺が痛む。心臓も割れそうだ。


燃え盛る木々、あの光の真下付近まで来た。そこには村があった。付近が戦地となったこの村の住人はとうに逃げているだろう。しかし……男は天に誘導されるかのように火に焼かれ続ける村へ入った。


木造の住居は既に倒壊しているものもあった。それでも誰かがいる気がした。根拠の無い確信が男の足を止めない。1軒、2軒と燃える建物に飛び込み生存者へ呼びかける。しかし、返事はない。そんな中視界に入ったひとつの家。他と同じ木造で特別造りが変わっている訳でもない、燃えてもいる。しかし、明らかに他のそれより家としての形を辛うじて保っていた。何故か寒気が引くのを感じた。きっと自分以外にまだ生きている者がいる。


勢いよく燃える扉を蹴破った。


「……誰か!生き残っているものはいるか!」


炎と木片をよけ、煙に目を細めながら生存者を探す。1歩、また1歩と。そして足に何かが当たった。明らかに違う、柔い感触。


__子供…か?


何故戦場に子供が、目を凝らせば数人子供が燃える床の上で息絶えている。


「……クソっ!ここもかよ…生き残ってるものは__」


いるか!そう言おうとした。すると瓦礫の奥、微かに何かが動いた。男は必死に駆け寄った。焼ける自分の皮膚と焦げた肉の匂いが嗅覚を殺す。視界も悪く半分手探りで、一縷の望みに賭けて、動いた何かに向かう。


「·····たす·····け·····て·····。」


たどり着いたその家屋の奥、生存者が居た。今にも息絶えそうな、小さくか細い命が確かに生きていた。男は安堵した。正直あの青年、スタークも自分が戻った時にまだ生きている確信はなかった。だがこの命だけは


「嬢ちゃん!俺が必ず助けてやる!名前は?」


__紡いでみせる。


そこに居たのは少女だった。炎の中でもわかる程に美しい金色の髪と翠碧の瞳をもつ少女。見た目には痛々しいが、この悲惨な状況下で自分以外にありえないほど傷は少なかった。豪炎に壁が床が天井がひび割れながらいまにも崩れ落ちそうだ。ふと少女の前に倒れている兵士が男の視界に入った。男はその顔を確認すると表情を歪める。知り合いだったのか。

だが、すぐに少女の顔を見やり連れ出すために抱き抱えた後、手で顔を拭ってやる。


「·····わ·····たし·····」


何か言いたげだった。だがとりあえずはこの場を後にしたい。直ぐ様脱出を試みる。


「·····わたし·····は」


「大丈夫だ!必ず救ってやる。」


男は言って少女の顔を見た、だが既に気を失っていた。聞こえていないか…。それでも自分以外の心臓の鼓動を感じ、一時は折れかけた心が立ち直る。生き残りがいた安堵とこの使命感が男に力を与えたのだ。


男は少女を抱えながら来た道をもう一度確認しながら戻る。やはり、生き残りは居ない。丘まで辿り着くと


「………。」


「……スターク…すまん。」


俯いて座る青年、微動だにしない。少女を抱えるもう一方の腕で男は青年を抱き寄せる。


「……勝手に殺さないでくださいよ。遅いじゃないですか。少佐。」


青年はゆっくりと片目を薄く開け、男を見上げた。左肩は痛々しい傷跡が残っているものの、止血は完全に終わっていた。スタークは男に言い、不格好ながらに笑いかけた。


「……スターク、すまない。原因は突き止められなかった。生存者もこの嬢ちゃんだけだ。ジャシュラスの民も1人残らず死んでいた。」


「謝らないでください。誰もどうしようもなかったですよ。まぁ…ジャシュラス側の攻撃ではないでしょうね。おそらくは。ただ、あれを魔法と呼ぶには大きすぎる…とりあえずクラーディナに戻りませんか?もう魔力も扱えません。」


「あ、あぁ。そうだな·····。」


青年は意外にも冷静だった。だがそれは、おそらく男の表情を見て案じたからだろう。

帝国へ帰還しようと立ち上がった男は、腕の中の少女を無意識に強く抱えながら自身の魂に誓った。


「必ず·····。あの光の元凶を·····生涯かけて見つけだし、必ず、相応の制裁を、この手で·····。」


男がその瞳に宿すものは、憎悪、厭悪、嫌悪。ありとあらゆる怒りを纏い絡まる静かな激情。決して死んでも剥がれることはない程に深く深くその魂に刻み込んだ。


この未曾有の天災は帝国側が確認を取れた数だけで

死者・行方不明者、計1486名

生存者3名

と後に発覚し、『ヴァラディアの大災害』として語り継がれることになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



3日後

クローディア帝国中央都市クラーディナ

帝国軍医療施設に男は居た。


「お、目が覚めたか。どうだ、痛むところはねぇか?」


男は傍らのベッドで目を覚ました少女に声をかける。


「··········。」


目を覚ました少女は長い睫毛ををゆっくりと開きその翠碧の瞳で声をかけてきた人物へ視線を向ける。見える肌を覆い尽くすかのような傷の男。顔面までも傷だらけのその男は少女へ可能な限り優しく笑いかけながら口を開いた。


「ビビらなくていいさ。まぁ、色々あったがな。ここは安全だ。」


「………。」


少女は口を噤んだままだ。そんな少女に向かって男は手を差し出している。


「…まぁなんだ。嬢ちゃんが生きていて良かったよ。」


少女は差し出された男の手を見て眉を顰めた。


「ん?握手は·····嫌いか?」


男は少し困ったように頭を掻きながら少女に問いかける。


「·····ダメ·····触れない。」


「··········。そっか·····あぁそうだ!聞きそびれてたな。嬢ちゃん名前は?」


「··········わか·····らない。」


「覚えて·····ないのか?」


「··········。」


その男の問いかけに少女は首を横に振る。


「ん?覚えては·····いるのか?言いたくないか?」


「··········!」


またしても少女は横に首を振り男の問いを否定する。


「どうした?ゆっくりでいい·····話してみな。」


「っ!」


男はそう諭し、少女の手を握ってやろうとする。が、少女はびくっと小さく肩を震わせ、握られそうになったそのまだ小さい白く細い手を自身の背後にまわし隠した。

男は困り果て、このどうしようもない空気を脱却しようとすぐ側の窓を開け、パチンと小さく指を鳴らし葉巻に火をつける。

白煙が外から入ってくる風に揺られながらゆっくりとその部屋の篭った暗い空気と一緒に外へ流れて行った。と同時に外からは太陽に温められた優しい空気が風に乗って病室を潤していく。柔らかく暖かい木漏れ日が一室を照らし、男はその光に目を細めながら空いている手で新しく増えた顔の傷をなぞっている。


「·····わからないの··········。」


おもむろに少女が小さく呟いた。男は少女の方に視線を向け、「何がわからないんだ?」と聞こうとした。が、その言葉を飲み込み、少女自身が言いたいことを言い切るまで黙ることにした。葉巻を深く吸い込み、窓の外に向かって白煙をゆっくり味わいながら吐き出す。


「·····い、色んな·····人の·····、私じゃ·····ない·····人の記憶·····が·····あ、頭に·····私の中を·····。」


男は少女の言葉の意味がわからず一瞬ピクリと眉を顰める。


「·····私じゃない·····人·····の記憶·····を覚え·····見える·····の·····。でも·····炎の日·····までの·····私の·····私自身の·····記憶が·····無いの。」


少女はゆっくりと顔を上げ、男に視線を向ける。少女の綺麗な翠碧の瞳は小さく揺れ、その目尻から流れ落ちた雫が少女の頬に1本の線を作り、濡らしていた。


「·····あの家の中に居た人、私が死なせちゃった··········。」


初めて2人が視線を合わせた。が、少女は悲痛に今にも崩れそうな、辛く、悲しい顔をしていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



帝国国政軍


「アレックス総統閣下、先日のヴァラディアの大災害でのことについてご報告がございます。」


「··········話せ。」


「はっ。あくまでも可能性の範疇ではありますが、生存者の内の一人の娘、かの『虹彩の女神』と同一、或いは同種の『力』を有しているものと思われます。」


「··········。貴公の他にそれを知る者は?」


「いえ、私だけです。」


「よかろう·····追って指示を出す。下がれ。」


「はっ。」

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